第3話
二人の勧誘を逃れ、ペリカンを出たあと、高校時代の思い出が細切れになりながら私の脳裏によみがえってきました。
高校時代、私とA君は仲が良かったわけではありませんが、かといって話をしないほど仲が悪いわけでもありませんでした。ただ、当時僕がA君に対して、良い印象を持っていたかと聞かれれば、「持っていなかった」と答えるしかありません。
A君は正義感が強く、困っている人を見ると黙っていられない学生でした。学校や地域のボランティア活動にも積極的に参加していて、人の役に立つことに本気で喜びを得ていたのだと思います。その一方、こういった活動に参画しない学生に対しては明らかに嫌悪感を抱き、敵視していました。そんな、自分の心情的に許容できない人間に対し徹底的な敵意を持つA君に対し、私はどうしても好意を抱くことができませんでした。
ある日、高校にアメリカの姉妹都市から留学生が、私たちの学校を訪問してきたことがありました。そこで、昼休みに彼らと交流しようという催しが開かれました。自由参加だったため、私は面倒に思い参加しませんでしたが、A君に誘われました。
「尾口君、参加者が足りないんだよ、一緒に行こうよ」
私は、当時外国にも外国人との交流にもあまり興味がありませんでした。留学生の前で、下手な英語を無理やり言わされるのも気が引けます。僕はA君の目も見ずに、「面倒だから行かない」と言いました。さすがにストレートすぎたかなと思い「ごめんごめん、明日は行くからさ」と弁明して、A君の方に体を向けると
「わからない」
「え?」
「尾口君の言うこと、全然わからないよ」
このときのA君の口調は、相手を非難するものではありませんでした。もっと、なんというか、大多数の民族から文化を全否定された少数民族が、自らの文化の優位性を、唇を噛みしめながら訴えるような。自分を否定されたとき、人はこのような顔をするのかもしれません。
なぜこのようなことを思い出したのか、ペリカンで私がA君を説得していたとき、彼が私に向けた顔が、正にこのときのものと同じだったからです。
*******
結局、私はA君をねずみ講から救い出すどころか、むしろ彼の反感を買い、おそらく二度と信頼してもらえない関係となってしまいました。
勧誘するとき、A君はしきりに「信頼」という言葉を連呼していました。「僕の信頼できる人が説明してくれるから」と。A君はBお兄さんとこの団体を、心から信頼しており、私の意見には全く耳を貸してくれませんでした。
信頼した人を裏切らない。
信頼した人の言うことは最後まで信じる。
A君は困った人がいたら助けずにはいれない、正義感の強い人間ですが、もしかしたらそれは、A君が家系的にも信仰的にもマイノリティな集団に属しているためだったのかもしれません。若しくは自分の属する団体の世間体が悪いから、信頼を勝ち得るために、人のためになる活動をしていたのかもしれません。
また、自分の信条に反する人間に対し極端に冷たくなるのも、度々周りから非難の目を向けられる団体の方によくある現象ではないでしょうか。社会的に孤立した団体が悪いのか、内向きになりやすい組織構成が悪いのか。
そんなことを考えながら、留学生たちと中庭で楽しそうに交流する、A君の姿を思い出しました。
マルチに勧誘された話(了)
マルチに勧誘された話 水城ナオヤ @gad_tsuxin
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