76th Chart:責務の鎖


 口調自体は淡々としたものだったが、語られていく内容は衝撃的であった。事実、彼方此方で「30隻の戦艦」「しかも、一部はケーニヒ級とかいう新型らしい」「偵察騎が触接を続行?奴ら、艦載騎は持ってないのか?海狼は爆撃を受けたのだろう?」「対潜哨戒用に数騎乗せてるだけなんじゃないのか?出なければ、偵察騎を放置などしないだろう」などなど、不安や焦燥が入り混じる反応が噴出する。


 それも無理はない。


 長く世界最強の座に君臨していた王立海軍とて、30隻を超える戦艦を有する艦隊と砲火を交えた経験などない。どれほど大きな海戦であろうと、参加する敵戦艦の数は10隻前後だ。100を超える大艦隊との戦闘など、現場はともかく参謀の人間たちの想定からも外れた異常事態だった。


 俄かに騒がしくなる声に埋もれつつある部屋の一角で、こうなることを事前に知らされていた有瀬と永雫は、誰にも聞こえぬようにこっそりと息を吐き、どちらからともなく顔を見合わせた。互いの顔に浮かぶ諦観を見て、ほぼ同時に自分も目の前の相手と同じような顔をしているのだろうと直観する。


「予感的中、か。こうなると、あの女。ますます怪しくなってくるな」

「元々怪しかっただろ。だが、確かに今回のは出来すぎて背筋が寒くなる。案外、彼女がこの謝肉祭の主催だったとかいうオチは無いか?」

「出来ればそちらの方がありがたいな。私も心置きなく殴り掛かれる」


 冗談めかして肩を竦めて見せるが、その瑠璃は全くと言っていい程笑っていない。今目の前にミラが現れれば、即座にとびかかるだろうことは容易に想像が出来た。


「ともかく、針路からして敵は【グレーター・ロンドン】へ向け一直線か。他の進路上の方舟はともかく、機関を停止して久しいこの首都舟では退避はできないだろうな。今から鰭を動かしても、方舟が動き出す前に敵の射程に入る」

「かといって、首都舟を放棄するのも《連合王国》として、逃げるのはあり得ない選択肢だろうな。ここまで強大な艦隊を揃えて置きながら、歴史ある王都を放棄すれば暴動は必至だ。王立海軍は戦わずして壊滅することになる」


 ドミノ倒しの様に、幾らかの要因が有限の選択肢を更に狭め、狭まった選択肢から採用できそうなものを引いていけば、自ずと海軍本部の結論が目の前に現れる。

 二人が語り合っている間に、壇上から情報参謀は姿を消し、代わりに戦務参謀らしい神経質そうな中佐が弁舌を振るっていた。


「よって、海軍本部としましては。現状で即座に出航できる戦闘艦全てを本国艦隊に編入し、敵艦隊の邀撃を行うことを決定しました。参加兵力は、本国艦隊のみで戦艦28、巡洋戦艦4、装甲巡洋艦8、防護巡洋艦12、偵察巡洋艦8、駆逐艦36、龍砦巡洋艦2。合計96隻。さらに海洋互助協定に基づき、戦闘に耐えうる観艦式派遣艦艇14隻を編入した110隻による多国籍艦隊により、迎撃作戦を展開します」


 一息に言い切った戦務参謀が合図をすると、部屋の端から大きな紙の束を抱えた数人の海軍本部部員が歩み寄り、不自然に開けられた黒板のスペースに手書きの編成表を張り出していく。


 本隊(総司令官兼本隊指揮官:ジェイコブ・ジェリコー大将)

 第6戦艦戦隊(ドレッドノート級戦艦)

 総旗艦『ドレッドノート』

『テメレーア』『ベレロフォン』『シュパーブ』


 第1戦艦戦隊(キング・エドワード級戦艦、ドミニオン級戦艦)

『キング・エドワード』『クイーン・メリー』

『ドミニオン』『ヴァーチュース』『ハイバーニア』『ヒンドゥスタン』『ジーランディア』『コモンウェルス』


 第2戦艦戦隊(ラウンド・テーブル級戦艦)

