七 破死(4)

「――もう、うち達だけになっちゃったね……」


 暗く打ち沈んだ顔を俯かせ、とぼとぼと自転車を押しながら、となりを歩くほたるがぽつりと呟く。


 これまでよりもみっちりと詳しく話を聞かれた後、ようやく解放された俺とほたるは、救急車で運ばれて行く美鈴の遺体に別れを告げ、行く当てもないまま「思ひ橋」を後にした。


 事情聴取の際に遺体発見の経緯を話したので、ほたるも今朝の夢のことはすでに知っている。


「ああ……マトンもアズもユキもスズも、みんないなくなっちまった……どうしてだよ? どうして俺じゃないんだ!? 俺の前にだけしか現れないくせに、他のやつばっか狙いやがって! そうやって仲間が殺されていく様を見せつけて楽しんでるのか!?」


 ほたるの言葉に相槌を打った俺は、答える内に怒りとやるせなさが込み上げてきて、思わず足を止めると感情を爆発させてしまう。


「やるんだったら俺を殺せばいいだろう!? 夢の中じゃ、死んでるのは俺だったのに!」


「そういう言い方よくないよ……そんなこと言ったら、亡くなったみんなも悲しむよ……」


 一旦口に出すと、堰を切ったように溢れ出してきてしまう俺の本音に、悲しい顔をしたほたるがか細い声で反論する。


「でも、俺の前にしか現れないんだぞ? なのにどうして俺じゃないんだ? いいや、それ以前になんで俺達につきまとうんだ? 俺がバス停で偶然見かけた……ただそれだけの理由でみんな巻き込まれたっていうのか!?」


「……あのね、忘れてるんならその方がいいと思って、ほんとはずっと黙ってるつもりでいたんだけど……それがかえってシュウくんを苦しめているんなら、やっぱり言うね」


 それでもこの理不尽さに対する疑問と怒りの声を飲み込めずにいると、ほたるが急に畏まって、いつになく厳しい表情で何かを覚悟したように語り始めた。


「おもひでのマスターさんも知らなかったし、ほとんどの人がもう憶えてないと思うんだけど……シラコちゃんの話はね、じつはこの村で実際に起きたことなの。うち達が小学校4年生だった年の夏に」


「えっ……!?」


 突然、ほたるが口にし始めた意外な話に、呆気にとられた俺は思わず目を見開く。


 こいつがなぜ、そんなことを知ってる? ほたるが嘘や冗談を言うとも思えないし……何度も聞く内に都市伝説に感化されたか?


 ……いや、待て……小4の夏ってことは、俺がちょうど心を病んで、この村から引っ越した頃のことだ。つまり、俺の記憶がごっそり抜けている期間……忘れているその時間に何かがあったというのか?


「シラコちゃん…ほんとは〝ひなた〟ちゃんっていうんだけどね。彼女はシュウくんが泊ってるあのペンションが別荘だった頃に避暑に来ていたの。それで、たった一日だけだったけど、うち達と一緒に遊んだんだよ?」


 訝しげに見つめ返す俺に、ほたるは顔を綻ばし、さらなる衝撃的事実をどこか遠い日を懐かしむかのようにして告げる。


「あのペンションに!? それに、俺達がシラコと遊んだだと? まさか、そんなことあるわけ……」


 そう言いかける俺だったが、ほたるの口にしたその少女の名が頭の中に木霊し、硬く封印された記憶の奥底から何かが浮上してくるのを感じる……。


 ……ひなた……その名前には、どこか懐かしい響きがある……なぜ、俺はそう思う……?


 と、その瞬間、俺の脳裏に野花の咲き乱れる草原で、白いワンピースを着た少女の背を追いかける光景が不意に映し出される。


「……そうだ……あの子の名前はひなただ……でも、真っ白いからみんな〝シラコ〟って呼んでて……夏だけ、あの白い別荘に遊びに来てて、あの日、俺が遊びに連れ出して、それで……」


 まるで開かずの扉を開ける秘密の鍵か何かのように、〝ひなた〟という名前を契機にしてみるみる忘れ去っていた記憶が蘇ってくる……。


 ……みんなの俺に対する不自然な態度……真人がシラコについて詳しく知っていた理由……なぜ、シラコが俺達につきまとうのか? ……なぜ、真人があの山で死んだのか? なぜ、俺は少女の背中に既視感デジャヴュを感じるのか……?


