第18話 チェック


令達がゴーレムの応戦をしている間に、一乃は工業地帯全体のゴーレムの動きを確認した。


あちこちに散っていたゴーレムの半数が、令達の方へ向かっている。残りの半数は、令達が向かっている先の倉庫へと向かっていた。


「無駄よ。そっちは囮ってわかってるわ」


そう。ゴーレムの半数が向かっている場所に柱はない。彼らが柱を守るためにその場所へ向かうことで、一乃に誤った柱の位置を推察させようとしているのだろう。しかし、すでに彼女は、本当の柱の位置を押さえている。


(いけるかもしれない・・・・・・)


 敵の数はもう二桁を切った。令達も善戦している。 


(問題は・・・・・・)


一乃は、本命の柱があるであろう倉庫に、視点を変えた。同じ作りをした倉庫がいくつも並んでいる中、その倉庫だけは不思議と目立って見える。正面の扉に大きくE-3と書かれている倉庫だ。


 電話口から藍子の声が聞こえた。二体のゴーレムを、もう倒したのだろう。


『一乃、予定通りE-3の倉庫に行けばいいんだな?』


「ええ。お願いします」


 いよいよ藍子達も倉庫に近い。勝負はここからだ。


大きく深呼吸をする。息を吐く口は震えていた。


彼女は今回、自室にて戦いの指揮を取っていた。脳裏によぎるのは、この部屋にのたうち回るかつての自分の姿。あのときは、不用意にも敵の罠が張ってある場所を覗いてしまった。


「でも、今回は違う」


彼女の周囲には、彼女を中心とした魔法陣が書かれていた。魔法陣は紙に書かれており、彼女はその上に座っている。陣の四方と、線と線が交差する点にはナイフが突き立てられている。今彼女ができる最高の加護魔法だ。


もう一度深呼吸をすると、思い切って彼女は倉庫の中へと視点を移した。


倉庫の中の様子は、やや不鮮明な状態で見えた。敵の妨害のせいだろう。だが、それ以外に一乃に変化はない。


(よし、加護は効いてる)


ぼやけた視界で見る限り、倉庫の中は天井近くまである棚で埋め尽くされており、その棚にも大きな段ボール箱が大量に納められているようだった。この段ボールの中の一つに、結界の柱が隠されている。


棚の間に人影が見えた。視点を変えることでその数を数えると、全部で四つ。おそらくはゴーレムだろう。四体とも倉庫の入り口に近い位置にいる。


入り口付近の床やかべには、不思議な模様が線で書かれていた。線自体は文字の集合体でできており、その文字列が文様を書いているのだが・・・・・・。


「・・・・・・?」


一瞬魔法陣かとも思ったが、それにしてはおかしい。なんの規則性も見えないどころか、そもそも文字列が繋がっていない。文字列によってその太さも文字の大きさもまちまちだ。


線が書かれている場所や位置関係に法則性も見えない。さらには、付近に置かれている段ボールにまで短い文字列が書かれている始末で、これではただの落書きだ。


この線の一本一本が魔法を成すのであろうか?


それとも一乃が知らないだけで、こういう魔法があるのだろうか?


どちらも違う気がする。だが、わからないことに時間を費やす余裕はない。ひとまずこの線のことは置いておいて、彼女はゴーレム達に視線を注ぐことにした。


(こいつら微妙な位置にいるわね・・・・・・)


倉庫内にある段ボールや棚が邪魔で、ゴーレム四体を同時に視界に納められる位置がなかなか無い。


と、携帯から声が響いた。


『一乃、もう着くぞ。そのまま正面から行けばいいのか!?』


「待って。正面はまずい。よく分からない魔法が――」


言いながら倉庫内で視点を移動させ続けていたそのとき、ようやく一乃は、四つの人影を視界に納める場所を見つけ――


「・・・・・・!」


彼女の目は巨大な魔法陣を捉えた。


突然現れたのではない。はじめから陣はそこにあった。


ただ認識できなかっただけだ。


床や壁、段ボールに書かれていた文字列。それらは、実は繋がっていたのだ。


この場所。この視点。唯一人影を四つ捉えることのできるこの位置からなら。


遠近法と重なりが働いて、全ての文字列が一つに繋がる。


まるでそれは、先日見たトリックアートのように・・・・・・。


つまりこの魔法は、この場所から見た者だけに――


「そうやって人を欺いて、自分は傍観か。いいご身分だな」


陣の中央にいた人影が消えたのと、背後から声がしたのは同時だった。


全身の皮膚が粟立つ。冷たい手に心臓が握り潰されたようだ。


ゆっくりと振り向く。人形のように、ぎこちなく。彼女の顔は死人同然に蒼白になっていた。


息を飲む一乃。


振り向いた先にいたのは、茶髪を後ろでまとめ上げた長身の女。


紛れもない。彼女が左目を潰したあの日に見た女。


阿久津 志磨。


冷たい笑みが、一乃を凍らせた。


「終わりだよ」


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