11th Chart:技術チートも楽じゃない





「ちきしょうめぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 ずばーん、と盛大な音を立てた紙切れが机の端から零れ落ち、そこまで広くない研究室に少女の怒声が響く。2週間前の配属初日のように室長室の机の前で雁首をそろえる3人と新参者は、苦笑いを浮かべるほかなかった。


 この様子を見る限り、どうやら今回も芳しい結果を得られなかったらしい。

 意気揚々と早朝に研究室を出立してからわずか半日強。憤慨した様子の彼女が研究室に現れたのは、太陽は既に中天を過ぎ、そろそろティータイム小休止に入ろうかと思案し始めたころだった。


「で、次は何が原因で没食らったんだ?」


 この沸騰中の室長に最初に問いを投げかけるのはサキの役目だったが、お飾り同然の副官に近い肩書を持つ自分がここに来た結果、その役割を盾に嬉々として役目を押し付けられていた。

 下手に問いかければ噛みついてくるのではないかという、荒唐無稽な恐れをしまい込み、頭の中であたりを付け乍ら問いかける。直後、「コストだッ」と吐き捨てるような返事が叩き付けられ、想像通りの答えに自分もため息を吐きだしたくなった。

 名目上はこの研究室に彼女のブレーキ役として――そして、紅鶴事件のほとぼりが冷めるまで――投げ込まれた自分ではあるが、ここ2週間を振り返るとその役目を果たせていたか今更ながらに疑問に思えてくる。

 なまじ”夢”の世界の記憶を持つ自分は、彼女が引き出す”突拍子もない”未来技術に対し一定以上の理解を示してしまうのだ。むしろ個人的な意見は、彼女と概ね合致してしまっているとすら言えるかもしれない。


 ――”現状のガラクタ同然の艦隊はとっとと解体して、もっとマシな艦隊整備しろ”


 木乃伊取りが木乃伊になった好例だろう。紅鶴事件のほとぼりが冷めればどうでもいい古井中将や倉内中尉などは苦笑いで済んでいるが、マトリクス大尉のブレーキ役をほんのり期待していた宵月部長にとっては胃の痛める案件が増えたも同然だった。


「まあ、生体金属3700トンと言えば、駆逐艦2隻作っても釣りがでるものな」

「そもそも、次期1400トン級駆逐艦って言ってるのに3400トン級の駆逐艦の図面を提出したのが間違いだったんじゃねーの?」

「満載排水量1400トン程度でまともな駆逐艦なんぞ作れるかっ!」


 サキの言葉に噛みつくが、直ぐに虚しさを覚えて座り込み頭を抱えた。

 彼女とて1400トン級の駆逐艦を求める相手に対し、倍以上となる3400トン級駆逐艦の設計図を持ち込むこと自体が的外れな行為だとは重々承知してはいる。だがそれで妥協し、役に立たない駆逐艦を作るなどという愚行に走る理由にはならない。

 さらに今回こそは、と考えていた自負が余計に徒労感を助長させた。会心の出来、と断言できるほどではない――元の設計から大幅に妥協している以上、それはあり得なかった――が、それなりに自信はあったのだ。

 当初予定されていた対神誘導弾を全て撤廃し、既存の熱走魚雷の正当進化とも呼べる酸素魚雷へ。搭載砲は130㎜連装速射砲から、50口径12.7㎝三連装砲へ。機関も可能な限り初歩的なガスタービンエンジンにダウングレードし二〇〇〇〇馬力級の4基2軸推進で41kt。

 ”単艦で楽に”は不可能ではあるが、現状の駆逐艦では肉壁にもならない相手に対し、数をそろえれば一矢報いれる程度の性能はあると予想されていた。


 思わず頭を抱えてしまったのは現状を憂いただけではない。ようやく話の分かる人間が味方に付いてくれたというのに、結果はあえなく惨敗。それも、酸素魚雷の正式採用すら勝ち取れないという完全敗北だ。

 なんやかんやと理由を付けて、夜遅くまで相談に突き合わせてしまったのは一度や二度ではない。それだけ彼を拘束しておきながら…………正直、合わす顔が無いというのが本音だった。

