33th Chart:対空砲火


「ほんと、クソみたいな任務だ。そう思わねぇか?なあ」


 吹き曝しのコクピットの中で、藤原健道フジワラ タケミチ近衛艦隊中尉は呟くように愛騎に呼びかける。前方のコンソールと風防の向こうで龍の首がわずかに動き、金色の瞳が「ナニガ?」とでも言う風に自分を見やった。

 これが飛行中でなければ、コイツは小首でもかしげているだろう。真一文字に引き結ばれ、口の間から互い違いの歯が突き出している恐ろし気な風貌だが、内面はどうしようもなく能天気なヤツだ。

 自分にとっては最悪な類の任務であっても、コイツにとっては空が飛べればそれでいいのだろう。人間自分たちの戦の道具になってしまっている彼らに、自分が不愉快になっている理由を教えてやる必要はないかと思い直し、小さく首を横に振った。


「いや、忘れろ。単なる感傷さ。…もうすぐ作戦開始だ、全部終わったら帰艦するまでは自由に飛ばせてやるから、少しだけお行儀よく飛んでくれよ。You have Control」


「ワカッタ、あい、はぶ、こんとろーる」と言う感情が、操縦桿から流れてきたことを確認し、ゆっくりと手足をスロットル・レバー、操縦桿、フット・バーから離す。その後もそれらの操縦機器は、あたかも見えない手足に操られているかのように小刻みに動きながら水平飛行を続けている。

 操縦を龍に委託できるのは龍騎兵の利点の一つである。もともと空を生活圏としていた彼らにとって、飛ぶことは無意識下でもできるほどの他愛もない動作だ。故に、長距離巡航や搭乗員が偵察等別の飛行を行う際に、しばしば操縦権の移譲が行われている。

 ある意味で、すべての航空騎は複座型とも呼べるかもしれない。

 また空中戦闘においては、龍本来の機動性を十全に生かすためには当然ながら龍自体が操縦するのが得策だ。しかし、その行いは基本的に厳禁とされている。


 航空騎兵の黎明期に開発国の《合衆国ステイツ》で模擬空戦が行われたことがある。片方は人の操縦で、片方は龍に操縦権を渡してのもので、実際の戦闘ではどちらを推奨すべきかという実験だった。

 結果は、航空騎開発史上稀にみる大惨事。この事件以降、各国の航空関係者の共通認識として【戦闘中の操縦委任は厳禁】と言うが広がった。


 個人的には「ちょっと考えりゃわかるだろ」とその話を聞いたときにツッコミを入れたくなったが、いつの時代、何処の国でも、お偉方は現場の声を碌に聴かないものだ。特に、得体のしれない新兵科の黎明期ならば。


「いや、今も…か」


 眼下を見れば、旧式の九〇式艦上攻撃騎と八九式艦上爆撃騎の10騎編隊が高度を下げていくのが見える。そのコクピットに座る人間に見覚えは全くないが、それらが搭乗する龍は、もともとは龍翔飛行隊の始祖とも呼べる部隊を支えてきた者たちだった。

 命令だから、廃棄処分されるから。理由はいろいろ思いつくし理解もできるが、納得はしたくなかった。


 それが、多くの搭乗員を育て上げた10騎に対する、恩知らずが遅れるせめてもの手向けだろう。


 クルルゥ。と言う気の抜ける鳴き声に、現実へと引き戻され同時に苦笑する。あれほど、呑気だなんだと呆れていた乗騎に気を使われるとは、自分もヤキが回ったか。

 心配ないと操縦桿を軽く叩き、飛行服の膝部分に取り付けられたメモ帳に鉛筆の切っ先を当てる。

 今目の前でまさに空爆を受けようとしている艦は、もしかすると今後の自分たちの母艦を守ることになるかもしれない艦だ。戦力の評価は専門外だが、敵艦の群れに突っ込む母艦搭乗員として、率直な意見を書かせてもらおう。


 威嚇らしい一発が、開戦のゴングを鳴らすように黒い花を咲かせた。








「敵機さらに近づく!目標識別………九〇艦攻と八九艦爆です!」

「九〇式に八九式?また、随分骨董品を持ち出してきたな」


 九〇式艦上攻撃騎と言えば、最初期の航空騎の一つだ。最高速力は約222㎞/h120kt、翼開長15m、全長13mと大柄な体躯であり、それによって800㎏までの爆雷装が可能な航空騎。しかし採用当初は絶賛された存在も旧式化著しく、すでに多くの騎体が殺処分され、ごく一部が練習隊や博物館に回されるのみだったと記憶している。

 八九式艦上爆撃機は九〇式よりも小型で、翼開長は11,4m、全長10.3m。最高速力は約287㎞/h155kt。最大400㎏までの爆装が可能な急降下爆撃騎であり、現状は九〇式艦上攻撃騎と同じように、処分か練習隊か博物館送りの旧式兵器だ。

