第29話 無思考の極み


地に張った根が蠢き、魔法陣の中に横たわる一乃と藍子へと絡みつく。絡みついた根は二人を動かし、一乃を深淵の上に藍子を羽月の真下へと連れて行く。


三人が縦の一直線に並んだその瞬間、三人の様子が急変した。深淵の真上に置かれた一乃からは全身に青黒い炎、高濃度の深淵が発生する。藍子は一瞬にして何百もの根に覆われ、やがて黒い球体の中に閉じ込められてしまう。羽月の体が青白く発光し、彼女から出る光が深淵絵と飲まれていく。


「ぐっ、あぁ・・・・・・!」


 三人の中で唯一意識のある羽月が、苦しそうにうめき声を漏らす。


「やめろ! やめろぉッ!」


 渾身の力で叫び続けるも、それが聞き届けられるはずもない。


「そろそろ君も黙れ」


 志磨がそう言って呪文を唱えると、彼の体の下を伝う根から深淵が発生し、彼の体を覆う。


 魔法はどんどん行程を進めていき、藍子の入った球体からは何枚もの翼現れ、深淵に覆われた一乃の体からは、深淵でできた枝が伸び続けている。


 青く暗い闇が体に広がる。それをその身に感じながら、令は悔しさに自身の歯を砕きそうであった。


 羽月を人へ戻す。哀れな彼女を救いたいという志磨の願いは痛いほどに伝わってくる。だが、


(ふざけんじゃねぇよ・・・・・・! そのために藍子と一乃を犠牲にすんじゃねぇ!)


 いかなる理由があろうと、人の存在を奪う事など絶対に許せない。


 また何も成せずに終わるのか。


 自らがなりたい存在になれず、自らが行きたい道とは違う道に進まされるのか。


「ふざ・・・・・・けんなぁ・・・・・・!」


 人は自分の足で歩いているのだ。誰かに行く道を曲げられたとしても、その道を曲がっていくのは自分の足なのだ。道が曲がっているから真っ直ぐ進めない事を嘆くのか? 違う。道がなくとも、人は真っ直ぐ進むことができる。自らが歩いた後に、道を作ることで。


真っ直ぐしか進むことが出来ない少年はそれを知っている。だから、彼は進み続けるのだ。例えそうすることが自身の咎であろうとも。


そうだ。だから決して曲がらない。曲がる気はない。自分のありたいように、この世に存在し続ける。


ふと、令は気づく。深淵に覆われた体から一向に意識や体力が奪われていないことに。


自分の首元に視線を向ける。そこには、一乃からもらったネックレスが光っていた。ネックレスは淡い光を放ちながらも、令が深淵に犯されるのを防いでいた。


魔法使いでない一乃が、令達のために作ってくれたネックレス。志磨を見つける魔法を探りながら、時間を縫って作ってくれたのだろう。


魔法を作る大変さを知った今なら分かる。一乃は本気で志磨に勝つつもりだったんだと。


でなければ、こんな途方もない実力の魔法使いへの対抗策など片手間に作れるわけがない。


その彼女が、一緒に戦った藍子が、今その存在を失おうとしている。


(そんなこと・・・・・・!)


 命まで燃やし尽くす勢いで、令は全身に力を込めた。筋肉が痛むこともお構いなしに、力を込め続ける。


 だが無駄だ。彼に巻かれている鎖には実体が存在していないのだから。そんなことは令も分かっている。だが、


(んなもん知るか・・・・・・! こんなもんはただの鎖! 切るつったら切るんだよ!)


