第4話 品川駅の乗り換えは初見殺し、羽田の第一、第二ターミナル表記は罠

何か話さなくちゃ…

そんな使命感に駆られる。

羽田空港への道中。

夏の都内の暑さと言ったら、照り返す日光が煩わしくて仕方がなかった。

品川駅のホームは相変わらず人がごった返している。時間は午前10時過ぎ、通勤の会社員のピークは去り目立つのは観光客や帰省の途へと付くキャリーケース軍団だ。

なんでこうなっちゃったんだろう…。

確かに私は十島さんと話したくてあの日初めて話しかけた。

その流れで家にお邪魔してさらに話せればよかっただけ…だったんだけど…どうしてこうなった!

「あっちいなぁ…こっちはさっさと冷房の効いた部屋で課題を終わらせたかったんだが…」

私は今十島さんと真夏の品川駅に居る。

座っているベンチは人一人分の間隔が空いている。

「ねぇ、十島さんこの真夏にジーンズとパーカーは暑くないの?」

希未さんの出立といえば明らかに周囲から浮いている。

グレーのパーカーにジーンズ、噴き出る汗に格闘する姿は明らかに夏へ喧嘩を売っていた。

「…恥ずかしい話、私に夏休みに外に出る習慣はない。この時期は遥おばさんの店で手伝いをして、それが終われば家で仕方なくドラマを見て、結が帰ってきたら飯を作ってそれが終われば寝る生活を小学生四年生から続けてるんだ。だから私の私服はクーラーの付いた部屋でいかに腹を冷やさないかに重きを置いてる。」

つまりそれは、夏服を持っていない宣言で相違なかった。

こんなに美人なのに…

ショートカットの黒髪に気怠そうな二重の目、化粧なんてしてないであろうその肌はその多くの例から漏れて透き通るようにきめ細やかな肌をしている。

そして、多分達本人に自覚は無いだろうが十島家はボーイッシュな顔立ちをしている。

結ちゃんこそ女の子らしい振る舞いをしているがあの長いツインテールの髪を希未さん程に切ってスーツを着せたらNo1ホストが誕生する、とんだ女性殺しだ。

遥さんはあの歳でもあの顔にシワの無い肌と近づいた雌猫が当てられる様な大人のフェロモン、多分男女関係なく軽くドンペリは開けてしまう。

そして、希未ちゃん。

二人とはまた違った魅力がある、まだそのクールさにあどけなさがあると言うか、無気力系というか気付いたら間合いを詰められている様な、多分本人に自分の色気について自覚がないので本当にタチが悪い、というかあと一歩を踏み込んで来ないので生殺しにされるやつである。

そんな彼女を眺めているだけで胸の奥底では確かに興奮しているのが嫌でも分かった。

ラベンダーの良い香りが風が吹くたびに薫ってくる。

不意にニヤけたらバレてしまう、遥さんの前では渋々承諾した裏で内心ウキウキしていた事が…!

「その、悪かったな。終業式の人の一件。私も大人気なかった。しかも今は身内のゴタゴタでこんな事にも付き合わせて。」

「いいえ!いいの、私もいきなりあんな話をするべきじゃなかったし、今回のこの一件はあの時の謝罪とでも考えておいてくれればいいわ」

「そうか、にしても。多いな、やってられん」

夏休みのこの時間、羽田空港へと向かう京急本線のホームは通勤ラッシュ時よりはマシだがそれでもまだまだ混雑している。

ただでさえ暑いのに人が密集していると更に暑く感じる。

「麦茶飲む?」

「いいのか?助かる」

バックから水筒を出すと蓋に麦茶を注ぎそれを彼女に渡すと勢いよくそれを飲み干した。

ゴクリと喉が鳴るのがわかる様な勢いだ。

「カァーッ!生き返る!」

うん、なんというか一瞬幻滅してしまいそうになる。

昨夜の件もそうだけどこう、彼女の中身は35過ぎのおじさんを彷彿とさせる。

本当に女子高生か疑う場面が多い…でもそれも彼女の魅力の一つだ。

サバサバ系とはちょっと違うけど素朴で質素誰を特別扱いする事は絶対にない、それは“あの時”から変わっていない。

“京急本線羽田空港行きの電車が間もなく2番ホームに入ります、黄色の線の内側にお入りになってお待ち下さい”