 いつもなら流れるように出てくる近衛艦隊への罵詈雑言が鳴りを潜めてしまっているのも、それが関係しているのだろう。

 ふつふつと沸き上がる不甲斐なさに身悶えしていると、ことん、と小さな音が聞こえ、香ばしい香りに顔を上げた。

 目の前に置かれたマグカップの中には、湯気を上げてゆっくりと揺れる黒い水面。さらに視線を上げれば、苦笑いを浮かべながらカップを受けとる彼の姿と、今まさにお盆をもって回れ右をしたハクの姿。ライとサキは既に自分の机に向かっている。


「コーヒーでも飲んで落ち着け。反省会は、二人いれば十分だろう?」




「……ん」と小さく頷いてコーヒーを飲む彼女に、小動物の様な印象を受けてしまう。普段が普段なだけに、両手でマグカップをすする姿は妙に弱弱しかった。

 前回スラヴァ級もどきが落選した際も、船精霊が返った後に反省会が開かれた。あの時は、ダウングレードしすぎて欠陥兵器に落ちぶれた対神誘導弾を当分断念し、既存兵器の正当進化で対処するという結論に到達した。

 今回の設計はその点を踏まえて調整したが、今考えてみると駆逐艦にいろいろと詰め込みすぎたのかもしれない。


「で、決定案は?」

「ん、これだ。1200トン級駆逐艦、計画番号DD24。満載排水量約1400トン、五六式改55口径 105 ㎜ 連装高角砲三基六門、六四式 530 ㎜ 連装魚雷発射管三基六門、搭載魚雷は予備含めて12本、25 ㎜ 三連装機銃四基、7.7 ㎜ 機銃八挺、予定最高速力は30 kt。凡庸にもほどがある」


 自分の目の前にぞんざいに滑ってきた図面に描かれた駆逐艦。全体的なシルエットとしては磯風型駆逐艦に似ているが、武装は上回り、速力は劣っている。

 個人的には物足りない――永雫にとってはガラクタ同然――が、この世界の人間にとっては比較的重武装、高速の最新鋭艦と言えるだろう。特に、砲熕兵器のすべてが対空射撃に使える点を見ると、初歩的な防空駆逐艦とも言えるかもしれない。技術的な躍進は皆無と言って良いが、航空主兵に大きく舵を切りつつある近衛艦隊の要望が反映された新型艦であることには違いなかった。


「そして使用する生体金属は1320トン、か。まあ、これはボツになっても仕方がないか」

「なに?貴様も向こう側か?」


 ギロリ、と先程まで緩みかけていた永雫の目がきつくなる。口には出さないものの「裏切ったのか?」と目で訴えかけてくる彼女に、違うと首を横に振った。


「いやいや、運用上の問題だ。高価な高性能艦2隻よりも、安価な艦4隻の方が使い勝手がいい場合がある。駆逐艦ではそれが特に顕著だ。駆逐艦の仕事は正面決戦だけではない。船団護衛に哨戒、調査、救難その他もろもろ。数がなければ仕事にならない」

「貴様だって、高性能な艦は必要だと言っていたじゃないか」


 咎めるような、拗ねるような言葉に、若干のバツの悪さを感じた有瀬が頬を掻く。

 この2週間でうすうす感づいてはきたが、彼女はどこまでも”導く者”では無く”生み出す者”だった。故に運用に対する理解は未だ浅く、指揮者としての視点は持ちえない。


「ああ、言ったさ。だが一艦長として、低性能艦より高性能な艦に乗りたいのは当然だろう?艦を指揮する者、艦隊を指揮する者、海軍を支配する者。視点が異なれば求めるものも異なるのは道理だ」


「詭弁だな。この二枚舌」「この程度を二枚舌に入れないでくれ」理解はできるが釈然とはしていない少女とあっけらかんと言う青年。この程度の押収はもはや見慣れた風景となりつつあった。


「しかし、こうなると後はいよいよ戦艦で海神帝と殴り合うことを考えねばならん」


「それができればの話だな」「解っている」今度は2人で顔を見合わせて同時に溜息を吐く。

 現在、ここまで近衛艦隊の新型艦の選定会議が集中しているのは戦没による補充とは別に、老朽化による代替艦の建造ラッシュが近衛艦隊で始まろうとしているからだった。


 

 皇国海軍は大きく2つの勢力に分かれる。

 一つが有瀬や古井をはじめとする大部分の実践戦力が集結する連合艦隊グランド・フリート

 4隻の前ド級――この世界で未だにドレッドノート級は確認されていないが、便宜上このように表記する――戦艦を中心とする第1艦隊と、4隻の装甲巡洋艦を中心とする第2艦隊を基幹戦力としており、護衛戦力としてそれぞれ2個水雷戦隊を組み込んでいる。また、方舟国家の生命線ともいえる海上通商路の護衛を専門に行う海上護衛総隊エスコート・フリート、方舟の領海である首都舟から100海里以内の哨戒・警備・捜索救難を役割とする近海警備艦隊コースト・ガード・フリートも連合艦隊の指揮下に存在した。

