第13話 急襲


トリックアート展を存分に堪能し、一行は同じく大踏グレイスピアビル内にあるフードコートで食事を済ませ、午後は藍子の希望でカラオケに行くことになった。


割かし歌には自信があった令だったが、藍子はともかくとして一乃まで異様に歌が上手く、採点機能で競い合った結果最下位に。


罰ゲームとして、メニューにあった激辛かき氷なる物を食べさせられ(シロップが本当に辛かった)口から火を噴く羽目になった。


夕方ごろまで歌い尽くしたあとは、駅前のファミレスで食事を取り、テンションの上がっていた三人はそのまま食事が終わっても二時間ほど話続けた。


共通点がないと思えるこの三人でも、共通点がないからこそ互いの話が新鮮に聞こえる。大いに盛り上がった話のせいで危うく終電を逃しそうになるほどだった。


流石に丸一日遊び尽くしたので三人とも疲れている。一乃にいたっては普段の寝不足もあって、電車内ではすっかり眠りこけていたほどだ。


帰り道に差す影の長さは、今日の楽しさの後ろ髪。楽しければ楽しいほど、差す影は長くなる。日が暮れてもそれは同じだ。街灯の明かりは、帰路に就く三人を遠くから照らしていた。


このまま何事もない一日で終われたら良かったのだが・・・・・・。


夜道を行く中、突然一乃が足を止めた。


ハァというため息が静かな通りに木霊した。


「水を差すようで悪いんだけど、このまま行くと徘徊してるゴーレムの探知にひっかかりそうだわ。念のため大回りして山のほうの通りから行きましょう」


「マジかよ・・・・・・」


咎負いの体なので、肉体的にはほとんど疲れはないはずだが、一日遊び回れば気疲れくらいはする。


うんざりする令に対して、一乃もあくびをしながら返す。


「ふぁ・・・・・・。あたしのほうが疲れてるっての。ほら、行くわよ」


家を近くにして三人は、山の方へと続いていく道へと逸れていった。


トボトボと足を進めるうちに、街灯や住宅の数は減り、道は暗くなっていく。代わりに、風になびく草木が増えていく。


山沿いの道は静かだった。風で擦れ合う草や葉の音は、深呼吸すれば頭の中まで風が届きそうな爽やかさだ。


そっと目を閉じると、もっと多くの音が聞こえる。風の強弱は目蓋の裏に風の形を描かせ、耳を澄ませば風に運ばれてきた町の賑わいが僅かに耳をくすぐった。静かなようで、ここには様々な音が生きている。


「・・・・・・?」


研がれた耳が微かな低音を聞き取った。遠くで何か重い物が落ちたような、そんな・・・・・・。


令は足を止めた。二人の少女はそんな令を不思議そうに振り返った。


「どうかした?」


「いや、なんか音が・・・・・・」


そう言っている最中も重い音は続いていた。しかもその音は徐々に大きくなっている。


藍子や一乃もその音に気がついたようだった。音は山の方から響いており、ついにはバキッバキッと木や枝を折る音まで聞こえ始めた。それだけではない、音に合わせて断続的な地響きまで起き始めていた。


何か来ている。地を揺らすほどの巨大な何かが。


音はさらに大きくなっていた。木々の奥に広がる闇からほとばしる謎の存在の威圧感に三人は固まってしまっている。


そして次の瞬間、木々をへし折り、巨大な影が道路に転がり落ちてきた。その衝撃に道路にヒビが入り、地震とまごうばかりの地と空気の震動が、三人を襲った。破砕され地へ伏す木々の音はさっきまでの静寂を吹き飛ばした。


曇り空から差す月光と麓の明かりが照らすその存在は動いていた。五メートルはあろうかという巨大な体が軋みを上げている。


「なんだこいつ・・・・・・!」


異様な姿の存在だった。あえて言うなら人型をしている。しかし、人でいう頭にあたる部分がなく、胸元にギラリと輝く複数の目と、肩まで届きそうなほどに裂けた巨大な口があるのみだった。


