後編<安樹>終

 成人式から一年が経つ頃、私は郊外の小さな式場に来ていた。

 朝から忙しなく準備に追われて、昼過ぎにようやく自分の服装を整える段になった。

 控室で私に振り袖を着つけたアレクは、完成した私の格好に満足そうに頷く。

「安樹にはやはり琥珀色ですね」

 私の瞳の色と同じ琥珀色の着物は、白い小花が散りばめられて春爛漫としていた。

「いいのですか? ウェディングドレスでなくて」

「晴れの日にはこれを着ようと決めてたんだよ」

 私はアレクの前でくるっと回ってみせて、胸を張りながら笑う。

「おじさんが私のために買ってくれたんだから」

 成人式に母が竜之介にお祝いを贈ったお返しに、龍二さんは私と美晴にお返しをくれた。それが見ただけで嬉しくなるような琥珀色の振り袖だった。

 母は十九歳のとき、成人式を迎える直前に父の国に発った。母が大人になるときを見届けられなかったと、龍二さんはずっと後悔していたらしい。

 だから私が二十歳になるときは、自分が必ず盛大に祝う。そう心に決めていたと、龍二さんは話していた。

 そんな母親のようなまなざしでみつめられていたと知って、ちょっと照れくさかった。ついでにもう一人の母親も、未だに凝視するように私を見ているから余計だ。

「しかし、こんな子どもが結婚なんてできるんですかね」

「そうかな。私もう二十一だよ」

「私から見れば、一生あなたは子どもです」

「もー、アレクは」

 私がむくれていると、アレクは苦笑して私の頭を叩いた。

「母親は皆そんなものです。あきらめなさい」

 ノックの音がして、竜之介と由衣が入って来た。竜之介は母の贈った黒いスーツを、由衣は珍しく青いドレスを着ていた。

 竜之介の隣を並んで歩く未来も、もしかしたらあったのだろうか。ふと想像して、待て待てと私は首を横に振る。

 私は竜之介から目を逸らしながら言った。

「悪かったな。お前の女になれなくて」

 一瞬想像した未来が気まずくて私が竜之介にこぼすと、竜之介は仏頂面で答える。

「気にするな。あれはただの業界用語だ」

「警備会社のか?」

「は?」

 訝しげに眉を寄せた竜之介に、私はきょとんとして問い返す。

「お前の家の家業、警備会社なんだろ?」

 あれだけ若くて丈夫そうな男の人がいっぱいいるのだから、私は間違いなくそうだと思ったのだ。

「あんたの馬鹿は致命的なレベルね」

 由衣が腕組みをしながら言い捨てて、竜之介に振り向く。

「浅井君。こいつと結婚しなくてよかったわ。馬鹿がうつったわよ」

「ああ。じゃあ、由衣が竜之介と結婚すればいいんじゃないか?」

 結構似合ってると言うと、由衣は意外にも一刀両断にはしなかった。

 由衣は竜之介を見やって目をくるりと動かすと、ふと本音をぼやいた。

「でもあたし、警官になるのが夢なのよ」

「奇遇だが俺もそうだ。親父と母さんは、家業を継ぐ若衆はたくさんいるから構わないと」

 二人の間に微妙な空気が下りて、二人とも真顔で言った。

「まあいいか」

「検討しておこう」

 私はそんなやり取りを見ていたら、にわかに緊張してきた。

 未来ってころころ変わるものなんだな。そう思うとそわそわとし始めて、私は扉に向かう。

 ちょっとのつもりで控室を出て、廊下を歩く。

 ここはホテルの一角だから、従業員や客が廊下をすれ違って行った。

「あ」

 お手洗いから戻る途中、慣れない草履につまずきそうになった。

 けれどすぐ側を歩いていた人が、さっと手を差し伸べて助けてくれる。

「ありがとうございます」

 小柄な清掃員らしい人は、帽子を被っていてよく顔が見えなかった。

 その人はそっけなく首を横に振って、何も言わずに通り過ぎようとした。

「……おめでとう」

 風のような、涼やかな声が私の耳を掠める。

 彼が首に下げていた金貨のペンダントを見て、私はうなずく。

