19th Chart:航空主兵への布石


 なおもまくし立てようとする永雫を抑え、彼の人となりから予定調和であることを半ば確信しながらも問いを投げかける。


「お三方は…近衛の龍母機動部隊構想をどうお考えですか?」


 自分の問いに、3人は瞬時に目配せを送り合う。こちらの真意を測るためか、はたまた。


「この場だからあえて言うがな、言語道断と言える。龍母を悪く言っておるわけではない。確かに、艦載騎の進化と機動力には目を見張るものがあるが、補助的な運用ならともかく主力として運用できるほど、我が国の国力は高くない。幾らか策を巡らせているようだが、な…」


 古井中将は口の前で手を組み、兵站面の懸念を零す。


「然り!龍も人も結局は訓練を施さねば獣同然!空を征き、海を制する戦士は一朝一夕の調練では生まれませぬ!身一つで敵陣へ吶喊する以上、練度の妥協は消耗率の増大へ直結します!しかぁし!残念ながら戦であれば無傷とはいきますまい!敵に肉薄する航空騎ならばなおの事!前回の海戦では海神は手をこまねいておりましたが!次も、その次も上手く行くとは限りますまい!」


 ドン、と片手を叩き付けた建守少将は艦載騎と搭乗員の消耗と再訓練の点で異を唱える。


「私も同意見だ。龍は夜目が効かない、夜間飛行は何とかなっても夜間襲撃は難しいか、不可能に近いだろう。もしやるのならば相当な熟練が必要であり、それでも未帰還率は昼間の比ではない。まともな戦力として計算できるのは昼間に限られる。魚雷を運べるのは評価するが、投下時には低速で直線飛行をする必要が在る。対空火器を増設されれば、決死隊どころか必死隊になりかねん」


 最後に、腕組みをした上重参謀が戦術レベルでの制限に言及し首を横に振った。

 論点は三者三様ではあるが、趣旨自体は一致している。航空騎を主軸とする艦隊整備は、やはり《皇国》にとって重荷の方が大きくなるだろうということだ。

 これは”夢”の世界を経て、空母が海戦の主役となり、海戦が事実上の航空消耗戦と化した時代を知っている自分も同意見だった。

 4万トン級龍砦母艦の搭載機数は想像するほかないが、近代化改修したエセックス級の満載排水量が訳4万3千トンであることを考えると、100騎は下らないだろう。2万トン級中型空母でも、蒼龍を参考にすれば予備を含めて70騎程度と言ったところか。

 単純計算で一線級の艦隊だけで最低でも1360騎が必要となり、それ以上の地上整備員や龍、パイロットを継続的に育成し運用していかなければならない。これで、2線級へ格下げされた艦の運用人員を考えれば、いくら戦艦に対して構造や強度が簡易な龍母とはいえコストの問題は考えるのも馬鹿らしくなってくる。

 事実、まともな機動部隊を運用して殴り合ったのは背伸びに背伸びを重ねた日本と公式チート国家ぐらいだ。この二国の主戦場が太平洋であったと言うこともあるが、戦後にまともに空母を運用しつづけた国の海軍と財務省の殴り合いを見れば、空母が如何にカネのかかる代物なのか自ずと見えてくる。


「しかし、近衛艦隊司令長官と司令部はやる気満々だ。特に、一航戦の源馬少将がその急先鋒だな」


 つい先ほど相まみえた源馬少将の名前が出てきたことで、彼女の肩が微かに揺れた。視界には入っていないが、今頃端正な顔に若干の不愉快さが滲み出ていることだろう。


「んんっ…近衛艦隊はそれらの問題に対しどう対処しようとしているのでしょうか?艦載騎の生産体制が特に…。以前、私も試算したことがありますが、現状の皇国の生産力では2万トン級中型龍母2隻程度が限界かと思われます」

「それについては大規模な飛行学校の拡張と船精霊搭乗員の採用、龍の無人運用によってカバーする方針だ。龍の増産については、オオシロガネヒリュウをベースに航空騎を開発するという情報を掴んでいる」

「オオシロガネヒリュウですか……それは…また…」


 意外ではあるが、ある意味では軍用騎にふさわしい龍の名前を耳にし口ごもる自分に、「どうした?」と瑠璃の瞳が向いた。どうやら、航空騎はともかく原種の龍についてはあまり深い知識は持っていないらしい。

 皇国人ならば一度は目にする龍だろうが、詳しい生態はあまり知られていない。と言うよりも、あまりわかっていないのが現状だ。自分は実家が龍牧場であり、関連する本が多かったから他の一般人よりは知識があるだけにすぎない。

 今後の為に、適度な情報は共有しておいた方がいいだろう。


「オオシロガネヒリュウは翼竜科の中でも真社会性の生態を持つカネヒリュウ属に属する。要するに、1頭の女王クイーンが無数の働き龍ワーカーを従え、一つの巨大なコロニーを運営する完全な縦構造の社会だ。ワーカーはそれぞれの役割を持ち、大きければ数万頭を超える規模のコロニーを維持している。生息地は主に秋津洲の艦首右舷側、白銀山地一帯だ」


