第3話 品川区、大田区、福岡市。鳥栖市はやはり福岡の植民地
昔、うちの親父が言っていた。
人生はいつ変換点が訪れるか分からない、このまま退屈な人生が続くと思った矢先意味のわからない展開が待っている、意外に人生は退屈しないもの、だと。
だが、今回ばかりは唐突過ぎやしないか?というのが私十島希未の見解だった。
そして今のこの状況に対しては未だ納得できていない。
いつもと同じ結と私の手料理、同じ長机の食卓、3人分の食器。とあともう1セットお誕生日席には見慣れない客人用の食器が用意されていた。
食器には金曜日恒例のカレーが盛られている。
「へぇーじゃあ真衣さんは、のぞねぇと同じクラスなんですね!」
「そうなの、でもお姉さんは勉強熱心ね、初めて見たわ、1人教室に残って英書を読むなんて。」
この女、ここ一番でいらんこと言いやがった。
「え、のぞねぇ…そんな事してたの…?あれだけ帰りは友達とカフェにって…」
「そうなの?十島さん?」
「そんなぁ、結。お前もいい加減理解しろ。お前の姉は病的に孤独に恐怖感のない先天性孤独許容症なんだ」
そういらん便乗をするババアは十島遥、私の叔母である。因みに夕方あった篠崎大尉の同級生であり、この家の家主である。
御年36歳。
「うっさいなぁ、別にいいだろう。誰にも迷惑をかけて居ないし、ましてや私の自由だ。」
「また!のぞねぇ!毎回毎回そんなこと言ってるから友達できないんだよ!」
言われた瞬間少しムカっときた、この愚妹め。
正論というやつは確かに正しいが、その正論がもたらす結果というのは必ずしも正しい訳ではない、取り敢えず私の機嫌と妹へのイタズラ決行ライフポイントは下がり、今日の結の寝室への突入は決定事項となった。
「やめろ、結。確かにそこのアホは口は悪いし気持ち悪い程無趣味だが他者から理不尽に攻撃されるような事はしてない。」
「で、でも」
「でも、もへったくれも無い。よく考えろ今日は客人もいるんだ折角の料理が不味くなればこの会食も意味が無くなる。」
猛禽類のような鋭い目付きで遥のオバさんが結を見据えると結は狩られる前の小動物のようにしゅんと縮こまってしまった。
「お前の姉への異常なまでの愛と心配は分かってるから貰い手が出なかったらお前が抱けばいいだけの話だ。」
「なっ!なんばいいよっとっとよ!そげなっ!そげんことやる訳なかやろ!」
コラコラ結ちゃんあまりの動揺に僅か3年しか住んで無い佐賀県の右端の街の博多弁混じりの方言出ちゃてるやん、もう図星やん。
お姉ちゃん今日の夜から安易にイタズラできんくなったやん。
というか地味に怖かやん、やめてや。
というかこのババア平然と近親相姦を想起させそうな事いいやがって、この小説が商業誌に載ってたら放送コード一直線の発言は是非共謹んで欲しい。
ってか、おい舞ノ原。
なんでお前が顔赤くして不服そうな顔してんだ。
「そ、その、希未さん?妹さんとはどんな関係で…?」
「別に…普通の姉妹だ」
「そ、そうだよ!真衣さん!なんの変哲もない唯々ごく普通の姉妹だよ!別に変な事とか企んでないし!こんな口の悪い、しかも無駄に美人の無趣味な姉なんて喩え世の中の重篤なシスコンでも好きになる事ないよ!」
おい?おい?結ちゃんさっきからボロがライムグリーンの兵庫県産バイクのオイル並みに出まくりでは無いですかね?