 もはや筋肉が断裂してもおかしくないほどであった。だが、それでも令は痛みも理屈も無視して力を込め続ける。


 ネックレスから小さな音がした。それは、ネックレスに小さな亀裂が入った音であった。深淵の濃度が濃すぎて防ぎきれないのであろう。放つ光も明滅しながらだんだん弱くなっている。放つ光が弱くなるたびに、彼の体を覆う深淵が大きくなり、深淵を受けたとき特有の倦怠感が徐々に令を蝕むようになっていく。


 ネックレスにはどんどん亀裂が入っていった。あちこちがひび割れ、破片を飛ばし、そしてついに限界を迎え――――。


 かん高い金属の破断音が周囲に鳴り響いた。


その音はあまりに大きく、思わず志磨もふりかえった。


そしてその目を疑う。


そこには、深淵を纏いながらも立っている令の姿があったのだ。彼の足下には、千切られた半透明の鎖が落ちている。


「馬鹿な・・・・・・」


志磨の頭に、一四六通りの拘束を破った方法が思い浮かぶ。しかし、そのどれもが魔法を知らない令に使えるはずもなく、そのための道具さえ彼は持っていなかったはずだ。


言葉を失っていた志磨をよそに、令は自らを覆っている深淵を手で払いのけ始めた。体を叩き、霧のようにまとわりつく深淵を地面へと払っていく。それもまた志磨を驚かせた。


「深淵を・・・・・・手で払って・・・・・・」


深淵はこの世界にはない根源の力。知識によって開けられる穴から漏れ出す真実の力。魔術の英知の最高峰。ただの煙のようだが、深淵もまた実体のない高位の魔法であるはずなのだ。それを手で払いのけるなんてあり得ない。


いや、そんなことはどうでもいい。邪魔するなら排除するのみだ。


「『הイェロヒム・ギボール』!」


令が深淵を払い落とし終わるよりも先に、志磨は唱和を終えた。神名を受けた腰の球体、五番目のセフィラは赤い光を強め、そこから半透明の槍が飛び出す。


影すら霞む速度で令へと向かうその槍は、彼の精神自体に穴を開ける霊的な槍。触れることのできないその槍はコンマ一秒もかからずに彼のもとへ届き――、


彼の腕で弾かれた。


実体のないはずの槍が折れ曲がり、あまつさえ激突した音さえ鳴り響いている。


咎負いの少年は鋭い眼光で魔法使いを睨み付ける。


唖然とするほかない。だが、遅れてきた思考力が即座に彼女に結論を届ける。


「そういうことか・・・・・・。それが君の罰なんだな」


『存在の咎』を背負った少年に与えられた罰。それは、単なる頑丈さなどではなかったのだ。


「存在を与える。それが君の罰だったのか」


存在のないものに存在を与え、既にあるものにはその存在を強める。だから実体の無いはずの魔法に触れることができるのだ。


志磨は背後に視線を送った。


黒い木はさらに成長を遂げ、今や一〇メートルはあろうかという大きさになっていた。羽月から降りる光も徐々に強くなっている。


魔法は順調に進んでいる。ここで邪魔をさせるわけにはいかない。


令が駆けだしたのと、志磨が魔法を発動させたのは同時だった。


「おおぉっ!」


雄叫びを上げる令。彼は意図して存在を与える罰を使った訳ではなかった。理屈なんて無い。ただ彼は願っただけだ。この理不尽を、不条理を打ち砕くと。それが自分のあるべき形だと。それを邪魔するものは、例え実体のない魔法であろうと関係ない。


俺のやりたいことの邪魔をするな。


その独善的な考えが彼の存在を強め、そして無いはずの実体を魔法に与えたのだ。


令の脳裏に、同じ言葉が何度も繰り返されていた。


志磨をぶっ飛ばす。


この局面まできて、彼が考えていたのはそれだけだった。彼に自身の心を精査する術を持ち合わせていたのなら、その思いの先にある様々なものを感じられただろう。藍子、一乃を助けたいという思い。羽月も助けたいという思い。そして、志磨への怒りの中にある、彼女すらも救われてほしいという願い。


きっとその願いに気づいていたら、令は戦うことを躊躇っただろう。だが、彼は迷わない。愚直であるからこそ、大局しか見えないからこそ、彼は真っ直ぐ進み続けることが出来る。それを阻むものすら弾く強さを持っている。


