八 重遺出(2)

「……あっ!」


 彼女を見た瞬間、俺は目を見開き、その場で石のように固まってしまう。


 だが、それは相手がメデューサのような怪物だったからではない……その反対に、少女がとても美しかったからである。


 ノースリーブの白いワンピースから覗く腕はそれ以上に白く透き通り、その肌の色とは対照的に長く艶々とした麗しい黒髪、白陶磁のフランス人形のように整った顔に収まったガラス玉みたいな二つの瞳が、物珍しそうに俺の方を見下ろしている……ほんとに生身の人間ではないような、だが、化け物ではなく、天使みたいに神々しいまでの美しさだ。


「……お、おまえ、シラコか?」


 俺は顔がボッと熱くなるのを感じながら、見つめ合う気恥ずかしさを隠すようにして口を開いた。


「しらこ? ……そんなの知らない。あたしの名前はひなた・・・だもん」


 すると、少女はその外見に反してとても幼く、そして、とても普通な人間の声でそう答えた。


「ひなた? ……お、おまえ、人間か? ゆ、幽霊じゃないのか?」


 なんだか少し肩透かしを食らったような感覚を覚えつつも、俺は唖然とその場で彼女を見上げたまま、おそるおそる重ねて尋ねる。


「そんなの当たり前じゃない。見ればわかるでしょ? なんで幽霊なんかになるの?」


 対して、その〝ひなた〟と名乗ったシラコと思しきものは、俺の後方にみんなも見つけた様子で視線を動かしながら、拍子抜けするほどにこどもっぽい口調で訊き返してくる。


「だ、だって……じゃ、じゃあ、なんでそんなに真っ白いんだよ? そんなに白い肌したやつ、今まで見たことないぜ?」


 今思えばなんとデリカシーのないガキだったかと自分に幻滅するが、なんだかバカにされた気分になった俺は、こどもながらの純真無垢な残忍さでそんなひどい質問をしてしまった。


「それは日焼けしてないからだよ。あたし、日光アレルギーでお日さまの光浴びると具合悪くなっちゃうの。だから、お父さんとお母さんに昼間はお外に出ること禁止されてるんだあ」


 だが、少女――ひなたの方もやはりこどもゆえの純粋な世界の捉え方で、不必要に被差別的な受け取り方をすることもなく、その事実のみをどこか不満そうな様子で淡々と答えた。


「へえ~そうなのか……なんか、大変だな」


 その単純明快な答えに、なんだか俺は妙にすんなりと納得した。


 なんてことはない……ふたを開けてみれば、幽霊でもなければ俺達と違う特異な存在でもなかった。ただ単に日焼けしていないだけの、俺達と同じこどもだったのだ。


 そうとわかると一気に親近感が湧いてきて、聞いたこともなかったその変なアレルギーよりも、外に出してもらえない理不尽なその境遇に対してかわいそうに思えてくる。


「で、あなた達こそ何? この村の子? どうしてうちの庭にいるの?」


 そうして俺の中で人間になった・・・・・・シラコに同情の念を抱いていると、今度は彼女の方が俺や後方で身をひそめているみんなのことを疑念の目で見つめ、至極当然の疑問をぶつけてきた。


「そ、それは……あ、ああ、そうだ! 俺は尾茂井沢小の4年、科野修史だ。で、向こうにいるのはユキにマトンにアズ、それにスズとホタルだ!」


 自分達が不法侵入者であることを思い出して焦る俺だったが、咄嗟の言い訳を思いつくと、素直にこちらも素性を名乗る。


「あ、小4なんだ。あたしと同じ」


「ならなおさらだな。せっかくこの尾茂井沢へ来てるんだし、一緒に遊ぼうと思って誘いに来たんだよ」


 偶然にも同い年だったシラコ…いや、ひなたに俺はそんな口から出まかせを告げる。


そう……俺の思いついた言い訳は、「遊びに誘いに来た」というものだった。


 もうすでに「幽霊じゃないのか?」なんて訊いてしまったが、この期に及んでさすがに「おまえの正体を確かめに来た」とも言えないし、まあ、ほたるは似たようなこと考えていたようなので完全な嘘ともいえないだろう。


 それに、こうして話をしている内になんだか俺も、本当にそう思うようになってきていたのだ。


「ってことで、これから一緒に遊びに行こうぜ? 俺達がこの村を案内してやるよ」


 初めからそのつも理由だったかのように、俺は立てた親指で背後を指し示しながら、ひなたを改めて遊びに誘う。


「うーん……誘ってもらってうれしいけど無理だよ。あたし、今言ったようにお外出れないし」


「なあに、だいじょぶだって。日光に当たらなきゃいいんだろ? 今日は曇ってるし、おっきな日除けの帽子でもかぶれば少しぐらい平気さ。ちょっと行ってすぐ帰ってくれば親にもバレないって。その様子じゃ、裏山の花畑にも行ったことないんだろ?」


 当然、淋しそうな顔をしてその誘いを断るひなただったが、「親の言いつけは破る」のが基本の俺としては、諦めるどころか俄然、やる気になって彼女の説得を試みる。


「えっ! お花畑! 裏山にそんなとこがあるの!? ……まあ、裏山なら近くだし、確かに曇ってるし、ちょっとぐらいいいかな……じつは今、お父さんもお母さんも犬のお散歩に行ってていないんだあ……」


 すると、ひなたは「花畑」という言葉に予想以上の食いつきを見せ、明らかに心の揺らいでいるのが見てとれる。


「それなら好都合じゃん! この絶好のチャンスを逃す手はないぜ。さあ、親が帰ってくる前に急いで行こう!」


「う、うん! わかった! 今、準備するからちょっと待ってて!」


 その隙を見逃さず、ダメ押しにさらに畳みかける俺の口車に、おそらくずっと屋外で遊んでみたいという思いを抱いていたのだろう、ひなたは簡単に拒むことを放棄し、顔色を明るくすると窓の奥に一旦、姿を消した。

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