第4話 邂逅



結局一乃の家を出たのは、夜が明けるぐらいになった。


寝たら確実に遅刻すると予感した令は、逆にそのまま門も開いていない時間帯に登校し、門の前で寝るという暴挙に出た。


これで遅刻はすまいと眠りについた令は見事に寝過ごして遅刻したのだった。


「起こしてくれよ・・・・・・」


一限終了後の休み時間。教室にて令はクラスメイトに恨み言を聞かせていた。


「や、なんか意味があると思ってさ」


「意味なんてねーよ!」


「ごめんごめん」


全く悪びれるでもなくそう言うのは、クラスで最も仲が良い生徒。日村 和也であった。


小柄で短髪の彼は、令とは対照的に大人しい性格であったが、他校の生徒と喧嘩三昧の令がこの学校で浮かずにいられるのは、彼のおかげであるところが大きい。


喧嘩は令自身がふっかけている訳ではなく、他校の生徒の因縁や挑発に、単純な性格の令が全て乗ってしまっているだけなのだ。和也はそのことを見抜いた上で令をフォローし、彼を上手く扱っている。元々単純かつアホな令の性格は人に憎まれづらいものであるということと、大人しい和也が普通に接しているということもあって、彼のクラスでの印象はそこそこ良かった。


もちろん、令はそんなこと露程も気づいていないのだが。


「ところで、なんであんなところで寝てたの?」


「家で寝たら遅刻しそうだったんだよ」


「だからってなんで校門で寝るのさ・・・・・・。昨日何してたの?」


「どうせまた遅くまで喧嘩でしょ!」


 そう言って二人の間に入って来たのは、ポニーテールの少女。日高 美菜であった。令とは小学校からの付き合いで、彼女もまた令のことをよく分かっている人物の一人であった。


「ちげえっつの。喧嘩はしたけど、それのせいじゃねぇ!」


「ほらやっぱり喧嘩はしてるんじゃない! そもそもそこがおかしいって、いっつも言ってるでしょ!」


 彼女は令の望まない喧嘩三昧の日々を心配して、喧嘩沙汰にならないようにと昔から口を酸っぱくして令に注意しているのだが、その成果は未だ出ていない。


 腕を組んで説教しようとする美菜をなだめつつ、和也が続けた。


「まあまあ。とりあえず、昨日は遅かったって事だね」


「まあな。魔法使いの話が長くてな」


「なにそれ? ゲーム?」


「夜が更けるほど長い話するゲームってどんなゲーム?」


 二人して首を傾げた。


「ん、まあそんなところだ」


眠さ爆発の頭でぼんやりと令は昨日のことを思う。


(魔法ねぇ)


この世界に実はオカルトが実在する。


それを知っているだけで見ている景色が変わった気が――


(――しねぇわ)


してなかった。


眠気にしょぼつく目で窓の外見る。


まばらに雲の浮かぶ五月の空。生徒が集まっているグラウンド。遠くに霞むビルに、さらにその遠くにある山。どれも別にいつもと代わり映えしない光景だ。


自分がそう思っていることを令自身が意外に思っていた。いままでの常識を覆すような事が起きれば、感じるもの全てが変わると、そう思っていたのに特段令の中で変わったところはなかった。


だが、それは当たり前のことでもある。令が今まで知らなかっただけで、魔法は、オカルトは以前からずっと存在していたのだ。突然現れたわけではない。令が知ろうが知るまいが、世界が変わったわけではないのだ。


変わるとしたら、それは他ならぬ令自身なのだが・・・・・・。


(なんでだろう・・・・・・? ・・・・・・まいっか)


迷いすらなく考える事を止める令に、そもそも変わる世界など固まっていないのだった。


「ふあぁ・・・・・・」


大きなあくびが令の口をついた。


もう一眠りするかと思いつつ、あくびといえばと昨日の眼帯の少女を令が思い出したとき、教室の扉が勢いよく開いた。


「直路木君っ!」


教室に響いた声に令の眠気は吹き飛び、教室中の視線はその声の主に集中する。


そんなことはお構いなしに声の主、間宮 一乃はズカズカと教室まで入ってきた。一直線に令まで向かってきてその手を取った。


「いくわよ!」


「どこへ!?」


戸惑う令と呆気にとられるクラスメイトを無視し、一乃は令を教室から引っ張り出した。


そのとき、ちょうど始業のチャイムが鳴った。これで二限も遅刻確定である。


足をもつれさせながら、誰もいない廊下で令が声を上げる。


「おい! 一体何なんだよ!」


「敵よ! ゴーレムが近いの!」


「よっしゃあ! ここで返り討ちにしてやる!」


「なんでよっ! こんなところでやり合ったら周りも巻き込むでしょうがっ! 学校出るわよ!」

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