 戦艦4隻、装甲巡洋艦4隻、防護巡洋艦8隻、駆逐艦20隻、水雷艇66隻を擁する皇国海軍最大の武力組織であり、有事の際には真っ先に戦場へと駆け付ける文字通りの主力だった。

 一方、近衛艦隊ガーズ・フリートはその名の通り皇国海軍における近衛の立ち位置だった。名目上は立憲君主制を取っている《皇国》において近衛艦隊の存在意義は皇主の玉体を守護し、宸襟を安んじ奉ることを置いて他にない。

 そのため、皇国海軍兵学校で優秀な成績を収めた者や、連合艦隊において実力を示した者を積極的に配属し練度を高めることは勿論、艦隊の予算においても便宜が図られており、常に最新鋭の艦や装備が優先的に回されていた。

 現在の戦力は戦艦2隻、龍砦母艦1隻、龍砦巡洋艦2隻、装甲巡洋艦2隻、防護巡洋艦4隻、駆逐艦16隻となっており、頭数では連合艦隊に及ばない。しかし、近衛艦隊には水雷艇が無い――この国での水雷艇は、廉価な護衛艦・海防艦という側面が強い――代わりに、駆逐艦の数は連合艦隊に匹敵するなど、兵と艦の質の面では圧倒的な大差をつけていた。

 そうして、皇国海軍の全戦力を合計すると以下のようになる。


 戦艦:6隻

 装甲巡洋艦:6隻

 龍砦母艦:1隻

 龍砦巡洋艦:2隻

 防護巡洋艦:12隻

 駆逐艦:36隻

 水雷艇:66隻


 近隣の海域大国どころか5大国に匹敵するほどの陣容ではあるが、経済力や生産能力を加味すると、背伸びに背伸びを重ねた過大な軍備と言える側面と、これほどまでの艦隊を整備する必要性にかられた《皇国》の残念な事情の結晶とも言えた。



 つい先年予算認可された近衛⑤計画では、新型主力艦2隻、新型防護巡洋艦2隻、新型駆逐艦16隻が建造される予定であり、近衛第1戦隊と近衛第1水雷戦隊の艦艇を丸ごと入れ替え、第1航空戦隊の護衛を主任務とする近衛第3水雷戦隊を新設するという大規模な物だった。

 この計画で建造される艦型の基本設計は今後の連合艦隊の整備にもそのまま流用される。そのため、近衛艦隊に採用される艦設計の影響力は皇国海軍全体に波及することを約束されていた。


 そして2週間前の会議で5000トン級新型防護巡洋艦が、さらに今回の会議で1400トン級新型駆逐艦の設計案が承認された。残念ながら永雫が率いる特造研の案は2つとも落選し、望みは新型主力艦に託すほかなくなった。

 とはいえ、未だ決まっていないのは2万トン級主力艦の枠であるが、これに永雫特造研の設計が採用される可能性は皆無と言って良い。原因は単純であり、無視も回避も困難な代物だった。


「2万トン級主力艦…どう考えても龍母の設計案出せってことだよな?」

「だろうな………ああ!忌々しい!あんなハリボテに何ができる!」


 忌々しそうに永雫が吠えるが、現実は彼女にとって頭の痛いものとなっていた。


 つい先日、新編された近衛第1航空戦隊が訓練を行っていたところ、偵察騎が5500トン級巡航型海神2隻と1300トン級護衛型海神4隻に遭遇した。

 本来ならば、この規模の海神の群れと遭遇した場合即座に連合艦隊に通報を入れ、近衛艦隊は退避する事が慣例ではあったが、一航戦司令部は連合艦隊に通報後、勇敢にも戦闘を選択した。

 その結果、たった2騎の損失で巡航型1隻を鹵獲、1隻撃沈。駆逐型3隻を鹵獲、1隻を撃沈し、5000トンにも及ぶ生体金属を獲得する大金星を挙げたのだ。

 従来のように砲戦を行っていれば参加艦艇の多くが何らかの損害を負っていたことを考えれば、完全勝利パーフェクト・ゲームも同然だった。

 当然、この朗報に近衛艦隊の航空主兵主義者は狂喜し、面子をつぶされた形になった連合艦隊は苦い顔をする。連合艦隊にしてみれば、横から獲物をかっさらわれた形に等しく、撃破した海神の曳航という”雑用”を押し付けられたことにより、もともと近衛との間に存在していた亀裂を大きくする結果にもなった。