志磨の唱和に反応し、地を這う黒い根が起き上がり、令の体中に纏わり付く。だがそれは令の動きを一瞬止めただけで、彼の力に為す術もなく引きちぎられる。


その一瞬の間を志磨は逃さない。短い唱和と終え、腰の赤い球体から二本の太い光線が放たれた。それは貫通することだけを考えた殺意の塊だった。


ここまで来て容赦などしない。


(ここで彼を破壊する)


 冷酷にもそう決めた志磨の一撃は、今までとは段違いの威力を秘めたものである。対象を貫き、あまつさえ霊的な毒で精神までも犯す卑劣な矢。普通なら、魔法を知らぬ相手に使うには行き過ぎた魔法だ。


しかしそこまでする事に志磨は躊躇いも悔恨もない。それほどまでに、彼女の願いは強かった。


令の体にはまだ少し根が張り付いている。タイミング的にも躱すことは不可能。


一直線に向かった光線が、令へと激突する直前――――令はその二本光線をその手で掴んだ。


「何っ!?」


驚く志磨だが、しかし彼女の驚愕はそれで終わらない。


光線を掴んだ令は、そのまま光線の勢い殺さず体を回転させると、勢いよく光線を投げ返したのだ。


令に襲いかかった脅威がそっくりそのまま志磨を襲う。血を連想させる赤い光が今主に返る。その一瞬の間に複数の思考が志磨を駆け巡る。


 対応できる速度ではない。回避は不可。自身が放ったその光線の威力は彼女が一番よく知っている。この一瞬で発動できる防御魔法では防ぎきれない。


しかし幸か不幸か、光線の狙いが僅かにそれていることに志磨は気づいた。このまま何もせずとも自分には当たらない。


そこまで思考を巡らせた志磨は、瞬時に指の動きだけで防御魔法を発動させる。そして、




自ら光線へと身を投げ出した。




彼女の腕と胴に炸裂する二本の光線。彼女が纏った薄い灰色の防御魔法は一瞬にして砕かれ、彼女の体に魔法が炸裂する。服に仕込まれた二〇〇以上の防護魔法の半分以上が一気に失われるが、それで威力は殺しきれず、紙くずのように彼女は吹き飛ばされた。


「なっ・・・・・・!」


今度は令が驚く番だった。当たるはずのなかった攻撃に自ら当たりに行ったその行動の意味が理解できなかった。だがすぐに気づく。


彼女は盾となったのだ。


自身の発動した魔法を守るために。自らの身さえその盾としたのだ。


志磨は再度魔法陣自体に張られた障壁と激突する。しかしそれでも威力は減衰仕切れず、障壁は破れ彼女の体は陣の中に転がった。背に広がっていた光の枝のほとんどは砕け、赤い球体は消えてしまっていた。


志磨は強く咳き込みながら、肘を立てて身を起こす。その顔には苦悶の表情が浮かんでいる。


「お前・・・・・・」


思わず立ち止まって声をあげる。が、次の瞬間、鋭い剣が凄まじい速度で令の腹へと突き当たった。その勢いに突き飛ばされ、背後の塔奥へと叩きつけられる。


大きく亀裂の入るコンクリートの壁。しかし、突き立った剣は令の腹に傷一つ付けられていなかった。


見れば、志磨が荒い息で令に手をかざしていた。今のは息も絶え絶えながらも令の隙を見て放った彼女の一撃だったのだ。彼女は令が健在なのを見ると、よろめきながらも立ち上がった。


「私は・・・・・・羽月を・・・・・・人に戻す・・・・・・。あの子を・・・・・・幸せにしてみせる・・・・・・! なにを犠牲にしても・・・・・・必ず!」


その言葉と同時に、彼女は自らの手にナイフを突き立てる。あふれ出す血は手の両面に大量の文字列を描く。そして、彼女が令に手を突き出すと、巨大な大蛇のような深淵の奔流が令へと放たれた。


腕を交差して防ぐ令。しかし、青黒い霧の塊はそれを突き破って彼の体にぶち当たる。


「ぐっ・・・・・・う・・・・・・」


何とかして手で振り払おうともがくが、それは無駄だった。触れることはできる。だが、振り払っても次々と深淵が送り込まれてきて意味がない。


徐々に深淵に体力も意識も奪われている。このままではまずい。


志磨の方を見る。この魔法は彼女にとってもリスクの高いものなのだろう。魔法を放つナイフの刺さったその腕が徐々にヒビが入っていき、急速に老いていくかのようにしぼんでいっている。


