彼の決意
起床する湖都。最悪の目覚めだ。
「うぅ……」
嫌な顔で唸りながら、起きて早々に頭を抱える。
「口づけでおかしくなったの? 私の頭」
がっくりと項垂れ、布団を仕舞うのであった。
「昨日は昨日、今日は今日! 切り替えないと!」
パチン! 両頬を叩いて気合を入れた湖都。
だが、しかし――……。
「――――まったく。どうして毎晩あなたを見ないといけないんですか?」
教室の机で肘をついた湖都は愚痴る。
口づけをした日だけで“夢”は終わらなかった。あの日から床に就く毎晩、髪の長い謎の女の身体を通じて写実的な夢を見るのだ。それもすべて彼の過去。たった今、同級生と笑い合っているように。
「いろいろとわからずじまい。はぁ、誰がこんな夢を見せてるんだろ」
勤勉な態度で机に向かう姿。運動場で息を荒らげて最後尾を走る姿。同年齢の女子に話しかけられてたじたじになる姿。近所の子供と秘密基地で遊んでいたら、服が壁に引っ掛かって助けを喚く姿。
まさに冴えないひ弱な男子。そんな彼の名は
「名前だけは立派だよね」
右の頬をぷっくり膨らませた湖都は、彼のつまらない日常などではなく、素敵な殿方とのロマンチックな恋を夢見たいと願うばかりであった。
特別な夢を見始めて一週間が経過した頃。
少し離れた住宅街で大きな爆発があったそうだ。なんでも地中の不発弾が爆発したらしく、多数の怪我人と死者が出たらしい。知り合いに死傷者はいなかったが、同年代の死者がいた知らせに湖都は胸が痛んた。この痛みがあるだけ、まだ“生きている”とも言えるけど。
その日の晩も夢を見る。
「ふう、また今日も……あれ?」
はっきりとした現実感はここ数日と同じ。しかし先日までと比べて違和感を覚えたのは、人の嗚咽が聞こえたから。
ぐすっ……。ぐすっ。
まだ二桁に満たない年の女の子と、成人した女性の嗚咽だ。彼女たちの前には、男性が眠る棺が置かれている。
「お父さん……っ」
「うう……あなた!」
亡くなった父を母と子が悲しむ光景に、胸が苦しくなった湖都は、
(どうしてこんなものを……見せるの? イヤだよ)
逃げるように背を向けた。
が、そのときのこと。
「――――大丈夫、俺が支えるよ! だから安心してくれ!」
悲しい空気を破るような宣言に、湖都は振り向いた。
「……ッ!?」
茂だ。
彼だって悲しいはずなのに、下唇を噛み、赤く腫れた目にぐっと力を込めて、
「父さんの分も俺が稼ぐ! だからがんばろうよ! 父さんは俺たちの中にいるから!」
心から家族に声を届けていた。
「……あ」
トクン。湖都の胸に生まれる、名も知らない温かみ。
「んん、なに……この気持ち」
生まれて初めてのくすぐったい感情に戸惑う。
なぜだろう。家族を前にする茂の姿が無性に眩しい。
「はあ」
頬を染めた湖都は、目をつむってちょこんと首を傾げ、認めた。
「私って……ちょろいな」
それからというものの。
「はぁ~~」
夢で見る何気ない茂が、今までとは別人のように湖都の目に映る。
頼もしいな、知的だな、かっこいいな。
「はぁ~~~~」
気づけばうっとり見惚れている自分。
「はっ! まさか、これが……恋なの!?」
朱色に染まった頬を両手で包む。顔が熱を帯びていた。
生まれて十五年。異性を見て経験する、初めての感情。
この気持ちは疑いようもなかった。
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