八 重遺出

八 重遺出(1)

 それは、小学校4年の、ある夏休みの日の出来事だった……。


「――よーし! 今日は探検ごっこしようぜ!」


 発達した積乱雲に夏の太陽が見え隠れする薄曇りの空の下、ミンミンゼミの鳴き声がうるさく木霊する湖畔の遊歩道を、一列になって行進するこども達の先頭で俺は高らかに声を上げる。


 当時の俺は、今と比べものにならないくらいに活発的で、幸信とリーダーの座を張り合うほどに出しゃばりなこどもだった。


「探検~! どこ探検するのお~?」


 俺の言葉に、ピンクのジャンパースカートを履いた列後方のおしゃまな美鈴が、目をキラキラと輝かせながら弾んだ声で尋ねてくる。


「へへへ……目指す場所は、あのおばけ屋敷だっ!」


 そんな彼女に、俺は思わせぶりな笑みを浮かべると、湖畔に建つ一棟の白い洋館をビシっと指差した。


「ええ~っ! あそこに行くの~!? 都会の人の別荘だし、やめようよ~」


「それにあの別荘には〝シラコ〟がいるんだぜ? 会ったら呪い殺されるって言ってるやつもいるし……」


 すると、デニムのワンピースに赤フレームメガネの賢そうなあずさと、モスグリーンのタンクトップに迷彩ハーフパンツの野性味溢れる真人が、ものすごく嫌そうに顔を歪めてそれに異を唱えた。


「だからだよ。それくらいのスリルがなきゃ探検にならないだろう? 今回のミッションは、あそこの庭に潜入して〝シラコ〟が本当に幽霊かどうか確かめることだ!」


 だが、そうした臆病者の友人二人に対し、俺は得意げに胸を張って、その意思が硬いことを改めて表明する。


 当時、東京のお金持ちのものだというその白い洋館の別荘には、〝シラコ〟という幽霊が出ると俺達村のこどもの間では密かにウワサとなっていた。


 驚くほど真っ白い肌の色をした俺達と同い年くらいの女の子の幽霊で、夏になると時折、建物二階の窓辺に立って、恨めしそうに村の様子を見下ろしている…という話だ。


実際、俺達も遠目にではあるが、何度かその姿を目撃したことがあった。


 なぜ、〝シラコ〟なんていう名前がついたかといえば、「白い子だから白子」とういう、ただそれだけの単純なものである。別に深い意味はない。いかにもこどもが思いつきそうなネーミングセンスだ。


