六 憔愕絞(3)

 その後、なんだか何もやる気が起きず、うだうだと午前中を無駄に過ごした俺は、昼頃になって美鈴から喫茶「おもひで」へ呼び出された。


 今日になってもまだ幸信とは電話もSNSも繋がらず、どうにも不安を覚えた彼女は幸信の行動を追う目的も兼ね、「わたし達もシラコのこと調べてみよう」などと言い出したのだ。


 呼び出されたのは俺だけでなく、もちろん、ほたるもである。


 まあ、俺としても最早、他人事ではないし、あずさや真人の死について納得のいく答えが欲しかったので、調べることについては何の異論もない。それに、なんであろうと何か明確にやることのあった方が、あの悪夢の不快感に囚われた俺の心も多少なりと紛らわされることであろう。


 そんなわけで、今日も集まることになった俺達が集合場所に選んだのがここ、喫茶「おもひで」である。


 ただし、湖畔沿いではあるものの、ペンションから「おもひで」までは少し距離がある……。


そのため、どう行こうかと悩んでいたところ、一緒に泊まっているあの夫婦もちょうどどこかへ昼食をとりに行こうとしており、それじゃあそういうことならと「おもひで」へ行くことにしたご夫婦の車に便乗させてもらった。


 自動車ならばさほどかからぬ時間走った後、到着すると昭和レトロな店内は避暑に訪れた観光客でそれなりに混み合っていた。


 また、副業で奥さんがやってる駄菓子屋も併設しているため、こども達の騒ぐ声が時折、微かに聞こえてきたりもする。


 夏休みとはいえ、田舎の店にしてはけっこうな賑わいである。観光客のいる湖畔部とこどもの多い農村部のちょうど真ん中辺りの立地を選ぶとは、ここのマスターも意外と商売の才があったといえよう。


 ところで、なぜここを集合場所に選んだかといえば、時間的に昼飯を取るという目的も副次的にあったが、それよりも一昨日の葬式の後、学校でこども達に「ここの駄菓子屋で真人が何かシラコについて語っていた」という話を聞いたし、あずさの野帳にも「喫茶おもひで」・「マトン、話してた」というメモが残されていたからである。


 あずさもここへ話を聞きに来た可能性は充分にありえるし、それに商売柄、村内の情報が自然と集まってくる場所でもある……二人の死とシラコの関わりについて調べるのに、やはりここは外せない重要なキースポットだと考えたのである。


「――ああ、その手帳持って、一昨日の午後にあずさちゃん話聞きに来てたよ。まさか、その日の夜に真人君の後追うように亡くなるとはねえ……こうして修史君も久しぶりに帰って来たっていうのにねえ……」


 テーブル席を選んだご夫婦と別れた後、店前で合流した美鈴、ほたるの両名ととともに空いていたカウンター席に腰を下ろし、名物〝ダムカレー〟ランチセットを頼んでから例の野帳を見せて尋ねると、デニムのエプロンをした小太りのマスターは丸顔に残念そうな表情を浮かべながらそう答えた。


 マスターは名前を黒部田武くろべだたけしといい、歳は確か50代だったと思う。俺のこどもの頃からずっとこの店をやっているわけだが、あの頃とまるで変わらず、こどもがそのまま大人になったような感じを受ける無邪気なおっさんだ。


 なんていう俺もこどもの頃とあまり変わっていないらしく、向こうも顔を憶えていて、すぐに俺とわかったらしい……。


「やっぱりアズはここに来たんですね。どんな話を聞いていきました?」


 ともかくも、案の定、あずさはこの店に話を聞きに来ていたようだ。それに、あの野帳も彼女のもので間違いないことがこれで確かめられた……俺は手ごたえを覚えながら、さらに突っ込んだ質問をぶつけてみる。


「ああ、それ。昨日来た幸信君にも同じこと訊かれたよ」


「あ! やっぱユキも来たんですね!」


 すると、予期せず副産物的に幸信の足跡を知ることとなり、思わず美鈴が弾んだ声を上げる。


「ああ、お昼過ぎぐらいだったかなあ。で、幸信君にも言ったけど、話したのはこども達の間で流行ってる〝シラコ〟のウワサが主だったね。中でも一番興味示してたのは、真人君がこどもらに話してた内容についてかなあ?」


 美鈴の乱入に、マスターは少し考えてからそう言うと、コーヒーを入れながら本題に戻って俺の質問にも答えた。


「え、じゃあ、マトン…真人がどんなこと話してたか憶えてるんですか!?」


「ああ、おおまかにだけどね。あの時はこっち暇だったんで、俺も真人君と一緒に駄菓子屋の方へ移動してお茶してたんだよ。そうしたら、こどもらが〝シラコ〟のウワサ話してて、それ聞いた真人君がなぜか顔色変えて話に加わったんだよねえ……だから、印象深くて」