「お、来るみたいだな、後ろに乗ろう。私は一刻も早く冷房の効いた電車の中で座りたい」

「そ、そうだね!」

私達はプラットフォームの後ろへと早足で歩き始めた。



羽田空港


“全日本航空、福岡発羽田行きAJA248はただいま59番ゲートに到着いたしました”

「あ、あれだよね!十島さんの従姉妹さんが乗ってる飛行機!」

「だな、あの人LCCとか使うかと思ったらフラッグシップキャリアかよ」

「ふらっぐしっぷきゃり…あ?」

「自分の国の主要航空会社の事らしい、日本だと二つでAJA全日本航空とHAL日ノ本航空だなほら良くニュースでみる青と赤の航空会社」

その航空会社は良く知っていた、誰もが一回は見た事のある航空会社。

朝のニュースの中継放送などでよく見る青のラインの目立つAJAと赤の鶴丸の尾翼で有名なHAL。

私も家族旅行で利用した事がある。

「柚のやつ、あんだけLCC進めてたのに自分はフラッグシップやん、やっぱ社会人の羽振りは高校生には真似できんからLCCにしとけって事か…」

「…そんな事ないよノゾっち!いっぱい乗るならマイルも貯まってフラッグシップキャリアがお得なの!」

へっ!?と腑抜けた可愛い声が聞こえた、十島さんの後ろには麦わら帽子のよく似合う健康的な小麦色の肌の高身長なモデル体系の女の人が立っている。

「お、そっちに居るのがノゾっちの初めての高校の友達の真衣っちか!バリ可愛かやん!

ノゾっちも隅に置けんね〜!」

このグイグイ来る感じ、十島家の皆さんが苦手だと言っていたのが分かった気がした。

「うっせぇな、相変わらず変わんねーな柚。」

「ノゾっちこそね、その口調は益々、遥さんが現役の頃にそっくりやね」

柚と呼ばれる女性がニカっと歯を見せて笑う。

どうやらこの人が従姉妹の久木野宮 柚さんらしい、どちらかというと毛嫌いしていた結ちゃんに笑顔が似ている、正に夏が似合う様な女性だった髪はブラウンに染めているらしくそのロングヘアーは軽くウェーブをうっている。

トラベルプランナーというのが勿体無いくらいで普通にファッションモデルさんをしていても違和感が無いほどの美人さんだ。

「というか、到着したの15分くらい前だろ、早く無いか?」

「私AJAの上級会員だからね荷物にはプライオリティタグがついてるからほぼ一番最初に荷物がくるよ、これもフラッグシップの強みやね」

全てのスーツケースに赤色の地に白字でプライオリティーと英語で書かれてるタグがついている。

へぇー、と感心してしまう。

どうやらトラベルプランナーと言うのは間違いないらしい。

「さて、じゃあ取り敢えずこれを車に乗っけちゃおうか!」

そう言うと、柚さんは45リットル以上はあるスーツケース4つをカートから下ろす。

「私が二つ持つから、二人は一つづつお願いできるかな?これを運んだらご飯にしよう!お姉さんの奢りやけんね!二人とも好きなもんば選んどきーよ!」

「当たり前だ、労働に対する対価は払ってもらうぞ」

私達はスーツケースを引くと柚さんが予約したと言うレンタカーとの待ち合わせ場所である立体駐車場へと歩き出した。

「いやーでも流石国内最大級の空港、羽田やねー。いつ見て大きかー!ここぞ日本の中心って感じ!」

「まあ、でも中心っていったら私はどちらかと言うと東京駅とか国会のある永田町とかを思い浮かべちゃいますね」

「確かにそれも間違いじゃ無いだろうね、でもね真衣っち国内の物流という観点から見るとここが中心と私は考えちゃうな〜なんでだと思う?」

「航空貨物と要人輸送だな」

「もー、私は真衣っちに質問したんだよ!まあ、でも正解やね。」

そう言うと柚さんは後ろの私達には振り返らず前を見たまま話始めた。

「ここはね、貨物機と各国の政府専用機やその他諸々のVIPがこれでもかと言うほど往来するんよ?そこからこの東京から輸送されるのは緊急性を要する医薬品や物資や印刷物、郵便物。政府要人や大企業の幹部。日本の経済活動、防衛機能、統治機能を麻痺させるならテロリストは一番目にここを叩き、次に成田と軍事関係の飛行場を潰しに行くのかなー」

