81th Chart:奮迅のドレッドノート


 機動遊撃戦隊の航空騎兵が被った災厄は、左舷へ回頭中の第6戦隊戦隊旗艦、『ドレッドノート』の艦橋からもはっきりと観測できた。

 蒼空のキャンパスに、航空騎の翼端から伸びたヴェイパートレイルのエッジが縦横に刻まれ、絡み合い、複雑な幾何学模様を描いていく。そんな中で時折、断末魔染みた曳光弾の直線的な閃光が刻まれるが、例外なく火箭の起点は僅かな間をおいて赤い尾を微かに残して海面へと引きずり込まれていく。その流星の弾頭は、血に塗れた機動遊撃戦隊の龍と搭乗員で形成されていた。

 龍と人が蟲に喰われるなどと言う非日常的な光景を、艦橋の外へ向けたレンズの奥に見てしまった船精霊が、震えの混じった絶叫を上げる。


「そ、弾着観測騎ソードフィッシュが!ソードフィッシュが全滅しました!ト、トンボが龍をッ――」


 報告と言うよりも悲鳴そのものと言った叫びに返されたのは「まあ、落ち着きなさい」という。場違いなほどに穏やかな老人の声だった。強烈な海風と無数の砲声に包まれ、騒然となった艦橋に投げられた言葉ではあるが、その決して大きくはない声を聞き洩らした乗員は一人もいない。

 声の主は急速回頭によって左舷側に僅かに傾斜した艦橋の床に、小動もせず仁王立ちしながら、深く皺の刻まれた顔に好々爺然とした微笑すらも称えていた。


「君の本分は正確な情報を我々に伝えることだ、一から順序だてて話してくれんかね?」


 王立海軍本国艦隊司令長官、ジェイコブ・ジェリコー。

 この艦隊に所属する大半の軍人よりも、遥かに長い期間王立海軍に奉職し、数々の武勲を立てて実戦部隊の長にまで上り詰めた宿将。

 最新鋭艦の船精霊として生を受けた者は勿論、幾度も死線を潜り抜けてきた戦隊長や艦長と言った猛者ですら焦慮を隠せない異常事態を前にしても、この男の顔に焦りの色は影も形もうかがえなかった。

 そんな老雄の微笑を前にした見張りの船精霊は、感情のままに口走ったことを内心で恥じつつ、可能な限り端的にまとめる。これ以上の無様を晒すことは、最新鋭戦艦の船精霊としての矜持が許さなかった。


「海神の戦闘騎と思われる航空騎により、味方の弾着観測騎は全滅しました」

「全滅かね?一騎残らず?」

「はい、全滅です。現在、敵艦隊上空に味方は存在しません」


 きっぱりと言い切る船精霊にジェリコーは「結構、観測を続けてくれたまえ」と鷹揚に手を振り、背後に集った艦長や幕僚に向き直る。


「さて、困ったな。まさか、海神と制空権争いをすることになろうとは」

「困ったな、ではありません。大問題です」


 ピシャリ、と本国艦隊主席参謀、エドワード・オースティン大佐が険しい顔で言い切った。たとえ相手が宿将と畏怖される男であっても、自分の意見はハッキリと言うスタンスを崩さない幕僚に、ジェリコーの顔に苦笑が浮かぶ。

 なお、司令部の参謀をまとめる役割を果たす参謀長は、航海参謀や砲術参謀と共に『キング・エドワード』に移乗しているため、主席参謀たるオースティンが幕僚団のまとめ役を担っていた。


「水上砲戦において弾着観測騎の有無は命中率に直結します。これまでの戦闘で、敵は観測騎無しで、我々と互角以上の戦いをこなしてきました。我々の航空戦力を撃滅した以上、次は敵が使ってくるでしょう」

「なるほど、一理あるが。真に警戒すべきはソコではないと私は思う。恐らく、航空参謀も同意見なのではないかな?」


 不意に、右舷側へとそらされたジェリコーの意味深な視線をオースティンが追いかければ、窓際で見張り員の様に双眼鏡を構えて熱心に空を見上げる航空参謀――クリストファー・リッチ中佐の背中が見える。吹き曝しの露天艦橋で、目を皿のようにして敵艦隊の上空に視線を走らせつつも、後ろのやり取りはしっかり聞いていたのか、返答に澱みは無かった。


