47th Chart:揺れる艦の上で



 ――参加者がどれほどになるのか正直検討はつかないけど、決して10隻や20隻と言う規模ではないだろう。見慣れた2万トンクラスの戦列艦級ばかりだとは期待しない方が良い。君らが遭遇した新種の巡航級海神も、件の追放組さ。王立海軍ロイヤルネイビーは確かに強大な海軍だけど、新世代の艦も混じった海神の大群に勝てる保証は残念ながら存在しない



 ――ボクから一つ助言をしておこう。エナちゃん謹製の電子の眼、それにあまり頼りすぎない事だ。さもなくば、右往左往する味方に飲み込まれ、気が付けば海の藻屑と消えているだろう




 ――覚悟だけはして、進みなさい




 ――海の底は、思っているよりずっと冷たいからね





 ごぽり。と数m下の舷側に打ち寄せられた波が立てた音に、回想の底へと沈んでいた永雫エナの意識が現実へと浮上する。

 途端に、クジラの背が連なったかのような暗い海と、そこに浮かぶ『綾風』のシルエットが目の前に広がっているのを再認識する。『U-109』の艦橋セイルにもたれ掛かった体を支える両腕からは、ひんやりとした金属の感触。鼻に感じられるのは潮風と機械油。耳と体に響くのは潮騒とディーゼルの混声合唱だ。

 ミラと名乗る不審者の録音機器は、そんな警告じみた言葉を最後に、黒く粘性のある液体を滲ませながら機能を停止した。慎重に分解してみれば、見るも無残に融解した内部の電子機器の慣れ果てがあるだけ。手がかりを極力残さないための、一種の自壊装置だろう。


 もう一度、頭の中で先ほどの出来事を整理しなおす。彼女のもたらした情報は大きく分けて二つだ。


 ―あ号目標と《皇国》の近海に不審なステルス艦が遊弋している事。


 ―これから先、自分たちが向かう《連合王国》での観艦式において海神の大規模な襲撃が予想されること。


 前者については、今の自分たちには判断を下す十分な情報は存在していない。

 自分は海神の姿や生体については門外漢も良い所だし、有瀬の場合は効率的な壊し方を知っているぐらいだろう。昼間の新型海神の事もあるし、あまり気は進まないが皇国技術院の身内を訪ねてみるべきだろうか。彼女ならば、何かしら為になる情報を握っているかもしれない。気は進まないが。

 可及的速やかに対応すべきなのは後者の事柄だ。


 そも、観艦式が海神の標的になることは稀ではあったがありうる話だった。


 かつて、海軍大国を夢見てそれなりの艦隊を揃えたある王国が、周辺国への牽制として大災害後に初めて本格的な観艦式を行ったことがあった。

 結果は、腹をすかせた海神の大群に嗅ぎつけられ、十年かけて整備した艦隊を旗艦に座上していた王ごと貪り喰らわれるという惨憺たる結末。

 観艦式の規模が一定以上あれば流石の海神も手は出さないが、主力艦が数隻に護衛が少々と言った細やかな観艦式は、むしろ腹をすかせた海神の標的になるらしい。彼らからしてみれば、手ごろな標的が群れているのだから、襲わない理由はないのも道理だった。


 さて、グレゴリー五世載冠記念晩餐会の翌日に行われる観艦式はどうか。そんな、海神の標的となるほどの式典だろうか?


 決まってる、常識的に考えればあり得ない。


 数日後に行われる式典は唯の観艦式ではない。

連合王国ユナイテッド・キングダム》参加艦艇150隻、外国招待艦艇27隻、観客船は大小合わせて200隻。

 総勢377隻に及ぶ今世紀最大、いや史上最大の国際観艦式だ。参加する艦艇には満艦飾が施され、全ての砲から弾薬は抜かれているものの、弾薬庫の中に戻されているだけでやろうと思えば即座に戦闘を開始できる。

