震電改と公算手の彼女。

山岡咲美

震電改と公算手の彼女。

 起こりうる未来を変える為、神様は僕にチャンスをくれた。



2020年8月6日・10歳



誕生日はいつも憂鬱だった、僕は8月6日生まれでその日は神妙なニュースばかりが流れるからだ。


「お誕生日おめでとう」

何時ものケーキ屋さんにママとケーキを取りに来た、ケーキ屋のお姉さんが僕におめでとうと言ってくれる。


「ありがとう…」

本当は気にする事は無いのだろうけど、僕はTVのニュースを見るたびに、この日にお祝いするのがとても悪い事をしている気になっていた。


僕はママと手を繋ぎ世界遺産のある川沿いをトボトボと歩く、何時もと同じで少し違う日僕はママと光に包まれた。



***



1945年8月6日8時00分・瀬戸内海上空



「光像照準器補正完了!」

後席に座る菊子きくこは僕の前席を強く叩く(電線通話の故障を想定した手順だ)。


「勝負!」

僕は光像照準器の真ん中に敵機を入れ左手推進レバーの引き金を引く。


青い局地戦闘機震電改しんでんかいは銀色の爆撃機B29を横から狙っていた。



***



1942年7月・海軍司令部



「大佐、エンジンの性能不足を機体構造でなんとかするにはこれしか…」


「たださかい中尉、戦闘機乗りは機動性能の高い機体を好む」


「大佐、ミッドウェイで経験の有る操縦士の多くが…新兵にも使える機でなければ」


僕は大佐に呼ばれ新型局地戦闘機の話をしていた、部署の移転がきまったのだ。


「あと、防空壕は難しいですか?」


「ミッドウェイでは君の話を生かせなかったからね、せめて病院と学校くらいはと思っている」


「仕方が有りません、僕の話なんて戯言にしか聞こえない」


「だが諦めては終わりだよ、だから君は戦闘機に乗ったのだろう?」


「そうですね、諦めてしまっては何も始まらない」

僕は肘を下に落とした海軍式の敬礼をした、僕の顔の半分は子供の頃におった火傷の跡があった。



1942年8月・九州飛行機



その航空機会社は陸軍と海軍向けに練習機を制作していた、戦闘機開発のノウハウは無かったが航空機を作る能力はあった。


「軍の要求は2つだ、速く高く飛べる事、新兵にも戦闘が容易に出来る事だ」

この国には闘える翼が必要だった。


「で、コレですか…」

九州飛行機の設計主任は頭を抱えた。


「やはり難しいか設計主任?」


「この過圧吸気装置でエンジンへの空気供給を増やすやつ、コレで上空の薄い空気でも性能を落とさんのですが…」

僕は機械の専門家では無かったから聞いた話を参考にするしか無かったがターボエンジンは既に研究がされていたらしい。


「熱くなって無理か…」


「コッチの二重反転プロペラならばウチのプロペラ班が設計出来ます」


「中尉、納期を遅らせてはいかがですか?そうすれば過吸気は無理でも次のエンジンと共に開発が出来ます」

プロペラ班の班長がそう言った。


「ダメだ、1945年8月までに最低20機は実践配備する!」

僕は語気を強めた。


「そして飛行試験は建造の遅れている空母信濃で行うと」

プロペラ班班長は首を傾げる。


空母信濃は建造中だった大和型の3番艦を空母に改修したもので呉に移す予定を僕が本計画を捩じ込んで計画を遅らせていた。


「そうだ横須賀から佐世保に移した信濃で行う」

僕がとても時期や場所にこだわるので九州飛行機の設計士はいぶかしんだが軍から派遣された人間には逆らえんとしぶしぶ納得してくれた。


「エンジンはそのままでプロペラは二重反転で行くとして、コッチはどうします?」

主任は次の話に移る、無い袖は振れないと解っているからだ。


「設計自体は簡単です、照準器2つを連動させれば良いだけですから」

照準器会社の出向設計者が設計図を広げる。


「座席防弾板を下げて後席を作り潜望鏡で敵の翼の長さを図り距離と速度を計算、前席の光像照準器を後席でずらし照準器の敵が真ん中に入ると当たるよう後席射撃公算手こうさんしゅが調整します」