 圧倒的な戦果を目の当たりにした近衛艦隊の若手将校の一派が、皇国に存在する戦艦を全て龍砦母艦に改装すべきだという過激な意見を口に出し始めたことも、その動きに拍車をかけた。

 予算を奪い合う関係上、もともと仲が良いわけではない連合艦隊と近衛艦隊の対立は、日を追うごとに表面化し続けているのが現状だった。

 ”近衛連合相争い、余力をもって神にあたる”などという与太話が、現実のものになろうとしている現状に、有瀬は溜息をつきたくなる。内ゲバで国を滅ぼした軍隊は枚挙にいとまがない。

 ”夢”の世界での過去の祖国のように、《皇国》に滅亡への道を転がり落ちて欲しくはないが、あの大戦果とそれに伴う軋轢の拡大を見るに、儚い希望の様な気がしてならない。このままでは、海神帝に滅ぼされる前に自滅しかねないだろう。目の前の少女の焦燥の一端を垣間見た気分だった。


 何はともあれ、新型主力艦の案だ。諸外国の主力戦艦に対して抑止力を発揮する点と、航空龍騎兵が海神帝に太刀打ちできない点を考えれば、今以上の大口径艦砲は必須。しかし、近衛に採用させるためには航空艤装は最低条件。そんな都合のいい艦があるだろうかと考えた時、1つの歪なシルエットが頭に浮かんだ。


「いっそのこと龍砦戦艦でも出してみるか?3万トンぐらいに拡大して、主砲は356 ㎜ 連装四基八門。後部に飛行甲板と格納庫龍砦を設置すれば、30騎ぐらいは稼げるだろう」


 思いついたのは旧帝国海軍の数奇な運命をたどった戦艦の姿。味方が次々と斃れ、彼女たちの時代が終わったとしても、最後の最後まで戦い抜いた殊勲艦の二隻。

 しかし、机の向こうの室長殿は一瞬考えこむような顔をした後、呆れたように首を振った。


「アホか貴様。356㎜なら確かに周辺列強を突き放せるだろうが、それでも海神帝には実力不足だ。最低でも長砲身の砲口径406 ㎜ 以上の艦砲が無ければ、標準的な戦闘距離で装甲を貫けんし、爆発範囲もたかがしれている。欲を言えば460 ㎜ 以上の砲が欲しい」


 適当な書類をひっくり返し、白紙の平原にペン先を滑らせる。墨を滲ませる黄金の切っ先が迷いなく乱舞し、見る見るうちにある姿を描き出していった。

 こちらの戯言にも等しい言葉から、即座に艦形と大まかなスペックを迷うことなく構築していく彼女。史実では大勢の軍官僚や技師が、寄ってたかって作り上げたある種の共同芸術を、たった一人で手慰みでもするかのようにくみ上げていく様子は圧巻の一言だ。

 ややあって書き上げられたそれは、細かな差異はあるモノの航空戦艦に改装された伊勢型戦艦に酷似していた。まさかこんな短時間で書き上げるとは思わず、呆れか称賛からか歪な笑みが浮かぶ。


 リアルチート、技術チートとは彼女のために存在する言葉だ。


 しかも、これでもだいぶ抑えているのだ。隙あらばガスタービンだの、統合電気推進だの、スーパーキャビテーション魚雷だの、対艦弾道弾だのを乗せようとする。そのうち荷電粒子砲や電磁投射砲を持ち出してきても何一つ不思議ではない。

 一通り書き上げた彼女はじっと手元に視線を落とし、”だめだな”とぼやいて握っていたペンを転がす。


「正面から殴り合うなら3万では不可能、最低でも6万トンは必要だ。そのうえで五〇口径 460 ㎜ 三連装砲三基九門、飛行甲板は後部から両舷へV字型に伸ばし面積と龍砦のスペースを確保。飛行甲板によって減少した対空火砲は舷側に張り出しスポンソンを増設し対処。失った火力は反復攻撃で………ええい!小賢しい!航空龍騎兵そんなもん載せる余裕があったらもう一基主砲乗せた方が得だ!というかこんなだだっ広い甲板なんぞ砲戦のいい的じゃないか!全部引っぺがして対神誘導弾並べた方がよほど有意義だ!」

