第2話 咎負い


 目覚めは突然だった。


 ガバリと起き上がる令。


「・・・・・・夢か」


「なんでよ」


 背後からすかさず突っ込みが入った。


「うおっ!」


 驚いて令は振り返る。そこには、左目に大きな眼帯をした少女が、腕を組んでソファに座っていた。眼帯とは反対側に結ばれたサイドテールが少女の動きに合わせて揺れている。


 ここにきて、ようやく令は自分が見覚えの無い場所にいることに思い当たった。なんの変哲もないリビング。


 周囲を見ればそこに置かれている家具は質素なデザインであったが、高級そうな雰囲気を醸し出している。テーブルを挟んだ令の対面にある大きなテレビもまた、ここの家主の裕福度を示していた。


 そんな部屋のソファに令は今まで寝かされていたようだった。


「ってかなんで俺裸!?」


 掛けられているタオルケットの下は、見事にパンツ一丁だ。起きてそうそう令は混乱の極みに登った。


「仕方ないじゃない。砂だらけのあなたを家に上げたくなかったんだもの」


 憤然と少女はそう答える。


「砂だらけ・・・・・・」


 令の頭に、正体不明の存在との戦いが浮かんだ。少女の発言といい、本当にあの体験は夢ではなかったという事なのだろうか。


 窓の外は暗い。さっきのが夢でないとしたら、あれからそれほど時間は経っていないはずだ。


 だがなぜ?


 いやその他にも――。


「いろいろ疑問があるのは分かるわ。大丈夫。あなたに害意があるわけじゃないわ」


 横に長いテーブルをコの字型に囲むようにして三つのソファが配置されている。そのうち左右にある一人がけのソファの一つに少女は座っていた。


 少女が薄く笑った。


「まず、ここは私の家よ。倒れたあなたを藍子(あいこ)さんが運んできてくれたの」


 令の脳裏に月下に猛る炎を纏った少女がよぎったが、脳内で整理するべきことが多すぎて情報がまとまっていかない。令は複雑な思考ができない質であった。



 だから考える事を早々に諦めた。



 令は黙って少女が説明してくれるのを待った


「・・・・・・意外と冷静なのね」


 何も考えていないだけなのだが、少女の目にはそう映ったらしい。


 少女は続ける。


「まずいろいろ説明する前に、大前提としてあなたにはオカルトを信じてもらわなければいけないわ」


「オカルト・・・・・・? 魔法とか幽霊とか、そういうやつか?」


「そうよ。そしてあなたを襲ったゴーレムもそう。公に知られていないだけで、この世には魔法とか幽霊とか吸血鬼とか、あなたみたいなオカルトな現象や存在が実在するのよ」


 なるほど、と何の疑問もなく令は納得したようだった。ゴーレムをその目で目の当たりにしているとはいえ、疑問の方が多いこの状況でここまで素直でいられるのは、逆に彼の才能なのかもしれない。


 が、言葉を飲み込んだあとに、その中に引っかかる部分があることに令は気づいた。


「ん? 俺みたいな・・・・・・?」


「そうよ」


「その言い方だと、俺もオカルトな存在ということにならないか?」


「え?」


「ん?」


「・・・・・・」


 一体この男は何を言ってるんだろう、という顔をする少女。


 何かおかしな事言いましたか、という顔の少年


 しばらく空白の時間が流れた。


 そして、少女はたとある可能性に思い当たったようだ。その表情が見る見る変わっていく。まるで信じられないものでも見たかのように。


「まさかあなた・・・・・・自分の力に気づいてないの・・・・・・?」


「え? 俺、魔法も使えないし、別に普通だぞ?」


「・・・・・・」


「まさか、実は俺の知らないうちに俺は死んでて、幽霊になっていたとでもいうのか・・・・・・」


「そ、そうじゃなくて! あなた自分が普通って、普通なわけ無いでしょ!」


 あまりの事にフリーズしていた少女が、まくし立てる。


「どこの世界にあんな大きい鉄の扉ぶつけられても平気で、しかもそれを投げ返せる『普通の人間』がいるのよっ! あり得ないでしょ! いままであなたがしてきた不良との喧嘩も、鉄パイプで殴られても平気とか、そんな相手二〇人いても無傷で勝つとか! おかしいでしょ! 」