腕は巨木のように太く、拳が地面につくほど長い。対照的に道路にめり込んでいる足は短かった。


怪物は令達へ振り向くと、即座にその腕を振りおろした。腕はその巨体に見合わぬ速度で、風を食らうように唸りを上げた。


動揺で反応が遅れた。しかし、ギリギリのところで三人は後ろに飛び退いた。


凄まじい衝撃と共に、怪物の腕がアスファルトを砕いた。轟音は鼓膜を叩き、体がしびれるほどの震動が三人を襲った。衝撃にアスファルトの破片は四方に飛散し、大きく距離をとった三人の足下まで道路のヒビが届いた。


「なんだよこのとんでもねぇ化け物は!?」


令の叫びに答えたのは一乃だった。彼女も同じく声を荒げている。


「ゴーレムよ! でもおかしい。このゴーレム私の魔法じゃ見えない」


「またそれかよっ!」


「違うの! 見落としとかじゃない! このゴーレム今も私の魔法じゃ認識できないのよ!」


「はぁ!?」


「とりあえず戦うよ! ・・・・・・来るぞ!」


藍子の言葉が終わると同時に巨大なゴーレムは突っ込んできた。


散開する三人。令と藍子は左右へ出て応戦、一乃は後方へと下がる。


ゴーレムから距離をとりつつ、一乃の頭はフル回転していた。


おかしな事が多すぎる。


なぜこんなところにゴーレムがいる? しかも、いつも相手にする人を模したタイプではなく、明らかに強力なタイプが。


このゴーレムは、一乃の能力で見ることができない。敵は一乃の探査をかいくぐる魔法を探し当てたということなのだろうか? だとしたら絶望的な罠にかかったことになる。ゴーレムがいないと思って来たこの場所一帯が、実は探知できないゴーレムだらけであるかもしれないのだ。多数のゴーレムに囲まれたら一巻の終わりである。


一乃はこの町全体に視界を広げた。相変わらず周囲一帯にゴーレムを見つけることはできない。今目の前にいるゴーレムさえも。一方で遠方のゴーレムは捉えることができている。ゴーレム同士の情報共有によって、ものすごい速度でこちらに向かって来ている。たとえ、探知不能なゴーレムがいなかったとしても、一〇分もすればうちに確実にゴーレムは来る。


あるいは――


「一乃っ!」


藍子の声が一乃の意識を戻したがもう遅かった。目前に迫るゴーレムの腕。鈍い音とともに一乃の体が宙に浮いた。遅れてくる衝撃は痛みと共に彼女の意識に黒い帳を落とした。


一乃の体は、そのまま道路脇の斜面の闇へと消えていった。


「一乃ぉっ!」


夜の山に令の声が木霊する。一瞬の空白の間に、喪失感や絶望の影が降りたが、それらは瞬時に怒りの炎に焼き尽くされた。


「てめぇっ!」


しかしその心の乱れが隙となった。彼に訪れた虚無の間を見逃すことなく、容赦ないゴーレムの一撃が炸裂した。


かろうじて腕を交差させて防御の姿勢をとったが、腕に叩き込まれた衝撃は生半可なものではなく、腕の骨が悲鳴をあげた。防御しきれずに腕は押し込まれ、そのまま令は吹き飛ばされた。


ぶっ飛ばされた先の木に体が激突する。あまりの威力に木は折れ、令の体と共に地に落ちた。


「令っ。大丈夫か!」


藍子は左腕に火を灯して戦い続けているが、巨大な相手に戸惑って躱すのが精一杯であるようだった。攻撃をかいくぐって、僅かな間なら左手でゴーレムに触れる事も出来ているが、体の表面を燃やす程度しかできていない。巨大すぎて触れている間に全身にまで炎が回らないのだ。


