第11話 なんといっても彼らは子供

リィン・・・・・・。


深く頭に木霊する鈴の音が、断続的に響いていた。


令は広い車庫の片隅にジッと目を閉じたまま椅子に座っている。その周りを、一乃がユラユラと回っている。


リィン・・・・・・、と再び鈴の音が響く。


車庫の中は異様な状態だった。


車が三台ほど入りそうな空間に、車は一台もなく、代わりに複雑な文様が地面に書かれている。文様の上には奇妙な形の燭台やナイフが置かれている。


窓は全て木の板で塞がれ、日の光は一切入ってきていない。頼りなく揺れるロウソクの炎だけが、この場所の光源だった。


ここは一乃の家の車庫。彼女の魔法に関する事柄は、ほとんどここで行われていた。


鈴の音が響いた。


一乃は今、令の咎を思い出させようと、彼に暗示のような魔法をかけていた。要は催眠術である。


催眠術もまた魔法の一種だ。一定の手順を踏むことで、普通ではない結果を生み出せる。とはいえ、催眠術を使っている人間で、それが魔法であると知っている者はごくわずかだろうが・・・・・・。


一乃が行っているものは、催眠術を魔法的視点で捉えた、いわば暗示魔法と呼ばれるようなものであり、普通の催眠術よりも数段強力だ。


魔法を知らない人間にも催眠術が使えているように、人の意識に介入する魔法は、魔法使いにとっては非常に簡単でありふれたものである。そのうえ、こういった暗示系の魔法は、かなり人に広まっても『修正』されづらい傾向にあるので、なおさらである。


「直路木君。水底に沈むあなたの心は、今ここに浮かんでいるわ。あなたの過去、その後悔はなに・・・・・・?」


歩みを止めずに、そう囁く一乃。彼女は令の周囲を回りながら、時には離れ、近づき、反対に回ったりしている。彼女の動き、鈴の音の感覚、言葉、その全てが魔法を成すために必要なものだ。


「・・・・・・」


しかし令は答えない。ただジッと俯いているままだ。かれこれ一時間はこのままである。


一乃は大きくため息をついた。


「はぁ・・・・・・。今日もダメか」


パンッと手を叩くと、よだれを垂らしながら熟睡してた少年のハッと飛び起きるのだった。


「・・・・・・今回もだめだったか」


目を擦りながら令もそう言う。


一乃は再度ため息をついた。


「なにがダメなのかしら? やっぱりあなたはまだ咎を犯していないってこと?」


「まあ、そうなんじゃねぇの?」


令がこの家で暮らすことになってから、もう一週間は経過していた。その間一日一時間ほど


この催眠暗示魔法をかけているが、いっこうに成果はでない。


一乃は額に手をあて、難しい表情をしている。彼女は、令に魔法をかける時以外も、学校に行く時を除いて、ほとんどこの場所にこもりきりだった。食事や息抜きに出ることもあったが、その眉間に寄っている皺は日に日に増えていた。


しかし、それでも敵の本拠地見つかっていない。


令は、車庫の中央にある魔方陣のようなものに目をやった。車庫の床面積のほとんどを占有しているそれは、何度も書き直された跡がある。線上に置かれている人形やら道具やらは、令がここに来るたびに配置が変わっている。


彼女もだいぶ行き詰まっているようであった。


「ほら、もう時間よ。早く藍子さんのところに行って」


「・・・・・・」


 そんな状態で、すぐに次の指示を出す一乃に、思わず令はじっとりとした視線を向けた。 腹の中に貯まっているモヤモヤが、口をつきかけたが・・・・・・。


「え? なに?」


「いや・・・・・・、なんでもない」


我慢した。


「んじゃ、行ってくるわ」


不審そうな顔をする少女を尻目に、令は車庫を後にした。



◆◆◆



次に彼が向かったのは、一乃の家近くにある空き地だった。そこには藍子が待っていた。


令達にもやることはある。


一乃が言っていたように、この一週間令は咎を思い出す努力をしつつ、時には一乃の指示の下、藍子とゴーレムの探査を攪乱させに何度か町を走りまわっていた。


それに加えて今やっているのは・・・・・・。


「違う。そうじゃねーって! すぐに次打つんだよ!」


 空き地についてからはや一時間が経とうとしていた。人通りのない空間に、令の声が響き渡った。


「相手が一発で沈む事なんて滅多にねぇよ。だから、殴りでも蹴りでも常に二、三発打ち込むつもりでやるんだって。」


藍子への喧嘩のレクチャーであった。


令は咎負いとして不完全ではあるが、喧嘩に関しては一家言持っている。一方完全な咎負いの藍子は、まともな喧嘩をしたことがないそうだ。そこで、令が藍子を鍛えることになったのである。


砂利だらけの空き地にて、ジャージ姿の二人が対峙していた。唸りをあげて迫り来る藍子の拳を、こともなげに令は躱している。


確かに素人同然の動きだと令は思った。


咎負いとしての飛び抜けた運動能力のせいで気づかなかったが、蹴りもパンチもまるでなっていない、いわゆる女の子蹴りや腕パンチとなっている。もちろん咎負いの力で行使されるそれは、コンクリートの壁くらい平気で壊せそうな速度だが、しかしそうでなかったらガラスを破るにも数発いるようなものだ。動きも単調ゆえに、特別躱すのが得意というわけでもない令に簡単に躱されてしまっている。これではいかに『罰』があるとしても洗練された動きをするゴーレムを相手するのは難しかっただろう。