これが最後だ。ここを最後まで耐えたほうが勝つ。


令の直感がそう告げた。


削られてく意識。肉体にぶつかり続ける深淵の奔流に流されぬよう必死に意識に鋲を打ってつなぎ止める。彼自身は気づいていなかったが、彼は今自らの罰の力で自身の存在を強め、意識を増幅させていた。絶対に勝つという思いだけが彼の心を埋めていた。


先に倒れるのはどちらか。互いの意地が試される。


(絶対ぇ負けねぇ・・・・・・!)


このとき、令はただ志磨を倒すためだけの存在となる。他の複雑な事情も、感情も、全てが真っ白になり、ただこの場に耐え魔法が止んだその瞬間に志磨に殴り掛かることしか頭から無くなった。


真っ直ぐな彼故に、こんなときに彼は純粋な存在であれる。未来も過去も、正しさも、彼の中には一切存在しない。志磨と戦っている理由さえ遠くへ離れた。今この瞬間に自分の全てを捧げた純粋な力。


志磨にはそれができない。今この瞬間であっても、彼女の思考は複雑に動いていた。魔法の持続時間、令に突破されたときの次の魔法の準備・・・・・・その思考に無駄なものは一切無い。賢明で狡猾。しかしそれゆえに彼女は真っ白になれない。


だが・・・・・・。


一〇秒、二〇秒・・・・・・三〇秒経っても奔流は衰える気配がない。それどころ、時間の経過とともにその威力が増している。


令は志磨を見た。彼女の腕はひび割れて無残な姿となっており、表情からもすでに限界を超えていることは見て取れる。


それでも魔法は止まらない。


彼女の瞳の奥で、命を燃やした炎が強い光を放ち続けている。その炎は彼女の決意だ。


必ず羽月を人に戻す。


その願いが彼女を支え続けている。歯を食いしばり、血を吐いて、自らの限界を超えてまでその目的を達成しようとしている。令の真っ白で純粋な力をも超えるほどに。


それほどまでに彼女の思いは強かった。


それほどまでに、彼女は羽月の事を・・・・・・。


「ぐ・・・・・・」


最初に膝をついたのは令だった。重くなった体と意識に、ついに立っていることが叶わなくなったのだ。


深淵の奔流は未だ勢いが衰えていない。令の意識が霞み始める。何とか意識を繋ごうと、彼は自らの舌を強く噛んだ。口元に広がる血の味と僅かに引き戻される意識。足にも少し力が戻る。


志磨も膝をついた。彼女の体は小刻みに震え、口から溢れた血が服に大きなシミを広げる。


さらに一分の時が経つ。とっくに限界を超えている二人が、互いに譲れない思いだけでこの場に立っている。命も魂も削り自らの意思を通そうと戦う。


互いに膝をつき、息も絶え絶えになりながらも少しもその目の光だけは弱まっていない。


深淵を間に挟み、二人の視線までもが激突した。




次の瞬間、巨大な轟音が二人の耳を叩いた。




いや耳だけではない。その強烈な衝撃は二人の全身を叩き、あまつさえ二人の立つビルの屋上さえも強く叩いた。屋上のコンクリートが粉々に砕かれる。砕けた地面に二人は叩きつけられ、志磨が放っていた深淵は強制的に止められる。


(これは・・・・・・!?)


崩落する屋上から落下しながら、志磨の頭は高速で回転していた。


今の強烈な一撃は音速の空気の壁、衝撃波によるものだ。それを誰が放ったかなど考えるまでもない。


(だがおかしい。どうして魔法で拘束されていたはずのあの子が動ける!?)


