五 喪離(3)
「――君らも大変だったねえ。お友達のお葬式に帰って来たってのに、また一人亡くなっちゃうだなんて……」
ペンションの喫茶店でこだわりのコーヒーとケーキを堪能する俺達に、オーナーの旦那さん――
髭面で、かぶった赤いバンダナと赤いエプロンのよく似合う、山小屋とかによくいそうなタイプの中年のおじさんだ。見た目に反して料理の腕は良く、昨日食べた夕飯のハンバーグもとてもおいしかった。
「それも、自分が第一発見者になっちゃうだなんて……あたし達も昨日来た娘さんだったって聞いてほんとびっくりよ!」
続けて奥さんの方――
小柄な体に旦那さんとペアルックの同じバンダナと赤いエプロンを着けており、目が大きくハキハキとよくしゃべる、この瀟洒な洋館とは対照的に非常に庶民的な人懐っこいおばさんである。
「それで昨日、あずさ…彼女が来た時、どんな話をしたんですか?」
すぐ近所で起きたことだし、今朝のことは当然、二人の耳にもすでに入っている。俺は奥さんの口からそんな言葉の出たところで、この好機を逃すまいと思い切って尋ねた。
「うーん……一番はやっぱり山で亡くなった飯田さんとこの息子さんのことかなあ」
俺のその質問には、奥さんの前に旦那さんの方が答えた。
まあ、そこら辺は俺も予想していた通りだ。亡くなったのがここの裏山だったのだから、その晩に彼を見なかったか? とか、何か変わったことはなかったか? などの質問をしたことは容易に想像がつく。
「なにせ、遺体を一番に発見したの、うちの人だったからねえ。つまりはあなたと一緒ってことね」
だが、旦那さんの言葉を受けた奥さんは、さらっととんでもない新情報を付け加えてくれる。
「えええっ! 最初に見つけたの、旦那さんだったんですかあ!?」(×3)
俺達三人は、シンクロして同じ大声を思わず食堂内に響かせた。
「ど、どうして教えてくれなかったんですか!?」
「いやあ、ごめんごめん。なんだか言いそびれちゃってねえ。お友達を亡くしたってのに、部外者が首を突っ込むのもなんだなあと思って……あの日の朝、お客さんに提案されて宿のホームページに載せる周辺の風景写真撮ろうと裏山に登ったんだけど、そうしたら奥の崖の下に転落してるとこを見つけちゃったんだよ。お友達の前でなんだけど、まさかこんな所でって、それはもうびっくりしたよ」
すぐさま俺が抗議の意味合いも込めて尋ねると、旦那さんは苦笑いを浮かべながらそのことを謝罪し、当時の状況を簡単に説明してみせる。
なるほど。そういうことだったのか……てっきりシラコに関わりあるからオーナーのもとを訪れたのだとばかり思っていたが、あずさはどこかで旦那さんが第一発見者であることを耳にして、そちらの方面の話を聞きに来ていたというわけだ。
あの野帳にあった「オーナー」という文字は、つまり、そういう意味だったのである。
「ま、そんな訊かれても、俺はただ遺体を発見しただけで、その晩も彼を見かけるようなことはなかったし、そもそも普段からここら辺に来てる様子はなかったと思うけどね。いったい、なんで夜中にあんな場所へ行ったものか……」
俺が尋ねるよりも早く、旦那さんは俺の聞きたかった〝あずさの質問への回答〟を自ら話してくれる。
どうやら、真人のことに関しては完全に空振りだったみたいだ。では、もう一つの問題――肝心のシラコのことについてはどうだったのだろうか?
