14th Chart:適材適所
関の言葉通り、綾風の性格は最前線で強大な海神を相手に干戈を交える文字通りの艦隊型駆逐艦であった。そのため、コストよりも性能に重きを置かれて設計されており、これは護衛を主任務とする艦とは相容れない。
要するに、海上護衛を主任務とするならば紫藤が言ったように
海上通商路を航行する護送船団は、原則として戦列級海神や巡航級海神が確認されない海域を航行する。皇国海軍の一個護衛隊群には4頭の小型の龍が配属されており、9隻中4隻の水雷艇が航空艤装――艇後部の砲を撤去し龍砦を追加――を施され、航空龍騎兵の運用能力を持っていた。
運用される龍はアシハラヒメスイリュウと呼ばれる小型の龍で、全長は7.64m 、翼開長8.98m。固定武装は7.7 ㎜八九式固定機関銃が肩部に一丁を持つのみであり、戦闘を好まない温厚な気性とも相まって戦闘能力はけして高くない。
しかし、スイリュウと名にある通り主な生息域は水上であり、離着水能力を持っていた。
広大な飛行甲板を搭載できない艦にとって、扱いやすいこの種の龍は、古くから連絡騎や短距離水上偵察騎として皇国海軍を支えてきた。
この水先案内人が進路を偵察し安全が確立されれば、船団はその進路を航行することになる。しかし戦列級や巡航級はともかく、膨大な数が生息する単独行動中の護衛級海神まで回避を厳守していれば、いつまでたっても目的地へたどり着けない。また、高速な護衛級の接近や、海中に潜んだ潜航級海神の奇襲により、遭遇戦も頻発するのが現状だった。
海上護衛総隊は、そういった小規模驚異を排除し船団を無事に目的地へ送り届けることを主任務としている。巡航級以上との本格的な戦闘は本業ではない。
「確かに酸素を使用した新型熱走魚雷を15射線も用意しておけば、相手が戦列級海神であろうと蹴散らせるであろうよ。だが、護衛艦に求められるのは
ガスタービン機関を搭載する『綾風』の燃費は――永雫基準で――けして良いものではなく、15射線に上る大型酸素魚雷は護衛級に対するには過剰にすぎる。牛刀をもって鶏を割くとはこの事だ。
また、『綾風』には対潜兵器としてボフォースM/50 375mm対潜ロケット砲に酷似した350 ㎜ 四連装対潜噴進砲の搭載が予定されていた。この火器は4発を打ち終えると仰角を90度に取り、直下の即応弾庫から即応弾を後部から装填する自動装填装置を持ち、連射が可能だった。しかし、装備位置が艦最後部である関係上、即応弾庫のスペースは大きくなく、2斉射分を投射した後は、予備弾庫から人力で即応弾を補充する必要があった。
潜航級海神はその食性から多くが通商路――大型海神が存在しない海域――に出没する。結果的に、護送船団の主たる敵ははぐれの護衛級海神を除けば、潜航級海神と呼んで差し支えなかった。
「では…」
「先ほども言ったぞ、マトリクス。”こんなもの使えるか”とな」
こちらの質問の先を答えられ、悔しさから思わずうつむいて下唇を噛む。予想はできていた、だがしかし、有瀬の古巣と言うことで少しばかりの、それこそ虫の良すぎる期待をしていたのも事実だ。
ここでも不採用か、と言う落胆と同時に、当然の様に疑問もわいてくる。
他でもない、今自分の隣で極められた腕を動かして顔をしかめている人物だ。
関提督の考えは有瀬も、いや有瀬だからこそよく理解しているはずだろうし、『綾風』の事も同様だ。それを考えればこの結末は予想できたはず、ならばどうして。
そこまで考えた時、”フン”と関が鼻を鳴らした。
「有瀬、貴様もなかなかいい趣味をしておるではないか。同年代の才女を曇らせて愉しむ性質だとは思わなかった」
「提督に言われるのは、心外を通り越して死にたくなりますね。貴方だって、もう少しマイルドな言い方があったでしょう?」
「たわけ。何故、オレが貴様ら如きに気を使ってやらねばならんのだ?」
話の雰囲気が妙に柔らかくなり、不思議に思って顔を上げて向かい合う2人の海軍軍人を見る。顔を見合わせた2人の将校は、互いに不敵な笑みを浮かべていた。
「海上護衛総隊長官としての意見は十二分に承知いたしました。では、一人の海軍中将たる関提督にお尋ねします。『
有瀬が発したのは、ついさっき取っ組み合いを摺る直前に尋ねた言葉。いや、完全に同じと言うわけではなく、一部の注釈が添えられていた。
対する関提督は、不敵な笑みをさらに深くし”貴様に誘導されるようで業腹ではあるが”と小さく呟いた。
「この艦を却下したのは近衛海軍最大の過ちよな、近衛もそこまで落ちたかと頭が痛くなる」
つい先ほどの言葉とはほとんど真逆の台詞に、思わず「……は?」と気の抜けた声が漏れてしまう。ポカンと口を開けた自分がよほど可笑しかったのか、関長官のにやにや笑いがますます深くなった。
「どうした、マトリクス大尉。龍が鉄砲食らったような顔をしおってからに。オレの言葉がそこまで意外か?」
「あ、い、いえ。ですが先ほど」