『サー・トリスタン』『サー・ケイ』『サー・パーシヴァル』『サー・ベディヴィエール』『サー・ボールス』『サー・ユーウェイン』『サー・パロミディス』『サー・アグラヴェイン』


 第3戦艦戦隊(ラウンド・テーブル級戦艦)

『サー・ガウェイン』『サー・ランスロット』『サー・ガラハッド』『サー・ガレス』『サー・ラモラック』『サー・ライオネル』『サー・ルーカン』『サー・モードレッド』


 臨時打撃戦隊(指揮官:チャールズ・デューイ少将)

 防護巡洋艦:旗艦『オリンピア』

 戦艦:『コネチカット』

 装甲巡洋艦:『吾妻』『リューリク』『グナイゼナウ』

 防護巡洋艦:『ニューオーリンズ』『ダントルカストー』『アヴローラ』


 第11巡洋艦戦隊(アルゴノート級防護巡洋艦) 4隻

 第15巡洋艦戦隊(アルゴノート級防護巡洋艦) 4隻


 合計(本隊)

 戦艦29隻

 装甲巡洋艦3隻

 防護巡洋艦12隻




 遊撃隊(遊撃隊指揮官:リチャード・ビーティー大将)

 第1巡洋戦艦戦隊(インフレキシブル級巡洋戦艦)

 遊撃隊旗艦『インヴィンシブル』

『インフレキシブル』『インディファディガブル』『インドミタブル』


 第1巡洋艦戦隊(ブラックプリンス級装甲巡洋艦)

『ブラックプリンス』『デューク・オブ・エディンバラ』『デューク・オブ・ケンブリッジ』『デューク・オブ・ロスシー』


 第2巡洋艦戦隊(アキリーズ級装甲巡洋艦)

『アキリーズ』『ウォーリア』『コクラン』『ナタル』


 第1水雷戦隊:偵察巡洋艦2隻、駆逐艦12隻

 第2水雷戦隊:偵察巡洋艦2隻、駆逐艦12隻

 第3水雷戦隊:偵察巡洋艦2隻、駆逐艦12隻

 第5水雷戦隊:偵察巡洋艦2隻、駆逐艦12隻


 臨時水雷戦隊(指揮官:オトカー・クメッツ少将)

 防護巡洋艦:旗艦『ブレーメン』

 駆逐艦:『キャバリエ』『シャスール』『ファルコ』『アクィラ』『綾風』


 合計(遊撃隊)

 巡洋戦艦4隻

 装甲巡洋艦8隻

 防護巡洋艦1隻

 偵察巡洋艦8隻

 駆逐艦53隻



 機動部隊(指揮官:ジェレミー・サマヴィル少将)

 機動遊撃戦隊(テリブル級龍砦巡洋艦)

 旗艦『テリブル』『パワフル』


 第12巡洋艦戦隊(ダイアデム級防護巡洋艦) 4隻


 合計(機動部隊)

 龍砦巡洋艦2隻

 防護巡洋艦4隻



 王立海軍に関しては、個艦名は主力艦クラスに絞られ、他は部隊名しか書かれていないが、自分たちのような海外からの艦艇には個艦名が記されている。

 張り出された編成表を前にし、自分たちが形作ろうとしている空前絶後のダイ艦隊の全容を漸く想像できた軍人たちの間にどよめきが広がった。


「具体的な邀撃案としましては、準備が完了次第、全艦抜錨し【グレーター・ロンドン】より100海里東のユトランド断裂帯付近まで前進。敵艦隊と遭遇次第、直ちに攻撃に移行、水上砲戦により進行する敵大艦隊を撃滅します。移動中及び戦闘中、機動部隊は主力の後方50海里より航空騎によって周辺警戒に当たります。」


「要するに全員で走って向かって、全力でぶん殴るってところか」と隣の永雫から若干呆れた様な小声の感想が聞こえてくる。彼女の口調からは、作戦と言えるのかどうか怪しいという感情が駄々洩れになっているが、今回のケースではこれはこれでアリだと有瀬は判断していた。