 一国どころか、海域大国ですら一撃のもとに屈服させられるであろう規模の艦艇が《連合王国》の領海に一堂に集うのだ。この鋼鉄の城塞群に突撃をかます存在は、知的生命体と呼ぶことを憚らなければなるまい。


 しかし。と頭の中で理性がはじき出した結論に、直観が待ったをかける。


 ミラと名乗る不審者が、予言じみた録音を自分たちの前に残していったのは事実だ。あの時、ひそかに『綾風』の観測機器を起動して周囲の電波を探ってみたが、周辺海域に飛び交っている通信電波にめぼしいものは見当たらなかった。

 せいぜいが、ひどく減衰した定時連絡らしき暗号電の残滓を僅かに感じとれるぐらい。リアルタイムで鮮明な音声を送っているはずの、強力な電波を観測することはできなかった。

 とはいえ、最悪を考えて行動する場合――ミラの警告を真実と仮定した場合に自分たちが取れる行動は限られる。


 一体誰が、史上空前の観艦式に海神の群れが殴り込みをかけてくると言う与太話を信じるのだろうか。そもそもの話、航空騎を擁する空軍の整備にも力を入れている《連合王国》の近海にまで、そのような大艦隊が進出できるかと問われればナンセンスと言う他無い。

 仮に何らかの偶然が働いて大規模な海神の群れが接近できたとしても、戦艦24、装甲巡洋艦16隻を主力とする王立海軍ロイヤルネイビー本国艦隊グランド・フリートが袋叩きにするだろう。

《合衆国》を除く残りの3大国が総出で殴りかかっても、十分返り討ちにする海軍大国。それが、《連合王国》だ。


「上がるぞ」

「はっ!」


 考えれば考えるほど襲撃の可能性が薄れていくような感覚を覚えている最中、足元のハッチが開いて鋼鉄の狼の主が、艦橋へと姿を現した。外の空気を目いっぱい吸い込んだ彼――アドルフ・オットー・ヴェディゲン艦長は、艦橋の縁に体を預けている自分を見ると、意外そうに眼を細める。


「ほう、まだ帰ってなかったのか。先任、少し外してくれないか?」

「は。しかし、交代の時間まではまだ間がありますが」

「構わん。残念だが、『アヤカゼ』の方が目も耳も良いからな。時間があるならば兵員室に寄って行くと良い。アリセが見舞いの品を振る舞っている」


 自分以外の当直の見張り員が見舞いの品と言う点に目の色を変えるのを、苦いものを浮かべながら目で制した先任が敬礼を送って艦内へと消えていく。艦橋に残ったのは、永雫とヴェディゲンの二人だけだ。


「なんだ、人払いまでして。ひょっとして狼宜しく襲いに来たか?」

「その台詞を吐きたかったら、もう10年ばかり女を磨いて出直せ小娘フロイライン


 肩越しに振り返った永雫の揶揄うような言葉を、面白くもなさげに放り捨てたヴェディゲンはしゃがみこむと、ややって立ち上がる。その口元には、先ほどまでは無かったパイプが加えられていた。

 ベントタイプのパイプから立ち上る紫煙は、月の光を受けて繊細な銀糸が舞っているようにも見える。静かな海に浮かぶ、潜水艦の艦橋でパイプを燻らせる姿は、なかなか絵になった。


「煙草は吸わないのか?」

「あいにく酒だけだな。煙草は有瀬だ、パイプをくわえている姿は見たことが無いが」

「手間がかかるものだからな。ま、だがこういう時には気兼ねなく吸える」


「なぜ?」と言う表情が顔に出ていたのだろうか、ヴェディゲンは紫煙を吐き出しながら軽く笑みの形を作った。


「パイプは中の火が外に見えないからな。普通の煙草を夜の艦橋で吸うとなれば、波除の裏に座り込んでこそこそ吸わねばならんよ」

「ああ、なるほど」


 よくよく見れば、煙草と火が収められるボウルの縁が高くなっている。材質が異なるのを見るに、内側の光が漏れないよう後から付け足したのだろう。


 ここに彼が居たのならば、自分の足元に座り込んで一服やっていたのだろうか。片身狭そうな顔で、火のついた先端を片手で隠しながら。昼間の奮闘からはかけ離れている同僚のそんな姿を想像してしまい、思わず軽く息が漏れ、咳払いで取り繕った。


