第5話 嫌よ嫌よは寿司の為

息が切れる。

そりゃそうだ、数百メートルをスーツケースを転がしながら全力疾走。

「お、あそこだなついたぞ柚!荷物寄越せ!」

「ほいよ!」

「そら来た!」

保安検査場Aまで残り二百メートル、荷物を捨てた柚さんは重りを外した格闘家宜しくその足元のヒールからは想像出来ないレベルの加速を見せる。

でも、柚さん…。

その顔は人には見せられません…。

「ゆいちゃぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁあんん!」

え、あ、あぁ〜。

三段跳びってあんなハリウッドみたいに人の列を何列と飛び越えれるんですか…そうですか…

映画の中だけだと思ってました。

「へぇっ!本当に来た!!?」

「保安検査場Aから御出発の皆様!!一歩も動かないようお願いしたしまぁぁぁす!」

刹那、興奮した声の主であろう結ちゃんの横いにる赤のジャージ姿のポニーテール眼鏡少女も振り返る。

そして滞空して居る柚さんに結ちゃんが吠えた。

「柚ねぇ!!私思うと!そう言う風に欲望に目が眩むと周りが見えなくなる癖!!本っん当ッ!どうにかした方がよかとおもうっちゃん!!!」

「愛の前に敵う壁などこの私!久木野宮 柚ん前には存在せん!!」

「本っん当ッ!!!意味わからんとやけど!!」

見事に客と客の間に寸分も違わず音もせず着地が決まり、思わず周りの人達から拍手が起こる。

あたかも空港の保安検査場が体操の床の会場のような雰囲気に包まれた。

「迎えに来たとよ… 我が愛しの姫君マイプリンセス…」

「ねぇ、迎えに来てくれた事はとてもありがたかったんだけど最後の三段跳び絶対いらんかったよね…?お陰でハルちゃんお口ポカーンなんやけど」

「結…この人誰…」

「ほら」

取り敢えず、これ以上保安検査場の治安を乱す事は出来ずお三方は周りに頭を下げに下げながら列を後にした。


「まあ、なんだ悪かったなハルちゃん、でも驚いたよ飛行機好きだったんだね」

「い、いえ…こちらこそすみません。18時オンボードで12時過ぎにゲートインは流石に速すぎました…ちょっと興奮しちゃって…」

私達は空港内にある少し高めの寿司屋に入った。

残念ながら十島さん希望の寿司屋とは行かなかったがメニューを見れば到底私達中高生が気軽に来れるお店ではない事は明白だった。

席はテーブルで私の隣にハルちゃんと呼ばれる結ちゃんの友達とその隣に結ちゃん。

向いには間を開けずに十島さんと久木野宮さんが座っている。

「あ、あのお二人にはご紹介が遅れました…

私、椿ヶ丘中学三年。金城 小春と言います…一応登山部のマネージャーをしてます。」

彼女が軽くお辞儀をして自己紹介する。

しかし、明らかにその様相は同様と緊張を隠し切れていなかった。

額には汗が滲み、声も若干強張ったトーンだ。

緊張を解きほぐし場を和ませるにも、ここは自身も名乗っておくのが合理的だろう、私はそう考えた。

「金城さんですか。私は隣の椿ヶ丘高校一年舞ノ原 真衣です。宜しくお願いします。」

ニッコリと微笑んでみる、コミニケーションの基本は声の通る挨拶と笑顔が肝心だというは母の教えだ。

これで不快に思う人はあまりいない。

その甲斐もあったのか金城さんの面持ちから少し緊張が抜けたように思えた。

「宜しくお願いします…!」

しかし…間髪入れずに向かい側から声が飛んでくる。

「はい!はーい!じゃあ!次私の番やね!私は久木野宮 柚といいまーす!24歳で福岡でトラベルプランナーっていう今のご時世需要が低めの仕事してまーす!結ちゃんのお嫁さんです!」