飛行機と言う物は飛んで居るので目標の未来位置に射撃しないと当たらず、新兵にはそれが難しいのだ。


「これならバカにも当てられますよ」

照準器会社の設計士は軽くそう言ったが、今まで歴史上存在しなかった人員だ、僕は少し不安だった。



1944年8月・築城ついき基地待機室



「自分は花守はなもり菊子と申します、中尉殿の機体に搭乗させていただきます!」

その女性は真っ直ぐ立ちしっかりとした敬礼をしていた。


「よろしく頼みます花守二等飛行兵曹」

僕は緊張していた彼女に軽く敬礼をして笑った。


「あっ」

彼女は肘をゆっくり下ろす、彼女がやっていたのは陸軍式の敬礼で肘を地面と水平にするもので、海軍では狭い艦内でぶつからないよう肘は下ろすのだった。


「フッ、そんなに緊張しなくて良いよ」

僕は彼女のあまりの緊張っぷりに思わず吹き出してしまった。


「そうだコーヒーはいかがかな」

僕はコーヒーを淹れる。


「甘っ!」

中尉のコーヒーは激甘だった。



1945年2月・東シナ海空母信濃上空



「対G姿勢をとれ!旋回する!足に力を入れろ!上半身に血を上げろ!!」


「…は、いい、、、」


「呼吸は3秒に1度!瞬間的にだ!!」


「…は、」


「敵機が見えるか!」


「…は、い!」


「測量計算を開始しろ!!」


「……はい!」


「射撃準備だ!」


「…光像照準器補正完了いたしました!」


「良し!!」


「………ハァッ!」


「訓練を終了する、お疲れ二飛曹」


「…はい中尉………」


彼女は訓練終了後意識を失なった、僕は敵機役を勤めた友軍の試験高高度爆撃機富嶽ふがくに手を降る。


「流石に今の機動じゃ厳しいか…」

僕は知っていた、B29のリモート機銃はアナログコンピューターが付いていて彼女達と同じ計算を簡単にこなす事を、彼女達公算手はそれを作れなかった僕の犠牲者だった。


僕は信濃へと機を向ける、機体後部にあるエンジンが二重反転プロペラを回し、かん高い音をたてていた。



同・空母信濃格納庫



「新兵達はどうだろう」

震電改の横に2人佇たたずむ、海軍航空技術廠かいぐんこうくうぎじゅつしょうが鳴り物入りで開発した先尾翼機せんびよくき、詰まり本来飛行機の後ろに有る筈の水平尾翼(小さい翼)が前に有る飛行機で機体の安定性が高く更には後退翼の採用で高速性能にも優れていた。


「今日はいい感じだったよ二飛曹、作戦が終わったら何か旨いもんでも食いに行こうか」

僕は何時も新兵にするように彼女に言った。


「……」

彼女は少し照れたあと、「バウムクーヘン」と答えた。


「産業奨励館のか?」

話した事があった、母が勤ていた病院近くにはドイツの御菓子を売る店があってって話だ。


「はい…」

彼女は顔を赤らめる。


ここが空母の中で無かったら僕だってもっと早く気付いた事だろう。


「バっ、バウムクーヘンだな」

僕は部下に話しているつもりだったが色恋の話だと気付き声が上ずった。



1945年8月6日6時10分・空母信濃四国沖



「花守一等飛行兵曹、行けるな!」

界は震電改の風防を閉めそう言った。


「はい中尉、いえ大尉!」

菊子はそう答えた。


飛行甲板後部に20機の震電改があり、操縦士新兵供公算手彼女達が乗っていた。


「そう言えばこの震電改なんで新型機なのに何ですか?」


(菊子は変な事に気付くな…)

確かにそうだったが震電だと僕が少し混乱したからだ、何せに見た物と違いすぎる。


「この任務が終わったら教えてやる!」


「はい、あとバウムクーヘンもよろしくお願いします」


僕も菊子も帰る気満々だ。



同6時20分・空母信濃飛行甲板



「特設監視艇の連中が銀色を見つけた!西だ!!」

空母からの緊急発艦、空母の位置を知らせない為導入した彩雲さいうん作戦指令機の指示に従い震電改飛行隊が飛び立つ。


「正面では無いのですか?」

当初の作戦では信濃正面から来る筈だった。


「分からん、目標を九州に変えたのかも知れん」

(順番が逆になったのか?)


「大尉の読が外れるなんて…」

菊子の声に不安が混じる。


「だが追うしかない、コッチには770km/hの足が有るんだ追えるさ!」


「巡航は440km/hですけどね」


(菊子も言う様に成ったな)

僕達は少し笑った。



1945年8月6日8時00分・瀬戸内海上空



「クソ!あの動きフェイントかよ!」

僕は飛行隊を広く散らし自機は北東へと転進させていた。


「落ち着いて下さい大尉!大丈夫です、どんな位置でも私が当てさせます!」

菊子は何時の様に前部座席を叩く。


僕はその振動を感じると落ち着く様に成っていた。


「見つけた!11時だ!」

青色迷彩は機能し震電改を海に溶け込ませた。


「観測します安定させて!」

僕は観測しやすい様に機を安定させる。


「距離30km、高度10000m、速度350km/h巡航速に落としてる……大尉横から食らいついて下さい!」

菊子が指示を出す。


「下から突き上げろって事か?」

普通なら当たらない位置だった。


「大丈夫、私がいます!」

ウチの公算手は空戦の常識をぶち壊してくれる本当なら頭かケツを取りたい。


公算手は暗算を続ける。


「重力、気温、気圧、角度、全長、距離、速度、弾速、着弾時間、未来位置…」

有線から公算手の呪文の様な呟きが漏れる。


「光像照準器補正完了!」

後席に座る菊子は僕の前席を強く叩く。


「勝負!」

僕は光像照準器の真ん中に敵機を入れ左手推進レバーに有る引き金を引く。


「お互い様だ、悪く思うなよ」


僕達の震電改は機首に4基もある30mm機銃弾をB29の前へとばら蒔いた。


B29も12.7mm2連リモート機銃を撃つが弾は途中で滑る様に消えた、射程距離外だった。



B29は魔法が掛かった様に弾に吸い込まれて行く。



公算手の、いや、僕達の勝利だった。



***



2020年8月6日・10歳


「ここは大尉、いえ中佐との想い出の場所なのよ」

界菊子は戦友の女性達と甘いコーヒーとバウムクーヘンをつまんでいた。


元産業奨励館、ドーム屋根の中央階段室のある煉瓦造り3階建、外装は石材とモルタル、鮮やかな緑色の屋根が空へ映える西洋風のカフェである。



川沿いを少年がはしゃぎママの手を引いている、どうやら誕生日らしい。



2020年夏、こんな時があってもいいよね。



END

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