 夏休みのある日、そんなシラコに対してずっと興味を抱いていた俺は、いつものようにみんなで湖畔へ遊びに来たついでに、その正体を突き止めてやろうと思ったのである。


「なんだ、おまえらビビってんのか? ユキ、おまえはもちろん平気だよな?」


 俺はあえて挑発するような台詞を口に、どこかライバル視していた幸信にも尋ねてみる。いつもながら、赤のポロシャツに白の短パンというキザな格好だ。


「フン! あたりまえだ。幽霊なんてのはただのウワサに決まってるからな」


 すると、向こうも張り合っているのか、まるで幽霊など信じていないとでもいうような態度で信幸は鼻を鳴らす。


「うちも怖くないよ。もしもほんとに幽霊でも、シラコちゃんとお友達になれたらいいなあ」


 また、カワイらしい萌黄色のエプロンドレスを着たワカメちゃん・・・・・・カットのほたるは、いつも通りのほんわかした様子でなんとも長閑なことを口にしている。


「リアルおばけ屋敷探検だ~!」


 好奇心旺盛な美鈴も相変わらずで、やはり目をキラキラ輝かせてワクワクしているみたいだ。


「じゃ決まりだな。それじゃ、目標、あの白いお化け屋敷! シラコ捜索隊出発ぁ~つ!」


「あ、ちょっと待ちなさいよ! 怒られても知らないからね!」


「お、俺だって怖くないぞ!」


 そんなわけでだいたいの話がまとまると、尻込みするあずさと真人の意見は無視し、俺達は洋館の敷地内へと突入して行った。


「…んしょっと……楽ちん楽ちん」


 見ず知らずの人の別荘ではあるが、こどもの背丈なら潜入は容易だった。


 その当時は存在していた鍵のかけられた鉄柵の門は避け、やはり今は撤去されている生垣の細い切れ目から、体を横にして一列に滑り込む……。


 すると、そこにはいかにもお金持ちといった感じの、よく整備された緑の芝生が一面に広がっていた。


 その隅には犬小屋も置かれているが、不法侵入者にはありがたいことに、散歩に行っているのか今は空っぽだ。


 そして、その広々とした美しいグリーンの奥……そこには、こんな山奥の田舎には似つかわしくない、なんともお洒落な白い木造の洋館が建っていた。


 もちろん外から眺めたことは何度となくあったが、こうして間近に見上げるのは初めてである。


 小さなこどもだった頃の俺達の目には、今にも増してもっと大きく、そして、より立派なお屋敷に見えたように思う。


 その二階の壁に設けられた、白いレースのカーテンがそよ風にたなびく開け放たれた窓……そこに立つあの白い肌の少女を、俺達も幾度か遠くから見かけている。


ここからでは見えなくとも、あの部屋に今もいるかもしれない……。


「おい、マトン、ちょっと行って呼んでみろよ。おまえ、怖くないんだろ?」


 一番野性味溢れる風袋のくせに、俺達の最後尾についてそわそわしているチキンなマトンに、俺はちょっと意地悪な言い方でそう催促してみる。


「ええっ!? や、やだよ。し、シラコは怖くないけど、このうちの人に見つかったら怒られちゃうし……」


 すると案の定、真人は首をブルブルと横に振って言い訳をするが、それは期待通りの反応である。


「あ、あたしもイヤよ! そもそもあたしはこんなの反対だし……」


 他の者に目を向けると、あずさはやはり乗り気ではなく、美鈴とほたるも、いざ中に潜入すると先程までのはしゃぎぶりはなりをひそめ、やや緊張した面持ちである。


 もとより女子に先陣を切らせるのは男子としてどうかと思うので、ここはやはり、幸信にお願いしようかと思ったのであるが……。


「シュウ、おまえが言い出したんだから、おまえがいけよ」


 先を越され、俺が逆に指名されてしまった。


「そ、そうだよ! シュウが言い出しっぺなんだし」


「シュウ、カッコイイ!」


「シュウくん、ファイト!」


 すると、真人も先程の仕返しとばかりにそれに便乗し、美鈴とほたるも俺をおだてたり、勝手なエールを送ったりしている。


「なんだ、ほんとはおまえもビビってんじゃないのか?」


「ば、バカ言え! よーし! そんなら見てろよぉ……」


 幸信の挑発が最後の決め手となり、本当はちょっとばかり怖いと思う気持ちもなくはなかったが、格好をつけたかった俺は平気なふりをして、生垣の前で固まっている皆の中から一歩、建物へ向けて足を踏み出した。


 そして、おそるおそるフカフカの芝生の上を踏みしめ、一歩一歩、用心深くあの窓の下へと近づいてゆく……。


「……ゴクン……よ、よし、声かけるぞ?」


 目的地へ到達すると、俺は口内に溜まった唾を飲み込み、背後を振り返ってみんなに確認をとる。


 遠巻きにこちらを眺めている友人達は、緊張の面持ちで黙ってうんうんと頷いている。


「よ、よし……スー……おおーい! シラコ~っ!」


 俺は覚悟を決め、大きく息を吸い込むと、大声でその名前を呼んだ。


「………………」


 しばしの沈黙。


「…………あれ、誰もいないのかな?」


 そう思った矢先、レースのカーテンが風にめくれ、その背後に彼女が姿を現した。

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