32th Chart:海上公試Ⅱ


 試製55口径127㎜三連装速射砲。

『綾風』の主砲として新規設計されたこの砲熕兵器は、正しく”速射砲”の名を冠するにふさわしい火器だった。

 全自動化された無人砲塔は至近弾などによる断片スプリンター防御がギリギリ可能である程度の装甲に覆われており、旋回と俯仰角は全て電動式となっている。

 システムの最下層に存在する弾火薬庫から取り出された砲弾は、人力で下部揚弾ホイストに運搬され、直上の即応弾マガジン・ドラムに人力で装填されるなど、一部では人力が必要ではあるが、それでも同規模の兵装と比較すればその差は歴然だ。

 1基あたり20発の127㎜砲弾を装填できるドラムが、砲塔1基につき3基60発分存在する為、3種類の砲弾を装填しておけば即座に弾種を切り替える芸当も一応可能だった。

 マガジン・ドラムから上部揚弾ホイストで露天甲板上の砲塔へと運搬された砲弾は、3門の主砲へと装填される。大柄な砲塔によるスペースの確保により実現した、1門に対し1系統のホイストにより、1門あたり15発/分の射撃を可能とし、砲塔全体で考えれば1基あたり45発/分。この時代としては猛烈と言って良い射撃速度を持っていた。

 最大射程距離は20㎞に達し、最大仰角は85度と対空戦闘にも配慮がなされた所謂両用砲とでも言うべき砲であり、特殊な砲弾による機銃が届かない遠距離での対空迎撃も視野に入っていた。


 3基の3連装砲から4秒に3発の速度で解き放たれていく127㎜対艦榴弾は次々に『讃岐』へと降り注ぎ、炸裂していく。

 舷側に突入した1弾が紅蓮の業火とともに構造材を引き千切り、甲板に着弾した1発が背の高いマストを根元からへし折る。艦首に据えられた12㎝速射砲は直撃を受けて根元から吹き飛び反対舷側の海へと没し、食い破られた舷側の破孔から、海水が艦内へとなだれ込む。

 想定の範疇外の火力に『讃岐』に施されていた装甲帯は何ら意味を持たず、1撃、また1撃と砲弾が飛来するごとに艦体と命運をえぐり取られていく。終わりを迎えるのに、そう多くの時は必要ではなかった。



「標的転覆!急速に沈みます!」


 遂に『讃岐』が崩れ落ちるように左舷側へと横転したかと思うと、赤い腹を一瞬だけ晒す。すでに予備浮力は使い果たし、これ以上の砲撃は無意味だと誰もが理解できる惨状だった。


 双眼鏡を覗きこんでいたライの報告に一つ頷き、射撃を停止させる。まだ60発ほどしか打ち込んでいないが、標的が居なければ正真正銘の無駄撃ちだ。貧乏性な《皇国》海軍は、維持費のかかる艦の廃棄にも積極的だが、弾薬の節約にもまた積極的だった。


「標的艦の撃沈を確認。やはり、旧式の防巡であればこんなものでしょう」


 隣を振り返ると、先ほどまでの呆然としたような表情を完璧に消し去った葦原宮中将が「これは使えると」不敵な笑みを浮かべている。彼の肩越しにはこっそり溜息をついている永雫の姿も見えた。自分自身の計算に狂いがないことを確信してはいても、やはり実際に撃つまでは不安に違いない。気が抜けないのはお互い様だ。


「『初瀬』型の主砲射程距離外からの正確な砲撃と速射性。まさか、これほどまでとはな。源馬が次期大型正規龍母の主任設計者に彼女を推すのも理解できる」


 浮かんだ笑みを噛み殺すこともなく、手元の書類に鉛筆を走らせた。本来ならば甲・乙・丙・丁の4段階評価を記すべき空欄にいくつかの文字列を書き込んだ葦原宮は、続いて「対空火器の試験を実施する」と宣言し、背後の護衛に何やら合図を送った。

 怪訝な顔をする有瀬をはじめとする乗員に対し次に放たれた命令は、ある種の不可解さを含んでいた。


「使用するのは対空戦闘に使用する全ての火器だ。また、回避行動その他、必要な措置は艦長に一任する。より実戦的な”試験”と思ってもらってよい」


 元々の予定では、主砲試験に続く対空兵装試験では指定針路を直進しながら布製吹流を曳航する標的曳航騎に対し、40㎜連装機関砲と25㎜単装機銃による射撃を行う予定だった。だというのに、回避行動他その他の措置を一任するとは、これではまるで。


