3rd Chart:海軍大尉 有瀬一春

――長い、長い、ひたすら長い夢を見た。


――どこまでも続く大地。


――目がチカチカするほど青々と茂った森におおわれた山々。


――舗装の隙間からたくましく伸びる草花。


――風に乗って鼻をくすぐる、草木と土の匂い。


――どこまで掘っても土と石しか出てこない地面。


――土で汚れた両の手。


――遠くのほうで、母親が呆れた様な声を上げている。


――あれほどまでに高く、青く澄んでいた空はすでに朱に染まっている。


――西では赤い太陽が、山の向こうへと息をひそめるかのように潜り始めている。




 差し込んでくる西日の眩しさに思わず瞬きをした後、場面は夜の波止場へと変化していた。




――身に纏うのは土と泥に汚れたジャージではなく、純白の制服。


――見上げる先に存在したのは1隻の戦闘艦。


――威風堂々たる艦橋と天高く伸びたマストが星明りの中に浮かんでいる。


――砲はわずかに1基、しかして矢筒に収められるのは決して外れぬ神の矢。


――神の弓を弾く電子の目は、今この時も油断なく満天の星を睨む。


――極東の島国の防人として生を受けた存在。


――一陣の生ぬるい突風に思わず帽子を押さえ目を閉じ







 すべての感覚が消失する






 最初に聞こえたのは風の音だった。

 それと同時に頬に風を感じ、運んできた海の香りを認識する。

 深海を揺蕩っていた意識が、感覚器官が収集した外界の様子を目指して緩慢に上昇していき、それにつれて真っ暗な視界の中で意識がはっきりと形を持ち始める。半ば痙攣するかのように左手が動いたような感覚があった後、本が風にあおられるパラパラという軽い音を聞き取った。

 張り付いたかのように重い瞼を開けば、目の前に現れたのは白い天井。無数の記憶が混在した頭の中をひっかきまわし、ようやく得た結論は皇国海軍の病室だった。

 自分がなぜここにいるのか?先ほどまでの長い長い夢は何だったのか?としばらく呆然としつつ、夢にしては長く鮮明だが、一つのフォルダにまとめて乱雑に突っ込まれたかのような無数の記憶に戸惑いを覚える。

 混乱一歩手前の自分を救ったのは、すぐ側から降り注いだ鈴を転がすかのような声だった。


「起きたか」

「…ぁ?」


 枕に深く沈み込んだ頭をゆっくりと巡らせれば、ベッドの横の丸椅子に陣取った少女の姿が目に飛び込んで来る。

 深海のさらに下の深淵アビスを思わせる、深く青黒い頭髪を背中まで伸ばし、濃い紫の細いリボンを使って、首の後ろあたりで簡素に一つ結びにしている。

 赤縁のメタルアンダーフレームの眼鏡の奥には、大粒の瑠璃をイメージさせる瞳。つり目気味の目は何処か好奇心旺盛な猫を思わせた。

 その声色と見下すような――彼女が椅子に座っている以上致し方ないことだが――表情は、固く近寄りがたい雰囲気を見る者に与える。

 10人がいれば9人は振り返りそうな美貌ではあるが、一睨みで解散させるような、氷の女王という表現が適当かもしれない。

 こちらが言葉を発しようとして、かすれた音しか出なかったことを理解したのか、見知らぬ少女は一つ面倒臭そうにため息を吐き出し、近くのテーブルから吸い飲みを手に取った。