 両騎とも、龍砦巡洋艦が就役してからは単なる”攻撃騎”と”軽爆撃騎”から”艦攻”と”艦爆”へと名称変更が行われていた。



「在庫一掃セールのつもりなんじゃないですか?邪神像的な意味で」

「不用品の押し売りは御帰り願いたいね」

「ならば『綾風』のオラオララッシュで追い返しますか」


 手で顔を隠すどこかで見た無駄にスタイリッシュなポーズをする砲雷長ハクに、「ジョセフそっちかよ」と突っ込みそうになるのをかろうじて抑える。

『夢』の世界から帰還してこの方、今まで謎過ぎた船精霊の言動を理解してしまうことが多くなった。と言うか、船精霊こいつら全員元『夢』の世界の住人なんじゃないのかなどと言う考えすら浮かんでくる。

 少し落ち着こう、深く考えれば考えるほどアイデアロールとかSANチェックとか必要になりそうな気がする。


「防空指揮所より各主砲、対空榴装填数知らせ」

『こちら1番!Aドラムに20発!Cドラムに18発!』

『2番砲塔、Dドラムに20発!Fドラムに17発!』

『3番砲塔、Gドラムに20発!Iドラムに18発!です』

「全て合わせて113発、全力射撃で1分少々ってところですね」

「っち、ドラムのスペースをもう少し取るべきだったな。3門分の揚弾ホイスト搭載こだわったツケか。畜生」


 ハクの報告に、現場で浮き彫りになる事実に隣の永雫が歯噛みする。

 高発射速度と砲システムの複雑化による継戦能力の制限。B、E、Hドラムに装填されているのは対艦戦闘用の通常榴弾だが、今更それを外して対空榴弾に換装するのは危険すぎる。


「今更言っても仕方ないし、トレードオフは戦闘兵器にはつきものだ。別に、113発だけで殴り合えって言うわけではないだろう?」


 ガリガリと苛立たし気にメモ帳にペンを走らせる永雫に軽く笑んだ後、再び双眼鏡を覗き敵の動きを確認。4騎の九〇式がさらに降下し海面へと滑り降り、のこる6騎の八九式は2500m程度の高度を維持し後方へと回り込もうとしている。

 その動きに乱れはなく、到達時間にも差はなさそうだ。同時攻撃を図るつもりだろう。その機動に違和感を覚えるが、だからこそ本気でやらねば拙いと直観が警鐘を鳴らす。


「敵の練度も中々だな。さて…1、3番主砲は上昇した目標群Aへ、2番主砲は目標群Bを照準!機銃群は主砲防御ラインを突破した機を順に照準し、各長の指示により発砲!」


 前甲板の1番主砲と、最後尾の3番主砲の砲身が滑らかに振り上げられ、逆に2番砲の3門は殆ど水平を向いて迫りくる敵を睨む。40㎜機銃と25㎜機銃を任された5人の機銃長と機銃群長は、紅白の指示棒を握りなおし、鉄兜の庇をグイと上げた。


砲自動照準装置ガン・スタビライザー、射撃諸元入力完了!」

「防空指揮所指示の目標、主砲、撃ちー方始め」

「主砲、撃ちぃー方始めっ!」


 殆ど同時に主砲の射程に目標が足を踏み入れ、3基の主砲が連続して咆哮し始めた。先ほどまでの対艦戦闘とは異なり、斉射ではなくそれぞれ3門の方が流れるように順次タイミングをずらして発砲する。1000m/s以上の初速をもって放たれた砲弾は敵の編隊へと殺到し、次々に炸裂を始め空を黒く汚した。






「ほう、正確だな。この艦の測距儀は対空目標にもよほど高精度な物らしい。だがそれにしても、良くこれだけの速度で時限信管の調停が間に合うな?」

「ええ、やっていませんからね」

「何?」


 一瞬にして対空砲弾の黒煙に包み込まれた敵編隊を映す双眼鏡から目を離し、副長として航海艦橋に残った黒髪の船精霊サキの姿を見る。サキの方も、ほぼ同時に双眼鏡から目を離したため、目が合う形になった。


「この艦の対空榴弾は従来の時限式の信管ではありません。極々簡易な電探を内蔵した、ええと…近接信管とも言うべきものですね」

「電探?近接?…………いやまて、それはつまり…」

「ご理解が早くて何よりです。お考えの通り、この信管は自らが電波を発し、12m圏内に目標が入った場合、反射波により自動的に検知して炸裂します。従来の時限信管式の砲弾では、この先の対空戦闘に対応できませんので。まあ、つまるところ…」


