第6話 シンプルさと複雑さ



数分後、一乃は令とともに公園から離れた道を走っていた。


彼女の瞳の裏では、この町を俯瞰した様子が見えていた。そこに、ゴーレム、令、藍子、そして自分自身の姿が、色の違う点として彼女には見えている。


藍子は令達と別行動していた。令達とは公園を挟んで反対側で動く点がそうだった。五〇〇メートルほど離れたところで、一乃の指示通り今も動き続けている。


活発に動く八つの点はゴーレム。今もそれぞれが最短ルートで藍子と令達がいる場所へ向かってきている。


ゴーレムは、咎負い用のレーダーのような魔法が内蔵されていて、およそ半径一キロ以内の咎負いに反応するようだった。単純に身を隠しただけで、見失われることはないだろう。今もその探知魔法と、互いの情報共有の元に、奴らは動いている。


まるでこの町を盤としたボードゲームが展開されているようであった。


(ゲームじゃ済まないけどね・・・・・・)


仮にゲームだとしても、圧倒的に不利な状況だ。


「にしても、頭砕いても死なねぇなんて、あいつらだいぶ頑丈だよな」


 うーむ、と唸る令に、一乃は言葉を返す。


「あいつらにとって、体の損傷は関係ないわよ。『シェム』を消さない限り、どこが壊れようと動き続けるわ」


「え? なにがって?」


「シェムよ。シェム。ゴーレムは、カバラの魔法の秘技なの。シェムは、ゴーレムの体のどこかに刻まれている文字のことで、これによって土くれはゴーレムとして命を得てる。だから、体のどこかに刻まれてるシェムを消すか、書き換えるまでゴーレムは動きは止まらないの。基本的には、頭にあるはずなんだけど・・・・・・さっきのゴーレムは違ったわね」


 腹を貫かれてようやく動きを止めたゴーレムの姿が、令の頭を掠めた。


「まあ、よくわかんねぇけど、結局動かなくなるまでぶっ壊せばいいんだな?」


「・・・・・・まあ、そうなるわね」


 そう言われては身も蓋もないのだが・・・・・・。


視界に映るゴーレムの一体が近い。


「直路木君! この先二つ目の右側の道から来るわ! 出会い頭に叩いてやりなさい!」


「おう!」


威勢のいい返事とともに言われたとおり、二つ先の交差点の塀に背を預け、ゴーレムを待つ。


目を閉じて耳を澄ませば足音が聞こえてくる。早すぎるリズムで響いてくるそれは、対象の速さを示していた。その足音がどんどん大きくなっていき・・・・・・。


カッと令は目を開いた。次の瞬間には、彼は目に止まらぬ速さの回し蹴りを放つ。


閑静な住宅街に大きな衝撃音が反響した。


手応えあり。令の鋭い不意打ちは、見事にゴーレムの腹に叩き込まれ、ゴーレムは破片を散らして くの字に折れ曲がった。


来た道へ蹴り返されたゴーレムは、道路に何度か弾んだ後、電柱に激突した。


すかさず令がとどめの蹴りを放つ。しかし、寸でのところで躱され、令の足が虚しくアスファルトに穴を開けた。


深淵を纏った手刀で反撃を受ける。腹の大部分が失われている状態ではあるが、その動きにあまり変化はない。依然として無表情であることも手伝って、まるで腹のダメージが嘘のように感じる。


触れることさえ危険な手先に神経を集中させる。なんとか反撃しようにも、ゴーレムは防御にも深淵を纏った手を使ってくるので、容易に手が出せない。拳を繰り出そうとした先に、その手を盾にされるようなことが何度もある。