「オースティン大佐のおっしゃる通り、弾着観測騎の展開も考えられますが。そのために我が方のソードフィッシュを全滅させるのは、ちと過剰でしょう。それよりも警戒すべきは――――あれです!」


 航空参謀が右舷側の空を指し示すのと同時に、右舷側に双眼鏡を向けていた見張り員が報告を上げる。


「方位0-9-0に不明騎多数!数は……およそ30以上!」


 双眼鏡を覗かずとも、千切れ雲の隙間にゴマをバラまいた様な小さな粒が1秒ごとに浮き上がってくる光景を目にすることができた。青い空を背景に、黒い点の様にしか見えない群れは、北に移動しているようだ。


「いいや、不明騎アンノウンじゃない」


 双眼鏡を下ろし、気合を入れる様に帽子をかぶりなおしたリッチ中佐が隣で空を睨む見張り員に言葉を掛ける。続けられた言葉には、揺るぎようのない確信が含まれていた。


敵騎エネミーだ」


 彼の言葉を証明するかのように、北の海上から花火の様な赤い光が、天空めがけて放たれた。






 本国艦隊司令部の面々が、新たな敵の出現に苦いものを感じている間にも、『ドレッドノート』の戦いは続いている。

 基準排水量2万2千トンに達する巨体で白波を掻き分け、波濤を踏みつぶし、海面に白い航跡の円弧を描いた戦艦は、3隻の姉妹艦と共に回頭を完了し直進へと移る。

 巨艦の転舵によって舷側に弾き飛ばされた海水が飛沫を上げ、白く沸き立つ海面の向こうには、面舵によって左舷側を見せつつある敵海神の姿が見て取れた。

 それまで左舷側を睨んでいた4基の主砲塔は、旋回中に右舷側へと振られており、8本の重厚な砲身が、ヘラクレスを前に威嚇する多頭蛇ヒュドラの如く鎌首をもたげる。


「回頭完了!針路0-0-0!宜候steady!」

「砲術、目標敵4番艦!主砲、交互打ち方。打ち方始め!」


 露天艦橋で双眼鏡を構える『ドレッドノート』艦長、ジョン・S・オルダーソン大佐の矢継ぎ早に命令が、航海艦橋の直ぐ後方に聳え立つマストの頂上に届けられる。


「目標敵4番艦、測的良し!主砲、交互打ち方。打ち方始めます!」


 強靭な三脚楼の頂上に据えられた簡素な射撃指揮所で、『ドレッドノート』砲術長――アーサー・ウォードル中佐が命令を復唱し、同時に引き金を引き絞った。敵4番艦への測的は回頭中に完了させていたため、命令から発砲までの遅延は無い。

 僅かに仰角が掛けられた4門の12インチ砲から火焔が迸り、明灰色の戦艦の右舷側を黒褐色の砲煙が湧き上がる。2万トンを超える艦体を右舷から左舷方向へ強烈な衝撃が刺し貫き、右舷側の海面が爆圧によって歪み、飛沫を残して弾け飛ぶ。長砲身の12インチ砲の砲口から拡散した衝撃波が、固形化した大気となって上部構造物とそこに詰める乗員を叩いた。

 同様の光景は、左一斉回頭により本隊の先頭を切って敵艦隊の頭を抑えにかかった第6戦艦戦隊の各艦上にも見ることができた。

 それまでの戦艦に時代遅れの烙印を叩き付けた戦艦群は、迫りくる敵海神にも12インチ砲弾と言う死の烙印を叩き付けるべく次々砲門を開いていった。




「『シュパーブ』、打ち方始めました」

「『ベレロフォン』、打ち方始めました」

「『テメレーア』、打ち方始めました」


 彼我の距離は最も近い『テメレーア』と1番艦で5900ヤード(約5400m)。

 近代砲戦においてこれは至近距離と断言できる値であり、各艦の舷側からは主砲の他に12ポンド7.6cm速射砲の砲火が、無数の蛇の舌先の様に吹き伸びる。中小口径砲が発砲するごとに、金属製の太鼓を打ち鳴らすかのような短い砲声が響き、艦体が身震いをするかのように小刻みに揺れる。

 初弾を解き放った4門の砲身は陽炎を棚引かせながら水平にまで戻され、続いて各砲塔の2番砲が持ち上がる。1基あたり2門装備した砲身から交互に発砲し、弾着の位置を見て射撃諸元へ修正を施し、命中を試みるのが交互打ち方と呼ばれる射法であった。まずは、これで命中弾ないし挟夾弾――敵艦の周囲を囲むように弾着が生じること――を得なければ、斉射に移行できない。

