六 憔愕絞(5)

「――やっぱり、納得いかないよ……ユキが…グスン…ユキが自殺なんて……」


 それでも、あまりのことに何かをしようという気分にもなれず、どこにも行く当てのない俺達は、その後もしばらく校庭の隅にだらだらと居座っていた。


 こんな事件があったので、さすがに関係者以外は立ち入り禁止になっており、普段は遊んでいるだろうこども達の姿も今日は見当たらない。


「……ユキが…グスン……ユキが死んじゃったあああぁぁ~っ!」


 人目がなくなると、それまではショックで涙を流すことすら忘れていた美鈴が、まるでこどものように大声で泣きじゃくり始める。


「…グスン……マトンくんやアズちゃんだけじゃなく、今度はユキくんまで……」


 それにつられるようにして、ほたるも美鈴ほどではないまでも鼻をすすって涙ぐんでいる。


 俺は、そんな二人に対して話すべきかどうか迷った……だが、たとえさらなるショックを受けるのだとしても、きっとこのことは二人も知らなければいけないことなんだろうと思う。


「二人に、話しとかなきゃいけないことがある……」


 俺は、思い切って今朝見た夢のことと、さっき喫茶店で目撃したシラコの幻影のことを語って聞かせた。


「――ま、おまえの様子に目を離し、もう一度、窓の外見た時にはもういなくなってたんだけどな」


「……やっぱり、シラコがあたし達に復讐してるんだ……罪を償わせるために、それでユキは首を吊られたんだよ!」


 俺の話を聞き終わると、いつの間にか泣き止んでいた美鈴は焦点の合わない眼を小刻みに震わせ、発狂したかのようにそんな意味深な言葉を叫ぶ。


「復讐? 罪を償わせる? ……どういう意味だそれは?」


「だから、それはあたし達が……と、とにかく! マトンもアズもユキも、やっぱりみんなシラコに殺されたんだよ!」


 どうにも引っかかるその言葉に俺が問い質すと、美鈴は思わず何かを言いかけたが途中でそれを飲み込み、やはり今度も隠し事をするように力技で誤魔化す。


「このままだと、シュウもホタルもあたしも、みんなシラコに殺されちゃう……ねえ、逃げよう! こんな村とっとと捨てて、どっか遠くに逃げちゃおうよ! そうだよ! シュウもあたしも今は東京暮らしなんだもん。東京に帰ればいいだけだよ! なんならホタルも一緒に行こう! みんな一緒に東京で生きてこうよ!」


 そして、恐怖に引き攣った顔ですがりつくように訴えかけた後、妙案を思いついたとばかりに顔色を明るくして俺達を誘う。


「……いや、俺はまだ行けない。少なくとも、シラコのウワサの真相にたどり着けるまではな」


 だが、俺はゆっくりと首を横に振り、赤く泣き腫らした彼女の瞳を真っ直ぐに見つめてそれを断った。


「えっ……どうして? どうしてなの!? シラコのことにこれ以上関わったらほんとに殺されちゃうよ! アズもユキも調べようとなんかしなきゃ、こんなことにならなかったかもしれないのに! 特にシュウはシラコに取り憑かれてるんだし、早く逃げなきゃほんとに危ないよ!」


「だからだよ。みんなの中でも、なぜか俺の前にばかりシラコは姿を現す……もう、死んだ三人のためだけじゃない。これは俺自身の問題なんだ。それに、シラコの真相を知ることで、俺は忘れている何か大事なことを思い出せるような気がするんだ」


 意外だという表情を浮かべ、美鈴は心配そうに説得を試みようとするが、それでも俺の決意は変わらない。


「そんな……ホタル、あなたもそう思うでしょ?」


「ごめん……うちもやっぱ行けないよ」


 唖然とした顔を振り向け、今度はほたるに同意を求める美鈴だが、彼女も申し訳なさそうに首を横に振ってみせる。


「……じゃあ、じゃあいいよ! あたし一人でも出て行くから! もともとこんな田舎の村じゃ、あたしの夢はかなえられなかったし、だから東京の学校に進学したんだもん! ユキのいなくなったこんな村になんかもうなんの未練もない! もう二度と帰ってなんかこないんだから!」


 俺達の心を動かすことができないと悟った美鈴は、一転逆切れすると駄々っ子のように感情を吐露し、大きな声で憚ることなくまくし立てる。


「それじゃあ、二人ともさよなら。もうどうなったってしらないんだから!」


 そして、ぶっきらぼうに別れの挨拶を告げると、いつの間にか夕陽に赤く染まっていた校庭を無遠慮に横切り、足早にさっさと帰って行ってしまう。


「スズちゃんはね。ユキちゃんが好きだったけど、シュウくんのことも好きだったんだよ」


 引き留める言葉も見つからず、去り行く美鈴の姿をただただ黙って見つめていると、またもやほたるが傍らでぽつりと呟いた。


「小学生の頃のシュウくんは駆けっこでもサッカーでも、なんでもユキちゃんと張り合うくらいにカッコよかったし。それに、スズちゃんとはあの頃から夫婦漫才みたいにいいコンビだったしね」


「そっか……そいつはまったく、気がつかなかったな……」


 それが本当のことなのかどうかはよくわからなかったが、たとえそうだったのだとしても、やはり俺はこのまま彼女について村を後にすることはできない……おそらく俺とシラコの間には、忘れてしまっている何か重要な関わりがあるのだ……。


 俺もぽそりと呟くようにしてほたるに答えると、夕日に長い影を伸ばして遠ざかる、旧友の姿を見えなくなるまで眺めていた。

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