「どうした?」

「ん、んんっ。いや、何でもない。それで、猟犬殿は私に何の用かな?」


「人払いまでして」と言葉を続け、振り返って波除に背中を預ける。ちょうど真ん中の羅針儀を隔てて、反対側の波除に背中を預けているヴェディゲンと向かい合う形になった。


「リュートから少し気になる話を聞いてな。まあ、うすうす感づいていたことだが…お前さん、この艦の生みの親だろう?」










「では、有瀬艦長とマトリクス副長のご厚意に甘えて…乾杯プロージット!」


 年季の入ったブリキ製のマグカップをミュラー上級兵曹長が掲げ、彼の音頭のすぐ後に「乾杯プロージット!」と前部魚雷格納庫の彼方此方で多種多様な食器が掲げられる。

 下士官室へと通じるハッチの近くに一斗缶を椅子にして陣取った有瀬も、オレンジジュースの入ったカップを掲げ、同じ言葉を唱和した。


「んん!旨いな!」

「セイシュっていやぁ、コメを使った《皇国》のワインだろ?」

「スコッチやブランデーよりも飲みやすい」

「ま、いくらでも飲めそうなのがたまに傷だな」

「マトリクスの姐さん、こんなうまいもん飲んでんのか?」

「この艦に転がしてちゃ、1時間も持たねぇな!」


『綾風』の食糧庫――副長専用の酒蔵とも呼べるが――から引っ張り出してきた清酒の評判は上々だった。【夢】の世界とは異なり、酒を全く受け付けないこの体に今更ながら複雑な思いを抱く。けがや病気にはめっぽう強いくせに、一滴のアルコールすらまともに分解できないのは、確実に設計ミスだろう。


「いやぁ、お気を使っていただいて恐縮ですな、大尉殿。オレンジジュースならいくらでもお出しできるのでご勘弁を」

「気を使わなくてもいいよ、ミュラー上級兵曹。潜水艦じゃ、オレンジジュースも貴重品だろう?」

「それはそうですが、アルコールの返礼としては少ないくらいですよ。ささ、どうぞどうぞ」


 ヴェディゲン大尉とそう年齢の変わらない上級兵曹長が、赤ら顔に笑みを浮かべてピッチャーから果肉がほのかに残るオレンジジュースを注いでくれる。甘みよりも幾分酸味の強い味だが、刺激の少ない潜水艦の航海では貴重な嗜好品であり、命綱だ。


「それで、どうしてまた兵員室と下士官室こんなところへ?あいにく、大尉殿の御役に立てそうもないロクデナシの集まりですが」


 カップを傾けつつ、軽い調子で言うミュラー上級兵曹長だったが、その眼は余り笑っておらず。どこか、探りを入れているような気配があった。

 まあ、それも仕方がないだろう。方や正規軍の新型駆逐艦の艦長、方や裏は幾らかあるモノの一介のギルド艦の下っ端集団。間違っても、上等な酒を手土産に盃を酌み交わす組み合わせではない。下士官兵の神たる先任兵曹として、探りを入れるのは当然だった。


「なに、大したことじゃない。この艦を動かす奴らが、どんな人間なのか知りたくなったのさ」


 対する有瀬は、僅かに苦笑して橙色の液体で舌を湿らす。そこには、気負いも裏も何も感じ取れなかった。


「祖国を離れたこの大洋のど真ん中で、異国の船乗りと出会うことができたんだ。艦の首脳陣に挨拶をして、艦の手足たる貴官らに何もなしじゃ筋が通らんだろう?だから、気負わず飲んでくれ。じゃないと、あの手この手で副長から分捕ってきた甲斐がない」