 ウォードル砲術長の気迫と共に『ドレッドノート』から放たれた4発の砲弾は、低い弾道を描いて先頭から数えて4番目の敵海神の手前にまとまって着弾し、4つの巨大な水柱を噴き上げた。全弾近弾、敵との距離を過少に見積もった結果だ。

 歴戦の砲術長はは小さく舌打ちをしつつ、素早く射撃諸元を再計算し第2射を放つ。近距離砲戦であるため、初弾命中の期待値は決して低くは無いはずではあるが現実はそう上手くはいかないらしい。

 更に悪いことに、高々と吹き上がった水柱が崩れた時、目標とした海神は直進からさらに面舵を切りつつあった。この時点で、敵艦が直進することを前提にした『ドレッドノート』の第2射は、着弾まで十数秒を残し空振りに終わることが確定した。


「敵艦隊、更に面舵!針路0-0-0!本隊と併進!同航戦に入ります!」

「旗艦より通信はあるか?」

「ありません!」


 実際の所、ドレッドノート級にとって、現状は適した戦場ではない。

 ドレッドノート級の設計思想は「長距離砲撃によって、一方的に敵を叩く」と言う言葉に集約される。優秀な速力をもって自艦に優位な砲戦距離を維持し、敵弾の命中率が低下する遠距離から、統制された単一巨砲の斉射で殲滅するというのが、設計の骨子にあった。

 そのため、このように従来型の戦艦隊と混ざり、敵海神の命中精度も飛躍的に向上する近距離での砲戦は想定外の使い方ともいえる。

 ジェリコーは当初、第6戦艦戦隊は単縦陣を描いた本隊を隔てて敵海神と対峙し、優秀な速力をもって本隊後方から強力な火力を投射する作戦を予定していた。これは他の戦艦戦隊を盾にするような作戦ではあるが、火力と精度に優れるドレッドノート級4隻、32門に及ぶ長砲身12インチ砲を一方的に敵に叩き付けることができるため、損害はかえって小さくなると考えていた。

 しかし、現状は4隻の新鋭戦艦は在来型の戦艦と共に近距離砲戦に巻き込まれつつある。撃ち負けることは断じてあり得ないが、損害の拡大は避けられまい。

 グレゴリー5世。勇猛果敢な御仁であることに疑いようは無いが、用兵においては古典的かつ保守的と評価せざるを得ないだろう。


「ま、陛下が堂々たる正面決戦を望んだ今となっては――愚痴だな」


 ジェリコーの呟きを掻き消すように、『ドレッドノート』を狙った敵4番艦の砲弾が飛来する。頭上を圧する飛翔音を引きずりながら艦を飛び越えた巨弾は、左舷側に弾着し2本の水柱を噴き上げた。

 海神の初弾も至近弾にすらならずにハズレだ。勝負はまだ分からない。




「敵の1番から4番艦はラミリーズ級ですね。13.5インチクラスの主砲ですが、30口径の短砲身です。旧式でしょう」

「この『ドレッドノート』にしてみれば、目に映る全てが旧式に過ぎん。ここでもたつくわけにはいかん」


 航海長を務める船精霊が、双眼鏡を目に当てたまま報告を上げる。オルダーソン艦長は”あなどるな”と小さく鼻を鳴らすが、内心では敵の艦隊機動に舌を巻いていた。


 当初、2列の単縦陣を形成して突入してきた敵艦隊は、本隊にT字を描かれたと見るや面舵に変針し、味方の後方を抜ける構えを見せた。

 それに対し、本隊は左一斉回頭で近距離砲戦に持ち込みつつT字を描きなおそうとするが、敵は其れを読んで――舵を切ってから回頭が始まるまでの待機時間は、当然の様に海神にもある――更に面舵をきり、同航戦へと持ち込みつつある。

 さらに言えば、この一連の動作が終わりつつある先頭集団は、2列の海神が合流し1列の単縦陣へと陣形が変更されているのだ。

 通信技術は海神の方が優れているというのは通説ではあるが、実戦においてここまで見事な艦体運動をやってのけるのは王立海軍でも至難の業だった。


 敵海神の練度に今更ながらうすら寒さを覚えるが、闘志は決して萎えてはいない。艦隊運動の妙技は認めざるを得ないが、その程度で『ドレッドノート』と王立海軍を封じ込められる道理はない。

