第8話 咎負いであるということ

一乃の家には電車を経由して行くことになった。


近くの駅までの道すがら、二人は並んで歩いていた。


平日の午後ということもあって、広い通りであっても車や通行人は少ない。間隔を開けて通り過ぎていく車に巻き起こされた風が、午後の陽気と戦いで汗ばんだ体に心地良い。線路に近い道故に、時たま電車が通り過ぎる騒々しい音が耳を震わせた。


時々会う通行人は、二人をジロジロ見る。まだ学校が終わっていないこの時間帯に、汚れた制服に身を包んだ二人組が道を闊歩しているのだ。不審に思われるのも仕方が無い。


「おかしいと思わなかった? 令」


藍子が口を開いた。


「この世界に魔法があり、幽霊も魔獣もいるのに、どうしてその存在が公にならないのか、って」


「言われてみれば・・・・・・確かにそうだな」


オカルトの存在を知っている人からすれば、この世界にオカルトがあるほうが常識である。それが事実だというのに、どうしてこの世界のほとんどの人間がその事実を知らないことが、常識となっているのか。


あるはずのものが無かったことにされているのには、必ず理由がある。


「誰かが隠してるってことか?」


「それもあるね。でも、それ以上の理由がある。・・・・・・令、君オンラインのゲームってやる? ソシャゲとかさ」


「え? あ、ああ。やってるけど・・・・・・」


急な意図の分からない質問に戸惑いながらも、令は自分が携帯でやっているゲームを思い浮かべた。簡単なRPGで、冒険しながら敵を倒していくゲームだ。


「この世界にとっての、魔法とか超能力者っていうのはさ、ゲームでいうところのバグみたいなものなんだってさ」


「バグ・・・・・・」


ゲームシステムの設計ミスや、設計者の想定していない行動をプレイヤーがすることによって起こる不具合。バグによって、システムは設計者の想定外の動きをする。


令にも経験がある。昔やったゲームで、急にキャラが地面に埋まってしまったりしたことがあった。今やっているゲームでも、特定の条件を満たすと、一度しか使えないアイテムが無限に使えてしまうというバグが広まって問題になっていた。


完璧な世界では無いから起こる事態。それは、令が今いる現実の世界でも同じなのだ。


「この世界も完璧じゃ無い。ゲームのバグと同じように、特定の条件を満たせば、誰にでもあり得ない事情を起こせる。それが魔法なんだってさ」


「誰でもできるって、俺でも?」


「そ、君でも。あたしでも。そういう意味では魔法は特別なものじゃないね」


ふーむ、と納得する令だったが、すぐに新たな疑問が湧いた。


「ん? だったら、なおさら魔法なんてみんなが使わないか?」


誰でも同じような結果を起こせる現象であるならば、たとえ神の予期せぬ事であってもある意味それはこの世の事象だ。やはり魔法が一般的になっていないのは、おかしいはずである。


藍子は、その質問を待っていたとばかりに口調を強めた。


「そこなんだよ。魔法は誰にでも使える。でもそこで問題が起きるのさ。令、オンラインゲームでゲームとして致命的なバグが発見されると、どうなる?」


「どうなるってそりゃあ・・・・・・」


さっき思い出した『無限アイテム使用バグ』の件がどうなったかを思い返す。


「運営がバグを修正する。んで、バグを使った奴が罰せられる」


罰され方はいろいろあるだろう。軽いバグならただ修正するだけで、誰にもお咎めなし。重度に悪質なものであれば、ゲームアカウントそのものを消されたり、データを巻き戻されたりするだろう。『無限アイテム使用バグ』の例だと、バグ使用者はバグを使っていた期間分のデータを巻き戻されていた。


  簡単な処置だ。不具合が出たところから叩き、よりゲーム世界を完璧にしていく。


つまり、


「現実でもほぼ同じ。この世界で、魔法は『修正』されていく。修正された魔法は二度と使えない。そして、バグの程度によって『修正』の度合いが違う。現実を大きくねじ曲げるような魔法は、二度と使えなくなるだけじゃなくて、魔法が起こした現象そのものを『なかったこと』にされるらしいよ。最悪使用者自身が『なかったこと』にされることもあるらしい。世界中に魔法に関する資料がなかったり、あってもそこに記されてる魔法が使えない理由はこれだよ。すでにその魔法は修正されているんだから、使えるわけがないんだ」