「だい・・・・・・じょうぶだよ!」


なんとかそう答えるも、木とぶつかった背中やゴーレムの拳をまともに受けた腕には鈍い痛みが走っていた。だが、痛みもしびれも、彼の怒りの前にはまるで些末なことだった。


「おおおおぉぉっ!」


令は牙を剥いて叫んだ。あらゆる理不尽や不条理に対する言葉にできない怒りがそこに乗せられていた。


腕の痛みもしびれも無視して、彼は拳を握ってゴーレムへと飛びかかった。


風を切り全力で蹴りつける。コンクリートの壁をも砕く蹴りであったが、しかしこのーレムには小さな亀裂が入る程度だった。


「硬ってぇ・・・・・・」


 蹴りつけた足の方が痛むほどに硬い。僅かに入れた亀裂も即座に修復された。藍子の炎で焼かれた箇所も同様だった。


今まで戦ってきたゴーレムとは段違いの強さだ。


どれだけ炎が舞い上がり、拳が振るわれ続けても一向に倒せる気配がない。


藍子が纏う炎に巻かれた草木が火を移し合って一帯に真っ赤な海を広げていく。


揺らめく炎に下から照らされるゴーレムの姿は、不気味な化け物そのものだった。


大ぶりの攻撃はなんとか避けてはいるが、小さな動作の攻撃や攻撃で飛び散る瓦礫の全てまでは避けられない。時間が経つにつれて二人は消耗し、ボロボロになっていった。


「クッソォ・・・・・・! なんだってこんなデタラメなやつが・・・・・・」


 息を切らしながら忌々しく呟く令に、藍子が並んだ。彼女の額からは血が流れ、敗れた袖から覗く右腕にも痛々しい痣が出来ていた。


「人目につかない場所にいるせいじゃない。 町を探索するやつは人に紛れるために魔法を抑える必要があるけど、山じゃそんなの関係ないだろうしね」


「くっ・・・・・・」


思わず歯がみする令。これが魔法か、と。人目さえなければ、こんなにデタラメなものまで作り出せるのだ。


再び巨大な拳が振り下ろされた。なんとか躱すも、凄まじい地響きと四散したアスファルトが矢継ぎ早に二人を襲う。


二人の攻撃ではゴーレムにダメージを与えることが出来ない。とはいえ、周囲を見渡しても武器となるようなものも落ちていない。


撤退しようにも、一乃を置き去りにするわけにもいかない。だが、斜面へと落ちていった彼女をこの状況で探すのも難しい。


(どうする・・・・・・!?)


全滅という最悪の未来が脳裏をよぎる。焦燥がじりじりと二人の背中を焼いていく。


「ぐあっ!」


ついに巨大な腕の凪払いが、藍子を捉えた。砲弾のように飛ばされた藍子は令と同じように木をへし折り地に伏した。当たり所が悪かったのか、折れた木の下敷きになったまま彼女は動かず、左腕の炎も消えてしまっている。


そこへ容赦なく振り下ろされるとどめの一振り。令は風を置いていきそうなほどの速度で、藍子の下へ走った。


間一髪。藍子と拳の間に令は割り込んだ。次の瞬間には掲げた二つの腕に強烈な拳の一撃が叩き込まれる。その衝撃は腕から足先まで余すところなく駆け巡り、それに耐えられなかった膝は崩れ、あまつさえ足は地面へとめり込んだ。


振り下ろされた腕が作り出した嵐が令を中心に暴れ、木々の葉をむしり、草花を押し倒した。


衝撃には何とか耐えたが、相手が腕を引く気配はない。そのまま押さえつけるように力が込められ続けている。


膝立ちのまま歯を食いしばる令。全身の力を上方向へと出しながら、固く閉じた歯の隙間から声を漏らす。


「だ、大丈夫か藍子・・・・・・」


「れ、令・・・・・・」


藍子は身じろぎして視線を返した。彼女が見たのは、今にも自分ごと押しつぶされそうになっている令の姿であった。


「・・・・・・!」


状況を理解した藍子が目を見開くが、体は動かない。


「令・・・・・・もうあたしを・・・・・・」


「うるせぇ黙れ・・・・・・」


藍子の言わんとしてることを一蹴するも、状況は悪くなるばかりだった。頭上から圧をかけてきている手とは別に、もう一方のゴーレムの手が側面から近づいて来ていた。あちこちに灯っている炎に影を揺らめかせ、巨大な手のひらが令を掴もうと迫ってくる。それをただ見ている事しか出来ない状況が令の焦燥を加速させた。


(こんなところで・・・・・・!)