 言葉はそれ以上交わさなかったけれど、それで十分だった。

 控室に戻ると、美晴が来ていた。

「安樹、きれいだね」

 美晴は父より低くなった声で私を呼んだ。背も高くなって、もうとても女の子に見間違えたりしない。

 でも均整のとれたすらりとした長身に、真っ白なタキシードが輝くように似合っている。

「一番美晴がかっこいいよ」

 私も自信を持って言葉を返した。

 美晴の支度を手伝ってくれた楓さんが苦笑する。

「美晴ったら身長どんどん伸びるから、これ、二回も仕立て直したのよ」

 美晴のタキシードも、龍二さんが私たちに成人式のお祝いに贈ってくれたものだ。

 白は私より美晴に似合っている。そのことに、龍二さんも気づいてくれたのだろう。

「美晴、後ろ向いて」

「うん」

 一年で美晴はずいぶん変わった。だけど変わらないところもある。

「ありがと。やっぱりこれじゃないと」

 私が美晴の長い銀髪をリボンで結ぶと、美晴はぱぁっと笑った。

 楓さんとアレクが出て行った後、私と美晴は二人きりになった。

 いろんなことが頭をよぎる。今日を迎えるために、過去に悲しみを重ねてきた人たちがいるのも知っている。

 だけど私には、これから始まるわくわくの方が大きかった。

「そろそろ行こっか」

 美晴がうなずいて手を差し出す。私はその手に自分の手を重ねた。

 じゅうたんを踏みしめ、小さな教会に入ると、中には既に全員揃っていた。

 父、アレク、おじいちゃん、楓さん、竜之介、由衣、そして龍二さん。私の大好きな人達が待っていた。

 りょうちゃんは芸能界を引退して、別の人生をみつけると言って出席はしなかったけど、どこかで見ていてくれているのを知っている。。

 この結婚式は、この人たちにだけ知ってもらえればいいから、他に招待客は呼んでいない。

 皆は私たちの姿をみとめると、一斉に拍手を始めた。

 父は楽しそうに、アレクは不本意そうに、祖父は優しく私たちを見ている。楓さんは美しく、竜之介は仏頂面で、由衣はやさぐれながら、龍二さんは愛おしそうに目を細めて。

 ままごとみたいな結婚だろう。双子で結婚だなんて変だと言われるかもしれない。

 でも、大好きな人たちみんなが祝福してくれるなら、それはもう変とはいわないんじゃないだろうか。

 私は美晴を見上げて彼を呼んだ。

「美晴」

 私は龍二さんみたいに、離れていても構わないなんて言えない。

 いつも美晴に側にいてくれないと嫌だ。美晴は私の半分で、私は半分の体では生きていけない。

 だから私は美晴と相談して決めた。

 私たちは結婚する。兄妹だから無理だなんてことはない。式を挙げることも、指輪を交換することも、キスすることだって、この世界は何一つ禁じていないじゃないか。

 一番大切な人に、私は愛を誓う。

「安樹、愛してる」

 私が言葉にする前に、美晴が私に振り向いて言う。

「ここ祭壇じゃないよ」

「俺が愛を誓うのは神じゃなくて安樹だから」

「フライングだ」

 私がむっつりすると、美晴は楽しげに笑った。

 私は背伸びして美晴にキスする。美晴は少し驚いたように目を軽く見開いた。

 その顔に満足して、私はにこっと笑う。

 私が一番愛していて、一番私を愛してくれる人。

 その存在を私の一番近くに産んでくれたお母さんに感謝したい。

「行くよ、美晴」

 私がそう告げると、美晴は私の手を私より大きくなった手で包み込んだ。

 さあ、私の半身、パラヴィーナ。

 どこまでも一緒に、歩いていこうね。

 そうして私たちは、祝福の道に足を踏み入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

偏愛イデオロギー 真木 @narumi_mochiyama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