あなたは香川からクローズドVR[犯行中]に参加するようです

山彦八里

>ログインしますか?



 ――ようこそ、参加型クローズドVR[犯行中]へ。

   このゲームは制限時間内に「犯人ポイント」を最も取得したプレイヤーが犯人になります。


 ――香川リージョンからのダイブを確認、タイマーを起動します。


 ――今回のフィールドは「廃校」。参加人数は「七人」です。

   制限時間は三時間です。香川県民はあと58分です。

   ルール「大乱闘クリミナルブラザーズ」が適用されています。


 ――マッチング完了。あなたは「探偵役」です。

   全員の犯人ポイントが一定値以下の場合、あなたの勝利となります。


 ――30秒後にゲームを開始します。そのままの状態でお待ちください。







 ◇◇◇


 プレイヤー:あなた(香川県民)、はゲーム開始と同時に空き教室を飛び出した。


 あなたは母校を偲んでやってきた探偵、という設定だ。

 この軋む廊下を何年か、何十年か前にも走っていたことになる。あの頃は若かった(設定)。

 だが香川県民に過去を懐かしんでいる暇はない。

 あなたには目的がある。

 この廃校同窓会で凶行に及ぼうとしている何某かを止めることだ。具体的には被害者役以外の全員だ。

 他のプレイヤーが犯人ポイントを溜めて真犯人になるのに対し、探偵役は全員の犯人ポイントを低い値に抑えた上で制限時間が経過、または犯人役全員を行動不能にしなければならない。