「そこまで行くと龍砦戦艦じゃなくて重対神誘導弾戦艦じゃないか?」

「フン、中途半端な戦艦モドキよりはよほど役に立つ」


「所詮落書きだ、忘れろ」正気に戻ったのか、怒りのはけ口を見つけたのか、つい先ほど書き上げたそれを乱暴にまとめてゴミ箱へ投擲。きれいな放物線を描いた紙くずは、縁に激突しつつその中へ何とか納まる。

 史実でも、航空戦艦が各国で量産されなかった理由だ。もっとも、航空戦艦自体がミッドウェーでの空母の大量損失により、帝国海軍が絞り出した苦肉の策という面が強い。器用貧乏で中途半端、それがこの異形の艦種に対する共通認識だった。


「では…発想を変えてみるか」

「どういうことだ?」

「戦艦に空母を混ぜるのはあまりよくはなさそうだ、では、逆ならどうだ?」


「……いっそのこと、龍母に戦艦並みの打撃力を持たせてみると?」とこちらが反応する前に永雫のペン先は別の紙の上に降り立ち、軽やかな滑走を開始する。真っ先に広大な飛行甲板の前方に書き込まれた、四角いハッチ状の構造体が目を引いた。


「飛行甲板に重対神誘導弾の垂直発射機構VLSを並べる。飛行甲板下に埋め込んでおけば、航空騎の発着艦の邪魔にはならん。誘導弾の発射の際には格納庫か上空への退避が必要だが、それぐらいは運用次第でどうとでもなる。こうしておけば航空戦力を保ちつつ水上打撃力を増強できるだろう。格納庫はその分狭くなるが、火力は落ちない」


 徐々に出来上がっていくのは、スキージャンプ台とアングルド・デッキこそないものの何処となくアドミラル・クズネツォフ級重航空巡洋艦に酷似した4万トン級龍砦母艦だ。ごく稀にだが、彼女の設計に北の赤い熊の遺伝子が見え隠れする時があるように思える。そのうち潜水艦に傾倒したりしないだろうか?


「防空は艦載騎を主軸に据え、スポンソンに可能な限り対空火器を配置…いや、これでは不十分だ。対空誘導弾か、それを備えた防空駆逐艦が数隻は必要。索敵は艦載騎。攻撃も艦載騎による空襲…いや、まてよ?どうせなら艦載騎は索敵と誘導弾の終末誘導、そして対潜に限定するか」


 ぶつぶつとつぶやきながら搭載火器の配置を決め、機関を選定し、搭載する航空騎の比率にも目を配る。その手際に迷いこそあれ、大幅な回り道も足踏みも皆無だった。


「そうだな、それがいい。龍を強化したところで所詮は生物、せいぜいが亜音速がいいところだろう。対空火器が進歩し、対空誘導弾が実用化されればただの的だ。だが、小規模艦や潜航型海神が相手であればまだまだ仕事はある。航続距離の長い艦上攻撃騎を乗せるか、あるいは既存の艦上戦闘騎に爆撃訓練を施して多用途騎マルチロールに仕立て上げるか…。ならば航空騎の装備も…」

「大尉。前も言ったが誘導弾は」


 新しい刺激にほんの少し目を輝かせながらペンを走らせる彼女には申し訳ないが、冷や水を容赦なく振りかける。自分自身、目の前で組みあがっていく戦闘艦に興味がないというわけでは断じてないが、絵に描いた餅は食えない。

 自分の苦言に一瞬きょとんとした年相応の顔を浮かべた眼鏡の少女は、内心の暴走をごまかすように小さく咳ばらいをし、途中まで出来上がった落書きの紙を丁寧に折りたたんで机にしまう。どうやら、少し気に入ったらしい。息抜きをする際に取り出して、再検討でもするつもりだろう。


「そういえば、そうだったな。忘れてくれ……いやしかし、誘導兵器無しで奴らを叩くとなると、やはり砲雷撃による大火力での制圧しか残らなくなってくる。尋常な火力では太刀打ちできないぞ」


 不機嫌さを隠そうともせずガシガシと頭を掻いた少女が別の引き出しを開けて1枚の図面を取り出した。

 そこに描かれているものは設計図というよりも、ただ単にある艦を見たまま3面図に落とし込んだような一種のスケッチだった。

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