 大部隊になればなるほど、指揮が難しくなってくるのはどこの世界でも同じだ。

 ましてや、通信技術が第1次世界大戦以前のレベルであるこの世界では、100隻規模の艦艇を有機的に相互運用するのは無謀を通り越して冗談に等しい。


 実際にやった場合、総旗艦の通信機能はたちどころにパンクしてしまうだろう。


 であるのならば、下手な小細工などせず真正面からぶつかった方が勝算がある。少なくとも、実現不可能な作戦にこだわり、行くも戻るもできずに嬲り殺しになる間抜け極まりない最後に至らずに済む。

 海外派遣艦艇を露骨に分離しているところは気になる点ではあるが、下手に艦隊に編入して、統率を乱されるのを嫌ったということだろうか。烏合の衆は烏合の衆でひとまとめにして押し付け、自分たちは心置きなく訓練の成果を発揮する。王立海軍らしい実に合理的な判断だ。


 思考を巡らせていた内に概略説明が終わったのか、「何か質問はありますか?」と言う戦務参謀の問いとともに、質疑応答の時間に移っている。すり鉢状の会議室内に、ちらほらと挙手の手が上がった。


「新型のドレッドノートとインフレキシブルは速度性能と長射程も売りの一つです。従来の艦と行動を共にするのは、運用上問題があると思いますが」

「両艦は確かに俊足ですが、この2艦種にも速度差があります。性能の全てを生かすのであれば、戦艦と巡戦で更に部隊を二分する必要が在りますが、敵は強大です。共に行動したとしても、隊列後方からのアウトレンジ砲撃により主力の第2、第3戦艦戦隊や水雷部隊の掩護は十分強力であると考えます」

「100海里進出し、敵の迎撃に乗り出すよりも【グレーター・ロンドン】近海で待ち受けるべきではないでしょうか?そうすれば、空軍や場合によっては列車砲の援護を受けられると思いますが」

「現在、敵は【グレーター・ロンドン】への針路をとっていますが、全艦がココヘ殺到するとは限りません。敵が分散し他の方舟へと向かった場合、近海での迎撃は致命的な時間のロスを生みます。”敵の分力を我が全力で叩く”のが戦いの基本ですが、ここは敵が散会する前に纏めて叩かなくては、我が国の方舟群に甚大な被害を受ける恐れがあります」

「今回、空軍の掩護はあるのですか?」

「戦場における制空権確保のため、稼働全騎体を投入できるよう準備を進めています。主力のハリケーンは航続距離が短く、決戦海域における滞空時間は限定的ですが、航空偵察の結果、龍母らしき艦は見当たらず、海軍本部は大規模な航空部隊を持っていないと結論付けました。『U-109』を攻撃した軽爆撃騎、偵察機を排除した戦闘騎の存在が疑われますが、いずれもその数は極めて限定的と考えられます」


 一介の駆逐艦長から、戦隊参謀に至るまで様々な意見が投げかけられるが、矢面に立った戦務参謀は、それらすべてに対し「予想していた」とでも言わんばかりに淡々とした応答を返していく。

 最初は勢いのあった挙手の速度も次第に衰えていき、1時間もたたないうちに会場に静けさが戻ってくる。ここに至るまでの間、質問に答え続けてきた戦務参謀だったが、参謀としても見栄なのか、それとも本人自体がタフなのか息一つ乱れていない。静かな瞳で居並ぶ軍人たちを睥睨した彼は「質問は、出尽くしたようですね」と半分独り言の様な終了宣言を零しつつ、黙って議論を聞いていた総司令官――ジェリコー大将へと向き直る。

「ご苦労、下がって良し」言葉少なに返した宿将に見事な敬礼を返した参謀は壇上から降り、代わりにジェリコー大将本人が壇上へと昇る。穏やかな老提督とも言うべき一昨日目にした時の雰囲気は存在せず、王立海軍の古強者を取り巻いているのは、目の前に迫った決戦に対し十全の覚悟をもって挑もうとする古強者としての覇気だった。


「まずは、協定に従い、参加を快諾してくれた各国の戦友諸君に、この場を借りて深く感謝をしたい。祖国ではない、否、むしろ仮想敵国ですらある我々に手を差し伸べてくれたことを、王立海軍はその終焉の時まで忘れぬ」