「失礼ながら、提督。今回の試験では対空兵装の評価を容易ならしめるため、艦は直進させる予定だったのではないでしょうか?」


 内心で鎌首をもたげた強烈な嫌な予感は「ああ、あれな。私が変えた」と言う中将の言葉によって的中したことを悟る。


「実際の戦闘で、ただボケッと直進しながら弾幕を張る艦など居るまい。身軽な航空騎相手ならばなおさらだ。よって、今回の対空兵装試験は模擬戦形式とする。ま、相手は死に物狂いで向かってくるが」


 ”死に物狂い”と言う言葉の真意を知ろうと口を開きかけた瞬間、左舷側の見張り員と対空電探手が困惑したような声を上げた。


『電探室より艦橋!対空電探に感あり!方位角左100に輝点!』

「左100度に騎影確認、数凡そ10以上!本艦に向かって近づく!」


 本来ならば、標的曳航騎と戦果評価騎の2騎編隊であるところを10騎以上の航空龍騎兵が接近している。一気に緊張感に包まれた艦橋に、うめき声にも似た永雫の声が滲んだ。


「提督、では、あの航龍隊は…」

「全てが全てと言うわけではない。総数は16騎、うち10騎が諸君らの”獲物”だ。彼らも実弾を装備し”殺す気”でかかってくる故、での迎撃を指示する。心配は要らんよ、私は諸君らと君の艦を信用することに決めたのだからな」


 血の気が引いた永雫から、不愉快気に眉間に皺を寄せる自分へと向き直る。ゾッとするほど美しい面ではあるが、そこに居るのは獲物を嬲り殺すことに狂喜を見出す魔王と形容するしかない人間だった。


「そういえば、貴様はこの艦が上層部の眼鏡に適わねば腹を切ると言っていたそうだな?死兵となった10騎の航空騎に囲まれたうえで無傷で生還すれば、上層部も貴様を切れぬであろう」

「随分とリスキーなことをされますね、提督。この艦が被弾すれば貴方もタダでは済まないでしょう?」

「…ハ、フフ、フハハハハハハハハハ!まあ、そう思うのならばそう思っておくがよい。背水であることに変わりはないのだからな。すでに理解しているようだが、これは試験ではあるが実戦でもある。そら、が近づいてきたぞ。合戦用意だ、有瀬艦長」


 言いたいこと、確認したいことは山ほどあるが、まずは襲い掛かる火の粉を払わねばならないようだ。海上公試で殺し合い同然の模擬戦など聞いたことが無いが、目の前の中将の言を聞く限り、その前代未聞の事態が起ころうとしている。

 観念するのではなく、腹をくくり、いまだ混乱から抜け出しきっていない艦橋と全艦へ向かって号令をかける。


「総員戦闘配置!艦対空戦闘用意!」

「艦対空戦闘よぉーいっ!」


 サキの復唱とともに呆けていた乗員があわただしく艦内を走り回り、警報ブザーとともに配置へついた報告がスピーカーから次々とあふれ出す。


『1番砲塔良し』『2番砲塔良し』『3番砲塔準備完了!』『防空指揮所良し!』『機関科配置よろしい!機関全力即時待機完成』『前艦橋40㎜機銃よし!』『後部艦橋40㎜機銃員配置につきました!』『25㎜機銃第1群何時でもどうぞ!』『25㎜機銃第2群配置よろし!』『中央部40㎜機銃群配置よし!』


 主砲試験を行っていた主砲塔と艦橋に併設した防空指揮所、機関部の配置は流石に早いが、肝心の対空兵装の配置が若干遅れる。配置訓練はまだまだ必要だろう。


「艦長、配置よしです!」

「両舷前進、第一戦速!取り舵一杯、新針路2-2-5!左舷対空戦闘用意!電探と対空見張りは目標の位置を逐次伝え!」

『電探室より報告!目標補足中!左96度、距離60キロ!』

『防空指揮所より艦橋!左96度の目標より10騎が分離!高度を下げつつあります!』


 ガスタービンが金切り声を上げ、派手に白波を噴き上げながら艦首がウネリを切り裂く。12ktから18ktへと加速した『綾風』の艦上に飛沫が降り注ぎ、先ほどとは反対側の左舷へと旋回した三連装速射砲が鎌首をもたげた。