「有瀬も言っていたであろう?先の所感は海上護衛総隊の指揮者としての弁よ。そして今のは、海軍中将個人としての感想だ。なかなかどうして、艦政本部の石頭共の中にもできるやつがいる。青天の霹靂とはこのことだ」
そんな前置きの後、関の口から紡がれたのは『綾風』に対する好意的な論評だった。艦隊型駆逐艦として、決戦の鏑矢としてはまさに理想的な設計。やや攻撃偏重ではあるモノの、皇国の駆逐艦に求められる物を全て満たしていると言って良い。
各所に鋭い指摘が加えられてはいたが、酷評一転望外の高評価に目が回りそうだった。
だからだろうか、隣に座るおせっかいな男が小さく人の悪い笑みをこぼしたことに気が付けなかった。
「関提督、実の所、その綾風の設計者はこちらのマトリクス大尉です。私も少々手伝いましたが、ほとんど彼女一人で作り上げたものです」
「……………………………誠か?」本気で意外だったのか、たっぷり10秒は永雫の顔をまじまじと見つめてから、ようやく言葉を絞り出す。「ええ、はい」と躊躇いがちに返せば「艦政本部も随分落ちたものだ」と顔を歪ませて背もたれに深く身を預けた。
「この小娘が大尉の階級章をぶら下げているからして、唯モノでは無いだろうとは思っていたが、よもやそれほどまでとはな。では、この対潜噴進弾も貴様の設計か?」
「はい。できれば、もう少し洗練したいところですが」
「ほう?構わぬ、申してみよ」
「現状の無誘導噴進弾では無駄弾が多すぎるうえ、悪戯に海水を掻きまわし
さらっと
ややあって紫藤中佐に目配せをする姿を確認し、今回の悪だくみは上手く行ったと内心手を叩く。
「なるほど、実に興味深い。が、続きはまたの機会に取っておくこととする。下がって良いぞ」
「え?」と面食らう永雫をよそにさっさと立ち上がった関は自分の出数に戻ると、山積みになった書類の束を引っ掴んで目を通し始める。話を突然中断された彼女が声を上げようとするが、その前に「たわけ」と呆れるような声が飛んできた。
「いつまでそこで呆けておる。俺は忙しいし、貴様らもそうであろう?今からならばAsF1134にも間に合うであろう。疾く失せよ。紫藤!第3護衛隊群の定時連絡はまだか?」
「ここに、現在位置は」
完全にこちらに興味を失って通常業務に戻る関、たいして有瀬は手早く書類をまとめてカバンにしまい込み立ち上がるところだった。
「提督もこう言っていることだし、急ごう。逃すと1時間待ちだ」
AsF1134。葦原発、扶桑行の11時34分発の定期連絡騎だ。自分もそれぐらい知っているが、いい加減主語を省いて2人だけで納得するのはやめてほしかった。
「おい、どういうことだ」
「二水戦に行けってことさ。アポは取っていただけるんでしょう?提督」
「紫藤」
「すでに上重大佐にお話を通しております。”首を長くして待っている”とのことでした」
にこやかにほほ笑む紫藤の姿に、一体いつの間に連絡をしたのかと軽く戦慄する。有瀬が全く動じていないのを見る限り、これも珍しいことではないらしい。海上護衛総隊と言うのはエスパーか何かの集まりなのだろうか?
「ご協力感謝します。では、失礼します」
「うむ。ああ、そうだマトリクス大尉」
「はい?」
「貴様の言っていた誘導魚雷弾頭対潜噴進弾だがな、いずれは導入させてもらう」
「っ!」
突然の採用予定通知に、永雫の息が詰まる。艦丸ごとの建造の認可が下りたわけではないが、兵装だって自分の作品に他ならない。あれほど欲した正式採用への切符が突然舞い込み、嬉しさよりも驚愕が勝ってしまう。
「さしあたっては、既存の奄美型水雷艇に乗せられる程度にまで小型化した『綾風』の対潜噴進弾を設計しろ。あれでも”未だ”十分役に立つ、設計が上がり次第量産に入るからそのつもりで作ってこい。艦載兵器の換装程度はオレの裁量でどうにでもなる故な」
葦原鎮守府の主計課将校が数人ぶっ倒れそうな決定だったが、体は正直であり気が付けば満面の笑みを浮かべてしまっていた。
「はい、必ず。ご期待に沿えるものをお見せしましょう」
「期待しておるぞ、特造研」
書類の端から除いた目は、若き革新者を激励するかのように細められていた。
「提督。提督は永雫・マトリクス大尉の事をご存じだったのですか?」
「たわけ、そんな小娘の事など、つい先ほどまで知らなんだわ。ま、有瀬の奴が引っ張ってくるのだから、常軌を逸した者であろうとは思っておったが。よもやこれほどまでとはな」
「なるほど。あ、ところでどうして最初に取っ組み合いを?」
「決っておろう。どうしてもっと早く引きずってこなかったと制裁を加えてやったまでの事。おかげで次の第4護衛隊群の整備に、新型装備を融通してやれなくなったではないか」
面白くもなさそうに書類にサインを入れて、決済済みの箱へと放り込む。次に手に取った書類には”連合王国哨戒部隊遭難事件ニ関スル途中報告書”と銘打たれていた。
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