 彼の背後で双眼鏡を構えるジェリコーも同意見らしい。


「どうやら、ケーニヒ級を始めとする敵の新型海神は艦隊後方に集中している。第2、第3戦艦戦隊には気の毒だが、ラウンド・テーブル級でも、少々荷が勝ちすぎるようだ。故に、第6戦艦戦隊は早急に目前の敵を打破し、新型海神を打ち取らねばならん。ミスター・オルダーソン、第2、第3戦隊の命運は諸君らの働きに掛かっていると言える」


 つい先ほどまでの戦闘により『サー・アグラヴェイン』『サー・ケイ』『サー・ライオネル』が相次いで戦闘能力を喪失したことを受け、ケーニヒ級を相手取るのはドレッドノート級を置いて他に居ないと結論付けたようだ。


「であるのならば、なおさらこんな処で躓くわけにはいきませんな」


 オルダーソンが肉食獣じみた笑みを浮かべてジェリコーを振り返った直後、彼の後方で、仰角をかけた2番砲塔が3回目の修正射を吐き出した。

 『ドレッドノート』の4基の砲塔から解き放たれた第6射は、大気を引き裂きながら浅い放物線を描いて飛翔すると、艦長の気迫と覚悟が乗り移ったかのように同航する4番艦を包み込んだ。

 海面が沸き立ち、立ち上がり、130m以上に達する長大な背甲に13.5インチ連装砲2基を背負った海神が暫し姿を隠す。ややあって、水柱を踏みつぶし現出した海神の背部には薄い黒煙がたなびいていた。


「敵4番艦に命中弾!」


 見張りからもたらされた命中弾の報告に、艦橋にごく短い歓声が満ちた。同時に、丈高いマストの頂上に陣取った砲術長から「次より斉射」と喜色の含んだ報告も飛び込んでくる。

 主砲弾の装填の為、それまで交互射撃の砲火を休みなく迸らせていた『ドレッドノート』の4基の主砲塔が暫し沈黙する。その間にも、敵海神の中小口径砲弾が多数飛来し、最後の抵抗をぶつけるかのように被弾の衝撃を艦全体に走らせていった。


 甲板に命中した5.7㎝砲弾が板材を吹き飛ばし、破片を周囲にまき散らす。


 数発の4.7㎝砲弾が立て続けに主砲塔に命中するが、分厚い防盾は火花を散らすばかりで小動もしない。


 かと思えば15.2㎝砲弾が艦中央部に命中し、矢継ぎ早に砲弾を吐き出していた7.62㎝単装速射砲を、砲員の船精霊ごと吹き飛ばす。


 轟音と共に飛来した2発の13.5インチ砲弾が進行方向に太い水柱を噴き上げ、『ドレッドノート』の重厚な艦首が立ち上がった白い巨木を2万トンの質量で突き崩す。


 また別の5.7㎝砲弾は、単装速射砲の基部に命中し、全長3.4mの砲身を根元からもぎ取り、反対舷側へ向かって放り投げた。


 だが、敵ラミリーズ級の抵抗は、『ドレッドノート』に主砲弾を命中させることができなかった一点をもって、無意味と断じられることとなる。

 遂に8発の12インチ対艦徹甲弾が装填され、主砲発射を知らせるブザーが鳴り響く。露天艦橋に集う誰もが、その時を前にして体に力を入れた直後、『ドレッドノート』はこの日最初の斉射を解き放った。


 刹那――、『ドレッドノート』が咆えた。


 これまでの交互射撃とは比べ物にならない閃光が前甲板から後甲板までを照らし、紅蓮で彩られた黒褐色の砲煙が右舷側を覆いつくす。

 砲口から漏れ出た衝撃が2万2千トンの巨大戦艦を身震いさせ、乗員たちに叩き付けられる。全幅25.2mに達する幅広の艦体が、反動に耐えきれぬとばかりに左舷に僅かに傾いだ様にすら感じられた。

 解き放たれた8発の砲弾は、6000ヤードの空間を轟音を引きずって走り抜け、標的となった艦に容赦なく降り注ぐ。周囲に乱立する着弾の水柱がこれまでの倍となったことで、敵海神は完全に視界から消え去ってしまった。

 その間にも、『ドレッドノート』の各砲塔は第2斉射の為に加熱した薬室へ新たな砲弾を装填し、薬嚢を押し込んでいく。新型の水圧式駐退機により、カタログスペック上は40秒に1回の斉射が可能だが、それは乗員達の働きがあってこそだ。狭苦しい砲塔の中で、汗とオイルまみれになった砲員たちが次弾装填を急ぐ。

