七 破死

七 破死(1)

 肌寒い夜気に包まれた、蒼い月明かりに照らされる赤い鉄橋の上……歩道にはピンクのキャリーバッグが投げ出され、静かな夜の闇にその持ち主の戦慄く声が響き渡る。


「――い、いやっ! こ、こないでっ!」


 月よりもなお蒼褪めた顔の中野美鈴は、腰ほどの高さのある欄干を背に横へズリズリと滑るようにして、迫り来る目の前の恐怖から必死に逃れようとしていた。


「……ご、ごめんなさい! ほんとにあんなことになるなんて知らなかったの! あれは誰のせいでもないの!」


 恐怖の対象でしかないその存在に、怯えた彼女はじりじりと後退りしながらも必死で許しを乞う。


「だからお願い! あたし達を許して! 許してくれるならなんでもするから! だから……だからもう、誰も殺さないで!」


 なおも半歩づつ、少しでも距離を取ろうと後へ下がりながら、彼女は目に涙を浮かべて叫ぶようにして懇願する……だが、彼女をそうさせている存在は、こちらも彼女に合わせて同じだけを近づき、けして手の届く距離を変えないまま……。


〝なら、おまえが死ね〟


 と告げた。


「ひっ…! い、イヤぁあああぁぁぁ~っ!」


 その恐ろしい言葉を耳にした瞬間、彼女は目をこれでもかと見開き、突然踵を返すと、夜の渓谷に金切り声を響かせて走り出そうとする。


「ハッ…! キャぁあああぁぁぁぁ……」


 だが、それよりもわずかに早く、伸びてきた手が彼女を押し上げ、橋の欄干から真っ暗な谷の底へと、そのピンクの衣装に包まれた体を突き落とした――。

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