 老提督の予期せぬ第一声に、王立海軍の制服とは異なる軍服に身を包んだ人々が思わずと言った風に姿勢を正す。史上最大の邀撃作戦に対する演説において、何処か他人事の様な認識を持っていた各国から派遣された軍人たちは、その一言によって仲間意識を植え付けられた。


「さて、諸君らも薄々感づいているだろうが、この戦は酷く厳しいものになるだろう。艦の数は互角か、やや上回る程度であるが、敵はドレッドノートに比する新型を伴っている。容易い相手では、決してない」


 戦艦の数ではほぼ同等、装甲巡洋艦の数は負け、補助艦の数ではそれなりに優位に立ってはいるものの、個艦の性能を見比べれば大きな優位は無い。『ドレッドノート』と『インフレキシブル』と言う新たな戦力はあるが、敵にも7隻に上る未知の新型艦――ケーニヒ級戦艦が含まれている。

 戦力差は拮抗、こちらが大艦隊の指揮に不慣れな点と、多国籍の戦闘艦を編入している点を考えれば不利とも考えられる。


「今、諸君らの隣にたまたま座っている者、遠くの方に座る戦友が、戦が終わるころにはその形を止めていないかもしれぬ。諸君自身も、ひょっとすると私自身も、数日後には海の底やもしれん」


 知らず知らずの内に、伺うように隣に視線を向ける者。そうはならないと、意地でも視線を向けない者。そして、生まれる前から海軍の飯を食ってきた鉄人ですら、死を覚悟する戦なのかと今更ながらに実感する者。

 それぞれがそれぞれの思いを胸に、ジェリコーの言葉に耳を傾ける。


「しかし、だからと言って背を見せることは許されぬ。たとえ、我が方の全ての戦艦、否、全ての艦が一隻残らず沈められようとも、迫りくる敵を撃滅せねばなるまい。なぜか?」


 一つ、言葉を切った男は目の前に並ぶ後輩たちを見渡す。気が付けば、自分の先達と呼べる者は一人も居なくなってしまった。あの時、彼らと同じ側に座り耳を傾けていた不器用な男は、気が付けば壇上に上がり大層な演説を打つ側に回っている。時と言うのは、酷く皮肉なものだと笑みを噛み殺した。

 彼の口の端に僅かに残る笑み、聴講する者達はその動きに好意的な誤解することになる。


「責務だ。立ちふさがるモノが己より強大であっても、必要とあらば強固な信念とともに剣を手にする。それが、戦船いくさぶねを操る海軍我々にとっての責務誇りだからだ」


 誰もの胸に、大なり小なり存在する軍人としての誇り。剣持たぬ存在にとって有事に拠り所となる盾。その盾が拠って立つ基礎の一つ。


 ――事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め


 有瀬の頭の中にはかつて言葉に出した宣誓の一節が浮かぶ。その概念に、異国どころか異世界であっても揺るぎはない。


「諸君らの中には、防国の志を持って海軍の門を叩いた者ばかりではない者もいるだろう。かく言う私も、その一人だ。無料タダで学問を学べる場所は、士官学校しかなかったからな。中には、単に軍人家系だからそうするのが当たり前だと考えて、特に疑問も持たず入った将校もいるだろう、そこのビーティー君の様に」


「どうも」と、舞台役者か何かの様に軍帽を取って大げさに一礼するビーティー提督に、彼方此方で押し殺した笑い声が漏れる。また、巡洋艦による遊撃戦闘の第一人者とも呼ばれる名提督の知られざる過去に、目を白黒させる軍人も多い。


「誰も彼も、この軍服に袖を通した以上、海軍軍人の責務からは逃れられない。だがしかし、見方を変えれば、責務は我々を縛る鎖などでは無く、我々を団結させる鎖となる。――人の歴史は団結の歴史だ。個々の能力を重ねることで、脅威を跳ね返してきた、結束の足跡だ」


