20th Chart:採用の代償


 含みを持たされた永雫の言葉に、3人の高級将校の眉が上がる。3者3様の視線は、レンズの奥の宝石へと向けられていた。


「しかし、高性能な電探と自動装填装置付きの高角砲、回転式多銃身近接防御機関砲、そして対空誘導噴進弾を連動させ、統合運用する機構を備えた艦ならば、龍母など敵にならないでしょう」


 聞きなれない言葉に目を細め、疑問をつぶしていく第2艦隊の面々を見ながら、先ほどの永雫の構想を反芻する。


「龍母の攻撃能力は全て艦載騎が担っていますが、それらの防御は艦に対して脆弱の極みです。30㎜以上の砲弾を1発でも受ければ戦闘どころか飛行も困難。言い換えれば、どれほど多数が群がろうがすれば敵は落ちるのです」


 高性能な電探、速射砲、近接防御火器システムCIWS、対空ミサイル。そしてそれらを管制するシステム。”夢”の世界では神の盾イージスと呼ばれた火器管制システムの雛型は、すでに彼女の中に芽吹いているらしい。

 音速の目標を叩き落とすことを前提に構築されたモノと殆ど同等の代物。もしも実現すれば、敵の航空戦力は決して破れぬ盾を相手に全滅の憂き目を見るに違いない。


「艦長が運用できる火器の数は1つ、相手ができる敵の数も1つが限度などと言う通説はまやかしです。確かに人の処理能力には限度がありますが、何も全てを艦長がやらねばならない規則はありません」

「では、船精霊を使うと?」


建守の問いに「それもありますが、決定的とは言えません」と小さく首を振る。


「方舟の生体工廠に搭載されている電算機。無数のアームを操作して艦を造り上げる同時並行処理技術を応用すればいいのです。電探により観測した敵の情報を、電算機が主体となって解析し、攻撃を行わせます。艦長や乗員は、電算機が提示する情報を受け取り、どの目標に攻撃を行わせるかを支持するだけでいい。電探、電算機と火器管制システム、そして兵装。これらを高度に繋ぐシステムを構築すれば、多目標同時攻撃への道が開きます」


永雫の語る対抗策に、3人の将校がお互いに目配せをする。その妄想とも呼べる言葉を信じきれないのは当然だが、それぞれがそれぞれの理由で一目を置く有瀬が何も言わないという一点で、戯言と切り捨てる選択肢を失っている状況だった。


「話を聞く限り、高性能だということは解る。だが、本当に可能なのか?」

「可能であるから、口にしているのです。無論、一朝一夕にとはいきませんが、いずれ必ず」


 そう言い切る彼女の目に、迷いや疑問などは無い。そこにあるのは、完全な確定事項だ。鉄と時間さえあれば必ず到達できる、夢想の絵画ではない目的地。

 しばらく、若き天才の目を見定めるかのように見つめていた古井は、ふと納得したように一つ頷く。


「適うモノならば、私が生きているうちに拝んでみたいものだな。………さて、随分話がそれてしまったが、私個人としては次期連合艦隊の主力駆逐艦として、この『綾風』は適当だと思える。建守少将はどうか?」

「ふぅぅぅむ!全く異論はございませんな!一点を除いて…ではありますが」


 思わず、微かに息を飲んでしまう。あれほど欲した採用へと続く最後のクモの糸、遂にそれが目の前に垂れ下がったのだから、全身が強張りもする。だが、暑苦しい建守が語尾を濁したのがどうにも気にかかってしまった。

 言い知れない嫌な予感が背筋を走り、何と無しに隣の部下を盗み見る。人相の悪い柘榴石は、苦笑いをこらえるかのように細められていた。


「貴官はよくわかっているようだな。恐らく、この設計案を連合艦隊司令部にもっていけば、新八八艦隊案で浮足立っている彼らが採用する可能性は低くはない。だが、そうなると面白くないのは艦政本部だ」


「あ」と間抜けな声が口から洩れた。

 考えてみれば当然の話だ。荒唐無稽だと突っぱね続けた設計案を、跳ねっ返り部署が独断で第2艦隊へと持ち込んで採用まで勝ち取ってしまうのは、艦政本部の面子を潰しかねない。

 それどころか、野心をもつ新進気鋭の技師が、これを前例として様々な部署へ碌に精査されていない設計案を持ち込んで試作を促しかねなかった。

 その結果生まれるのは、艦政本部の無法地帯化と現場の混乱だ。中には光るモノもあるだろうが、大部分は”あった方が邪魔”なガラクタばかり。試作を決定する艦隊の面々も馬鹿ではないだろうが、世の中には怏々として素人考えで作られた駄作が山の様にあるものだ。

 ただでさえ資源の乏しい皇国でそれをやればどうなるか。海神帝が襲来するよりも早く、自滅などと言う惨めな最期を迎えるだろう。


「では、こうしましょう」


 自分の考えの浅さに奥歯を噛締めていると、場違いなほど明るい声が隣から放たれる。再び視界に入った彼の顔には、ゾッとするような笑みが浮かんでいた。


「もともと、この設計案を連合艦隊へ直接提示しようと言い出したのは僕です。”閑職に回された元艦長が、現場復帰のために新型艦の設計図を発掘し、第2艦隊へともたらした”と言うのは、ありえそうな筋書きではないでしょうか?」


