最終話


「じゃあ。はじめるよ。着席してねー」


目を開けると、白さが目をさした。それほどに白いものしかない部屋だった。光が天井からこぼれていた。てらてらとほこりが光に照らされていた。

見上げると、豪奢な机に白い服を着た三人の男性が座っていた。

視線をもどし、右隣を見ると、中年の男性がおり、左隣に妙齢の女性が立っていた。

「やっと起きたー? では座ってね」

真ん中に座っていた白い服の男性が、こちらに向かって手を伸ばし何の変哲もない椅子に座るように促した。


何が起きたのか分からないまま、私たち三人は椅子に腰掛けた。

「説明するね。三人の中からひとりだけ異世界に転生することができるよ。これはその為の面接。さあ、新たな世界での冒険の思いの丈を私達にDONDON! ぶつけてちょーだいな」

男が一切の感情を排していった。

「待ってください! 訳が分からないんですが、どういうことか、説明してもらえますか」

左隣の女がつっかえながら言った。

「それは質問、ということでいいのかな」

 白い服の男は機械のようだった。

「質問は一人、三回までとなってるんだよね」

女は少し間をあけて、首を横に振った。賢明な判断だと思う。


「では、早速志望動機を聞こうかな。なぜ異世界転生したい思ったの?」

中央の男は友達にでも訪ねるかのように、言った。

隣の中年の男に手のひらを向ける。中年男性はこちらを伺うも、私たちにはどうしようもない。最初に聞かれた不運を呪うがいい。

「いやいやいや、転生ってなんだよ。俺はパチンコしてたら急にトラックが突っ込んできて、そこまで覚えてんだが、えっ俺、今死んでるから転生なの? てかさっ。パチンコやっててトラックで死ぬなんて不条理ある? ヤマノ運輸のトラックだったことまでは覚えてんだけどさ」


ふーん、いう興味が一切ないため息のようなものが漏れる。次、あんたは? 隣の女性に訪ねる。

「えーと。魔王倒して世界を救う的な?」

「それ、志望動機じゃなくて目的だよね。志望動機死亡しちゃってる。よくある就職を決めたいだけの死亡動機書いてくるシュウカツセーみたいじゃないか。まぁ、いいや。次」


私は背筋を伸ばした。

「伸ばしたいと思います」

「うん?」

「異世界の全ての人の僧帽筋を伸ばしたいと思っています」

「もっと詳しく」

「異世界の全ての人にストレッチを教え、僧帽筋を伸ばすことで頭痛がやむ。そして世界に平和が訪れます」


真ん中の白い服をきて、気安くしゃべってくる男が肘をついて、めんどうくさそうにみんなに言った。

「いまさらなんだけどさ。一応魔王とか姫様がいて、魔王が暴れて大変だから倒してほしい。それが異世界転生の目的なんだけれども、それでもってこと?」


「魔王はなぜ、暴れているんでしょうか」

「さあ。魔王? だから?」

「魔王と勇者のパワーバランスは?」

「ほぼ、互角だね」

「じゃあ、魔王は筋トレしてますね」

「してるかも……ねぇ?」

「わかりました。真の敵が!」

「敵?」

「魔王は勇者と戦う為の筋トレによる頭痛に悩まされている。それが真の敵の正体です」

「う、うん?」


白い服の面接官たちはお互いを見合った。どうやら、まったくわかっていないらしい。

「魔王が悪いわけではなく、魔王の頭痛によって、世界がピンチなのです。頭痛が原因で暴れていると仮説を立てます。からだと精神はつながっていますので。僧帽筋を伸ばして、頭痛をなおし、魔王を沈めます。それが僧帽筋です」

「あっ、うっ、うん」


白い服を着たおっさん三人が固まって何かをゴニョゴニョゴニョゴニョゴニョゴニョゴニョ、と話した。

「分かりました。じゃあ一回ねぇ休憩してから、転生者を決定します。まあさっきも言ったけどひとりだけだから、ちょっと申し訳ないけども、あとの流れについては他の担当から追って伝えますんでね。じゃあ皆さん。お疲れ様。面接来てくれてありがとねー。じゃあねー」


私たちは別室に連れられ、一時間ぐらいそのまま部屋の中でぼーっとしていると、扉がノックされる。


なれなれしく話していた白衣の男性と共に、白く明るすぎる廊下を歩く。

「花袋、君だねえっ、前世では?」

「ええ。前世では」

「おめでとうー。君で決まりだよ」

「なぜ、私なのでしょうか」

「まぁ、一番伸びしろがあるっていう判断だよ」

「でしょうね」

私はもう一度言った。

「でしょうね」

その後、私は転生の術式の上に立ち、祝詞を唱えるおっさんに見送られ、いざ、異世界へと飛ばされることになった。


暗い。

ここはどこだろう。

とても静かだ。


なにか、黒くうごめくものが無数に見え、上部からはうっすらと光のすじが見える。

目線を下に向けると、白くうねうねとうねっているなにかに気がついた。そしてその手は半透明のように透き通ってどこまでも柔らかそうであった。

恍惚して見つめた。


動かせる。私が思ったように動かすことができた。

私の手であった。


クラゲやん。

私はもう一度思った。

クラゲやんか。

私の大冒険はどうやらクラゲからはじまったようだ。全ての人の僧帽筋をクラゲのみに伸ばし、どこまでも伸ばしていってやる。それが私の願い。魔王の頭痛も駆逐してやれば、世界に平和が訪れるであろう。

俺TUEEEストレッチ生活が今、はじまる。

                          (了)

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ストレッチの迷走 淡麗 マナ @3263

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