 軍人以前に技術者である永雫は、徐々に会議場全体が熱を帯びてくるのを感じ取った。

 実際の所、あくまで生み出す者である彼女にとって、またこれまでの半生を独力で走り抜けてきた人間にとって、ジェリコーの言葉は胸を打つには至らない。

 だからこそ彼女の瑠璃は、これまで最前線で戦い続けてきた男達の心境の変化を第3者の視点から観測することができた。それまで彼方此方を向いていた思いのベクトルが、彼の言葉によって丁寧に一つの方向へと駆り立てていく様相を。


 隣の有瀬ですら、仮想敵国ですらある提督の言葉に耳を傾けている。


 世界最強を自負する海軍の実戦部隊の頂点に立つ男の言葉には、そうさせるだけの力があるらしい。数字や数式では説明できない、軍人達が時に性能よりも重視する、個人の士気。実績に裏打ちされた、生ける伝説による集団催眠染みた鼓舞。

 今までは碌に考えたことはなかったが、こうして当事者たちを傍から観察すると――なるほど、数式化は不可能だが無視できないエネルギーに満ちている。

 逆に言ってしまえば、そんな結論を出すほどに、永雫はこれらの言葉に興味をもって耳を傾けていた。


「民衆の多くは、迫りくる敵に対し無力だ。このような敵を前にした時、ただ、自らの運命を頼りに命を繋ぐほかない。しかし、我々は――我々ならばどうだろうか?」



「我々は、敵を前に怯えるしかないのか?――――否だ」



「我々は、嵐が過ぎ去るのを待つことしかできないのか?――――否だ」



「我々は、運命の前に膝を屈する事しかできないのか?――――否だ!」



「我々には、力がある。駆逐艦が有る、偵察巡洋艦が有る、防護巡洋艦が有る、装甲巡洋艦が有る、龍砦巡洋艦が有る、巡洋戦艦が有る、戦艦が有る。何より、それらを手足の様に操る騎士諸君が居る。そして、全てを結びつける責務と言う名の誇りが有る――諸君の手の中には、自らの手で運命を切り開く力があるのだ」


 ガタリ、と音がして最前列付近の一団――ジェリコーが長い間直卒してきた、戦隊の将校団が起立した。それに続けとばかりに、彼方此方で立ち上がり直立不動を取る王立海軍将校が続出し始める。これ以上、彼の演説を座ったまま聞くには忍びないと感じたが故だった。


「これはもはや、我が国だけの問題ではない。【海神帝の報復】よりおよそ千年。海神が作り出した、考えうる中で最大の厄災を前に、人類と言う種が自らの運命を切り開けるかどうかの試練だ。この艦隊は人類が現状望みうる中で、最強と断言できる。これで勝てなくば、人類我々未来明日の可能性は無い」


 ややあって王立海軍以外の将校も起立を始めている。皇国海軍に属する軍人たちも、指揮官である住田が静かに立ち上がったのを皮切りに、後に続く。このような演説に驚異の無さそうな永雫が素直に立ち上がったのが、彼女の内心の動きを知らない有瀬にとっては意外だった。


「諸君――連合王国王立海軍と、派遣艦隊の戦友諸君。陛下を、国民を、家族を、恋人を、友人を――――人類を。この海に住まう全ての人々の未来明日を守るため、この老骨に力を貸してほしい」


 終局に差し掛かるころには、座っている者は皆無となった。すり鉢状の会議室に佇む数百の視線が、壇上で言葉を綴る提督へと注がれている。

 無数の視線を一身に浴びることとなったジェリコーは柄にもない気恥ずかしさを今更感じながら、少尉候補生の時代から密かに憧れていた言葉を発する機会に恵まれたことに漸く気付く。当時とは異なり、口頭でならば原文をそのまま伝えることも可能だが、相手は海軍の人間だ。

 自分としてもコチラの方が馴染みがあったし、口に出すのならばなおさらだった。


「最後に、ある英雄の言葉を【絶海の騎士】たる諸君らに送り、激励としたい」




「《連合王国》はUnited Kingdom各員がその責務を尽くすことを期待するexpects that every man will do his duty.



 敬礼による衣擦れと踵を打ち鳴らす音が、一際大きく響いた。

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