 竜盤目飛龍上科翼竜科カネヒリュウ属オオシロガネヒリュウ。ワーカーの平均的な翼開長は約12 m、全長は約14mに達する。体系としては翼龍科の特徴である前足がそのまま主翼になっているタイプであり、地上では主翼をまげて四つ足で歩き、離陸する時だけ強靭な後足で二足歩行をし短距離の滑走を行った。

 体躯に対して比較的大きな翼は、条件が揃えば極短時間のホバリングや、休憩なしで2000㎞を飛翔する等高い飛行能力を持っている。

 大きな翼と軽い体重は旋回半径や離着陸にも大きな恩恵をもたらしており、低速域での巴戦ならば、たとえ多対一でも相手を翻弄できる身軽さを兼ね備えていた。顎の咬合力は高くないが、離着陸時にスパイクとして機能する後ろ脚の爪とそれを支える筋肉は強靭の一言。低速旋回戦闘に引きずり込んだ敵の背後に回り、発達した脚部で翼膜を切り裂くか、直接脊髄を粉砕することが多い。


「白銀山地…確か、立ち入り制限がされているエリアじゃないのか?」

「その原因の一つがオオシロガネヒリュウなんだよ。彼らは縄張りに入る敵は同族だろうが許さない、近づいただけでも3頭以上の偵察隊がすっ飛んできて、その3分後には数十頭の迎撃部隊を繰り出してくる。一時期は駆除の話も持ち上がったが、労力に合わないということで封鎖の措置が取られただけだ」


 オオシロガネヒリュウの危険性の最たる点は、その好戦性の高さと過剰なまでの防衛本能、社会性にあった。

 真社会性を持つカネヒリュウ属の中でもオオシロガネのそれは中々に洗練されたものであり、研究者の中には部門ごとにそれらを統括する個体が居ると推測する者がいるほどだった。

 とはいえ、戦いにおいては他のカネヒリュウ属よりも集団戦に重きを置くことはなく、集団による編隊飛行は戦闘直前に解かれ、積極的に乱戦に持ち込んでいくことが多い。

 これは機動性を高めた結果、集団戦闘に固執したグループは乱戦により飛行性能を最大限に発揮するグループに淘汰されてしまった結果だと考えられている。好戦的な――要するに血の気が多い――性質も影響しているようだ。

 あまり知られていない龍種の生態に、思わず乾いた笑いを漏らす永雫。気持ちはわかる、自分も幼いころにこの龍の存在を知った日は怖くて眠れなかったものだ。


「聞く限り完全な危険生物なんだが…」

「巣に近づかず、下手に刺激しなければいいからな。大半の皇国人は空を飛ぶ彼らを遠巻きに見るだけだ。人間を八つ裂きにしたならまだしも、食ったという記録は今のところない」


 オオシロガネヒリュウの主食は海洋に広く分布する大型魚や、皇国全土に生息する龍種だ。

 大きく翼面荷重の小さい――翼の単位面積あたりに支える重量が小さい――翼は低速で海面擦れ擦れを容易に飛行することを可能とし、強靭な脚部は魚をひっかけるフックの役割を果たした。

 地上での戦闘が苦手な彼女らが龍を捉えるのはもっぱら空中であり、華麗な一撃で獲物を絶命させた後は、落下する肉を空中で保持してそのまま持ち帰る。

 故に、一般人の住む最上甲板付近に現れることはまずなく、せいぜいが高い空を駆ける明灰色の龍を見上げるぐらいだ。

 つらつらと龍の生態を話す自分に、感嘆したような永雫が「ほう」と小さく息を漏らした。


「詳しいな?大尉」

「言ってなかったか?実家が龍牧場なだけだ。傷ついて不時着したオオシロガネを介抱したこともある。ま、10に満たない子供がやるには身の危険を感じ過ぎたが」



「あれはヤバかったなぁ」と笑い話の様に話す彼に、乾いた笑いが漏れる。よくもまあそんな危険生物を、しかも手負いのソレを介抱できたものだと。呆れるべきか感心すべきかいまいち判断がつかなかった。


「そんなことはどうでもいい。問題は、オオシロガネヒリュウは女王しか卵を産まない点だ」


 永雫から視線を外し、古井長官へと向ける。気難しい顔にはより一層深いしわが刻み込まれていた。


「長官、できれば僕の勘違いであってほしいのですが。近衛艦隊はまさか、オオシロガネヒリュウの女王を捉える方法を確立した。もしくは捉えたということでしょうか?」

「……………そうだ」

「まさか、どうやって。オオシロガネのコロニーは地下だ。方舟の甲板を食い破り、迷路のように地下に伸びている。女王もその最奥に引きこもっているはずなのに。前の結婚飛行は20年も前のはずで、次の飛行は30年後だ」


