二 同葬会(2)

「――そっか。それじゃあ、アズは今、京都にいるんだ。まあ、歴史勉強するにはぴったりな場所だもんなあ」


「まあね。今じゃ完全に観光地だし、日本人より外国人の方が多いくらいだけど、それでも千年の都だったし、歴女には溜まらない歴史的スポットがいっぱいあるからね」


 「こいつっぽいな」と思いながら感想を述べる俺に、あずさはつまらなそうな態度を装いながらも、どこか自慢げにツンとした態度をとってみせる。


 メガネなインテリ女子の外見そのままに、彼女は今、京都の女子大に通って日本史を勉強しているらしい。


 葬儀の後、これまた広くて立派な別の座敷に移動した俺達は、精進落とし・・・・・のために用意された料理を飲み食いしながら、ほんとに同窓会のようにしてそれぞれの現在を語り合った。


 全員二十歳はたちになっているのでビールも飲めるお年頃であり、アルコールがますます同窓会気分を盛り上げてくれる。


「で、ユキは名古屋の大学でスズは東京の専門学校か。なんだ。それじゃあ、地元に残ってるのは県内の短大行ってるホタルだけか」


 俺だけが違う土地から来た異邦人で、みんなずっとこの村に居続けているように思い込んでいたが、よくよく考えれば進学などで外へ出ていく方がむしろ普通である。どうやらそのほとんどが、俺と同じく今回のことで久々にこの村へ帰ってきたというところらしい。


「学校のある諏訪で独り暮らししてるから、うちもいつもは村にいないんだけどね。それにマトンくんも長野にある大学のキャンパスに通ってたんだよ」


「そっか。あいつ、この大きな家の跡取りだったんだもんなあ……」


 大農家の跡取りという事情から、遠くにはなかなか行かせてもらえなかったやつの心情をおもんばかりつつ、俺は広々としたお座敷の古めかしい天井をぼんやりと見上げる。


「………………」


 俺の言葉を受け、苦笑いを浮かべながらほたるの口にした真人の名前に、その場は不意にしんみりとした空気に包まれた。


「……そいえば、シュウ、おまえはあれからずっと東京か?」


 その空気を打ち破ろうとするかのように、幸信が尋ねてきた。


「……ん? ああ。今も東京の大学に通ってる。一応、理系だ。そんな頭のいいとこじゃないけどな」


「ちょっと、それなら、なんであたしが東京の学校通ってるって言った時、もっと食いついてこなかったわけ!? 普通なら〝なんだ、連絡くれればよかったのに…〟とか、〝それなら今度、一緒に遊ぼうぜ〟とか、そういう台詞が出るもんでしょう!?」


 幸信の質問に天井から視線を戻し、俺がごくごく普通に平凡な答えを返すと、今度は美鈴がなぜか怒って噛みついてきた。


「あ、いやあ、そんなこと思いもしなかった」


「もう! なに!? そのまったくあたしに興味なさそうな態度! もっとこの将来のファッション業界をリードするスーパーモデル候補に興味持ちなさいよ!」


 正直なところを答えると、美鈴はさらにプンスカ怒って顔を真っ赤にする。


 こいつは昔から、そんな他者承認欲求の強いかまってちゃん・・・・・・・だった。今はファッションデザインの専門学校に通っていて、細々とながら読者モデルもやっているらしいが、そういえばこどもの頃から、モデルになりたいだとかなんとか、分不相応な夢を語っていたような気がする。


 顔はまあそこそこなのだが、背も高くないし脚も長くないので、売れっ子モデルになるのはなかなかに険しい道のりであることだろう……とりあえず、がんばれ。


 しかし、こうしてみんなと話していると、まるであの頃のまま時が止まっていたかのように、ほんとみんな、こどもの頃と何も変わらない。10年もの時間が経っているなんて信じられないくらいだ。


「ほんとなら、マトンもここにいればよかったのにな……」


 あまり口にしてはならない台詞だったのだろが、俺は思わず、気づかぬ内にそんなことを呟いていた。


「そ、そういえば、マトンはどうして亡くなったんだ? こどもの頃のイメージからして、どっか悪かったようにも思えないんだが……」


 再びしんみりとしてしまった場の雰囲気を変えるつもりが、むしろ余計悪い方向に進めてしまった感も否めないが、俺はずっと聞きそびれていたそのことを思い切って皆に尋ねた。


 葬儀の列席者は誰でも知っていることなのだろうが、それ故にあえて訊くこともできなかったのだ。


 持病持ちだったとも考えにくいし、この若さだから病死だとすれば、やはり癌とか脳卒中とかだろうか? それとも交通事故に遭ったか何かで……。


「崖から落ちたんだよ。それも、別にどうってことのない小山のな」


 だが、幸信が教えてくれたその死因は、俺の想像していたものとは大きくかけ離れていた。


「崖から落ちた?」


「憶えてないか? ほら、俺達がよく遊んでた、湖畔の別荘の裏にある小さな山。理由はわからんが夜中にそこへ登って、裏手の崖になってる所から足を踏み外して落ちたんだそうだ。んで、岩場に頭打って即死だったらしい」


 …………どういうことだ? あのアウトドアを地でいくような野生児が山で転落死だと?


