第8話 離脱

弾かれたようにその場から移動を始めたノイエに対し、先程ノイエの棍を止めた黒い影が遅れることなく追随してくる。


小高い丘を駆け下り、ひたすら南西に向け高速移動する二つの影。

土が剥き出しだった大地には次第に短い草が目立つようになり、草の丈が膝下あたりまで伸びてきたころ、遂に影は前を行くノイエを捉えた。


影が右手の手刀を脇に構えると、手指から爪の先までが一振りの両刃剣へと形を変える。

影は、右手を上段に振り上げると、ノイエの背中目掛けて強烈な袈裟斬りを放つ。

影の一撃は狙い違わずノイエの右肩から左脇腹へ抜ける…はずが、ノイエの身体に触れる手前で大きく軌道が逸らされ、剣は空を斬る。


影に僅かな動揺が走った。


斬撃の直前、確かにノイエが一瞬振り返り、斬撃に合わせて棍を振るい、剣の軌道を変えたのだ。


それまでただの一度も振り返ることなく前を向いて疾走していたノイエが、なぜ斬撃の直前に後ろを振り返ることができたのか…まるで、攻撃される瞬間を予知していたかのような、後ろに目がついているかのような…にわかには信じ難い出来事だった。


斬撃が空を斬り、体勢を崩した影に対し、ノイエはここぞとばかりに加速する。

まるで、色を…音を…全てを振り切るかのように。


体勢を整えた影が再び追跡を再開し、再びノイエを攻撃の間合いに収めようとしたころには、二つの影は数キロを移動し、広大な森の中へと足を踏み入れていた。


ノイエは、足場の悪い森の中を滑るように疾駆するが、影の速度は更にそれを上回っていた。

影は、右手と同じように自らの左手も剣と化し、今度こそノイエを仕留めるべく二刀の剣を振るう。


影の左剣が左から水平に薙がれるに合わせ、ノイエは体を沈めてこれをやり過ごす。

今回は後ろを振り返ることすらしなかった。

もう間違いない。

どのような手を使ったのかはわからないが、ノイエは影の攻撃のタイミングを察知している。


しかし、今度は逃さない…ここで仕留める。


左剣を引きつつ右剣を右下から左上に切り上げると、ここで初めてノイエが体ごと振り返り、またしても棍を横から当てて軌道を逸らせる。

そこからは、一転して互いに足を止めての打ち合いとなった。

ノイエは、黒い影の二刀の猛攻を棍で軌道を変え、あるいは真っ向から打ち合い、その反動で棍の反対側を影に叩き込む。


50合近く打ち合ったものの、両者とも決め手に欠き、一度わずかに距離を取る。

すると、ここで影は人外の存在であることを改めてノイエに知らしめる。

だらりと下げた両腕の肩が盛り上がったかと思うと、一気に第3・第4の腕が現れたのだ。

黒い影は、合計4本の剣を操り、わずかな時間差をつけつつ一斉にノイエに襲い掛かった。


棍を両手で横に構えるノイエは4本の剣を冷静に観察する。

と、ノイエが両手を捻りながら棍を左右に伸ばすと、棍が三分割された。

長棍から三節棍に変形した獲物を構えると、影の4本剣を三節棍でことごとく受け流し、受け止め、打ち払う。


棍が攻守のバランスが取れたオールラウンドな武器であるのに対し、三節棍は一撃の威力が落ちる代わりに手数が大幅に増える。

しかも、この三節棍は三つの部分が均等な長さではなく真ん中が短い上、棍と棍を繋ぐ鎖がかなり長いため、ショートソードと同程度の長さの棍を二振り持って戦っているように見えた。


ノイエは、延々と棍を振り続ける。

本来、ノイエの戦闘力では影と互角に渡り合うことは不可能だったが、《アマルテア》によりブーストされたフィジカルとオフィーリアの巧みなサポートにより、なんとか持ち堪えることができていた。

だが、鼻と耳から血を流し、想像を絶する負荷に体のあちこちから悲鳴が上がる。


体の痛みに対し、ノイエは自嘲する。

自分の意思に反して…あの人を置いて自分だけが生き残ろうとする何と浅ましいことか。

ノイエは、自分に課せられた使命として、この影から逃げ切れないのであれば、せめて地獄へ道連れにしてやろうと心に決めていた…。

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スキルクリエイトは灰色の空の下で 空風鈴 @bellmark

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