取り敢えず拳骨をお見舞いする。
「のぞねぇひどい!まだ真白ねぇにも殴られた事ないのに!」
続け様にもう一発。
「二度も殴ったね…遥ねぇにも殴られた事無いのに!」
「殴って何が悪いか!貴様はいい!シスコンが露呈してもそうやって喚いていれば気が晴れるのだからな!その若さゆえの過ちはテンションと時間が解決してくれるという思考…!それが甘ったれなんだ!殴られずに一人前になったシスコンが何処にいる?!」
「もう…もう触らせねぇからな!誰がのぞねぇなんかに乳なんか触らせてやるもんかよ!のぞねぇの馬鹿!もう知らねぇからな!」
いや揉まんから。
そう言って結は二階の自室へと消えて行った。
「すまんな、騒がしくて。これが十島家だ勘弁してくれ。」
そう遥が謝罪すると舞ノ原は赤く染まった頬を冷ましていつもの澄ました顔に戻った。
「いいえ、大丈夫です。賑やかなのはいい事です。」
「そうか、いや。そういう風に受け取ってくれると此方としては助かるね。昔はこうも行かなかったからな」
「そうなんですか?」
「おい、遥ねぇ。客人に話すような事じゃ無いだろ」
私はその話題を制した、昔の事は他人に聞かせて面白いものでは無い。
少なくとも私の中では。
「そうだな、すまん」
そう、それで良い。この遥の良いところは、この聞き分けの良さだ。
流石36年伊達に生きていない、篠崎のババアもこれくらい聞き分けがいいと助かるのだが日々の振る舞いを見る限りそうも行かないらしい。あのババア一応某A大卒なんだけどな。
「さて、自己紹介が遅れたね。私は十島遥、この家の家主でこの子達の叔母だ。この街の外れで売れない小料理店をやっている。そうだな…呼び方は好きにすれば良い。この子達みたいに『遥ねぇ』でも私は一向に構わないし少し癪だが…遥オバさんでも良い」
んじゃ、私はババアと呼ばせてもらう。と言いたいところだがこの人の場合怒らせると篠崎のババアより面倒くさい。
この人は私が35歳を過ぎてもババア呼びしない唯一の例外者だ。
「では普通に遥さんで…」
「そうかい、じゃあ私は君の事を真衣くんと呼ばせてもらおう。」
舞ノ原が複雑な顔をする。
「不服かね?」
「いえ、大丈夫です」
「そうか、じゃあ決まりだ。さあ、飯も一通り食べただろう食後のデザートといこうじゃないか」
そう言うと叔母は冷蔵庫からチーズケーキの乗った大皿を出してきた、この人のは変な所で女子力を発揮してくる。
「希未、切り分けてくれ」
「分かった」
包丁を戸棚から出して切り分けていく。
ワンホールを八等分、丁寧に。
全て切り分けて、各皿に分けようとした時キッチンからは紅茶の良い香りが香ってきた。
叔母は私達に背を向けたまま尋ねた。
「ストレートとミルクどっちが良い?生憎私のおもてなしはコーヒーと紅茶しか知らない、しかも今コーヒーは豆を切らしている、悪いが二者択一だ。」
「ストレート」
私の答えは何時もこれだ。
「じゃあ私も…」
舞ノ原も便乗した。
「それじゃあ、親父さんの転勤でこっちに?」
「はい、もともとは福岡市に住んでました。」
「そうか、この子ももとは佐賀に住んでたんだ、鳥栖というサッカーチームと美味しい菓子しかない街だ。」
私達はチーズケーキを食べながらこうなった原因というか経緯を話し始めた。
「でも、今頃引っ越しの挨拶は遅過ぎないか?」
そう、私が含み半分に質問すると舞ノ原はまたむず痒そうな顔で答えた。
「もともと私品川の近くのマンションから通ってたの、でもお父さんの職場が大田区の方になって…朝のはゆっくりしたいっていう強い意向で引っ越してきたの。」
「じゃあ、校区外から通ってたのか。まあうち私立だから出来んことはないけど…大変だったんじゃないのか?」
ウチの高校は大田区の外れだ、今でさえ東京都内の交通網は発達しているとはいえ私から言わせれば駅に行って電車に二駅以上乗車するという行為は面倒くさくて仕方がない。
何が楽しくて目の死んだ社会人や学生をすし詰めにした車内で苦痛に耐えながら移動しなければならないのか…。
たとえ通学に徒歩三十分かかるとて私は都内で電車通学だけはしたくない。
「まあ、いつも車で送ってもらってたから別に何が大きく変わったわけではなかったんだけどね」
「このブルジョア女め」
「おい、希未。失礼だろう」
「へいへい」
