第5話 戦う決意

教師の制止を振り切り、白昼堂々校門を抜けた二人。


一乃と途中で合流した藍子とともに、令は学校から遠く離れた公園にいた。梅雨時の曇り空に覆われた公園には他に人はおらず、薄暗い中に最近の雨でまだ濡れている遊具が悲しげに滴を落としていた。


それぞれ別の遊具に三人は腰を下ろしている。


令は、球形の回転遊具の上に座って、クルクルと回り続けていた。回転する視界の中で、藍子の制服のスカーフの色が自分より一学年上の三年生であることを示している事に令は気づいた。


(そういえば、一乃は敬語使ってるしな)


錆の目立つブランコに揺られながら、藍子は肩をすくめた。


「まさか、昼間に動いてくるとは・・・・・・」


「ええ。敵も相当焦ってるってことですかね」


「修正が怖くないのか?」


「だいぶ抑えて動かしてるようです」


(昼間・・・・・・? 修正・・・・・・?)


 令に分からない話を擦る二人。


彼の中にいくつもの疑問があったが、とりあえず彼は一番気になっていたことを訊いた。


「なあ、なんで戦いに行かねぇんだ?」


 半分ほど地面から顔を出しているタイヤに座る一乃は、大きく伸びをしながら言葉を返した。


「それが、そう簡単にいかないのよ。ゴーレムの中で情報は共有されてる。一体のゴーレムに見つかれば、他のゴーレムが一斉に来るわ。今のところ私が透視魔法で見つけてるのは、八体。最悪八体同時にゴーレムの相手をしなくちゃいけないのよ?」


「あれを、八体もか・・・・・・」


ほとんど一方的にやられてしまった昨晩の苦々しい記憶が、思い出された。


 ひとまず、頭を働かせる。数秒後、令は口を開いた。


「なあ、どっか遠くまで逃げるのはどうだ? そんで、ほとぼりが冷めたら帰ってくる」


 とりあえず思いついたことを言ってみたが、一乃にため息で返された。


「あのね、私も敵の魔法使いもそんなこと思いつかないと思う? そんな方法で逃げられたら苦労しないわよ。おそらくだけど、この町全体に結界が張ってあるから無理よ」


「結界? バリアーみたいな?」


「そうそうそれそれ。カバラとか陰陽道とか魔法の系統によって定義は違うけどね。まあ、一定範囲内外に持続作用を及ぼすものは大体結界って言っても間違ってはないわね」


「・・・・・・?」


 あまり説明する気のない一乃の話を藍子が引き継いだ。


「要するに、私たちがこの町から出られないようにする魔法か、あるいは出てもすぐに分かる魔法が、すでにこの町で発動しているらしい。それがある限り町からは出られないよ」


「んだそりゃ・・・・・・」


「やっぱり、ゴーレムをどうにかするしかないな。やるなら昼のうちだと――」


藍子がそこまで言いかけたとき、一つの影がもの凄い速度で公園のフェンスを越えて侵入してきた。


電撃が走ったかのように、三人は立ち上がった。


影の正体は若い女性の姿をしていた。何の表情も浮かべていないその顔で、それは確かに三人を視界に捉えた。


一乃は、そして残りの二人もそのものの正体が何であるかを確信していた。


「ゴーレム・・・・・・! どうして!?」


 悲鳴のような声を一乃はあげた。その顔は青ざめている。


「くっ・・・・・・」


藍子は、思わず一歩下がりそうになったのをなんとか押しとどめた。


ゴーレムが突然現れた事による動揺。乱れた動機は収まらない。


臆してはいけない。相手の動きはどうだ。こうしているうちにも残りの八体がここに迫って来ている。早く決着をつけなくては。でも焦るな。


焦燥と思考。彼女の中にそれらが蠢き、一刻の猶予も惜しいこの場面で彼女の動きを縛る。


一方、


「おおおっ!」


既に令はゴーレムの懐にまで入っていた。


賢明だからではない。彼は何も考えていない。


敵だから倒す。不良との喧嘩と同じレベルの思考回路で彼は動いていた。


彼には、迷いなどという言葉は無縁だった。


空気を裂く一撃をゴーレムに放つ令。相手は人間ではないと分かっている令のその一撃は、まさに人間相手に打つような拳ではなく、躊躇ない全力のパンチだった。その風切り音は、戦えないために距離を取った一乃にまで届くほどであった。