 その表情とは裏腹に丁寧に差し出された吸い口からゆっくりと液体を口に含み、舌の上で転がす。常温の水がこれほど旨いと思ったことは初めてだ。

 乾燥していた口の中に潤いがようやく戻り、適当なところで吸い飲みをテーブルへ戻した少女に礼を言った。


「気にするな、二三聞きたいことがあったからな。顔色もよさそうだし、医者を呼ぶのは其れからでも遅くはあるまい」


 少し悪い笑みを浮かべて肩を竦める。その瞬間だけは何処か外見年齢相応と言って良く、実はとんでもない美少女なんじゃないかと錯覚しそうになる。

 それはともかく、せっかくの機会とはいったい何なのだろうか?それ以前に、目の前のこの少女はいったい何者なのだろうか?そもそも、ここは軍の病院であり民間人が。


 そこまで考えた時、ようやく少女の服装に気が付き、疑問が困惑に代わった。


 濃紺のブレザー型の上着の縁と胸元のリボンタイは艦船の喫水線下を思わせる暗い赤銅色。上着と同色のトラペーズ・スカートはほぼ膝丈程度で、先ほど閉じたらしい厚手の書籍――構造力学――が膝の上に乗っている。視線をわずかに上半身に戻せば胸元には桜と碇、そして歯車があしらわれた赤銅色のエンブレム。どちらかと言えば豊。


「不躾な視線を感じたんだが。もう一度、深淵アビスで頭を冷やしてくるか?」

「気のせいだろう。それより艦政本部の、しかも造船大尉に女性がいるとはね」


 分かりやすく青筋を作って不快感を露にする少女に、無罪を主張し意図的に話しを捻じ曲げる。顔がひきつっているような気がするが、それも気のせいに違いない。

 現実逃避はともかく、様々な意味で万年人手不足な皇国海軍においても女性将校は珍しい。それも自分よりわずかに年下らしい少女が、すでに造船大尉というのは異例と言える。しかし、緊急避難とはいえさすがに礼を失した質問だ。「悪いか?」と眉間に皺を寄せて睨む少女に素直に謝った。


「その年で造船大尉は大したものだと感心しただけだ」

「フン、大尉ね。不本意極まりないが、もらえるものはもらっておくものだろう?」


 忌々し気に息を吐く少女。照れ隠しをしているわけではないようだ、彼女は本気で造船大尉への昇進を快くは思っていないらしい。


「ま、そんなことはどうでもよろしい。私は永雫エナ・マトリクス造船大尉。皇国海軍艦政本部第四部、特務造船研究室室長」

有瀬アリセ一春カズトキ大尉。皇国海軍連合艦隊、近海警備隊第5戦隊所属、水雷艇『紅鶴』艇長だ」

「残念だが、その肩書には”元”が抜けている」


 ため息交じりの口調でつぶやき、足を組む。その表情は変わらず仏頂面だが、その眼の中には微かに憐みのようなものを浮かべていた。そして、”元”という単語に自分が初めて指揮を執った艦の末路を悟り、微かに顔が歪むのを感じ取る。

 夢を見る前に目にした光景、自分が皇立海軍病院こんなところにいることを鑑みれば当然の帰結ではあるが、心のどこかでは否定していたがっていたのだろう。


「『紅鶴』は沈んだか。…いや、待て、だとしたらどうして僕は」


 基本的に、艦が沈めば艦長はその艦と運命を共にすることが多い。

 皇主陛下から預けられた艦を失った責任を取るという心情的、慣例的な部分もあるが、ほかにも大きな理由がある。

 艦のダメージがその艦を操る艦長にフィードバックされる以上、総員最上甲板――字事実上の脱出命令――が下令される時には、痛みに鈍感なものであっても失神寸前の痛みを感じることになる。

 通常、艦長が艦の指揮を執るのは艦橋、もしくは戦闘室であり、艦橋は例外なく艦の高所に、戦闘室は艦橋基部の分厚い鉄扉の中だ。攻撃を受けて傷つき、沈む寸前の大傾斜や大火災を引き起こしている艦の中枢から、ほとんど身動きの取れない人間一人を無理やり担いで逃げる時間があるか?


―――答えは、考えるまでもない。


 例外的に、艦橋の背が低く甲板までの距離が近い駆逐艦や水雷艇。また本来ならあまり起こりえないことだが、艦と艦長のリンクが切断された状態で大破すれば艦長へのフィードバックは存在しないため、退艦の障害はぐっと少なくなり、逃げおおせることも可能だった。

 それを考えれば、『紅鶴』が沈んだと仮定すれば自分がここにいるのは奇妙だ。常識的に考えれば、今頃海の養分になり果てているころだろう。ようやく整いつつあった脳内に新しい疑問が放り込まれて、思わず顔をしかめそうになるが、それもエナと名乗った造船大尉が口を開くまでのことだった。