「柚ねぇ、後半部分を撤回しなければ関節という関節を全て逆に曲げる」

「私は一向に構わんッ!!」

「柚ねぇ…ちょっとこっち来て」

そう言うと、結ちゃんは席を立って大手を広げて見せた。

「何??ハグしてくれるの!?よ・か・と・よー!!」

久木野宮さんが両手を広げた結ちゃんに飛び込む、するとすかさず結ちゃんは左に体を捌き柚さんの左腕を掴むと手の甲を背中へと付けて軽い絞め技を決める。

「いだだだだだだ!あ、でもご褒美かも」

「結、それ以上いけない。柚の顔がコンプラに引っかかる」

柚さんの顔が描写出来ない顔をしている。

いや、何というか…こう…説明出来ない。

本当にコンプライアンスに反する顔だ。

「もっとぉ!もっとぉ!!!!」

「狂ってやがる…」

十島さんが顔を歪め信じられないものを見る顔をしている。

目線の先では結ちゃんが更に左腕を頭の方へと絞めていく、肩から今にも軋む音が聞こえてきそうな勢いだ。

「柚ねぇの馬鹿ぁ!お陰で恥かいた!やる事は毎回無茶苦茶やし!非常識やし!もうほんっと好かん!!」

今にも泣きそうな表情。

この口調から聞いて取れるに毎回こんな感じなのだろう、私は結ちゃんへの同情が隠せない。

苦労…したんだろうなぁ…結ちゃん…。

「でも…良かった!結ちゃんが楽しい合宿の前に空振りを喰らわなくて…その為なら私はこうやって絞められてもなんら苦じゃないとよ。」

「毎回毎回!そういう風に上手い感じにまとめても駄目なもんは駄目なんよ!!」


本当ごめんね…こんな人間で。


こんな風でしか貴女と話せなくて。


久木野宮さんの口がそんな風にに動いた。

そんな気がした。

なんだ、こんなに事は重かったのか?。

側から見ていていろいろな事を勘繰ってしまう。

こんな痴話喧嘩紛いな一幕で。


「もうほっんっと好かん…」

腕を拘束していたもう一つの腕は解き放された。

その腕が久木野宮さんの背中に回る。

「ありがとう、好いとっとよ」

久木野宮さんがそう呟いた。

「はーい、内輪揉めは解決したか。こちとら置いてけぼりを喰らってるんだが?」

「あーごめん、ノゾっち。今幸せをこの体一杯に感じてるから待ってもらっていい?」

「別に待ってもいいけどよ、結の右手は気にしてた方がいいと思うぞ」

結ちゃんの右手を見るとスマホがしっかりと握られている。

画面にはemergency callの文字とともに番号が11まで入力されている。

「OKー、落ち着こうじゃ無いかハニー」

「柚ねぇの馬鹿…私親族から都の迷惑防止条例違反者なんて出したく無い…」

結ちゃんがメニューの一角を指差す。

「さすが我が妹やる事が当たり屋だ」

「結、本当たまに怖いから…」

「柚ねぇ…この大間産鮪、特上トロ三昧食べたい…」

お値段なんと一品3500円!!


うん、なんか。

本当に今日はお昼の時点でお腹いっぱい☆

お寿司は美味しくいただきました。


「さてと、腹ごしらえもした所で…金城さんだったかな?」

お寿司を一通り食べ終わった私達は軽い雑談タイムになった、初手の話題は久木野宮さんが切り出す。

「さっきは飛行機を撮ろうとしてたのに悪かったね、急に。」

「いえ、良いんです流石に私もとち狂ってました…」

「小春は昔から夢中になると周りが見えなくなっちゃうからね。」

結ちゃんかそう補足すると、金城さんは申し訳なさそうな感情を隠せず俯いてしまった。

「まあ、顔ば上げんしゃい。これはほんのお詫びの気持ちやけん受け取ってくれると嬉しかかな?」

久木野宮さんが封筒を机の上に差し出した。

「柚、金で解決するのはどうなんだよ…大人として…」

「そうです!受け取れませんよ!」

金城さんは慌てて封筒を久木野宮さんの方へと差し返す。

「あー、いやいやそんな無粋なものこの封筒には入って無かよ!!取り敢えず開けてみ」

「はあ…」

金城は封筒を恐る恐る手に取ると、中身を一瞥する。

「こ、これはッ!!」

金城さんの目の色が変わった、いや人が変わったというのが適当かもしれない。

「AJAスイートラウンジの利用券ッ!!本来なら極限られた上級会員しか入れないAJAの最上級ラウンジ…いるのは出来そうなビジネスマンと明らかな金持ちそして修行僧としての業を終えた仏な航空ファンのみッ!学生が入るのは最早不可能とまで言われたこのラウンジにこの一枚で易々と入れてしまう代物…これを何処で…!」