 さらっと答えてくれたその回答に、俺は少々の驚きを以って聞き返したが、さらにマスターはなんとも興味深い話をし始める。


「な、なんて話してたんですか!?」


 すると、俺が再び口を開くよりも早く、いつになくほたるが驚いた表情を浮かべ、急かすようにしてそう尋ねた。


「えっとねえ……君達もシラコの話は知ってるかな? ほら、あの話だと、シラコはアルビノ・・・・だってことになってるでしょう? でも、それを聞いた真人君は〝いや、そうじゃない。シラコは日光アレルギー・・・・・・・だった。それで日光を浴びて死んだんだ〟って、大真面目に反論し出したんだよ。あずさちゃんにも言ったけど、たかだかこどものウワサ話になんであんな真剣に語ってたのかねえ……もしかして、君らのこどもの頃にもそんな怪談が流行ってたの?」


 ほたるに問われたマスターはその当時を思い出している様子で、天井を見上げながら小首を傾げ、解せないという顔をして反対に訊いてくる。


「………………」


 その問いに、となりに座るほたると美鈴はなぜか暗い顔色になってカウンターの上へ視線を落としている。


もちろん俺はまったく憶えがないので、マスター同様、訝しげに首を傾げてみせた。


 ……にしても、もしそれが本当だとしたら、こども達も言っていた通り、やはり真人はシラコの都市伝説について詳しく知っていたことになる。しかも、今話されている内容とは微妙にことなる設定のものを……。


 いや、設定が異なるというより、そちらの方がよりオリジナルに近いのではないのか? よくよく考えれば、あの少女の髪は綺麗な黒髪だが、アルビノならば金や銀などの明るい色になるはずだ。それに瞳の色もアルビノの特徴である赤目ではない。


 日光アレルギーなら日にあたることを避けるだろうから同じく肌は白くなるだろうし、日光に当たってアレルギー反応を起こせば、死に至る可能性だって充分にあるうる……アルビノよりもこちらの方がしっくりくる、現実的にありそうな話だ。


 ではなぜ、真人がそんなオリジナルのウワサを知っている? ……いや、違う。もしかして、知ってたのは真人だけじゃないのか? この二人も、幸信や死んだあずさもみんなじつは知ってたのか!? 


 だとしたら、俺だけ知らないなんていうのもおかしな話だ……俺の記憶が失われているその頃にも、本当は今と同じようにシラコの都市伝説があったんじゃないのか? ……しかも、それがただの都市伝説じゃなく、現実に人が死ぬ、少女の幽霊の祟りだったのだとしたら……。


「……ああ、ごめん。二人のこと思い出させちゃったね。ほんとに、こんな若さで逝くなんて残念でならないよ……」


 うち沈んだ顔で黙り込む俺達を見て、勘違いをしたマスターがとても申し訳なさそうに謝る。


「……あ、い、いえ。気にしないでください。そうだ! この〝二年前から〟ってのに何か心当たりはありませんか?」


 無駄に気を遣わせてしまってこちらこそ申し訳なく、俺はフルフルと首を横に振ると野帳のその文字を思い出し、そこを指さしながら尋ねてみた。


「二年前? ……ああ、そりゃたぶん、シラコのウワサが流行り出した時期だね。俺の記憶だと、たぶんそのくらいだ」


「そっか。だからあたし達知らなかったんだ。もうみんな、進学で村を出ちゃってたからね」


 その答えには、今度は黙り込むようなこともなく、美鈴が納得という顔をこちらに向けて、むしろ積極的に口を開いた。


 ……なるほど。この「二年前から」っていうのはそういう意味だったか。だが、そうすると二年前に何があった? もしかして、二年前にシラコの幽霊となった少女が亡くなったのか? ……いやでも、俺達がこどもの頃からあったとすると矛盾するな……。


 しかし、頭に浮かんだその疑問を尋ねるよりも早く、その答えはマスターの方から話してくれた。


「それで、あずさちゃんに二年前に何かシラコのもとネタになったような事件はなかったかとも訊かれたんだけど、そういう話はまったく聞き憶えないんだよねえ。それでも強いて挙げるとすれば、みんながよく遊んでた湖畔にある白い洋館の別荘。あそこはしばらくずっと使われてなかったんだけど、それが二年前にペンションとしてオープンしたってことくらいだね」


「えっ? あのペンション、二年前…つまり、シラコのウワサが出始めた頃に開いたんですか!?」


 俺は思わず、椅子から腰を浮かして声を上げてしまった。


「ああ。まあただの偶然だろうけどね。その裏山で真人君があんなことになっちゃったから、あずさちゃんに訊かれた時にふと思い出したんだけど、まあ、それくらいの関連しかないしねえ」