「同じ事を篠崎のババアも言ってたな。その次は港湾施設ってのも言ってたな」

勘違いをしていた、柚さんはキラキラしててそんな荒ごとなんて縁遠い人だと思っていたけど…なんだろうかこの家系の人達はこう言うことを考える事が基礎教養なんだろうか…

「まあ、この考えも一昔前かなー今は通信網や陸上交通網がかなり整備されてるからもしここの機能が完全に停止したとしても、陸路で物を外れの場外飛行場や地方空港に運んで代替輸送出来るし、公権力はホットラインがあるからそれで緊急時は行使できる。今時の反社の方々は大企業のサーバーとかを狙うのかもね私は絶対計画も準備もしないけど。逮捕されちゃうから。」

「内乱陰謀罪だな、一年以上十年以下の禁固刑。重いな。」

話が、話が物騒な事この上ない。

ねぇ、さっき空港警察の人が凄い形相でこっち見てたよ!

「あ、そうだすっかり忘れてた」

「どうしたの?」

そう言うと、十島さんは携帯を取り出して連絡先から一件の電話番号を見つけ出し通話をタップした。

すかさずスピーカーに切り替える。

(はい、もしもしおねぇちゃん?)

「おう、結今どこ?」

(え、もう保安検査場前だよ?)

「マジか、今から飯行くつもりだったんだけどなぁ柚の奢りで」

(え、奢り。って言うか今そこに柚ねぇいるの?)

「ハーイ!可愛い従姉妹の結ちゃーん!柚お姉ちゃんデェス!」

(誠にテンアゲのところ非常に恐縮ではありますがご逝去遊ばれていただけると幸いです)

電話越しでも確かなる殺意と侮蔑の意志が伝わる。

結ちゃんってこんな声でるの…お姉ちゃんの前と大違い…

「もー怖いなぁ!で・もそんな所もス・テ・キ!いやー私が惚れただけはあるなぁ!本当に会えないのが残念でならない!」

(ごめん、希ねぇ全身に鳥肌が止まらんけん切ってよか?)

「まあ、まて我が愚妹よ。飛行機はいつ出るんだ?」

(18時だけど)

「は!?早すぎんだろあの喫煙所とお土産店しかない出発ロビーで何するんだよ!」

(いやー私もそう思うんだけど…ハルちゃんがさ…)

そう言えば後ろから何やら声がしている、耳を澄まそうとした時結ちゃんがその方向へとマイクを向けたのかはっきりと聞き取れるくらいにその声がスピーカーから聞こえる。

(ハァ…堪らないわ…787-9に350…これからあの子達に逢えるのね…保安検査場から取れるのは飛行機に乗る時だけ…無駄にするわけには行かないわ…ヘヘッ…ヘヘヘッ!)

声は明らかに上ずっており興奮している。

「あらら、結ちゃんのお友達は重症の飛行機オタクね…」

(うん…ハルちゃんもう暴走しっぱなしで…柚ねぇこれ助けてくれた一回だけハグしてもいいよ)

「え!本当!どこの保安検査場!今すぐ行く!」

(え、Aだけど…)

「分かった!」

ブチッ!

柚さんが勢い十島の携帯の通話終了をタップする。

「おい!柚!本当に行くのか!」

「二人とも走るわよ…今日はお姉さん叙々苑までなら出すわ!」

「馬鹿言え、頑固なジジイとビクビクしてる弟子2人で切り盛りしてる回らない寿司屋に決まってるだろ!絶対うまいに決まってる!」

「へっ!?待って!待って!荷物は!?」

「持って走るに決まってんだろ!行くぞ!報酬上乗せだ!」

私は十島さんに手をしっかりと握られると空港内を世間一般に許されるレベルの速さで移動し始めた。

こっちに来て初めて繋いだ手、感動の類は微塵も感じられない。

だけど…だけど…!

胸の内はこれでもかと言うほどワクワクしていた。

「うん!」

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