迫り来る手から逃げようとするかのように心臓は激しく胸を叩き、その音が外に漏れているのではないかと思うほどにうるさかった。


こんなところで、こんなわけのわからないままに終わるのか。


自らが望む形があるのに、いたい場所があるのに、数多の他人という名の激流に砕かれ、翻弄され続けるのか。


「ふ・・・・・・ざけるな・・・・・・!」


 こんなところで曲げられてたまるか。好き勝手に、ありたいように生きることの邪魔など絶対に許さない。誰にも人の生き方を変える権利など無い。


割れんばかりに歯を食いしばり、体内でうねる怒りの炎を、全身の力へと変換していく。


ズ・・・・・・と僅かに押し返されるゴーレム。そして次の瞬間には令の膂力が爆発した。


「おおおっらぁっ!」


瞬間的に発した令の力で、ゴーレムの手は押し飛ばされた。そのあまりの勢いに圧倒的な重さを持つゴーレムが大きく尻餅をついた。


再び鳴り響く地響き。令は大きく息を切らしながらその衝撃を体で感じていた。


「藍子、起きれるか」


「なんとかね・・・・・・」


ぎこちない動きで藍子が立ち上がった。酷く痛むのか腹を押さえたまま前屈みになっている。


「それにしても、なんて馬鹿力だよ・・・・・・」


「これしか取り柄がないんでね」


軽口を叩いてはいるが、状況が良くなったわけではない。ただ倒れただけのゴーレムはもう立ち上がっている。鼓膜を叩く低い地響きの音が、ゴーレムの怒りの声のように聞こえた。


地を唸らせ、ゴーレムが再度令達に拳を振りかぶった。だが、もはや令はその拳を避けようとしない。藍子の制止の声も無視し、大きく一歩前に出る。


彼もまた固く拳を握り、腕を大きく振りかぶる。


一瞬の空白の後、鼓膜が破れんばかりの轟音と共に、両者の拳が激突した。


ゴガァッという人と物がぶつかったとは思えない硬質な音が空気を叩いた。巻き起こされた風が近くの火を消し飛ばす。


怪物のパンチに真正面から対抗した令は再度後方へ吹き飛ばされ、木に激突した。


そして、対するゴーレムの腕は、粉々に砕けていた。


「・・・・・・!」


驚愕に息を飲む藍子。ゴーレムも驚いているかのように、肘から先を失った自らの腕を見ている。


砕けた腕は、岩の塊となってゴーレムの足下に転がっていた。


「へっ・・・・・・ざまあみやがれ」


不敵な笑みを浮かべて令は立ち上がる。


「俺だけのパンチじゃ効かなくても、そこにテメェの力が加われば話は別だろうが」


藍子は令の勝負強さに舌を巻いた。


咎負いの並外れた筋力と頑強さにものを言わせた強引なカウンター。できるかもしれないと思って、あの巨大な拳に真正面から挑めるものはそういない。愚直な彼だからこそできる芸当だった。


ゴーレムへのダメージは思ったよりも深刻だった。岩のように硬い反面、一度割れてしまえばその亀裂は大きく広がるようで、砕けた腕から続く亀裂が、ゴーレムの体の半分にまで達していた。


しかし亀裂は徐々に埋まろうとしている。チャンスは今しかない。藍子は再び左腕に炎を纏うと、強く地面を蹴った。


ゴーレムの肩に飛びついて燃えさかる腕を力一杯その亀裂に叩き込んだ。いとも簡単に手は突き刺さり、亀裂はさらに大きく広がる。さらに、彼女の罰の炎が狭い亀裂を伝い、瞬時にゴーレムの半身へと広がった。