 ややあって、水柱の中から斉射を受けた海神が姿を現したとき、艦長は思わず片手を握りこんでいた。


「よし、いいぞ」

「命中!敵艦後部に火災を確認!」


 白柱から抜け出した海神は中央より後ろ半分が黒煙の中に沈んでおり、黒々とした煙の中で無数の閃光が弾けている。詳細な命中弾数は解らないが、主砲弾は後部に集中して命中し火災と、小口径砲弾の誘爆を発生させたようだ。

 だが、敵もさるもの。これしきの被弾では沈めぬと主砲を解き放つ。しかし、艦上の黒煙を一時吹き払った発砲の閃光は、前部にのみ見られる。後部の主砲は、黒煙の只中で沈黙を守っていた。

 再び主砲発射のブザーが鳴り響き、続いて『ドレッドノート』の第2斉射が右舷側の海を焦がした。膨れ上がった黒褐色の砲煙が艦の前進により後方へ流れ去った時、6000ヤード彼方の海神は再び水柱に包み込まれている。あたかも、海中から伸びた巨神の指に、海神がつかみ取られているようにも見えた。

 第2斉射の弾着と入れ替わりに、敵の主砲弾が『ドレッドノート』の右舷前方へ2発落着する。

 1発は100m以上離れているが、もう一発は至近距離に落着し、水柱がマストよりも高く吹き上がった。弾着と炸裂に伴う水中衝撃波が艦底部を痛めつけるが、数発の至近弾で損害を受けるほど『ドレッドノート』は軟な造りをしていない。艦底部の鋼板は衝撃波を受け止め、機関を完全に守り抜く。

 真横に吹き上がった水柱が艦の前進に伴い後方へ移っていくと、崩壊した巨神の指の隙間から無残に変わり果てた海神の姿が現れる様子が確認できた。

 海上要塞の様相を呈していた背部は、時折閃光がちらつく黒煙に完全に覆われており、艦首側から伸びあがっていたはずの首や頭部は、根元から折れ飛んでしまったのか見る影もない。12インチ主砲弾が複数命中し、大きな損害を敵4番艦に与えたようだ。


「砲術より、艦橋。敵海神に命中弾多数。行き脚、衰えます」


 ウォードル砲術長が海神にとって残酷な真実を暴くが、海神は抵抗をやめない。

 奇蹟的に生き残った中小口径砲が、至近への着弾により大きく拉げた前部の主砲塔が、黒煙を一時的に吹き払いながら発砲を繰り返し、『ドレッドノート』に一矢報いんと怨嗟の砲声を上げ続ける。

 観測装置である頭部を失い、艦上に火災を背負いつつある現状では命中どころか至近弾も望めない足掻きではあるが、砲火を上げている以上、無視する選択肢は王立海軍に無かった。


「艦長より砲術。情け無用、引導を渡せ」

了解アイ・サー!」


 三度『ドレッドノート』が咆哮する。敵を圧する鬨の声と言うよりも、初陣において一方的な戦果を挙げた艦が歌い上げる、高らかな凱歌に聞こえた。

 十数秒の時を置いて、この日3回目の斉射弾がラミリーズ級に降り注ぎ、4発が真面に突き刺さる。

 直後、黒煙を背負った巨大な海神が浮き上がったかの様に見え、次の瞬間には背甲を紅蓮の炎が突き破り、無数の鋼材を四方八方に引き延ばした。

 ラミリーズ級の主要装甲区画を打ち抜いた砲弾が、装薬をたっぷりと詰め込んだ器官で遅動信管を炸裂させたのだろう。既に長砲身の12インチ砲に滅多打ちにされた海神にその炸裂を耐えきれる道理などなく、艦内で生じた砲弾数百発分の衝撃波は肉体を蹂躙し、海上に大輪の華を咲かせたのだった。

 文字通りの轟沈に、命中弾が出た時とは比べ物にならないほどの歓声が艦橋や艦内から上がるが、それも直ぐに立ち消える。

 敵は依然健在、『ドレッドノート』の奮迅はまだまだ始まったばかりだ。


「次なる目標、敵5番艦!測的始め!」


 歓喜の欠片もない、オルダーソン艦長の鋭い命令が全艦を駆け巡った。





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