「なっ!」と絶句する永雫をよそに、目の前の面々は面白そうに顔を見合わせた。


「第2艦隊への設計図の持ち込みを、”特造研”では無くて”閑職に回された人間”の暴走とするわけか。だが、横紙破りであることに変わりはないぞ?」

「これを前例化させないためにも、軽挙妄動の類ではないことを示す必要が在ります。そうですな…例えば、”不採用、もしくは性能不良などで十分な戦果が出なければ銃殺”と言う条件を連合艦隊が提示し、それを飲んだということにすればどうでしょうか。文字通り、命がけってところです」


 銃殺。その言葉が出た瞬間、会議室の温度がグッと下がったような感覚に陥る。もはや黙って居れぬとばかりに永雫が怒声を張り上げようとするが、それよりも先に視線で機先を制され言葉に詰まってしまう。


 見慣れたはずの柘榴石に満たされた、血の色。首元にまで出かかった言葉は、喉の奥に張り付いて出てこない。恐怖でも、畏怖でもない。その中に込められた意志は、精神的な圧力となって彼女の行動を封殺した。


 薄い笑みを浮かべる有瀬と、何のためらいもなく自分の命を懸けると言い出した教え子を見る古井。空中で衝突した視線が、ジリジリと雰囲気を焦げ付かせた。

 お互いに、今の言葉が冗談ではない事を嫌と言うほど理解している。刹那主義的や誇大妄想にはとんと縁がない若者と、発言の真意を慎重に図る堅物な宿将。

 永遠に続くかに思われた静寂は、重々しく開かれた古井の口によって終わりを迎える。


「それは、本気で言っているのだな?」

「無論。ただ、切腹は自信が無いので勘弁を」

「仮に全てが上手く行ったとしても、貴官は艦政本部から睨まれるだろうな。二度と戻れまい」


 結局のところ彼の提案は、設計図の持ち込みが特造研から個人にすり替え、モノができてすらいない怪しげな兵器に文字通り命を懸けることで、前例を頼りにする後続を断っただけだ。もっと言ってしまえば、永雫の立場が”共犯”から”部下の暴走を止められず、出し抜かれた上司”になるだけ。年齢や経歴を考えれば、乗除酌量の余地はある。


「もともと、僕に造船の知識も技術もありません。後方勤務に未練はありませんよ。それに、僕が生き残るということは『綾風』の実力を軍が認めたということ。懸命な司令長官ならば、暴走を引き起こしたとはいえ新型艦を熟知した人間をそうやすやすと手放さないでしょう?」


 『綾風』を連合艦隊上層部が高く評価しない限り、生き残る術を自ら断ったというのに、まったくもって動じた風でもない。むしろ傲岸不遜と言って良いほどの、ある種の大胆な態度に再びの静寂が広がるが、それも長くは続かなかった。


「上重参謀、二水戦には修理用の名目でいくらか備蓄があったな?」

「はっ!およそ1000トン分は!」

「迷惑をかけるが、半分を第2艦隊へ戻してもらう。それに前海戦で手に入れた1000トン、艦隊の備蓄を加えれば、何とか1隻分は賄える計算だ。建守少将、評価方法は貴官に任せる。これだけの数三七〇〇トンの鋼材を使用し建造する意義のある艦かどうか。知りたいのはそこだ」

「承知いたしましたっっっ!」


 決断を下した後の古井中将の動きは速い。あれよあれよと言う間に、鋼材が揃えられ戦力評価の相手まで決まっていく。


「資料によれば、ここの工廠ならば竣工まで2週間と言ったところか。工事の進捗を見て判断するが、満足な完熟訓練は行えないものと覚悟しろ。艦をスクラップにしても、使用した鋼材の全量は戻ってこないのだからな」

「理解しております。では」

「ああ」


 一つ、躊躇するように言葉を切るが、そんな迷いなどなかったかの様に、少女にとっては待ちに待った――今、この瞬間だけは冗談だと言ってほしかった――言葉が発された。


「第2艦隊はその権限内において、新型駆逐艦『綾風』の試作建造を承認する。対象艦は竣工後ただちに連合艦隊主導で性能評価試験を実施する。場合によっては、『綾風』の八八艦隊への採用もありうるだろう」


 採用への道が開けた喜びは、すでに心の内にない。そこにあるのは、何故?と言う疑問と。


「貴官らの奮励努力に期待する」


 古井の激励が意識の端にもかからずに霧散するほどの、有瀬に対する言葉にできない激情だった。















「貴様…一体何を考えておるかぁっ!?」


 数時間後、小柄な少女に胸倉を掴まれた有瀬が、特造研の扉へと叩き付けられる。血を吐くような魔女の怒声と、金属が軋む耳障りな音が、薄暗い廊下へと木霊した。








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