 忘却の彼方にあった光景がフラッシュバックのように頭を過り、すべてのことが繋がった……。


「……どうして……どうしてこんな大事なことを忘れてたんだ……いや、あまりにも重すぎたから、心を守るために脳が忘れさせてたってことか……俺がシラコを見たのは偶然なんかじゃない。俺だから彼女は姿を現したんだ……俺こそがシラコの都市伝説の主役だったんだ!」


 俺は、その過去に起こった悲劇と己の犯した大罪を思い出すと、生きているのが嫌になるくらいのひどい自己嫌悪に陥る。


「全部、俺のせいだ……シラコなんていう亡霊を生み出してしまったのも……みんなを死に追いやったのも……だからみんな、俺のことを思って黙っていてくれたのに、俺はそんな気遣いも知らないで……本当は、俺だけが殺されるべきだったんだ……」


「だから、そういうこと言っちゃいけないよぉ……」


 あまりに重すぎるその思い出・・・に押し潰され、その場に崩れ落ちて愚かな自分を責め苛んでいると、またもほたるがとても悲しい顔をして、思わず口にした俺の言葉を叱責する。


「だってそうだろう!? シラコは……ひなたは俺のせいで死んだんだ! 恨んでいるのはこの俺だろう!? なら、俺だけを殺せばいいのに、俺を苦しめるためにみんなまで命を……俺はみんなに、なんて言って誤ればいいんだよ……」


 だが、熱くなる眼でほたるを見上げ、このどこへ持っていけばいいのかわからない自分への怒りを彼女へぶつけるようにして反論する。


「シュウくんのせいだけじゃないよ。ひなたちゃんが亡くなったのには、うち達みんな関わってるんだから……」


「でも、俺の前にだけ姿を現すんだぜ? それで、その度にみんな殺されてって……俺に見せつけて苦しめるために、みんなを殺してるとしか……」


 慰めようとしているのか? ほたるは首をゆっくりと横に振ってそんな言葉を投げかけてくれるが、俺はそれを鵜呑みにすることなく、覆すことのできない事実を述べる。


「それなんだけどね、うちはひなたちゃんがそんなことするとは思えないんだよね……」


 しかし、ほたるはその事実について、何か思うところでもあるらしく、眉根を「ハ」の字に寄せて大いに疑問を呈する。


「思えないって……じゃあ、なんであいつが現れると誰かが死ぬんだよ? なんか別の意味でもあるってのか?」


「それはわからないけど……でも、他にもまだいろいろと気になることあるし……」


 奥歯に物が挟まったかのようなほたるの言い方に、なんだか怒りすら覚えてなおも意見する俺だったが、続くその言葉には思わずハッとさせられてしまう。


 ……そうだ。言われてみれば、失った記憶を取り戻した今でも、まだ幾つかの疑問が残っている。


 たとえば、誰もが忘れ去っていた10年前に死んだ少女の霊のウワサが、なぜ2年前になって突然囁かれ始めたのか?


 喫茶おもひでのマスターの話によると、その頃、ひなたが避暑に訪れていたあの別荘が、あれ以来ずっと使われていなかったのにペンションとしてオープンしたらしいのだが……それとシラコのウワサが流れ始めたのと、どう関わりがあるのだろうか?


 それに、あの別荘でペンションをやっているということは、普通に考えて持ち主であるあのオーナー夫婦がひなたの両親だということになる……。


 だが、どうにもそんな風な感じは受けないし、前にシラコの話をした時も、自分の死んだ娘の都市伝説について語ってるようにはとても思えなかった。


 もしも、本当にあの二人がひなたの両親ならば、俺は二人に謝罪しなくてはならない……それは、彼女を死なせた俺の当然の責務であるし、もしかしたらそうすることで、シラコと化したひなたの怨念を少しでも消し去ることができるかもしれない……。


 そうすれば、もうこれ以上……せめて、ほたるだけでも命を救わなければ……。


 しかし、オーナー夫婦のことも含め、まだまだ〝シラコ〟を巡る一連の事件の全容は解き明かされていない……俺は、死んだみんなのためにも、そして、10年前に放置して逃げた自分の罪を償うためにも、この一件のすべてを知らなくてはならない。


「……すまん。情けないとこ見せたな。あずさや幸信なんか俺のためにシラコのこと調べてくれてたってのに、俺ばっか自分の罪から逃れるために、そんな辛い過去を忘れたままでいて……」


「ううん! だから、それはうち達みんな…」


 再び謝る俺を見て、今度も首をふるふると横に振ってフォローしてくれるほたるだったが、俺は手のひらを前に突き出すと、皆まで言うよりも先にその口を制する。


「こうしてうだうだ嘆いているよりも先に、もっとやるべきことがあったようだ……俺達はすべてを知らなくちゃならない。そのためにはもっと情報がいる」


「シュウくん……」


 そして、跪いた地面からようやくにして立ち上がると、そんな俺に笑顔を取り戻したほたるに対して力強くこれからの方針を告げる。


「一人、いい人物がいるのを思い出した……今回のことにも、それに当時のことにも関わっていたる、この村の生き字引みたいな爺さんをな――」

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