体のあちこちの亀裂から火を噴くゴーレム。


藍子を引きはがそうと暴れるその姿は、体内が焼かれる苦しみを訴えているかのように見える。


砕けていない方の手で掴まれそうになる直前まで、藍子はゴーレムの体内に炎を流し続けた。巨大な手から逃れて距離をとり、様子を見る。


炎はゴーレムを体内から焼き、亀裂がさらに広がって行く。修復が追いついていないのだ。肘まであった片腕は焼け落ち、既に肩までしかなくなっている。亀裂自体も体の半分を超え、火の脈が反対側の腕や足にまで広がっている。だが、そんな姿になってもまだ、ゴーレムは令達へと拳を叩きつけてくる。


体の大部分が炎で焼かれているせいか、狙いはメチャクチャで、ただがむしゃらに暴れているようにさえ見える。


「しぶてぇなぁ・・・・・・」


いつの間にか藍子の隣に立っていた令が、歯をむき出しにした笑みを浮かべてそう言った。


地獄の使者のごとく火を纏い向かってくるゴーレム。


対して令は力を振り絞って、拳を握り、膝を曲げた。


地を蹴り、勢いよく飛び出す。


放たれた弾丸のごとき彼は、その拳でゴーレムの腕を砕き、そしてその勢いのままに自らの体で怪物の顔面を砕き抜いた。


穴を埋めるかの如く吹き出す炎。


着地した令が振り返るのと同時に、巨大なゴーレムは炎の弔いを受けながら、火の大地の中へと沈んでいったのだった。


「一乃っ!」


ゴーレムが動かなくなるのを見届ける前に、令は草木の生い茂る斜面へと駆けだしていた。こちら側の斜面に火の手は広がっていないので、一乃が火に包まれていることはないだろう。しかし、ただの人間の体であのゴーレムの攻撃を受けたのだ。普通に考えれば・・・・・・。


「おいっ。一乃っ。どこだ!?」


「・・・・・・ここにいるわよ」


くぐもった声がすぐ近くから返って来た。


見れば痛々しい姿の一乃が立っていた。服はボロボロであちこちが破れ土にまみれている。眼帯も外れてしまっているようで、片手で左目を押さえていた。体が痛むようで膝は震え、真っ直ぐ立てていない。


「お前――」


「まだよっ!」


安堵と心配で駆け寄ろうとした令と藍子を、一乃は苦しそうに声を振り絞って制した。


「まだ・・・・・・終わってない。ゴーレムが・・・・・・来てる・・・・・・。逃げ、ないと」


彼女の目に映っている範囲だと、もうすぐ一番近いゴーレムの探知圏内に入る。そうでなくとも、彼女では視えないゴーレムが向かって来ているかもしれないのだ。ぐずぐずしてはいられない。


「でも、大丈夫なのかよお前!」


「だい・・・・・・じょうぶよ。直撃はしてなか・・・・・・たし。魔法使いを、なめないで」


そうは言っていても、すぐに動けそうにはなさそうだった。


「令、一乃を背負って走れるか?」


「ああ、いけるぜ」


戦いの疲労と、筋肉の痛みはあるが、まだ余裕がある。急いで一乃に背を向け、彼女を乗せた。


不意に、二人の少女の姿が気にとまった。今日のために着飾った装いは、台無しになっていた。どちらの服もあちこちが破れ、藍子の左袖は焼けて無くなっている。そこから覗いている腕にも痣が浮かんでいて、あまりに痛ましい。


自らに訪れた悲愴を打ち消すように、令は笑みを作ろうとした。


「ハハ・・・・・・、とんだ休日だな」


だが、上手くいかず、僅かに口元が歪んだだけだった。


藍子も、眉根を下げたまま口端を上げた。


背中で小さな声が響く。


「ごめん・・・・・・」


「別にお前を責めてるわけじゃねぇって。ほら、行こうぜ。どう動けばいい?」


「・・・・・・。とりあえず・・・・・・」


猛る火を背に、三人は闇へと潜っていった。


令の心に、逃げる事への背徳感が走った。逃げているのは、自らの業のせいではないというのに。


去来した感覚を焼き払ったのは、やはり怒りだった。


こんな事があってたまるかと。


自分たちが負い目を感じる必要など微塵もない。


走り続ける足に込める力が、さらに強まった。

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