 香川県民はタイムアップより先に強制ログアウトされるので全員殴り倒すしかない。

 あなたに残された時間はあと55分。

 可及的速やかに急ぐのだ。



 今回のマップである廃校舎は三階建てだ。

 元は数百人を収容する施設でわずか五人を探すのは骨が折れる。

 もっとも、他プレイヤーとて隠れているだけでは犯人ポイントは溜まらず、真犯人になれない。

 犯人役は犯人役で行動しなければならず、その痕跡を隠し切ることはできない。


 しばらくして、あなたは割れられたばかりの窓を見つけた。

 咄嗟に曲がり角に隠れて周囲を見渡すと、空き教室で机の中に粉塵爆弾を仕掛けているプレイヤーがいた。

 現行犯だ。貴方は即座に教室に突入する。


「ホアチャー!!」


 扉を蹴破る。探偵のエントリーだ。

 驚き固まる相手プレイヤーに挨拶代わりの飛び蹴りが突き刺さる。

 返す脚でハイキック、流れるように膝蹴り、回し蹴り、踵落としと続いてノックダウン。

 相手プレイヤーは色あせた木の床に頭から突き刺さり動かなくなった。

 短時間で大ダメージを受けたため行動不能になったのだ。

 つまり彼は犯人ではなかった、QED(証明終了)。


「ふっ、初歩的な推理だったな」


 >Log:「暴力の行使者(+2)」を取得。

 >Log:「傷害(+2)」を取得。

 >Log:「証拠は脚で稼ぐ(+1)」を取得。


 最後は違うだろう。あなたは異議を訴えたが聞き届ける者はいなかった。

 さておき、[犯行中]は探偵役も犯人らしい行動をとれば犯人ポイントを取得する。

 探偵役はのだ。

 何度も犯人役を取り逃がしてしまうと、その度に強力な近接攻撃バリツを叩き込むことになるので、あっという間にあなたが犯人になってしまう。

 ノックスの十戒に反してはならない。あなたは探偵らしく的確に犯人たちを追い詰めるのだ。


 と、その時、轟音と共に校舎が揺れた。

 誰かが校舎を爆破したようだ。一角が完全に崩壊している。

 被害者役が巻き込まれていないといいのだが……。


 ルール「大乱闘クリミナルブラザーズ」の下では犯人役たちは固有のキルムーブを持つ。

 基本的にどのムーブも強力で、使って損になることがない。

 対して、探偵役にはキルムーブはない。いや、あっても困るのだが。

 代わりにあるのが『強力な近接攻撃バリツ』などの選択型スキルだ。

 特にバリツは近接戦においては突出して強力で、紳士的なフルコンボが入れば確実にプレイヤーを行動不能にできる。

 つまりこれはキルムーブなのでは?あなたは訝しんだ。


 ともあれ、探偵役としては現場に急行しないわけにはいかない。

 窓から脱出したあなたは、炎上し崩壊する校舎の前にプレイヤーを発見した。


「ギャハハハハハッ!! 燃えろ燃えろ!!」


 >Log:「恐怖(-1)」を取得。


 犯人役に違いない。真実はいつもひとつ。あなたの灰色の脳細胞が結論した。


紳士キックバリツ!!」

「なにっ!?」


 即座に背後からバリツしたが、相手プレイヤーは素晴らしい反応でこれを防いだ。

 蹴りと拳がぶつかり合い、衝撃で互いの距離が離れる。


「ほう、私の推理を防いだか」

「その程度じゃ俺のアリバイは崩せないぜ。まだ終わりじゃない。わかってんだろ、探偵さんよ」

「止めてみせるさ、それが私の役割だ」


 >Log:「因縁(+1)」を取得。


 いけない。相手の口車に乗ってしまった。

 しかし探偵としては犯人役たちに関わっていかないとロールプレイのしがいがない。悩ましいところだ。


 とりあえず、あなたは因縁を吹っかけて満足げな顔をする相手プレイヤーの足を払ってふん縛ると、燃え盛る校舎の中に放り込んだ。


 >Log:「第一の犠牲者(+3)」を取得。

 >Log:「証拠隠滅(+2)」を取得。


 おかしい。先のプレイヤーは自分のキルムーブに巻き込まれたのに、なぜかあなたが殺害したことになっている。

 あなたは探偵なので当然、パイプ一式を所持しているが、それだけの着火器具でここまで大規模な爆破は起こせない。

 おかしいなぁバグかなぁ。あなたは首を傾げてみた。


 ……遊んでいる場合ではない。次の犠牲者を出さなければ。

 プレイヤー七人のうち、探偵役、被害者役を除く犯人役は五人。

 残り三人。

 香川県民に残された時間はあと40分だ。



 ◇◇◇



「イヤーッ!!」

「グワーッ!!」


 >Log:「暴力の行使者(+2)」を取得。

 >Log:「傷害(+2)」を取得。

 >Log:「証拠は脚で稼ぐ(+1)」を取得。

 >Log:「神出鬼没(+1)」を取得。


 屋上から花びんを落とそうとした犯人役を仕留めると、一気に犯人ポイントが増えてしまった。

 アンブッシュからのバリツが綺麗に決まると犯人として高評価のようだ。困る。

 とはいえ、探偵役はバリツ以外に有効な攻撃手段を持たない。あなたはハーロック・ショームズではないのだ、銃は所持していない。奪えばその限りではないが。


 さておき、香川県民に残された時間はあと25分。

 行動不能になった三人目の犯人役を屋上から逆さ吊りにしつつ、あなたは周囲を探る。

 校舎の一角が爆破されたのは幸運だった。捜索範囲が大きく狭まったからだ。


 と、そのとき、あなたは二人連れだって校庭を移動するプレイヤーたちを見つけた。

 被害者役が犯人役と一緒に行動するメリットはないので、消去法から二人が犯人役であることがわかる。


 あなたは瞬時に屋上から身を投げると、落下の勢いを載せて犯人役の片割れの頭に花びんをダンクした。

 そぉい!!


 >Log:「狙撃(+1)」を取得。

 >Log:「暗中模索(+2)」を取得。

 >Log:「傷害(+2)」を取得。


 ナイスシュート、ナイススナイプ(セルフ弾丸)、ナイスキル(死んでない)。


「ッ!? バリツ型探偵か!!」

「前が見えない。どうなってるのこれ!?」

「頭に花びん被せられてるんだよ!!」

「え、待って。今そんな間抜けな状況なの? 撮れ高じゃん!!」

「早く取れええええ!!」


 どうやら二人はチームで[犯行中]に参加したようだ。

 推奨される行為ではないが、さりとて違反というわけでもない。メンバーの選出はランダムだからだ。

 なので、あなたがやることも変わりない。

 花びんを頭から引っこ抜こうと悪戦苦闘している女性を無視し、迎撃態勢を整えたもう一人に襲い掛かる。


紳士キックバリツ!!」

「ガッ!!」


 今更だが、このルールだと探偵役は積極的に犯人役を狩りに行くのが常道となる。

 あなたの凶行はジェイソンもかくやだが、ゲームのルール的に問題ないので安心してほしい。

 そして、この距離はバリツの独壇場だ。


「謎は全て解けた」

「ゲホッ、まさかこいつ……犯人役全員蹴り倒して……まさか……」

「花びんとってー!!」


 ここで決めるべきだろう。あなたは決断した。

 まだ被害者役にも会えていないが、ルール上、現在の犯行ポイント帯で犯人役全員倒せば、ほぼ間違いなく探偵役の勝利なのだ。問題ない。


「これで終わりだ、バリツ!!」

「くっ、忍法!!」


 今ちょっと世界観違わなかった?