「いや、『紅鶴』は港まで戻ってきた」


 あっけらかんという少女に唖然としてしまい。当の本人はそんな自分の表情がおかしかったのかクスクスと――いうよりもクックッというべきか――笑った。


「1番砲塔と前艦橋の中頃で断裂していたが、主機関に大きなダメージは無かったからな。魚雷も爆雷も殆んど無かったのも幸いした。後部の艇体は何とか浮き続け、結局『雪鶴』から委譲した…何と言ったか…」

「佐伯少佐か?」


 言葉に詰まった彼女に助け舟を出してやると「ああ、それそれ、そいつだ」と納得したかのように二、三頷いた。階級が上の相手に対し随分ぞんざいな扱いだが、あの堅物少佐にあまりいい印象はないため、特に思うところはなかった。


「佐伯少佐、もとい中佐の操艦で、満身創痍で帰ってきたのさ。生存者は貴様や重軽症者を合わせて101名。なかでも『紅鶴』の艦橋要員で助かったのは貴様だけだ。五体満足で目立った外傷なしで済んでいるのは、不幸中の幸いだったな」

「そう、か…」


 予想はしていたが、いざ突きつけられると何とも言えない遣る瀬無さが湧き上がってくる。最後に見たあの3発の10㎝砲弾は主砲塔周辺の甲板を貫き、揚弾機と主砲弾薬庫を破壊、誘爆させたのだろう。それでも『紅鶴』が浮いていたのは、被害が艇全体に広がる前に艦首部が脱落したからかもしれない。

 ただ、それでも至近距離で誘爆を浴びた艦橋に詰めていた自分が、五体満足で生きているとは悪運も極まれりといったところか。

 自分以外の全員が戦死、つまり元連合艦隊旗艦にいたらしい呑気な副長も、せっかちな機関員も、調子のいい見張り員も、珍しくまじめな船精霊だった航海長も。皆一様に海の藻屑と消えてしまったのだ。

 こちらの焦燥を知ってか知らずか、少女は軽やかに言葉を続ける。


「『紅鶴』は損傷がひどく、修理は断念された。そのまま予備艦となり、昨日スクラップにされて工廠送りになった。今頃は別の艦の鋼材になっているだろう。雪鶴型はこれで全艇が皇国海軍から消滅したことになる。ついでに戦闘詳報を見た上層部は建造計画を破棄、もうしばらくは奄美型水雷艇が現役になるか、あるいは…いや、忘れてくれ。恐らくは、面白みのない改奄美型が建造されるだろう」


 言葉を続けようとした少女が、いやなことを思い出したとでも言うように顔をしかめて言葉を濁した。理由は、彼女が造船大尉かつ第四部造船の人間であることから大体は察しが付く。

 奄美型水雷艇。現在の警備隊の主力水雷艇であり、設計自体は古いものの安定した能力を持つベストセラー艇と言っていい艦だ。使い勝手もよく、海洋ギルドでも重宝されている。

 それの改良型、かつ、面白みが無い。順当な拡大発展型か、現状の不具合を洗いなおし改善したモノになるはずだ。少なくとも荒波に突っ込んで彼方此方ガタが来たり、二隻いっぺんに転覆するような艇にはならないだろう。

 不機嫌さの中に多分の遣る瀬無さがにじみ出始めた少女に、話題を変えるために話を振った。あの長い”夢”を忘れる前に自分なりに判断したいという欲求もあったが、どういうわけかこの人物が思い悩むさまを見続けることに嫌気がさしたこともあった。


「で、聞きたいことというのは?」

「いや何、簡単なことだ。あの海戦で貴様はどう戦った?」

「どうって…そんな事、戦闘詳報を見ればわかるだろう?」


 不可解な問いに首をかしげる。

 戦闘詳報は行われた戦闘に対する詳細な報告書だ。一般情勢、作戦計画、令達報告、戦闘経過、戦果判定、功績認定、戦訓所見、兵器及び軍需品の損耗と残存状況、戦死者リストからなる。

