二 同葬会(3)

「――おまえ、これからどうするんだ? もうすぐに帰るのか?」


 豪邸から真っ直ぐに伸びる田舎道を、来た時とは逆方向にとぼとぼ進み始めると、となりを歩く幸信が早々に訊いてきた。


「いや、帰り何時になるかわからなかったし、一泊してくつもりで湖畔のペンション予約しといた」


「だったらさあ! こうしてみんなで久々に集まったんだし、小学校とか見に行ってみようよ! マトンの慰霊も込めてさ!」


 すると、背後から不意に美鈴が顔を出し、弾んだ声でそんな提案をしてくる。


「あら、いいわね。わたしも久しぶりに学校見てみたいかも」


「うん。なんか、ほんとに同窓会みたいでそういのいいね」


 その思いつきには、後を歩いていたあずさとほたるも諸手を挙げて賛成らしく、それぞれの言葉で色めきたっている。


 もちろん、俺としてもなかなか興味をそそられるイベントだ。


「じゃ、決まりだな。久々に行ってみるか。我らが母校、尾茂井沢小学校へ」


 俺の意見を聞くこともなく、幸信もそれに賛同の意を示し、俺達はそのまま懐かしの母校へと足を向けることとなった。




「――なんか、こどもの頃より小っちゃくなった気がしない?」


「それは俺達が大きくなったからだよ」


 校門の前から古い鉄筋コンクリート造りの校舎を眺め、アホなことを口走ている美鈴に俺はツッコミを入れる。


 真人の家から小学校までは、そう遠くない距離にある。


 まあ、小学生のこどもが通学していたのでそれも当然といえば当然であるが、大人になった俺達の足ならば、田舎道を少し歩くだけですぐに到着した。


 その周辺には、やはり随分と古い木造の村役場や公民館、交番などが集まっており、この本来の〝ムラ〟であった旧村落エリアの中心部となっている。


 昨今、耐震強度などが心配されるところであるが、資金不足のためか? どうやら建て替えられることはなかったらしく、その景色は10年前とさほど変わらないように思う。


違和感を覚えるところといえば、無論、実際に小さくなったわけではないのだが、確かに美鈴の言うように記憶よりも校舎が小さく感じられることくらいだ。


「でもやっぱ懐かしいな~。あ、見て! あのモザイク画、あたし達が卒業記念に置いてったやつだよ!」


 そうしてノスタルジーを感じている俺の傍らで、俺のツッコミなど完全に無視して、美鈴が堂々と校門の門柱の間を入って行ってしまう。


「あ、待てよ! んもう、まったく仕方ないな……」


 その後を追い、口では苦言を呈しながらも、彼女に便乗するような形で俺達も校庭へと足を踏み入れる。


 まあ、今は夏休み中だし、今日は土曜で教師達も休日なので、幸い不法侵入を咎められるようなこともなかったからよしとしてもらおう。


 夏の西日が乾燥した赤い大地の上に照りつけ、砂埃の舞うこのジャリジャリとした感じがなんとも懐かしい。


 学校は休みであるが、長期休暇に暇を持て余した村のこども達3名ほどが、校庭でサッカーボールを蹴って遊んでいる。


 男の子二人に女の子一人、歳は俺がここを離れたのと同じ4年生くらいだろうか? これもまた、俺達の頃となんら変わらない風景だ。


 そのこどもらを気に留めることもなく、美鈴は昭和の香りのするレトロな昇降口へと直進し、その脇の壁にはめ込まれたモザイク画を目を輝かせて眺めている。


「そういえば、そんなもの作ったりもしたわねえ」


「うちは不器用だから、けっこう失敗とかしちゃったんだあ」


 俺達も美鈴に続いてそちらへ向かうと、あずさやほたるもそのモザイク画を見て、その当時の記憶を鮮やかに蘇らせているようだ。


その絵は、この村の遠景と思しき風景を色付きタイルでカラフルに描いたものであるが、それについて俺はまったく見憶えがない。それもそのはずで、このモザイク画は卒業の際――即ち俺がもうこの村から去った後・・・・・・・・・に制作されたものだからだ。


 その事実に、つい今しがたまでは俺もこいつらと同じ仲間の一人だと勝手に思い込んでいたのであるが、実際にはけして埋められることのない、大きな時間的隔たりのあることを強烈に思い知らされた。