遥は大きく溜息をくつと紅茶を一口啜った。
「すまないね、コイツの口が絶望的に悪いのは昔からだ…まあ、若い頃の私にそっくり過ぎて自身責任の一端を感じいるんだが…なあ希未。お前はいつになったらそのぶっきらぼうな態度が改善するんだ…」
「死んでも変わらん、諦めてくれ」
「そうか…残念だ…出来れば手荒な真似はしたくなかったんだが仕方ない…」
そう言うと遥は拳を握り締めた。
「おい、手を出すのは反則だろ!暴力反対!」
冗談じゃない、幾ら同じ女とは言え某A大の徒手格闘部でブイブイ言わせてた篠崎のババアとタイマン張ってた女の鉄拳など私の教育的指導と比べれば天と地ほどの差がある。
「さっき実の妹に拳骨お見舞いしてた奴が何言ってんだ、大丈夫だ安心しろ、手は上げないさコンプラに引っかかるからな。お前の性感帯という性感帯をこの小説がR-18にならない程度に刺激して脳内麻薬をオーバードーズさせるだけだ。3ヶ月ほどな。」
「それ、現代軍隊でもやらないタイプの“拷問”だからな!断続的にやる事でヤク漬けと同じような効果が得られる上に身体に傷が残らないどころか薬物を使う訳でもないから薬物の陽性反応も出ないから本当にタチが悪い!可愛い姪っ子を廃人にする気か!」
本ッ当とこの女やり口がえげつない。
というか、そのやり方どこで覚えるんだ。
少なくとも義務教育では習わんぞ。
ほら舞ノ原も戸惑ってるし。
「いいかな真衣クン?昔保健体育の授業で「ソロプレイをやり過ぎるとバカになるのはデマです」みたいな事習ったと思うが半分正解半分不正解だ。脳内麻薬と言われるドーパミンなどが過剰に分泌されると一種の薬物の禁断症状の様な状態になる。俗に言う“依存症”と言う奴だ。ドーパミンを分泌させる。身近な例で言えばタバコ、ゲーム、ギャンブル、筋トレなんかだ。コイツらは人間の脳神経を刺激してドーパミンを分泌させる。ドーパミンは人間に幸福感や達成感を与える。だがこれが断続的に続くとどうだ?脳はこのドーパミンが与える快感に耐性が付く様になる。となると身体は更なる快感を求める様になってあっという間に廃人の完成という訳だ。これは性的な刺激も例外じゃない、セ◯クス依存症なんて言葉も有るくらいだからな。他の必要な時間を犠牲にしてまでもその行為に熱中する、確かにソロプレイ自体で馬鹿になることは無いが過度に依存してしまえば勉強する時間が少なくなって馬鹿になるという寸法だ。一つ賢くなったね…」
清々しく凛々しい笑顔でそんな恐ろしい事を口にしてしかもそれを曲がりなりにも同級生の女の子に解説するその神経。
つくづくこの人は怒らせてはいけない。
何が“一つ賢くなったね…”だ。
舞ノ原の顔は明らかに引きっつて…いない!?なんでや!?
おい、舞ノ原さんその手にしているメモ帳はなんですか!ねぇ!なんなんですか!
「遥ねぇ…その話詳しく…!!」
おいおい?結ちゃん?いつからそこに?
その血走ったお目めはなんでちゅかねー?
お姉ちゃんめっさ怖いんやけど。
やめてくんないかな?悪かったって。
もうベッドに潜り込んで呂律が回らないほどくすぐるのは止めるからさ….……
って私もやってたわ
テヘッ!結局は家族ってか!アハハ…冗談じゃない…
「と言う訳だ、希未。廃人になりたくなかったらその態度は改めて行く事だ。」
ひぃ怖えぇ…やってられん…
「あ、そういや今思い出した。明日お前らの大好きな従姉妹の柚帰ってくるから、羽田まで迎えに行ってくれよ」
「げっ!柚ねぇ帰ってくるの?!」
コラコラ結ちゃん、数少ない親族にそんな露骨に嫌な顔しないの。
久木野宮 柚、従姉妹で歳は24歳。
因みにこの人の娘ではなく私の父方の兄弟の子だ。
福岡で旅行代理店を経営しているトラベルプランナーである。
趣味は1人呑みと旅行とバンドと登山、陸上。
私の真反対の人だ。
「あーでも、私部活でその日から静岡遠征だ。ちょうど羽田で入れ替わりかも」
「ん、そうなのか…困ったな柚の奴スーツケース4つは最低でも持って帰ってくるって言ってたから荷物持ちが必要だと思ってるんだが…」
さて、この流れになれば視線が舞ノ原に移るのは当然の流れだ
「すまんが頼まれてくれないか…?」
「私ですか…?」
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