 戦闘における第一次資料としての価値が高く、海軍中央はこの資料を戦訓や作戦、兵器の評価の主要な材料としていた。

 当然、先の海戦を部外者が知るにはこれ以上ない程の資料だが、この少女は納得いかなさそうに鼻をならした。


「使えるか、あんなもん。では聞くが、貴様は友軍の艦が集中砲火を受け横転沈没しているのにも関わらず敵へ向かって前進し、至近距離から魚雷を放って相打ちにした直後、反撃を食らって『紅鶴』を大破させたわけか?」

「………は?」


 エナの口から飛び出た言葉に、一瞬呆けてしまった。

 記憶を遡ってみても、魚雷を撃ったのはまだ隊列にいる時だったし、敵へ向かって前進したのは魚雷を回避するために必要な操艦だった。そして、あの三角波に突っ込む直前までは『灘鶴』も『飛鳥』も健在だったことは確実。転覆はその後、常識的に考えれば『紅鶴』を襲った大波に同じように飲み込まれたのだろう。

 そして、救助作業を開始する間もなく――と言っても、あれほど荒れた海ではどう考えても二重遭難するのは明白だったが――砲弾を受けて大破したのだ。

 困惑する自分の姿にエナの口角がゆっくりと吊り上がる。それは、獲物を目の前にどのように嬲ろうかと考えている悪魔のようにも見えた。


「ほう、やはりな。あの戦闘詳報で軍が…」


 そこまで行ったとき、巡回の看護師が部屋に現れた。

 自分と同じような赤い目が、ベッドから上半身を起こしている自分と、丸椅子に座ったエナを映した瞬間、スゥと言う擬音が聞こえるかと思うほど滑らかに細められ、なぜか全身におぞけが走る。

 そのままツカツカと病室に踏み込んだ看護師は、丸椅子に座る造船大尉の腕をむんずと掴むと口を開いた。

 すでに其処には入口から何気なく病室を覗き込んだ瞬間の瀟洒な白衣の天使はなく、有無を言わせぬ野戦病院の鋼鉄の天使というべき存在が居た。


「なっ!なにを」

「困りますね、大尉。病人が起きたのであれば即座に報告をしていただきませんと。一か月も昏睡状態だったのですから、目を覚ましたのであれば、直ちに、即座に、速やかに診察を行わねばなりません」

「そうは言うがな、どう見ても健康体じゃ」

「それを決めるのは我々です」

「ちょっ!おい!引っ張るな!」


 あれよあれよと言う間に抵抗むなしく、エナが病室から引きずり出されようとしている。看護師も年若い女性で、体形にそこまでの差異はないが、エナの抵抗は全くと言っていいほど効果がない。

 あの細腕にどれだけの膂力があるのだろうか?いや、真に恐るべきは相手が大尉であろうが何一つ動じない胆力かもしれない。

 彼女なら相手が元帥だろうが皇主陛下だろうが、必要とあれば引きずり回すだろうと想像できるほどの、強固な意志を感じさせた。


「もう少しぐらい構わんだろうが!」

「だめです」

「ええい!離せ!」

「病室ではお静かに、できないのであればに、静かになっていただきますが?」


 何とか足を踏ん張ってこの場に残ろうとしたエナだったが、看護師の呟くような言葉にピシりと一瞬で固まる。

 留まるべきか、退くべきか。そう考えた瞬間、初めて看護師の胸元にあるプレートに彼女の視線が行き、目の前の看護師がこの病院にいるらしいある意味での有名人であると認識する。直後、ドスを聞かせた看護師の警告が脳髄でリフレインし、ごくわずかに顔を青ざめさせた。


「……そ、それもそうだな!有瀬大尉!話はまた今度聞く!暇があったら私の研究室に来い!」


 先ほどまでの抵抗が嘘のように、早口でまくし立てたエナは看護師の腕を振り切って速足で退却していく。その際に浮かべていた思いっきり引きつった表情に、苦笑を零すほかなかった。

 邪魔者を追い払った達成感の欠片も見せない看護師がこちらへと振り向き、手早く簡単な問診を行う。鋼鉄の女という印象しか抱けなくなった人物――鳴上ナルカミ小夜サヨ――のいくつかの質問に答えつつ医者を待っていたが、ふと、至極当然の疑問が浮上した。


 そういえば、なんだって造船大尉がこんなところに?


