七 破死(2)
「――……ハッ! ここは……どこだ……?」
不意に意識を取り戻した俺は、またも白い朝霧に煙る、どこか川のせせらぎの音が聞こえる場所に独り立っていた。
「橋……?」
目を凝らすと、白く霞んだ景色の中から赤い鉄骨を組み合わせた、近代産業革命を思わすような
どこか、見たことのあるような橋だ……どこだったろうか? ……静かに流れるこの川の音……そうだ。村内を横断するように流れ、神庭湖へと流れ込む尾茂井川にかかるあの赤い橋だ。
「思ひ橋」とか言ったか……あの橋周辺の河原もまた、こどもの頃の俺達の良き遊び場であった。
「……………っ!」
そうして自分の居場所を認識したその時、遠く、その橋の真ん中辺りに一人の少女が立っていることに気がつく。
それまでは周りの白い霧に同化して気づかなかった白いワンピース……最早、説明する必要もないだろう……シラコだ。
「今度は俺に何を見せるつもりだっ!?」
今回こそ捕まえてやろうと、俺はすぐさま全速力で橋の上を少女に向けて突進する。
「………………」
徐々に近づいてくる真っ白い顔をした少女は、そんな俺を恨めしそうな瞳で見つめると、橋の欄干から斜め下に向けて人差し指を伸ばし、眼下を流れる尾茂井川の方を差し示してみせる。
「…ハァ……ハァ……川に何があるっていうんだっ!」
ようやく少女のもとへたどり着いた俺は、三人の死に対する怒りも込めて、その白く透き通るような腕を力任せに掴もうとする。
「なっ…!?」
だが、彼女の腕に指先が触れたと思った瞬間、その白い体は霧散して、周囲の朝霧に溶け込むかのように掻き消えてしまった。
「どこだっ! どこにいったんだ!?」
不安に似た嫌な苛立ちと焦りを覚えた俺は、忙しなく首を振って辺りに消えた少女の姿を探そうとする。
「…………橋の下…」
しかし、もうどこにも彼女の残滓すら見当たらず、そこでふと、先程指し示していた橋の下が気になって、俺は欄干から体を乗り出すと下を流れる尾茂井川を見下ろしてみる。
「ひっ…!」
すると、その水量のあまり多くない川の岸には、転落し、大きな岩に頭を打ちつけて絶命している、俺の死体が大きく目を見開いてこちらを見上げていた――。
「――うぁああああっ…!」
二日続けて、俺は絶叫とともにベッドの上で跳ね起きた。
またなんとも胸糞の悪い悪夢だった……今朝も体中びっしょり嫌な寝汗をかいている……。
……しかし、その中にシラコが出てきたということは、それがただの悪夢ではないかもしれないことを、俺は経験則上すでに知っている。
…………なんだか、とても嫌な予感がする。
枕もとのスマホを見るとすでに7時を回っている……俺は急いで着替えてから部屋を出て、一階への階段を駆け下りて行った。
「ああ、おはよう。もう朝食かい? それなら今すぐ用意するよ?」
一階に降りると、おいしそうなコーヒーとトーストの焼ける匂いのする食堂で、キッチンに立つオーナーの旦那さんが親切に声をかけてきた。
「まあ、相も変わらずトーストとスクランブルエッグだから、連泊さんには申し訳ないけどね」
また、給仕をする奥さんの方も、そんな自虐的なコメントを口に明るい笑顔をこちらへ振り向かせてくれる。
さすが宿泊施設だけあって、もう7時ともなれば、すっかり人々は動き出しているのだ。
しかし、ここ三日接してみての印象からして、どうにもこの根っから明るい性格の二人がシラコと関わりあるようには思えない……やはり、昨日頭に浮かんだその疑惑は考えすぎだったのだろうか?
「やあ、おはよう。昨日はほんとに大変だったねえ」
「立て続けに大切なお友達を亡くしてお辛いでしょうねえ」
また、朝食をとる宿泊客の中には例のご夫婦の姿もあり、俺を見かけると向こうから挨拶をしてきてくれた。
「あ、おはようございます。いえ、昨日はどうもありがとうございました。送っていただいてほんと助かりました」
俺は二人の席に近づくと、俺達を車で小学校まで送ってくれたことに対して改めて礼を述べた。
どうやら車の運転が好きらしく、外での食事がてら夜のドライブにでも行っていたのか? 昨夜もどこかへ出かけてしまっていたため、帰って来てから礼を言う機会がなかったのだ。
「なあに、気にしないでください。こうして同じ宿に泊まったのも何かのご縁ですからね」
「ええ、そうですよ。何か困ったことがあったら、遠慮せずにまたなんでも言ってくださいね」
頭を下げる俺に対し、二人は穏やかな木漏れ日のような笑顔を浮かべ、そんな優しい言葉をかけてくれる。
……そうだ。真人の友人だったこの二人にしても俺達と同じ、親しい友を亡くした者同士なのだ。だから、こんなにも親切にしてくれるのかもしれない。
「さあ、空いてる席に座って。今、パン焼いてくるから。それとも最初にコーヒーがいい?」
ご夫婦と話をしているところへ、給仕をしている奥さんがてっきり朝食をとりに来たものと勘違いして再び尋ねてくる。
「あ、いや、これからちょっと行かなきゃいけないところがあるんで……あ、そうだ! すみませんがレンタサイクル貸してくれませんか?」
俺はこんなことしている場合じゃなかったことを思い出し、奥さんにそう断りを入れると、ついでにペンションでサイクリング用に無料貸し出ししている自転車を借りることにした。
村の境界にあるあの赤い橋まではかなりの距離があるが、さすがにまたご夫婦の車に乗せてもらうわけにもいかないだろう。
いろいろあってそんな娯楽用ツールに目が向かなかったが、ここにはそんな便利なものがあると、今さらながらに昨夜知ったのだ。
「こんな朝早くからかい? まあ、かまわないけど、気をつけて行ってきなよ?」
「はい。ありがとうございます。じゃ、ちょっと出てきます。朝食はどうなるかわからないんで、コンビニかどっかですませます」
そして、怪訝な顔をするオーナーに朝食の用意は不要なことを伝え、駐車場脇に停めてあるレンタル自転車の鍵を受け取ると、俺はあの夢で見た赤い橋へと一目散に急いだ――。
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