第二章 休養も戦略なり
第9話 一乃さん、突然です
「というわけで、今日からこの家で住んでもらうわ」
ソファーに座り込む令と藍子に、一乃はそう言い放った。
疲れた体を引きずって一乃の家に着いたあと、二人はシャワーと着替えを済ませていた。まとわりついていた土を洗い流すことが出来てサッパリとした気分のままに、リビングで一息ついてウトウトしていたところにこれだ。立ち所に目は冴える。
「は? なんでそうなるんだよ」
「その方が、何か起きても対処しやすいでしょ。ここにあなたたちが固まってくれれば、私もこの周囲だけを警戒すればよくなるし、何かあっても指示が出しやすいし。その指示も、別々の場所にいたら出しづらいじゃない。携帯での連絡も必ず出るとは限らないでしょ。寝てたり、携帯の電源が切れてたり、ね」
最後の言葉で令を一瞥した。
そう言われると、何も言い返せない。令は口をつぐんだ。
「客間が空いてるから、そこを使ってくれていいわ」
「わかったけどよ・・・・・・お前、勝手に人泊めて、親とか大丈夫なのかよ」
「ふぁ・・・・・・大丈夫よ。しばらくは帰ってこないから」
あくびをしながらそう言った彼女の表情が、少しだけ悲しそうに見えたのは気のせいではないだろう。これだけ裕福そうな家だが、だからこそいろいろとあるのだろう。気づかないふりをして、話を続けた。
「着替えくらいは持ってきていいよな?」
今のところ、一乃の父親のらしき服を借りているが、流石にサイズが合ってなくて着心地が悪い。
「いいわよ。あとで取りに行ってきて」
連続のあくびで眼帯に隠れていない方の目に涙を浮かべながら、適当そうに一乃は答えた。
「それはいいとして、今後あたしたちは、どう動く? なにか考えはあるのか?」
「ええ、ありますよ」
藍子の言葉に、一乃は表情を引き締めた。
「当面の目標は、私が敵の本拠地が見つけるまで藍子さんや直路木君のいる場所が相手に特定されないようにすることです」
令は頷く。
「ゴーレムを操ってるやつの居場所が分からなかったら、こっちは手が出せねぇうえにやられ放題だもんな・・・・・・」
「ええ、敵も結界や隠蔽魔法で居場所が分からないようにしてるから、私の占術を使ってもまだ場所を特定できてないの。慎重にいかないと、逆にこっちがやられかねないしね・・・・・・」
一乃が、左目の眼帯を撫でた。
「時間はかかるけど、居場所をつきとめることは出来るわ。ただ、その間じっとしてたら、逆にこっちの居場所が特定されるから・・・・・・」
「今日のように、あたしたちを探してるゴーレムを破壊しつつ、敵を撹乱するってこと?」
「そう考えてます」
敵はゴーレムを使って咎負いを探している。そのゴーレムは、半径一キロ以内の咎負い探知魔法を持っている。ゴーレムを使った探索と、探索範囲の縮小を繰り返していけば、いずれは令達を見つけ出されてしまう。だから、あちこちの場所でゴーレムの探索にあえて引っかかり、逃げるもしくは撃退を繰り返すことができれば、敵を攪乱することができる。そうして敵の探査を遅らせている間に、敵の居場所を占術で割り出すことが出来れば、今度はこちらから仕掛ける事が出来る。
だがそのためには・・・・・・。
「目標のもう一つは、直路木君を咎負いとして目覚めさせる事よ」
「目覚めさせる?」
「前にも言ったけど、あなたは咎負いとして不完全よ。身体能力は普通の咎負いよりも低いし、『罰』と呼ばれる咎負い固有の能力も持っていない。あなたが咎負いの力に目覚めれば、それだけ魔法使いとの戦いを有利に進められるわ。だから、私が敵の居場所を突き止めるまでの間に、あなたには完全な咎負いになってもらうわ」
「なってもらうって、そんな簡単にできるのか?」
「簡単よ。あなたが咎を自覚すればいいだけよ」
こともなげに一乃はそう言う。
「あなたが、咎負いとして不完全な理由は明らかよ。咎負いなのに咎の自覚がない。それにつきるわ。あなたが、自分の咎を知りさえすれば、今すぐにでもあなたは咎負いの力を得られるはずよ」
「そんなこと言われてもなぁ・・・・・・」
腕を組んで唸ってみても、全く心あたりがない。
「そもそも、咎、トガって、咎ってなんだよ。まずそこがイマイチよくわからねぇ。具体的に言うとどんなのだよ?」
その言葉を受けて、一乃がチラリと藍子の方へ視線を動かした。その視線を追う前に、一乃の声が令の目線を戻した。
「そうね。例えば、喧嘩はしちゃダメなことでしょう?」
「え、そんなことねぇだ――」
「ダ・メ・な・の。・・・・・・それで、喧嘩がダメだって思ってる人がいて、その人が喧嘩をしてしまったとするわ。そうしたら、その『喧嘩をした』という行為がその人にとっての咎になる。そうした咎を負った人に、咎負いの力は発現したのよ。あなたが、咎負いだと言うのなら、あるはずなのよ。あなたにも、背負っている咎が。後悔と言い換えてもいいかもしれないけど・・・・・・。忘れているのなら、思い出しなさい。あなたの咎を」
一乃はハッキリとそう言った。咎を、後悔を思い出せと。
残酷な言葉だ。しかし、彼女の言葉に淀みなどなかった。ここで言葉を濁すほうがよっぽど咎だとでも言わんばかりに。
彼女は、必要だと思ったことのためなら、迷わない強さを持った人間なのだと令は思った。例えそれが残酷であろうと、非道であろうと、目的のためならそれをこなす覚悟がある。片側しか見えていないその瞳にはその覚悟の色が見えている。
(でもなぁ・・・・・・)
天井を仰ぐ。
どれだけ自分の過去を遡っても、そんな大それた後悔など思いつかなかった。
そりゃ、後悔したことはある。だが、思い返してみればたいしたことでもないし、そもそも、たいしたことじゃないから忘れているのだ。そんな程度の事が咎となり得るとは思えない。
無意識に藍子に視線を移していた。
肘掛けに頬杖をついて思案顔をしている。その長袖の下に隠れた「烙印」は、彼女にも咎があることをしている。
一乃は、咎負い固有の力を『罰』と呼んだ。藍子の場合左腕を燃やす力がそうなのだろう。
炎とはしばしば罰の象徴として使われる。悪行が身を滅ぼすことを火に例えた『業火』という言葉。生きたまま人を焼く刑罰、火あぶりの刑。
自らを焼く罰を受けた彼女の咎とは一体何なのか。
思わずそれを訊きそうになって、その行動の不謹慎さに気づき、令は自身の考えのなさを改めて反省した。
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