 やはり、小学校を卒業してからもずっと繋がりのあったこいつらと、あの頃以来、一度もここへ帰ってきたことのなかった俺とでは決定的に違う……俺だけは、この場所にとって〝異邦人〟なのだ。


「あ~っ! 危なぁ~いっ!」


「……んん? おっと!」


 モザイク画を前に盛り上がる4人の背後で、なんだか急に訪れた淋しさに独り苛まれていると、そんなところへ村の子が蹴ったサッカーボールが的を外して飛んできた。


「ほらよ。周りに人がいる時はもっと気をつけろよ?」


 慌てて駆けてきたこども達の内、蹴った張本人と思しき男の子に、咄嗟に受け止めたボールを渡しながら一応、大人として注意をしておく。


「ご、ごめんなさい! ありがとうございます! ……あのお、飯田のお兄ちゃんのお葬式に行ってたんですか?」


 俺の苦言に対して素直に謝る男の子だったが、下げた頭を上げた後、なんだかとても訊きにくそうに、そんな思いもよらぬ質問を投げかけてきた。


 きっと、喪服を着た俺達を見てそう推理したのだろう。小さな村だから情報はすぐに広まり、共有される。葬式の帰りとなれば、村の旧家・飯田家の息子のものと容易に想像はつく。


 だが、その口ぶりはなんだか真人のことをよく知っているような……。


「うん。そうだよ。もしかして、その飯田のお兄ちゃんと君達も知り合いなのかな?」


 その騒ぎに後ろの4人もこちらを振り返り、男の子と同じ目線に腰を屈めたほたるが、穏やかな笑顔を浮かべながら俺の思ったことを尋ねた。


「うん! 〝おもひで〟の駄菓子屋さんでたまに怖い話とかしてくれたんだ」


 ほたるに優しく訊き返されると、男の子はパッと顔色を明るし、うえれしそうにそんな答えを返した。


 〝おもひで〟というのは、俺がこどもの頃からあった喫茶店である。


村の農村部から湖畔の別荘地に出る辺りに位置し、となりに駄菓子屋を併設していることから村のこども達のたまり場となっているのだ。


そうか。今も変わらず健在だったか……。


 真人もほたる同様、大学進学後は長野市の方に下宿していたみたいだが、あいつのことだ。たまに村に帰った時には馴染みの〝おもひで〟に行って、そこでこども達とも交流していたのだろう。


 こどもとも容易に打ち解けられるところが、なんともあの真人らしい……つくづく惜しい人物を亡くしたものだと改めて痛感させられる。


「ねえねえ、飯田の兄ちゃん、〝シラコ〟に呪い殺されたってほんと?」


 だが、今の子とは別の、もう一人の男の子が無遠慮に言った不気味な一言に、感慨に浸っていた俺の心は一気に現実へ引き戻された。


 シラコ? ……なんだシラコって? もしかして、「白子」って書く、いわゆる〝アルビノ〟のことか?


 ……でも、それとは別に、俺はその言葉をどこかで聞いたことがあるような……いや、それよりも「呪い殺された」っていうのはどういうことだ?


 続く言葉とも相まって、その不気味な響きを持った単語に怖気おぞけのような背筋の冷たさを感じる俺だったが、同じく幸信達4人にしてもその名前を聞いた瞬間、彼らをとりまく空気がさあっと凍りついたことが肌を通して理解できる。


「ちょっと! そういうこと言っちゃいけないって、お母さんが言ってたよ!」


 一方、こども達の内では唯一の女の子であるちょっとおませそうなが、ある種最もこどもらしく、礼儀というものを知らないその男の子を目を吊り上げて嗜めている。


「だって、みんな言ってるじゃん。飯田の兄ちゃんはシラコに会っちゃったから死んじゃったんだって」


 対して男の子の方も、叱責されたことに納得いかず、自分は正しいのだと女の子に言い返すのだったが……。


「シラコってなんのことなの!? その話、もっと詳しく教えてくれる?」


 不意に前へ出たあずさが男の子の肩を掴み、とてもこども相手とは思えないひどく険しい形相で、まるで尋問でもするかのようにそう言って詰め寄った――。

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