 此方の言わんとすることを理解し、狂嬉と驚愕が同居し、絶句する中将に微笑みかける。

 主人の、技術屋としての特権をある意味で奪う形だが、ここで説明できる人間が自分しかいないため仕方がない。存分に、この快感を味合わせてもらおうか。


「信管の調停など、ハナから行っていないわけです」


 後に、一部始終を見ていた操舵手曰く、【今世紀最大のドヤ顔】を浮かべるサキ。特造研彼女らが急遽追加で盛り込んだ玩具の一つ。それこそ、有瀬が体験した『夢』の世界でいうところのVT



 かつて開発国から、魔法の信管マジック・ヒューズと呼ばれた航空機の天敵だった。






 無数に迫りくる127㎜砲弾が、次々と目の前で弾け黒い花を咲かせながら弾片をまき散らす。そこにまともに突っ込んでしまった4騎の雷撃隊の様相は悲惨極まりなかった。

 近接信管と高精度な射撃指揮装置により、砲弾は編隊の眼と鼻の先で炸裂し、鋼の暴風を生み出した。如何に九〇式艦上攻撃騎として採用されたアカスジヤシマリュウオウが、ヤシマリュウオウ科に特徴的な軽量強固な外骨格を備えていたとしても限界はある。


「がぁっ!?くそっ!」


 遂に、最左翼を飛行していた1騎が爆炎にまともに包まれた。左翼と腹のちょうど境界下に潜り込んだ127㎜砲弾が炸裂し、膨大な破片を容赦なく浴びせかける。

 爆圧により右上に吹き飛ばされた龍は、比較的柔らかな腹甲をズタズタに引き裂かれる。同時に内部に収められていた海油タンクに赤熱した破片が潜り込んで瞬時に発火させた。総重量4トン近くにもなる騎体が身震いし、全身に火が回り火達磨となった直後爆散。海面へと叩き付けられ水しぶきを噴き上げる。


「1騎やられた!」

「なんだ!なんなんだこの弾幕は?!なんで俺たちの周りだけどわっ!?」


 続いて、先行する長騎の右側を飛行していた1騎が運悪く顔面に直撃弾を受け、首から先が吹き飛ばされた。


「ああっ!おい、この老いぼれ!何勝手に死んで、ああ、うぁ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 背後に乗る搭乗員の絶望的な悲鳴とともに、慣性と重力に従った騎体は大量の海油と血液を噴き出しながら高度を下げ、血や肉や骨や甲殻をまき散らしながら海上を転がって海へと還っていった。

 残された2騎は弾から逃れようと、さらに高度を下げていく。半ば本能的な回避方法だったが、今回ばかりは正解を引き当てていた。






「低空だと早爆が多い、やはり海面反射か」


 双眼鏡を覗きこんでいた永雫が小さく舌打ちをする。アイピースから目を離せば、なおさら目の前で発生している”課題”をよりよく認識することができた。

 近接信管は電波発信機と受信機を取り付けることで、自動的に目標の接近を検知し炸裂する画期的な兵器だが決して無敵と言うわけではない。今の様に目標が高度を下げれば、必然的に超低空を飛ぶしかない砲弾の内幾らかは海面からの反射波を目標からのモノと誤認し、早爆してしまった。

 無論、それらのノイズを排除する可変抵抗器も組み込んでいたがこれでは少し手直しが必要だろう。


「雷撃騎はともかく、上の爆撃隊への効果は上々だ」


 有瀬につられて空を見上げれば、また1騎、爆煙の華に摘み取られて空中分解する航空騎の姿が見える。これで上の爆撃隊の撃墜は3騎目。目標に向かって真っすぐ突っ込むか否か。向けられた砲身の数。回避行動の有無の違いはあれど、爆撃隊がその被害に攻めあぐね、攻撃を躊躇させているのは確かだ。


「それに、どのみちもう弾切れだよ」


 困ったな。などと、お道化る様に肩を竦めた直後、予想通りの報告がハクから上がってくる。


「主砲対空砲弾残り僅か!こっちの在庫もカッツカツです!」

「構わん、こっちも在庫一掃だ。残弾全て叩きこめ。対空弾を打ち終わったら、1,3番も雷撃隊を照準!」

「し、しかし対艦砲弾では…」


 ハクが言葉を濁した直後、3基の主砲から相次いで【対空砲弾弾切れ】の報告が入る。有瀬はその指示を聞きながら、すべての砲を超低空を迫る雷撃隊へと向けた。


「誰が敵をそのまま狙えと言った」


「ふぁっ?」と言うハクの間抜けな声を、悪辣な青年の声が上書きし、続く砲声が全てを飲み込んだ。


「全主砲、敵雷撃隊の鼻先の海面を照準!打ちー方始め!」



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