 そんな有瀬に対し、鳴上は目の前の患者の意識が、自分の質問とは別の場所に割かれ始めたことを敏感に感知する。己の責務を全うするため情け容赦ない苦言を呈そうとした瞬間、医者が病室に入る足音が妙に大きく響いた。




 診察はごくごく簡単なものであり、身体的なものより意識や記憶の確認の方に重点が置かれていた。外傷は頭を強く打ち付けたことによる切り傷と脳震盪以外に特になかったが、昏睡状態になっていた期間が約1か月と長かったため、最早目を覚まさない可能性も視野に入れていたようだ。

 後遺症も今のところ皆無で、しばらく陸上勤務であるならば今日にでも退院できるらしい。

 ”夢”の世界から帰還してすぐの自分にとっては、なかなか性急な判断なようにも思えたが、そもそもこの病院が”赤レンガ”の中にあることや、官舎と病院の位置関係をよくよく思い出してみれば、徒歩で3分もかからないことに気が付く。

 それに釣られて、隣の部屋の後輩が盲腸で倒れ、数人の同期や後輩と協力して文字通り病院へと担ぎ込んだことを鮮明に思い出した。その際に口走った遺言じみた戯言で、こちらを無駄に心配させた後輩をさんざん弄り倒したのはいい思い出だ。

 話の流れでそのことを零せば、自分の主治医である軍医は豪快にカラカラと笑い「ああ、そいつか!知っておるとも!何を隠そうこの儂が手術をしたんじゃからな!」と割と衝撃の事実を伝えてくれた。


 仕事熱心に過ぎる看護師が立ち去った後は、もはや診察の名を借りた茶飲み話だった。

 渡里ワタリと名乗った医者は、その風貌にたがわず豪快で闊達な男だった。中年太りなのか腹は出ており身長も決して高くないが、骨格はがっしりとしており信楽焼の狸を思い起こさせる。頭皮の前線は完全に崩壊し、わずかに敗残兵が側面に残るだけであったが、それを気にする様子はない。鼻の上に乗った丸眼鏡は幾分か小さく思え、それが奇妙な愛嬌を作り出していた。

 話を聞けば大の酒好きらしく、大きな声では言えないが自家製のものをいくつか仕込んでいるらしい。こういう時、まったくと言っていいほど酒が飲めない自分の体質が少し恨めしい。


「酒が全く飲めんとはな。鳴上君ですら、少しはたしなむというのに」

「さっきの看護師ですか?」

「うむ。ま、本当に嗜む程度じゃからなぁ。以前飲みに誘ったときは、もう少しで禁酒を言い渡されそうになったわい」

「どうせ、そうなっても隠れて飲むつもりでは?」

「馬鹿を言え!バレた後が怖すぎるわ。連合艦隊旗艦鹿島の主砲に詰められて、海神に打ち込まれかねんよ」


 大昔の旗艦を引き合いに出した半分以上本気に聞こえる荒唐無稽な話に「んな馬鹿な」と思わず苦笑が浮かんだ直後、エナを引きずって病室を後にした鳴上看護師が再び現れる。

 自分よりも明るい赤の瞳には、まさしく鋼と言ってもいいほどの意思が宿っており、つい先ほどまで彼女の話題を口にしていた自分には少々居心地が悪い。対して、その視線を一心に受ける渡里は自然体だ。存外に長い付き合いなのかもしれない。


「先生、有瀬大尉に面会の方がいらっしゃいました。それと、そろそろ午後の往診の時間です」

「おう、そうだったか。ではな、有瀬大尉。手続きはこちらでやっておくから、支度ができれば好きに出て言って構わん」

「ありがとうございます、渡里先生」


「ん、お大事に」鷹揚に手を振り、看護師を引き連れて病室を後にする。

 小柄な背中が扉の向こうへと消えてから3秒もたたないうちに、再び人影が病室へと歩を進めた。もしやマトリクス大尉がもう一度来たのかもしれないと思ったが、その予想は現れた人物の姿に一瞬で吹き飛ばされてしまった。

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