 あなたの紳士キックバリツが炸裂した瞬間、相手プレイヤーの姿が煙に包まれた。

 まずい。あなたは直感的に悟った。このは――



「残念だったな。トリックだよ!!」



 煙が晴れる。

 あなたの紳士的な爪先は花びんを被ったプレイヤーに突き刺さっていた。


 キルムーブ:身代わりトリックだ!!

 まさか身内プレイヤーを犠牲にするとはあなたも予想していなかった。

 身代わりトリックは近くにあるものなら、丸太でもなんでも身代わりにできるのだ。プレイヤーである必要はない。外道すぎる。

 だが、その効果はあった。

 あなたを動揺させて逃走する時間を稼いだこと。そして、


 >Log:「用意周到(+1)」を取得。

 >Log:「第二の犠牲者(+3)」を取得。


 あなたの犯行ポイントを積み上げることだ。

 この調子でポイントを増やしては勝利規定値を突破してしまう。その時点で探偵役の勝利は潰える。


「ごふっ、こ、これが、因果なのね……」

「……いや、ただの事故だ。誰も悪くない」

「ううん。ひとり悪い奴がいる。私知って……」


 >Log:「遺言(+1)」を取得。


 花びんを被ったまま死んだ彼女は撮れ高を稼げたのだろうか。

 まあ、やってしまったものは仕方ない。

 あなたは気持ちを切り替えて最後の犯人役を追いかける。


 だが、まずい流れだ。

 最後の彼は時間を稼ぐ気だ。あなたが香川県民だと気付かれたのだ。

 香川県民相手に遅延行為は嫌われるが、有効な作戦だ。ネット将棋やカードゲームなら一時間待つだけで勝てるのだからやらない理由がない。香川県民に人権はないのだ。


 制限時間は残り2時間18分。香川県民に残された時間はあと15分だ。


 あなたは急ぎ校舎に飛び込んで走る。

 バリツ型探偵に追跡技能はない。しらみつぶしに教室をひとつひとつ回っていくしかない。

 だが、さすがにあと一人を探すとなるとそうそう見つからない。

 これまでとは前提も違う。相手はあと十数分隠れていれば、ひとまず探偵役には勝利できるのだ。

 本気で隠れている可能性がある。捜索は入念にしなければならない。


 刻々と時間がすり減っていく。

 香川県民に残された時間はあと5分。

 一階に手掛かりはなかった。

 焦りを感じつつ、あなたは古ぼけた校舎の二階を進む。


 そのとき、あなたの鋭敏な聴覚はたしかに悲鳴を聞きつけた。


 即座に声のした方に向かえば、最後の犯人役と被害者役が取っ組みあっているのが遠くに見えた。

 場所はあなたが最初に犯人役をノックアウトした教室に間違いない。

 頭から床に突き刺さった犯人役がオブジェのように残っているからだ。初歩的な推理だ。


 香川県民に残された時間はあと3分。

 あなたは走る。

 教室まで10秒。接敵まで2秒。バリツをフルコンボでいれて5秒。

 香川タイムリミットに十分間に合う時間だ。

 だが、最後の犯人役はまだ諦めていなかった。


「くっ、忍法!!」


 キルムーブ:身代わりトリック。まだ使用回数を残していたのか。まずい。


 あなたは覚悟を決めた。

 ここで逃げられれば香川県民に勝利はない。

 強制ログアウトすれば、扱いは切断と同じだ。プレイヤーとしては屈辱である。

 せめて、決着を付けねばなるまい、たとえそれが敗北であろうとも。


「逃がさんぞ!!」


 あなたは懐からパイプ用のオイルライターを取り出し、教室に向かって投げつけた。

 あなたは探偵なので覚えている。その教室は


「これで、全て終わりだ」


 轟音。爆発。そして炎が舞う。


 >Log:「火災(+7)」を取得。

 >Log:「第三の犠牲者(+3)」を取得。

 >Log:「第四の犠牲者(+3)」を取得。

 >Log:「第五の犠牲者(+3)」を取得。

 >Log:「やはりあなたか(+8)」を取得。

 >Log:「End:ノックスの十戒、第七条(+3)」を取得。



 ◇◇◇






 ――制限時間になりました。ゲームを終了します。


 ――ポイント集計……完了。


 ――[犯人はあなたです]。


 ――勝利条件を満たさなかったため、あなたは敗北となります。


 ――香川リージョンタイムアウト。強制ログアウトを実行します。お疲れさまでした。

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