「ああ、AJAの社長よ。」

この人、何者なんだという視線が金城さんから注がれる。

「ウチの会社で大々的なキャンペーンしたらこれがめっちゃ受けてね、偶々仕事でAJAの役員と話してたら社長さん入ってきて。」



「貴女が福岡トラベルプロジェクトの久木野宮社長?私、全日本航空取締役社長の瀬田ですッ!今回のプロジェクト…めっちゃくちゃgood!!今後ともAJAをご贔屓に!!コレ…ほんの気持ちなんだけど…貰っといて!!」



「って事があってね」

「なんか、お笑いでそんな社長キャラの漫才見たことある、実際あるもんなんだな」

十島さん多分それアルコ&ピ◯スの◯良社長のネタだよ。

「というか久木野宮さんって社長だったの!?」

驚きを隠せない。

「うん、そーよー言っとらんかったっけ?」

「え、私も今初めて知ったんだけど」

「私もだよ、柚ねぇ」

どうやら初耳だった十島姉妹。

「やっぱりスイートラウンジの利用券なんて持ってやがるのは上級国民だったかッ…!!」

顔が男塾みたいになってる金城さん。

もう正直なんでも良い、もうなにも驚かない。

何故ならば私は寿司を食べる前の時点で色々お腹いっぱいだから。

「結局貰ったはいいけど私最上級会員だから無くても入れるんよねー、やけん使い所を探してたんよ。私が持ってるよりは君たちの方がより有効的に使ってくれそうやけん」

「子春、これって凄いの?」

「飯と飲み物がタダで出てくる上に飛行機見放題撮り放題、更には専用の保安検査場から入って出発まで寛ぎ放題だよ…マイルやポイント修行をする航空ファンが修行僧と言われるなら…そう!あそこは悟りを開いた者だけが辿り着ける場所…!真理の扉のその向こう!!聖地…!」

「これでも足りなければ更には優先的に入れる様に瀬田社長の紹介状も付けるよ」

「この身に余る有難き幸せッ!!恐悦至極と存じます!!」

金城さんが片膝をついて封筒を懐に収める。

まるで大河ドラマのワンシーンだ。

「じゃあ埋め合わせもした所で、時間も良い具合になって来たね」

店内の時計を見ると14時を回っていた。

「飛行機を撮りたいなら保安検査場抜けてからでもいいけど展望デッキを巡ってからでも遅くないよ、御目当ての飛行機が来るまで適当に時間を潰す術を身に付けるのも航空ファンの嗜みかな一般の人も連れてるわけだしね、結ちゃんに空港を案内してあげてよ」

「ハハーッ!」

「じゃあ私達は帰るから、お会計は私がしとくね」

そう言うと久木野宮さんが手を挙げて店員さんを呼ぶ

「カードで」

「承りました、一括でよろしいですかね?」

「もちろん」

そう言って財布から出てきたカードは漆黒だ。

「おい、柚それって…」

「ネイティブエクスプレス センチュリーカード…まさか生で拝めるとは」

金城さんがまた男塾みたいな顔になった。

このカードについては私も知っている、プラチナカードを超える最上級のカード。

利用限度額がほぼ無制限で専属のコンシェルジュが付くと言う兎に角至れる尽くせりのカードである。

「それじゃあまた今度、結ちゃん合宿楽しんでね!」

私達は呆気に取られる女子中学生達を背にお寿司屋さん後にした。

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とらべらーず〜椿ヶ丘高等学校旅行同好会〜 浮輪 @ukuwa01

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