「あの、こんなこと訊くの変だと思われるかもしれないんですが……〝シラコ〟って女の子の幽霊について、何かご存知のことありませんか?」
「ああ、亡くなった彼女にも訊かれたよ。この村に夏にだけ現れるっていう白い少女の幽霊だろ? まあ、こども達の間で流行ってるってことくらいは知ってるけどね。まさか、そんなウワサで語られる幽霊のせいで、飯田さんの息子さんが亡くなったなんていうのはどうにもねえ……そんなことないと思うよって、彼女には答えたよ」
質問が質問だけに、俺は恐る恐るシラコのことも尋ねてみたのだが、旦那さんはまるで信じていないような口ぶりで、そんなものは眉唾だと一蹴した。
「その彼女がこんなことになっちゃったから、関わりあるように思う気持ちもわからなくはないけどね。でも、きっとただの偶然だよ。やり切れないだろうけど、悪い偶然が重なったんだよ……」
その後に、俺達友人への気遣いも込めて、旦那さんはそんな言葉もつけ加える。
「そう……ですよね……」
意外に現実的な考えを持っていた旦那さんに、俺はどちらともつかない曖昧な生返事を返した。
……でも、本当にただの偶然なのだろうか?
だとしたら、俺が見たあの少女はどう説明する? 俺は少女の後を追いかけ、そこで、彼女に教えられるようにしてあずさの遺体を発見した……それすらも単なる偶然だと片付けることができるというのだろうか?
それに、昨日の夕方――俺達が最後にあずさを見かけたことになるあの時、帰り際の彼女は「もっと驚くようなことを明日報告できる…」と何か大きな収獲があったような、そんな口ぶりだった……。
今、オーナーに聞いた話だけで、果たしてあんな自信満々な態度になるものだろうか?
「………………」
見れば、前の席に座る美鈴とほたるもケーキを食べる手を休め、どこか釈然としない顔をして俯いている。
だが、納得はいかないながらも何か反論するまでの論拠も持ち合わせてはおらず、俺達はもうそれ以上、質問することもないまま、どこか宙ぶらりんにされたような状態で夕刻のお茶会はお開きとなった。
「――ダメだ。まだ出ないよ。しかも電波の届かないとこになってる」
返り際、玄関の前で再度、美鈴が電話をかけたが、今度も幸信が出ることはなかった。
「おまえがしつこくかけるからうるさくて電源切ったか、あるいは充電切れたかだな」
「しつこくって、出ないからいけないんでしょう! もう! ユキのやつ、あたしの電話を無視するなんていい度胸してんじゃない!」
俺がちょっとイヤミに推測してそう言うと、美鈴はなおいっそう口を尖らせ、こどものようにプンスカと怒って喚き立てる。
「ま、明日集まろうとか言ってたし、そんな急かさなくてもその内連絡くるんじゃないか?」
「しょうがない。アズの手帳のこと、メッセージ送っとくか……んじゃ、この手帳はあたしが預かっとくね」
うるさいのでその後フォローも入れてやると、美鈴は膨れっ面をしたまま、スマホを弄って某SNSのメッセージ機能で伝言を送る。
「………………」
一方、ふとそちらに目を向ければ、その間、ほたるは何か気がかりなことでもあるような顔をして、じっとペンションの二階にあるカーテンの閉まった窓を見上げていた。
間取り的には、おそらく俺の泊まっている部屋のとなりになる。
「……ん? どうかしたか?」
「…! う、ううん、なんでもない! ただ、
しかし、俺が声をかけるとまたもそんな言い訳をして、その視線に秘めた真意をはぐらかそうとする。
「それじゃあ、ユキちゃんから連絡あればまた明日だね。シュウくんもまだこっちにいるんでしょ?」
「ああ、アズの葬式もあるだろうしな。オーナーに言って、もうしばらくここに泊まらせてもらうつもりだ」
さらに話題を変えようとするかのようにそう尋ねられたが、問われて答えないわけにもいかないので、やむなくそう予定を告げる。
「そっか……じゃ、また明日ね」
「ああ、じゃあな」
だが、別れの挨拶を交わしながらもどこか上の空で、ほたるはまたしても二階の窓をなぜか眺めている。
いや、ほたるばかりじゃなく、明日おとなしいと思ったら美鈴までもだ。
「じゃ、じゃあまたね!」
二人につられるようにして俺も同様に見上げると、それに気づいた美鈴は何事もなかった風を装い、わざとらしく手を振ってほたるとともに歩き出す。
「………………」
そうして、時々何か言いたげな顔を振り返らせながら、どこか後ろ髪惹かれるような様子で彼女達は帰って行った。
昨日のあずさのこともあり、そんな二人の後姿に俺は胸騒ぎを抱かずにはおれなかった……。
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