 一気に喋りすぎで、息を切らす眼帯の少女。その剣幕に令は逆に冷静に考える余裕ができた。彼はいままでの自分の喧嘩の数々を追ってみて・・・・・・。


「・・・・・・。・・・・・・あっ。そうだったのか・・・・・・。俺が強いのは、鍛えたおかげだとずっと思ってたぜ・・・・・・」


「・・・・・・」


 あっ、アホだこいつ、と少女の中で令の評価が確定した。


「あーもう。あなたのせいで全然話に緊張感が出ないじゃない。ふぁーあ」


「お前もあくびしてんじゃねぇか・・・・・・。で、じゃあ俺はなんだよ?」


「・・・・・・咎負いよ」


 回りくどい説明よりも、直球で行った方がいいと判断した少女は、短くそう答えた。 


「咎負い。咎を負って、人の身にして人ならざるちからを受けた存在・・・・・・なんだけどね」


 少女が眼帯に覆われていない瞳で令を見据えた。夜の闇を写したその瞳は深く黒く先が見えない。


「咎の自覚がない咎負いなんて、そんなのが存在しうるなんて、思いもよらなかったわ」


「咎・・・・・・?」


「咎、非難されるべき罪のことよ。半年ほど前から、不思議な力を持った人が現れ始めたの。魔物や超能力者とはまた違う存在。その人達はみんな、咎を犯し、それを強烈に後悔している人たちばかりだった。だから彼らは『咎負い』と呼ばれているのよ」


「でも、俺そんなに後悔してることなんてねぇぞ」


「どうやら、そうみたいね」


 諦めたような表情を見せる少女。


 どう見ても令は頭で考えて苦悩するタイプではない。 


「その、咎とか言うのもよくわかんねぇしよ。多分俺、その咎負いとかいう奴じゃねぇぜ?」


「それはありえないわ。少なくとも、異常な筋力とか頑丈さとか、咎負い共通の特徴は見られる訳だし。それにあなたが咎負いじゃなければ、ゴーレムがあなたを狙うはずがないもの」


 少女は窓の外に目を向ける。夜空に浮かぶ月が視界に入ったとき、彼女は僅かに目を細めた。


 その目に月以外の何が映っているのか、令にうかがい知ることは出来ない。


「ゴーレムって、あの襲ってきたやつか?」


「そうよ。ゴーレムの、いえ、ゴーレムの主の狙いは咎負いよ。だから、あなたが襲われた。あなたを捕まえて、使うために」


「使う・・・・・・?」


 不穏な言葉の響きに令は眉を顰めた。


「咎負いはね、特別なのよ。この世には超能力も魔法もあるけれど、咎負いはその中でも特別な存在なの。研究したり戦力にしたり、魔法の糧にしたり、そういうやつらに売ったり・・・・・・。咎負いの『使い道』はたくさんあるから。だから、あなたたちは狙われているのよ」


「俺たちって、おまえは違うのか?」


 眼帯の少女は肩をすくめながら大きなあくびをした。


「ふあ・・・・・・。違うわ。私は咎負いじゃない。私は占術師、魔法を使う占い師よ」


「占いって・・・・・・」


「あなたが廃工場でゴーレムと戦っていたことを、私が事細かに知っているのはおかしいと思わなかった?」


「え? え、あ、ああ。言われてみればそうだな」


「思わなかったのね・・・・・・。あれはね、私が占術であの時の状況を見てたから知っていたのよ。そもそもあの場所で何かが起こると予見出来たのも占術のおかげだしね」


「へぇ」


 魔法使い。本当にいるんだ、と感心して令は眼帯の少女をまじまじと見つめた。


「だから、今この町にいる咎負いは二人よ。あなたと、もう一人は――」


 そのとき、部屋に扉を開ける音が響いた。見れば一人の女性が部屋に入って来ていた。


 肩で切りそろえた髪。クールな印象を受ける切れ長の目。令が廃工場で見た少女だった。


「良い湯だったよ」

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