この一週間ほぼゴーレムとは戦闘しなかった。学校や一乃の家から離れた場所で、わざとゴーレムの探知にかかっては、逃走することを繰り返して捜査を攪乱する程度、戦っても二人がかりで一体倒すぐらいだった。戦闘力と咎負いとしての能力のどちらかが欠けている今の二人では、連日戦わせるには厳しいとの一乃の判断だ。実際、昼間ならまだしも、夜人目のない場所でのゴーレムはかなり強かった。


「だからさ、パンチは手で打つんじゃなくて、腰で打つんだって。・・・・・・いやちがう。今度は腰が下がってる。だから・・・・・・えーと・・・・・・」


一乃や藍子に教えられてばかりだった令は、自分が教えられることがあってすこしうれしくもあったが、藍子のあまりに喧嘩慣れしていない動きと、喧嘩なんて理屈で考えてやってこなかったために言葉が出てこないのとで、早々に諦めたくなっていた。


ゴツンッと凄い音がして令が吹き飛ばされた。上の空になっていた令の鳩尾に藍子の拳がクリーンヒットしたのだ。


「うごおおおおぉぉ!」


腹を押さえてのたうち回る令。そこに藍子の踵落としが追い打ちを狙う。


身をよじることでギリギリ回避。鼻先を藍子の足が掠めた。


「どおおっ! あっぶねぇだろ!」


「? 相手が倒れても一発はとどめ入れとけって言ったの君だろ?」


「ぐっ・・・・・・」


返す言葉も無い。しかしそれは言いたいことがないわけではないのだ。


令の腹の中は、灰色の綿が塊となって詰まっていた。いままで口元でできるその綿をなんとか飲み込んできた。我慢強くない令が、おいしくもないそれをよくもいままで飲み込み続けられたものだったが、それも限界が近かった。


大きなため息をついた後、令は憮然として地面に座り込んだ。


「ん? どうした令。まだ疲れてないだろ。早く続きをやろう」


「・・・・・・」


ごくり。また一つ綿を飲み込んだ。


空き地に新しい足音が響いた。一乃だ。特徴的なサイドテールを揺らして二人に手を振っている。


「二人ともお疲れ様。今夜の作戦のことで話があるんだけどいいかしら」


 ごくり。


「わかった。ほら令、立て。・・・・・・令?」


俯いたまま動かない令。その雰囲気にただならものを感じたのか、一乃も首をかしげて近づいて来た。


「直路木君? どうしたの? 大丈夫よ。今回も戦闘はないし――」


「遊びてぇー!」


ごばぁっといままで飲み込んでいた綿、もといストレスが溢れだした。


だだっ子のように地面に身を倒す令に、二人の少女は目を丸くした。


「学校行って終わったら戦いか! トレーニングか! 一週間もこの調子だぞ。ありえねぇ! どこにも遊びがねぇじゃねぇか!」


「し、仕方ないでしょ。状況分かってる!? あなたたちの今後がかかってるのよ!?」


「そうだぞ令。そんな子供みたいなわがままはよしなよ」


「じゃあ言うけどな」


ムクリと体を起こすと、ビシィと二人を交互に指さした。


「一乃! お前ここのところずっと難しそうな顔して車庫に籠もってるけど、行き詰まってるんだろ!」


「うっ・・・・・・」


一乃が一歩後ずさる。


「藍子! お前もここのところ戦い方が雑だ! 慣れてない戦いづくしで疲れて集中力が持たなくなってる!」


「む・・・・・・」


藍子も一歩後ずさった。


ようやく言いたいことが言えて、少しすっきりした令は口調を落ち着かせる。


「実際のところ、ずっと魔法だの咎負いだのを意識し続けるのってキツいだろ。だんだん疲れていって、ここぞって時に本気出せなくなる。息抜きも大事だぜ? 俺も未だに自分の咎の見当なんてまるでついてないけど、このままうだうだやってても何も思い出せる気しねぇし・・・・・・」


「・・・・・・」


黙りこくる二人の少女。


それは令が珍しくまともな事を言ったから・・・・・・ではなく、彼の言うことがまさにその通りだと思ったからだ。


事実二人とも壁にぶち当たっていたのだ。だが、頑張る仲間を思い、状況を省みて、息抜きをするという選択肢を自ら消し去ってしまっていたのだ。


賢者の英断よりも愚者の山勘のほうが優れている事がある。


この令のわがままは少なからず二人の助け船となっていたのであった。


もちろん、そんなこと令は知るよしもないが。


ふぅ、と息をついた一乃の顔には僅かに笑みが湛えられていた。


「仕方ないわねぇ。ちょうど明日は休みだし、全員オフにしましょうか」


「よっし!」


「その代わり! 三人一緒に遊びに行きましょう。それに行くのは大踏駅のほうとか、賑わってる場所に限るわよ。これなら、よっぽどゴーレムに襲われることはないし、もし何かあっても、全員一緒ならすぐに動ける。OK?」


「OK」


「おうよ!」


威勢良く返事をした二人の声は、数日ぶりに高揚していた。


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