 藍子が肩をすくめた。


 そろそろ話について行けなくなってきた令は、頭の中で何度も話を反芻した。


「魔法が修正される条件は一つ。人に認識されることだ」


「認識?」


「そう。大勢の前で使えば使うほど、魔法は修正されやすい。これが、魔法が広まらない最大の理由だよ。人に認識されれば魔法が修正される可能性が高くなる。だから、魔法使いは、人目を忍んで魔法を使うんだ。まあ、例え認識する人数が少なくても、あまりに現実ではあり得ない現象を起こしたりしても修正されやすくなるんだけど・・・・・・。さっきの戦いで、一乃が鉄道橋の下にゴーレムを集めたのは、通り過ぎる電車内の人達にゴーレムの姿をさらすためだったんだよ」


「じゃあ、あのときゴーレムが止まったのは、ゴーレムにかかってた魔法が修正されたってことか?」


藍子は首を振った。


「残念だけど多分違う。魔法使いにとって、自分の魔法が修正されるなんてことは、絶対に避けなきゃいけない事態だから、その対策は充分にとってあるらしい。人の少ない夜に行動したり、人に違和感を覚えさせる行動を避けたり」


令は、一乃達がゴーレムが昼間に襲撃を仕掛けてきた事に驚いていたことや、ゴーレムが纏う深淵が薄かったこと、一乃がゴーレムが絶対に川を飛び越えられないと断言した理由を理解した。


目的のために行動しつつも、修正されないために人目を避けなければならないという行動原理がゴーレムの中にはあったのだ。


令達がただ人混みに逃げ込んだのでは、ゴーレムは追ってこないうえに、そうして釘付けになっている間に敵に次の手を打たれてしまう。正面切っての戦闘は絶望的。圧倒的な戦力差の中、令達を勝利に導いた一乃の手腕に、今更ながら感心した。


「電車が通ったときにゴーレムの動きが止まったのも、魔法が修正されないための工夫だろうね。魔法を強制的に止めて、動かない事で人に『ありえない事』を認識させづらくしたんだと思う」


あり得ない事は修正される。あり得ない事象を求めつつも、あり得なくないように見せかけるように努力する。その二律背反に魔法使いは頭を抱えるのだ。


「あれ? でも俺たちの場合はどうなるんだ? 俺たちだってあり得ないことしてるだろ?」


「そこが咎負いが特別だと言われる点だよ。オカルトな存在は魔法使いだけじゃない。超能力者とか獣人とか・・・・・・。そういうのはゲームで例えるなら、そのキャラ自体にバグがあるって感じかな。そのキャラ自体にバグがあるから、そのキャラ自体が特別な事をしていなくてもバグが起きる。これも魔法と同じように、大勢に認識されたり、あまりにあり得ない事をすれば修正される。私たちもきっと似たようなものだと思う。けど・・・・・・」


藍子は自分の左腕を上げると、太陽に透かすように見た。自らの炎で袖は燃やし尽くされ、むき出しになっている白い細腕。その内側には咎負いの印が刻まれている。


「咎負いは違う。半年前に突然現れたこの印を持った人は、異常な身体能力と、特別な力を得た。そして何より、咎負いは修正されないんだ。私も最近オカルト側の世界を知ったばっかりだから実感はないけど、一乃によるとこれはとんでもない事らしい」


令も何となくだがそれは察した。ゲームで言えばバグが使い放題なキャラという事になる。確かにそんなキャラがいたらゲームバランスは崩壊する。修正を恐れて躍起になっている魔法使いからしてみれば冗談みたいな存在だろう。


「だから、咎負いは特別視されてるんだ。修正を逃れることは、魔法使いや獣人、修正と戦い続けている全てのものの夢だ。それゆえに私たちは狙われている。修正から逃れる術を知るための鍵として・・・・・・」


「・・・・・・」


 そんな事で、と令は歯がみした。


 元からそうだったが、やはり自分たちが狙われる理由に納得などできなかった。むしろ、理由がハッキリしたことで、より理不尽に対する怒りが明確になりさえした。


駅に着いた。昼間の時間帯とはいえ、流石に駅にはそれなりに人がいる。


ボロボロの格好をしている令達に注がれる視線。それに居心地の悪さを感じる。ここにいる何も知らない人の視線がオカルト側の人間にとっては、脅威となりうるのだ。


無意識に令達は通路の端を歩いていた。


日の当たる場所を、人目を忍んで歩く。奇しくも魔法使いや、生まれながらの異形のように。


一乃の家に着くまで、二人の間に会話はなかった。


俯き加減に黙りこくる二人のその姿は、まるで罪人であるかのようであった。

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