「各主砲は即応マガジンに対空砲弾を補給。以後の指揮は防空指揮所でとる」


 葦原宮中将に視線で許可を取ると、艦橋後方のラッタルを駆け上がった。不意に視界が開き、中天を征く太陽の光が目を焼く。首から下げた双眼鏡を覗けば、ゴマ粒のような騎影が積雲に浮かび上がっていた。


「とんでもないことになったな、有瀬」


 後ろからかけられた声にぎょっとして振り返れば、同じように双眼鏡を覗く永雫の姿があった。ここは申し訳程度の断片防御用の柵しかない露天の防空指揮所だ、対空戦闘中では、全艦で最も危険な場所となる部署の一つでもある。


「いや、君まで上がってくることは無いだろう。と言うか、とっとと艦内に戻った方がいい。中将の言葉が本当なら、向こうは実弾装備だ」


 副長でもない上に、厳密には技術士官である人間を好き好んで戦闘部署に置いておこうとする艦長は居ない。それが、なんだかんだで気を許している人物ならばなおさらだ。

 だが、目の前の少女はそんな青年の言葉を鼻で笑い双眼鏡を下ろす。


「はっ、強固な装甲もないこの艦では、危険度の差は微々たるものだ。それに、貴様は約束しただろう?傷付けたら最後まで面倒を見ると」


 面白がるように視線は細められているが、顔から血の気が引いている点を見ると虚勢なのかもしれない。考えてみれば当然だ、この世界の歴史上、航空騎の組織的な空爆を受ける最初の人間になるのだから。


「……『綾風』はともかく、君に怪我をされると源馬少将に銃殺されかねないんだが」

「それが嫌なら、上手くやることだ。『綾風』の能力をもってすれば、あの程度の敵、どうと言う事もない」


「ええい、畜生。命が後1ダース欲しくなってきた」などと観念したように軽口を叩く青年士官を見やりつつ、こっそりと小さく息を吐く。

 流石に、葦原宮中将がここまでやるとは予想外だ。皇族の護衛である2人が何も言わない事から、何かしらの安全策は講じてあるのだろうが、それがどういった程度のモノなのかはわからない。

 もう一度双眼鏡を覗けば、確実に騎影は大きくなってくる。背筋に走るゾクゾクとした怖気を無視し、レンズと弦の間から隣の青年を盗み見る。いきなりの実戦だというのに、てきぱきと対空戦闘準備を進める様は随分手馴れているようにも見え、歴戦の海軍士官と言って差し支えない。



 正直、逃げ出したいほど恐ろしい。



 本来ならば、今すぐ船倉に戻って毛布にくるまって嵐を去るのを待つのが賢明な選択だろう。有瀬もそうするように勧めてくれたし、何より、自分が防空指揮所ここに居ても大した役に立たない。



 けれどそうした場合、最も恐れているのは…



 ドォン、と女々しい考えを吹き飛ばすように1番砲が吠えた。体を圧迫するような爆圧を感じ、硝煙の匂いが鼻を衝く。少しの間を空いて、左舷側の空に真っ黒な華が咲いた。


「目標!こちらの呼びかけ、および警告射撃にも応じません!」

「ま、無理だよな。これより対象の目標を”敵機”と呼称する!主砲、1から3番電探連動射撃用意!」


 自分がなぜこんな愚かな選択をしてしまったのか、考えるのはここまでだ。もうすぐ対空戦闘が始まる。たとえ、戦争処女アマチュアな技術士官であっても、この艦と装備の事なら艦長以上に熟知している。ならば、何かしらの役には立てるはずだ。






 ――――こんな処で躓いて死なせてたまるか







砲自動照準装置ガン・スタビライザー、射撃諸元入力完了!」

「防空指揮所指示の目標、主砲、撃ちー方始め」

「主砲、撃ちぃー方始めっ!」


 ハクの言葉が終わると同時に、『綾風』の防空指揮所は轟音と爆風の戦場音楽に支配された。
















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