 諧謔味を混ぜた言葉に一瞬面食らったようなミュラーだったが、次の瞬間には破顔し「では、遠慮なく味合わせていただきますよ、大尉殿」と一息にあおった。


「ここに居るやつらは、私も含めて全員がスラム出身のアウトロー、と言うか元犯罪者ですよ。例えば、ディートリヒ兵長は麻薬密売人の真似事をやっていましたし、レープ兵長はスリの達人。ハンス!お前は確か」

「私はストリートギャングモドキやってましたねぇ。エーリヒやカールと一緒に」


 自分とは反対側のハッチ横の隔壁にもたれたスキンヘッドの二等兵曹が懐かし気に口角を歪ませ、左舷側の魚雷発射管扉にもたれていた2人の兵卒が苦笑いをしながらカップを掲げる。


「まあこんな感じで、脛に傷のあるやつばかりですよ。おかげで、他のギルド連中からは恐れられてまさぁ。【海狼】にだけは喧嘩を売るな、陸でも海でも骨の髄までしゃぶりつくされるぞってな具合にね。どいつもこいつも、豚箱かこの艦かの二択を迫られたというわけです」


「今となっちゃ。あの時海に出る選択をした自分をほめてやりたいですけどね」と笑うミュラーの顔に、偽りはなさそうだ。

 半官半民の傭兵潜水艦隊【海狼】。その実態は単なる囚人部隊と言う側面もあるが、ヴェディゲン艦長を始めとする『U-109』の士官たちによって罪人たちの更生を促すという役割もあった。

 潜水艦の任務は控えめに言っても過酷だ。協調し、協力しなければ生還すら危ぶまれるこの世の地獄のような世界。初めは乱闘騒ぎを起こすほどいがみ合っていた罪人たちも、一度海に出れば他者との共存こそが生存への唯一の道であることを否応なく理解させられた。

 そんな中で、自分たちのようなお世辞にも精鋭とは言えない人間を、厭うどころか楽しみつつ率いて戦果を挙げ続けるヴェディゲンに尊敬の念を抱くのはごく自然の成り行きだった。


「『U-109』や他の【海狼】の艦に乗り込んだ奴らはラッキーですよ。そりゃ、艦長は厳しいですし、クレッチマー先任は細かいですし、リュート次席はウチラ以上にお調子者ですし、ヘッセ機関長は何考えてるかわかりゃしませんがね。でも、あの人らについていけば生きて《帝国》の土を踏める。もう一度、やり直す機会を手にすることができる。どういうわけだか、そう思っちまうんですよ」

「幾らかの航海を終えて、功績を認められれば、俺たちのような兵卒でも、艦を降りてシャバにも出られます」


「そういえば、カールは次の航海が終われば艦を降りるんだったか?」とエーリヒ・ベーンケ先任上等水兵がかつてのファミリーにして現在の同僚に問いを投げる。


「ああ。給金も功績もたまったから、商工ギルドに登録して、修行してパン屋になるつもりだ」

「なんでまたパン屋?」

「もう潰れちまったが、父方の爺さんがパン屋だったのさ。そこの空き家が残ってるから丁度いいんだよ。『U-109印の海狼パン』とか『魚雷パン』とか、いろいろアイデアはあるんだぜ」

「おいおい、ウチの艦の名前を使うのは構わんが、全部売り切れよ?【海狼】の沽券にかかわる」

「心配すんな。売れ残りはスラムのガキどもにバラまいて、宣伝ついでに餌付けしてやるさ」


 ヒッヒッヒ、と特徴的な笑い方をするカールを横目で見つつ、近くに立っていたハンスがこっそりと捕捉をしてくれた。

 なんでも、彼も元々はスラムで弟ともども飢え死にしそうになっていたところをハンスが自分のチームに引き入れたらしい。

 まともな医薬品も食料もない当時、残念ながら弟は助からなかったが、それ以来カールは腹をすかせた子供には手持ちの食糧を分けるようになったそうだ。


「【人間、腹いっぱいになれば何でもできる】…ヤツの持論ですよ、ああ入ってますがパン屋になる理由の9割はそれでしょうね。ガキが空腹で野垂れ死ぬ姿を、奴はこれ以上見たくないんです。馬鹿な理由でしょう?」

「確かに。けど、それで1日でも生き延びる子供が居るのなら、理由の賢愚は些細な問題じゃないか?」


 あえて揶揄うような口調で零した言葉に帰ってきたのは、愚かであることには同意しつつも蔑むわけではないという異邦人の本心からの言葉。ヴェディゲン艦長も相当だが、この大尉もなかなかどうして人誑しの才能がある。艦長と言う人種は、概してこんな性質が必須条件なのだろうか?