 女王の寿命はおおよそ50年。50年に一度、その年に生まれた次期女王と雄龍が複数の巣から一斉に飛び立ち、交尾して次世代へと命を繋ぐ。

 結婚飛行は社会性をもつ龍には一般的であるが、オオシロガネヒリュウの結婚飛行はひどく暴力的で破滅的だった。

 もっとも強力な雄龍の遺伝子を入れるため、また、自らの巣の雄龍の遺伝子をより大きく広げるため。ワーカーの龍たちの好戦性は最高潮に達し、文字通り最後の一兵まで他の巣のワーカーや雄龍と戦い始める。

 その時期は空が赤く染まり、白銀山地は雪化粧ではなく血化粧を纏う。一説には、《皇国》において強力すぎるこの種が、他の種を食い尽くさないようにするための一種のアポトーシスだという眉唾な学説が起こるほど、絶滅寸前と言えるレベルにまで同族殺しを敢行する。

 そうして、次の春には壊滅した巣の跡地に新女王がわずかな敗残兵と新しい帝国を築く。大量の有機物を得るに至った自然公園の森は活性化し、彼女らの新帝国の助けとなるのだった。

 もしも、女王を捉えるのであればそのタイミングしかないだろう。結婚飛行を終えた龍は満足に戦えず、陸戦隊マリーンを投入すれば相応の犠牲は出るが生け捕りは可能だ。

 だが、今は時期が悪い。帝国の再興から20年、まさに全盛期に片手をかけた状態だ。この時期の巣に乗り込むなど、手の込んだ自殺としか言いようがない。

 それなりに龍の生態に精通するものとして、あり得ないと首を横に振りたかったが、目の前の海軍中将はこのようなつまらない嘘をつく人間でも、踊らされる男でもなかった。


「軍機であるとして詳しくは調べられなかったがな、龍の量産は進んでいるらしい。今は十二試艦上戦闘騎として、本格量産に向けた最終調整を行っているようだ」


 聞き覚えのある名に、一つ納得がいく。

 つい先ほど、葦原の龍港で見た見慣れない戦闘騎、あれの素体がオオシロガネであるのならば、どちらかと言えば温和で人懐っこいシキシマヒリュウ九七式艦上戦闘騎が鳩に見えるわけだ。


「仮に、近衛艦隊が女王を確保したのならば、少なくとも素体の生産については懸念はなくなる。オオシロガネの女王は一日に100以上の卵を産み、ふ化した幼生は1月で初飛行が可能です。途中で不適格として落とされるとしても、軌道に乗れば月産50騎は固いでしょう。後は、装備と訓練の問題となります」


 近衛の自信は其れか、と頭を抱えたくなった。

 龍の居ない龍母は只の案山子だが、逆に言えば十分に訓練を受けた龍騎兵を搭載した龍母は現状世界最強の機動部隊だ。永雫の設計艦ならまだしも、満足な対空火器を持たない今の水上戦闘艦では勝ち目は薄い。

 つい先ほどまでは与太話も同然だった龍母版の八八艦隊計画だが、妙に具体性をおびてきたようにすら感じられてしまう。


「なるほど、想像以上だな。少なくとも、龍の生産はボトルネックとなりえない、か。では有瀬大尉、貴官から見て、オオシロガネの無人騎化は可能か?」

「……一概には言えませんが、難しいかと。彼らの知能は高い方ですが、だからと言って戦力化が早いわけではありません。それに、好戦的過ぎて戦場での協調性もよろしくない。搭乗員よりもむしろ時間がかかると思います」


 龍を無人化できれば確かに搭乗員の節約にもなる上、人間が乗っていてはできないような高G機動を選択できる。しかし、そのためには先ず敵と味方を完全に判断するように訓練し、航法を教え、長騎からの指示は絶対だということを体に叩きこみ、爆撃方法を習得させ、離着艦訓練を繰り返さねばなならない。そればかりか、味方の戦闘を有利に運ばせるための、自己犠牲の概念すらも家畜化されたとはいえもとは野生動物である生命体に教え込まねばならないのだ。

 龍の調教師はそれなりにいるが、生物が相手である以上習得の速度や練度にばらつきが発生するのは避けられない。

 生物兵器を主力とすることの難しさが、そこにはあった。

 首を横に振って”不可能”だという見解を示す元教え子に、思わず軽い笑みがこぼれた。男子三日会わざれば、とよく言うが、やはり若者の成長を実感できるのは元教育者としての特権だった。


「そうか。となれば、やはり連合艦隊の主力艦を全て空母にするのは避けるべきだろうな。マトリクス大尉、仮に貴官が八八艦隊の主力戦闘艦の設計を任されたとして、どのような艦があれば4万トン級超大型龍に対抗可能だ?」


古井の視線を受け止めた少女は、わずかな間顎に指をあてて考えを巡らせたが、一つ残念そうにため息を吐いた。


「……現状の兵装をそのまま使うのでしたら、現時点での戦艦は龍母に勝ち目がありません」

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