しかし、それは当たらない。令の全身全霊の攻撃は、見事にゴーレムに躱され、豪快な空振りと化した。


ゴーレムからの反撃の突きを危なげに躱す令。彼の眼前を横切ったゴーレムの拳には、青く黒いもや、深淵が僅かに纏われている。その色に昨日の呑まれてしまいそうな濃さでは無く、今日のは目視もしづらいほどに薄い。


深淵は人を堕とすもの。人が触れれば、虚脱感、筋弛緩、強烈な眠気に襲われる。今日ほど弱ければ、触れても昨日ように一瞬で意識が持って行かれることもないだろうが、それでも確実に体力は奪われるだろう。


昨日受けた一乃の説明と実体験によって、令もそれを充分に承知している。戦いづらさを感じつつも、令はゴーレムの猛攻を躱し続けた。


指先が自身に向けられるたびに、令は肝を冷やしたが、不思議な事にゴーレムは昨日のように腕を伸ばしたり、爆散させたりはしてこなかった。


だが、


「ぐっ・・・・・・ !がっ・・・・・・!」


 それを差し引いても、ゴーレムは令を圧倒していた。立て続けに二発食らったことにより、大きく疲労と眠気が蓄積する。拳に触れるだけで危険であるというのもあるが、それに加え武術家じみた洗練された戦い方をしてきていることが、令に戦いづらさを感じさせていた。


 一挙一動の動きは、機械的かつ効率的で、やはりそこには人間とは違う。


突然ゴーレムの右腕が砕かれた。


見れば、遅れつつも参戦した藍子が加勢に来ていた。


「令! とりあえずどこでも良いから壊せ!」


左手も蹴りで破壊しつつ、藍子が言い放った。


「わかったッ!」


深淵を纏っていた部位を失ったゴーレムなど、恐るるに足らない。雄叫びと共に令は大ぶりの拳をゴーレムの顔面目がけて放つ。防御のために掲げられた手のない左腕をも砕き抜き、その一撃はゴーレムの頭を完全に粉砕した。


爆散する土の欠片。それらは木や遊具にぶつかって、さらに細かく砕け散った。


だが・・・・・・。


「ぐおっ!」


強烈な蹴りが、令の腹に決まった。頭を失ってもなお、ゴーレムの動きは止まっていない。


「クソッ!」


 そう言う藍子が、すかさず蹴りをゴーレムの腹へと叩き込んだ。彼女の蹴りは、ゴーレムの体を貫通した。


 頭を失い、腹を穿たれて、ようやくゴーレムは動きを止めた。その場に膝をつき、少しの間グラグラと体を動かしたのを最期に、ゴーレムは地に倒れ伏した。やがてそれは色を失い、ただの土くれと化した。


二人して安堵の息を吐く。


しかし、それは束の間のものだ。すぐさま藍子は一乃に振り返る。


「どういうことだ、一乃」


「ごめんなさい。見落としがあったの。ゴーレムは全部で九体いたんだわ・・・・・・」


 顔を沈める一乃。その顔を見て、令の声が空気を切った。


「よっし。じゃあ、こうなったらもう戦うしかねぇな! もう、残り八体のゴーレムもこっち向かって来てるんだろ?」


「・・・・・・そうね。覚悟決めるしかないわ。」


 一乃は、少しの間瞳を閉じた。そして、次に目蓋を上げた時には、その片側の瞳の奥に強い光を湛えていた。引き締められた表情で、彼女は口を開く。


「ミスは取り返す。二人とも、私の指示通りに動いて」


 いくつか一乃が指示を出したあと、三人はそれぞれ動き始めた。


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