 いや、成長してからの彼は知らないが、それにしたって俺の記憶が確かならば、その現場というのはほんとに山というより丘といった方がいいような低い小山だぞ? 北アルプスの険しい高山とかならばいざ知らず、そんなとこであの真人が足を踏み外すなんて……。


「ちょっと信じられないだろ? あの野生児のマトンがだぞ? どうして夜中にあんなとこ行ったのかも疑問だし……でもな、不審な点はそれだけじゃないんだ」


 その死に方に疑問を抱き、露骨に不信感を顔に出していたらしい俺を見てなのか、幸信は同じような考えを口にすると、そればかりか、さらに奇妙なことを言い始める。


「ウワサじゃ、その時のマトンの死に顔が何か恐ろしいものでも見たかのようにもの凄い形相だったらしいんだ。それが何かはわからないが、そいつに追われて、マトンは崖から誤って落ちたんじゃないかって……警察はクマかイノシシだろうって言ってるらしいけど、あの界隈での目撃情報なんて聞いたことないし、それにマトンがクマごときでそんなヘマするとも思えないんだよな……」


 幸信の話に、やはり同じ疑問を感じているのか、他の女子三人もうんうんと黙って頷いている。


 真人が死んだというだけで驚きだったのに、その死に方にそんな不審な点があったなんて……自分で振っておいてなんであるが、話を聞いてますます暗い気分になってしまった。


 ほぼほぼ俺のせいなのであるが、それ以降はこれといって会話が盛り上がることもなく、やがて精進落としは時間が来てお開きとなった。


 母屋を出る際、入口で参列者に礼を述べている真人の両親を見かけ、改めてお悔やみの言葉をと思ったのであるが、次から次に来る関係者にとても忙しそうだったので、二言三言交わしただけで、それ以上お手間をとらせることはやめにした。


「君達は真人君の同級生かね?」


 だが、その代わりと言ってはなんだが、そのまま飯田邸を後にしようとしていた俺達に、穏やかな笑みを浮かべた品の良い初老の夫婦がそう言って声をかけてきた。


 歳は俺達の親と同じくらいだろうか? 旦那さんの方はラグビーでもやっていた感じの大柄な体格に白髪交じりの頭をオールバックに整え、奥さんの方は小柄な細身で、セミロングの髪に軽くパーマをかけている。いかにもお金持ちの中高年夫婦といった雰囲気である。


「はい。そうですけど……えっと、ご親戚の方ですか?」


「いえ、毎年避暑に来させていただいている者なのですが、真人君とは偶然知り合いましてね。なんともすばらしい好青年だったので仲良くさせていただいていたんですが、亡くなられたと聞いて本当にショックで……それで、ご葬儀に参列させていただいたんです……」


「ほんとに、惜しい若者を亡くしました……」


 年齢や風貌から叔父さんか何かだと思って尋ねると、初老の夫婦は俺達の顔を一人づつ見回しながら、とても落ち着いた声でそう説明をしてくれた。


「そうだったんですね……なんか、マトンらしいよね……」


 その知られざるやつのエピソードを聞いて、俺よりも先に美鈴がしみじみと呟く。


 もちろん、俺もそう思う。こどもの頃の真人も誰とでもすぐに打ち解けられそうな感じの子だったが、見ず知らずの、それもずいぶんと年の離れた観光客とも親交を深めていたなんて、ほんと、なんともあいつらしい……。


「その口ぶりだと、彼とはずいぶんと仲がよかったのかな?」


「はい。最近は進学でバラバラになっちゃってましたが、小学校の頃からの友達でしたから」


 返す老紳士の問いには、美鈴に代わって今度はあずさが微笑みを湛えながら答える。


 今、彼女の脳裏には……そして、ここにいる皆の脳裏にも、各々の心に残る真人の姿がありありと浮かんでいるに違いない。


 そうして知らなかった真人の一面をまた新たに知り、短い時間ではあるが亡き友人との思い出を老夫婦とともに語った後、わらわらと長屋門から吐き出される参列者の流れに混じって俺達も飯田邸を後にした。



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