「ぐっ!」


 ついに敵の拳が腹にクリーンヒットした。敵の腕力もさるもので、令の体は威力を受け止めきれずに殴り飛ばされた。


 後方にあった金属製の柵を破壊することで、その勢いはようやく殺される。


 さらに奪われた体力と、腹の痛みが令の感情を沸き立たせた。


「ってーなぁ・・・・・・。あぁ! うっとおしい!」


キレた。


令は、深淵など気にせずにそのまま殴りかかろうとして――


「ちょーっと待った待った! なにそのまま殴ろうとしてんの! 」


慌てて一乃の制止の声が入る。


令はゴーレムと距離を取りながら、一乃に噛みつく。


「もういいだろ! めんどくせぇ!」


「連戦控えてるんだから あんまり食らうとまずいでしょうが!」


 言ってる側から、令はゴーレムの拳を食らって、深淵に纏わり付かれていた。


 言わんこっちゃ無い! 頭を抱える人のだったが、令は胸元に蠢いていた深淵をバタバタと忙しく手を動かして払いのけた。


「ほら! こうすればいいだろ!」


 深淵の影響を受けながらもそう強がる目の前の少年(アホ)に一乃は頭を抱えた。


「深淵って、手で払えるものなのね・・・・・・。 ・・・・・・じゃなくて! 直接触れないのなら道具を使いなさいよ! 猿でも道具は使うわよ!」


「あ・・・・・・なるほど」


距離を詰めてきたゴーレムの攻撃を躱しながら、令は真面目に感心した。


周囲を見渡せば、都合の良いことに近くにゴミ捨て場がある。じっくり物色している余裕はない。とりあえず令は目についた硬そうなものを引っ張り出した。


八〇センチ大の直方体のそれは、大きさの割に軽い。若干持ちづらさを感じつつも、令はその物体を勢いよくゴーレムへと叩き込んだ。


真っ直ぐに振り下ろされたそれは、頭の上に掲げられたゴーレムの腕を砕き、その頭を陥没させた。


住宅街に鳴り響いたのは、凄まじい破砕音と「チーン♪」という間の抜けた音であった。


そう、令が武器として選んだものは、紛れもない大型の電子レンジだった。


重い一撃を食らったものの、ゴーレムは健在。多少ふらつきつつも、その戦意は衰えていない。


間髪入れずに令は電子レンジを振りかぶった。


「うおおぉッ!」


チーン♪


どうやらこの電子レンジはベルの機能がおかしくて捨てられたようだった。


今度こそゴーレムは道路に倒れ込んだ。


軽い息の乱れを感じながら、令は大きく息をつく。


「ふぅ。まずは一体」


「休んでる暇なんてないわ。すぐに動いてもらうわよ」


駆け寄ってきた一乃が令に並んだ。


彼女にだけ見えている盤上で、ゴーレムの点が二つ消えている。令が倒した一体と、予定通り離れた場所で藍子が倒した一体だ。また、咎負いが左右二手に分かれたことで、四方から向かってきていたゴーレムも自身に近い方の咎負いを狙って分散している。そのうち、令達に向かって来ているのは、北側から二体、南から一体の計三体。残りの三体は藍子に向かっている。


「直路木君。私とはここで別れるわよ。あなたはこの道を真っ直ぐ行って。次の指示は電話で連絡するわ」


「わかった」


力強く頷くと、令は電子レンジを持ったまま真っ直ぐ道を進んでいった。


一乃は踵を返し、来た道を戻る。その目蓋の裏で、北側へと直進していく令の姿を確認しながら・・・・・・。


令と二つのゴーレムの点は、間近にまで迫ってきていた。


携帯を取り出し、令に電話を掛ける。


数回のコールのあと、令は出た。


「ふぁあ・・・・・・直路木君。次の道を右よ」


『おい、あくびすんな。緊張感ねぇな』


「ガチガチに張り詰めるのも良くないでしょ。携帯はスピーカーフォンにしておいて、胸ポケットに入れておいて。常に私の指示が届くように」


『わかったよ』


奮然と返事をする令の姿が、携帯と瞳の裏の両方で確認出来た。彼は言われた通りに、道を曲がる。その先にあるのは、左右に広がる堤防だ。


「堤防を越えて河川敷に。そこでゴーレムを迎え撃って。藍子さんにかけるから電話は一端切るわよ。気をつけて」


「了解!」


令の声を聞き終えるのと同時に通話を終了した。


令に近い二体のゴーレム。彼女の見立てでは、あと数秒もしないうちに令と一体目のゴーレムが激突する。そして、その二分後には二体目のゴーレムが来る。


令が二分以内に一体目のゴーレムを倒すことが出来なければ、彼は二対一の戦いを強いられることになる。そしてそこに時間を掛ければ、離れたところにいる三体目のゴーレムも辿りついてしまう。


深淵を纏った拳を受け続ければ、令も疲弊していく。戦力差的にも長期戦になるほど勝ち目が薄くなっていく。


最初の一体。それを倒せるかどうかで戦局は大きく変わる。


後ろ髪を引かれつつも、一乃は令から視界を切った。彼女自身もやるべき事がある。


一乃は藍子へと電話を掛けながら、彼女に視点を移した。


彼女は住宅街を抜け、車通りの多い、大通りを走っていた。平日の昼間とあって、左右に並ぶファミレス等の店に人は少ない。


彼女に向かっている三体のゴーレムと彼女との距離は離れている。しかし、ゴーレム同士の距離が近いので、一体と戦うことになれば、瞬く間に三対一で戦うことになってしまう。


コールに気づくと、彼女はすぐに出た。


「藍子さん。その道を道なりに進んで、二つ目の信号を右に行ってください。急いでお願いします」


「了解」


短い返事をし、彼女は足を速めた。すでに自転車程度の速度は出ていたが、その速度は見る見る上がっていき、ついには道行く車に匹敵するほどになった。流石に息を切らしてはいるものの、圧倒的な身体能力である。


彼女の加速に合わせて、ゴーレムも速度を上げたのが一乃には見えていた。


(問題は・・・・・・)


再び視界を令に移した。


未だ令は、電子レンジを片手に一体のゴーレムに苦戦していた。


(まずい・・・・・・)


次のゴーレムが来るまで、もう三〇秒もない。


焦燥が一乃の額に汗を浮かばせる。彼女は思わず歯がみした。

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