第17話 挑め!
この日はあいにくの雨だった。未だに梅雨は明けない。静かに降り注ぐ雨が、走り抜ける令達の肌を叩いていた。
濡れた服の不快感や、動きにくさが、戦いの支障になるのではと一抹の不安がよぎる。少なくとも藍子の炎はいつもほどの火力は期待できないだろう。雨による視界の悪さで、ゴーレムが人に見られづらくなったことも痛い。
工業地帯に近づいて行くにつれ、長方形の建物が増えていく。
令と藍子は、工業地帯へと走って向かっていた。
沿岸部に立ち並ぶ背の高い建物や煙突が雨に霞んで遠くに見える。無機質にむき出しの金属で組まれた建物は人の営みを作る巣だ。灰色の雲を背に、黒く浮かび上がったそれらの建物のあちこちから煙が立ち上っている。
あの場所のどこかに結界の柱が、そして敵のゴーレム達が待ち構えている。
『止まって』
走り続けていると、二人の胸ポケットにある携帯から一乃の声が響いた。雨対策にビニールで包んだ携帯は、今日のために入れたアプリで、二人同時に通話可能となっている。
足を止める二人。
周囲には、まだ団地や普通の建物がある。工業地帯まではあと二キロほどの場所だった。
『そろそろ、ゴーレムの探知圏内が近いわ』
「え、もう?」
『ええ。やっぱり私たちが来ることは読まれてたようね。ゴーレムの数は少ないけど・・・・・・多分、量じゃなくて質で攻めることにしたんだと思うわ』
ゴーレムの数が多いほど目撃されるリスクは高まる。令達がここに来ると読んだうえで、強力なゴーレムを配置したに違いない。
一昨日のゴーレムほど異常な強さではないだろうが・・・・・・。
『気をつけて。これから来るゴーレムは、一体一体が強いわよ』
警戒していく必要がある。
『二人とも、準備はいい?』
「おう!」「ああ!」と返事をしたことを皮切りに、戦いの火ぶたは切られた。
一乃の指示を受けながら、二人は柱へと駆けていく。と、横の建物を飛び越えて、一つの人影が二人の前に立ちふさがった。
格好こそ、ここの作業員のようだが、明らかにゴーレムだ。角張った顔つきの男で、筋骨隆々な腕に作業着が破れそうだ。いつも通り無表情にこちらを見つめる目に、底知れぬものを感じる。
「いきなり、強そうなやつが来やがったなっ!」
言い終わるが早いか、二人は一気にゴーレムへと先手を仕掛けた。
が、彼らの拳がゴーレムを捉える直前、その姿が視界から消えた。
「「・・・・・・!」」
驚いたときにはもう遅い。次の瞬間には、令と藍子は左右の建物の壁に叩きつけられていた。轟音と共に、金属製の壁が大きく歪んだ。
「クッソ! 武道か!」
即座に立ち上がりながら、忌々しそうに令は声を吐き出した。
武道を使うゴーレム。きっとそこには、普通のゴーレムよりもずっと複雑な魔法が使われているだろう。だが、確かにこれは効果的だ。武道的な強さなら、例え目撃されても人に違和感を与えづらい。しかも、常識離れした力を持つ咎負い相手なら、下手に強力な魔法をかけるよりも、人間的な強さである武道の方が確実な効果を期待できる。
まさに、対人用のゴーレムというわけだ。
雨に打たれるゴーレムは、油断無く仁王立ちをして、二人を視界に納めている。その立ち様は、いかにも武道家のように軸が一本通っている。彼の手にはいつか見た黒いもや、深淵が纏われている。
「あー。あー。いるよねー。ただの喧嘩に、ボクシングとか空手とかやってる人呼んじゃう奴。マジ萎えるんだよな」
明らかに実体験からであろう嫌悪感を見せる令に、ゴーレムはただ無言で返す。
「喧嘩とスポーツは、違ぇんだよ!」
またも言葉と同時に飛び出す令。スピードを乗せて、ゴーレムの腹を狙った正拳突きを放った。
と、思った次の瞬間には、令は地面へと倒されていた。倒れた後で手首を返される技をやられたと、思考が追いつく。何かの柔術系の技だろうが、令にその知識はない。
ゴーレムは、深淵を纏った手で令を掴んだまま離さない。さらに、もう片方の手で勢いよく彼の顔面に手のひらを叩きつけた。その衝撃は、少年の頭を伝ってアスファルトを砕いた。彼の頭を中心に、蜘蛛の巣状のヒビが走った。
もちろん、その腕にも深淵は纏われている。深淵は令の全身を包み、一瞬で彼の意識を奪・・・・・・わなかった。
深淵が、少年の体を伝っていかない。ただ、触れたところで燻っているだけだ。
ゴーレムの手の間から、笑みを浮かべた令の顔が覗いた。
「残念。もう効かねぇよ」
そう言う令の首下には、服の下からうっすら輝くネックレスが下げられていた。この戦いのために一乃が作っておいた魔具だ。
ゴーレムの背後に影が立つ。それは、雨を蒸発させながら腕を猛り燃やす藍子の姿。
すかさず、身を反転させようとするゴーレム。しかし、その動きは、ぐっと押し止められた。令の手を掴んでいた手を握り返され、片足もまた反対の手で掴まれていた。残された令の頭を押さえていた腕は、なんということか。令が噛みついて離さない。
何とかしようともがくゴーレムに、令は噛みついたまま毒を吐いてやった。
「
片足だけで繰り出せる技などあるはずもない。ゴーレムのあがきも虚しく、藍子の燃える拳が、その顔面に炸裂した。
「武道ってのは、弱い人間が使うもんだ。てめぇら化け物には似合わねぇよ」
そう捨て台詞を残し、令と藍子はその場を後にした。大量の蒸気を上げて燃えさかるゴーレムを残して・・・・・・。
その後も、普通とは一癖も二癖もある、体術を使うゴーレムを相手取ったが、なんとか二人はそれらを倒していった。頑丈な令が相手を押さえ、藍子がトドメを差すという戦法がかなり役に立っている。深淵を恐れる必要がないというのも大きかった。
三体目のゴーレムを殴り飛ばし、太いパイプへと激突させたところで、周囲にサイレンの音が鳴り響いた。どうやらこのパイプは、工場内における重要なものだったらしい。砕けたパイプから、なにやら白い煙のようなものが勢いよく吹き出している。
サイレンの音を聞いて、令達はニヤリと笑った。
今回一乃が建てた作戦は、いたってシンプル。『派手に暴れて短期決戦』だ。
派手に暴れ、人目につくようになるほど、ゴーレムは動きづらくなる。その間に二人で柱を破壊しに行くだけの作戦。いまのところその作戦は上手くいっている。
騒ぎを聞きつけたここの作業員らしき人の声が遠くから聞こえる。
令と藍子は、ゴーレムが動かなくなったことを確認する間も惜しんで、再び走り出した。
柱があるとされる場所まであと五〇〇メートル近くにまで迫っていた。
『その先は倉庫よ。あまり、人通りは少ないところだから、二人とも気をつけて』
「「了解!」」
そう答える二人の前に、二体のゴーレムが迫って来ていた。
令は拳を構え、藍子は再度左腕に炎を灯した。
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