「一つ、有瀬大尉にお尋ねします」


 先ほどまで手前のベッドに腰かけ静かに清酒を味わっていた上級上等水兵が、静かに切り出す。彼が自分からしゃべるのがよほど珍しいのか、それとも質問の内容に興味があったのか、それまであちこちで漏れていた話し声が一気に途切れ、エアポケットのような静寂が満ちた。


「大尉は、どうして軍人になったのですか?」


 投げかけられたのは、どうにも月並みな問いだった。誰もが考え付くようであり、特に深い意味を持たない問いかけ。けれど、【夢】の世界を経て再び《皇国》と言う方舟国家の軍人として、この世界に根を下ろした自分を再確認するという点では、避けては通れない問だろう。

 どう答えようかと、回答を頭の中で転がそうとした瞬間。あっけないほど簡単かつシンプルな答えが、口をついて出ていった。


「そうだな…やはり、艦が好きだからだろう」









 一陣の海風が細やかな艦橋を吹き抜け、青黒い髪を僅かに揺らす。月光に照らされた蒼絹の下。月光を微かに反射するレンズの向こうで、大粒の瑠璃が静かに瞬いた。


「どうしてそう思う?少なくとも、私が『U-109』を見たのはこれが初めてだが?」

「夕食の前に、リュートにこの艦を案内しただろう?その時、後部トイレの場所をピタリと当てたそうじゃないか」

「潜水艦に詰め込める設備は限られている。制限の多いパズルのような物だ。たまたま予想が当たっていただけだ」


「その割には、確信したような口調だったがな」とボヤキにも似たツッコミを紫煙とともに吐き出す。『U-109』の艦長として艦を操るための装身具を身に着けている以上、この艦内で起こる出来事は全てヴェディゲンに筒抜けだ。案内ツアーの時の言動は少々軽はずみだったらしい。


「まあ、いい。こんなものはつい先ほど思いついた理由の一つにすぎん。貴様が本艦に乗り込む前から確信があったからな」

「ほう?一言もしゃべっていない内にか?」

「|In den Augen liegt das Herz.《目は口ほどにものを言う》と言うやつだ。貴様が『U-109 』に向ける視線は興味、関心が大半だが、一抹の懐かしさがこもっていた。大昔に手放した子供の写真を見る、親の目と言えばわかりやすいか?建造されてからそう人目に触れていない艦に向ける視線としては、随分情熱的だったぞ?」


 意地の悪い笑みを浮かべるヴェディゲンに、ドキリと心臓が大きく跳ねた。


 まさしく、彼の言葉は自分でも気が付いていなかった正鵠を射ていた。


 大昔に自棄と打算を熱量として海へと解き放った1枚の図面。それが、回りまわって今目の前に現物といて存在しているのだ。これで、冷淡な視線だけを向けられるほど合理的な人間であるならば、自分はここまで苦悩していないだろう。

『U-109』が浮上した時に湧き上がり、理性でなんとか押さえつけた感情は歓喜以外の何物でもない。悟れまいと努力はしていたつもりだったが、どうやら自分に役者の才能はなさそうだ。


「気のせいだ、などと言っても無駄だ。潜水艦乗りが信用するのは、己の目と耳と勘だけ。貴様がどう思おうと、私が抱いた確信は変わらんよ」

「……フン。では、私が仮にこの艦の設計者だとしよう。何か問題でもあるのか?」

「いくつか言いたいことはあるが、最初に言うことは決まっている」







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