 ……いや、なんだろう? この気持ちの悪いシンクロニシティは……はっきりと断言できるような関連性はないのだが、それでも、それぞれの事象がお互いを媒介にしてぼんやりとすべてが繋がっている……。


 真人の死……裏山……ペンション……そして、シラコの都市伝説……曖昧模糊として、はっきり言い表せない何か得体の知れないもので、それらは蜘蛛の糸のように関連し合っているのだ。


 あずさの野帳にあった「別荘→ペンション」というメモも、今までただの経緯を書いたものだとまったく注目していなかったが、「二年前から」の意味がわかるとぜんぜん違ったものに見えてくる。


 最後の「オーナー」に丸がしてあったのも、昨日は真人の遺体の第一発見者だったからだと解釈したのだが、このストーリーに当て嵌めてみると、俺達は大きな読み違いをしてしまっていたのかもしれない……。


 二年前、あの白い湖畔の別荘がペンションとして開業するのと時を同じくして、シラコの都市伝説もささやかれるようになった……それもただの偶然で片付けられるのか? もしそれが偶然でないのだとしたら、当然、あのオーナー夫婦もシラコと深い関係があることになる。


 シラコ――毎年、夏にこの村へ避暑に来ていて、不幸にもアルビノ、あるいは日光アレルギーの症状で命を落とした少女の幽霊……。


 ……いや、待てよ。避暑に来た時はどこで寝泊まりする? ……もと別荘だったペンション……そのペンションを営むオーナー夫婦……いや、まさか、もしかしてオーナー夫婦はあの少女の…。


 プルルルルルル…!


 だが、何かが見えそうになったその時、俺の思考は突然のけたたましい着信音によって遮られた。


「あ! あたしだ……ああっ! ユキからだ! しかもなぜか家電?」


 それは、美鈴のスマホだった。カウンターの上に置かれたピンクのそれを手に取ると、彼女は画面を見つめて驚きの声を上げる。


「もしかして、あいつ、スマホ壊れて、それでずっと連絡なかったなあ……ちょっと出てくるね!」


 そして、ニヤニヤしながら家の固定電話からであることにそんな勘繰りを入れると、他の客の迷惑にならないよう、弾んだ声で断りを入れ、店の外へ急いで走り出て行く。


「スズちゃんはね、ユキちゃんのことが好きなんだよぉ」


 やけにうれしそうだな…とその後姿を目で追っていると、耳元でほたるが声をひそめて呟いた。


「ああ、それは俺もなんとなく気づいてた」


 店のガラス窓越しに、こちらへ背を向けて電話に出る美鈴を見つめながら、俺もぽそりとほたるに答える。


 いくら朴念仁の俺だって、ここへ来てからの美鈴の幸信に対する態度を見ていれば、そこら辺は「あれあれ~?」とそこはかとなく理解する。


 それに、こどもの頃からスポーツ万能で頭がよく、俺達のリーダー的存在だった幸信を、あいつはキラキラとした目をしていつも追っていた……あの頃からずっと幸信に対して、幼いながらも好意を抱いていたに違いない。


 にしても、ほんとこいつは、ぼぉーとしているようでいて、よく人を見てるな……。


 と、そのふしぎちゃん・・・・・・な雰囲気とは裏腹に鋭い観察眼を持つ、となりで無邪気にニコニコ微笑んでいるほたるに改めて感心している時のことだった。


「……っ!」


先刻来、窓の外にはとなりの駄菓子屋に来るこども達の姿がちょこちょこ見え隠れしていたのであるが、その中に一つだけ、どうにも異質なものを見つけた俺は甘酸っぱいノスタルジーから一気に現実へと引き戻された。


 それは、はしゃいで行き交う他の子らと違い、ただじっとそこに立って、ガラス窓越しにこちらを微動だにせず見つめている……白いノースリーブのワンピースに大きな麦わら帽子、透き通るような白い肌をした長い黒髪の少女――あの少女だ! シラコである!


「シラコ……」


 俺は思わず椅子から腰を浮かして中腰に立ち上がった。


 だが、咄嗟に外へ飛び出そうとした俺は、突然、カラン! カラン! と乱暴に響いたベルの音によって足を止められてしまう。


「スズ……?」


 見れば、開け放たれた入口のドアの前には、外で電話をしていたはずの美鈴が今にも落としそうな様子でスマホを辛うじて握り、血の気の失せた顔で幽霊のように突っ立っている。


「スズちゃん、どうしたの!?」


 明らかに何かあったようなその姿に、異変に気づいたほたるも切迫した声で慌てて問い質す。


「ユキの……ユキのお母さんからだったんだけど……ユキが……幸信が死んじゃったって……」


 ほたるの問いに、美鈴は焦点の合わない目で俺達の方を見つめながら、まるで感情を持ち合わさないロボットか何かであるかのように、か細い声でそう呟いた――。

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