高速の思考でゆっくりと流れる時の中、彼女の視線は背後にあった黒い木へと動く。


魔法を成していた陣が、屋上の床ごと破壊されたせいで、無残にも深淵の木は崩れ去ろうとしていた。


その木の頂上。月を背にし、その輝きを受ける少女は、確かに今も黒い根に拘束されている。しかし、志磨は気づく。黒い根が出ているその源、彼女の右腕の義手が不規則に明滅していることを。それはまるで電子機器の回線がショートしているかのようだった。そして実際に魔術の回線はショートしていた。なぜなら、


(義手に損傷が・・・・・・!)


そう。三日前に令が投げた鉄片によって付けられ、羽月が不完全にしか修復できなかった傷。その深い傷は志磨の拘束魔法の術式まで傷つけていたのだ。だから彼女の拘束が十分に働かなかったのだ。


崩れゆく異形の黒達。深淵の木も、ビルの周囲まで伸びていた根も今やビルとともに崩れ燃えかすのように宙に舞う。彼女の魔法は失敗した。


(だが、まだだ・・・・・・!)


そうだまだだ。彼女の目には深淵に包まれたまま落ちていく一乃と、黒い球体の中から解放された藍子が映っている。


二人の咎負いと羽月さえいれば魔法はまた作れる。


羽月はさっき衝撃波を放ったので限界だ。魔法の後遺症でこの後戦える状態ではない。結局、今なんとかしなければならないのは令だけだ。だが、その令すらもはや限界間際。自分も余裕ある状態ではないが、この崩落の隙にいくらでも魔法で体勢を立て直せる。


こんな体力の消耗や傷などなんてことも無い。時間さえあればすぐに直せる。


(私の勝ちだ・・・・・・)


崩落に飲まれる中で、羽月へと視線を向けてからの一瞬で志磨はそこまで考えた。急な展開への迅速な状況判断から、対応策の考案。これが複雑な思考ができる者の、真っ白にならない者の強さ。令に、純粋な強さを振るうものには出来ない芸当。


だから・・・・・・だから・・・・・・だから彼女は気づかなかった。


たった一瞬。落下のその一瞬視線を外しただけだった。その一瞬に彼女は十分すぎるほどの思考を成した。


だが、されど一瞬。


彼女が視線を令へと戻したとき、彼女はその瞳を大きく開いた。


直路木 令が、咎負いの少年が、目の前にいたのだ。全身に深淵を纏い、さながら身を獄炎で燃やす鬼のごとく鉄槌を下さんと天高く拳を振り上げている。


この期に及んでなお、彼女の思考は働いた。


ありえない。


衝撃波を受け、令の動きを止めていた深淵の奔流が止まってからまだ一秒程度しか経っていない。突然異常事態に見舞われ、足場すらまともでないというのに、なんだこの対応の早さは。


(この少年ははじめからこうなることを知っていたとでも・・・・・・)


 いや、違う。


彼女は気づいた。目の前で拳を振るおうとする少年の瞳を見て。


とても純粋で透き通った瞳。そこには何も映っていなかった。怒りも、恨みも、敵意も、そして周囲の状況さえも。


この場面で、この状況でも彼は真っ白でいられるのだ。


何もないぜろに。


深淵が止んだ瞬間に志磨を殴る。


ただそれだけの存在と化した令に、衝撃波も崩落する足場も関係なかったのだ。自分の身に降りかかった突発的な事態すら無視し、ただ自分のなす事だけを真っ直ぐ貫く。


その愚直さが彼に活路を見いだした。


「うおおおぉぉッ!」


無意識の咆哮が周囲に反響する。


固く握った拳が空気を裂き、瓦礫を砕き、崩壊する根を霧散させ、ついに魔法使いの顔面へと炸裂した。


空中にて志磨の体は吹っ飛び、崩れていく瓦礫の中に彼女の姿が消える。令もまた大量の瓦礫とともに下の階へと落ちた。


屋上の崩落を受けた七階は、大量の瓦礫を被った。いつか令達が訪れたトリックアート展の様々な展示が崩落に飲まれて破壊されていく。しばらく崩落と破壊の連鎖の音が続き、それもしばらくするとやがては収まった・・・・・・。

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