第八話 レーパン美少女。
「そう。倒れそうになる前に逆を踏む。そうそう」
あれから数日。
連日の『タケちゃん、婚約おめでとう祭り』のおかげで、店も大賑わいだった。
みんな給料前だってのに、無理しなくてもいいのになぁ。
それでやっときた店休日。
俺は朝からティナに自転車の乗り方を教えてたんだ。
俺の乗ってるCAAD12は大きすぎるから、STRIDAに乗せたんだが。
こいつ、足長いのな。
軽く落ち込んだよ。
俺の高さで調整してたんだけど、ちょっと下げただけでポジション合っちまった。
「うん。だいたい覚えた」
「ちょっと待て。まだ教えて五分だろうが」
「そう? 結構簡単みたいだけど」
すると、ティナはゆっくりだが、倒れないで走れるようになっていた。
確かに運動神経は良さそうだったけど、ここまでとは思わなかった。
俺だって補助輪なしに乗れるようになるまで、半日かかったんだけど。
ティナは確かにめちゃめちゃ頭がいい。
海辺の砂浜の乾いた砂が水を吸うみたいに、吸収が凄く早いみたいだ。
俺が知ってるドワーフは確かに細かい細工や、色々なものを作り出すくらい知識が豊富だと思っていたけど。
これはないだろう。
算用数字もあっさり覚えちまったし。
レジを覚える前に暗算でお客さんの精算もしちまう。
すでにひらがなとカタカナは読めるようになってるし。
どんだけ優秀な王女様なんだか。
ティナ用のヘルメットがなかったから、ゆっくりと新都心のスポーツデポへ買いにいくことにした。
行きつけの自転車屋でもいいんだけど、冷やかされるのが嫌だからな。
五十八号線に出て、ゆっくりと北上していく。
泊の信号を抜けて、坂を上る。
途中で止まって振り返ると、額に軽く汗を浮かべながら涼しい顔で漕ぎ続けていた。
ティナの乗ってるやつ、あれ、変速機なしだぞ?
なんで平然と坂、上ってくるんだ?
上之屋の信号を渡ってから右に折れる。
本来は車道を走るべきなんだろうけど、ティナは慣れてないからゆっくりと歩道を走ってきた。
それにしたって、とんでもない心肺機能だよな。
心配するほどじゃなかった。
駄洒落じゃないからな。
なんとかスポーツデポに着いた。
宝くじ売り場のところの駐輪場で二台をワイヤーロックで結ぶ。
『駐輪場』と書かれた緑の看板にくくりつけるように。
こうしないと、離れるのが怖いんだよな。
駐輪場と言う割に、自転車は俺たちだけみたいだ。
残りは全てスクーター。
沖縄のスクーター率は凄く高い。
でもなぁ、俺も昔カワサキのバイクに乗ってたからわかる。
二輪車はサーキットやモトクロス場で走るくらいじゃないと『運動』にはならないんだよ。
だから『痩せる』ことはほぼ、ないだろうな。
靴の裏にクリートカバーを取り付ける。
クリートは樹脂でできている上に、出っ張っていて歩きにくい。
ティナの乗ってきたSTRIDAはフラぺ|(フラットペダル)だから普通の靴だ。
俺が履いてるSPD-SLのシューズはビンディングシューズといって、前に話した通りペダル固定するタイプのシューズだ。
だが、自転車に乗り始めのティナにはちょっと危険かもしれないから、まだ履かせるつもりはない。
だから今日は、ヘルメットなんかを買いに来たわけなんだ。
「ここから歩き?」
「あぁ、そうだな。ティナ、疲れてないか?」
「うん。だいじょぶ。全然余裕だよ」
「そっか、じゃ、いこっか」
「うんっ」
ティナが俺の手を握ってくる。
なんかいいな、こういうの。
ここは思ったよりも車の出入りが激しい。
横断歩道に警備員がいて誘導はしているけど。
駐車場での注意はしないんだよな。
沖縄ってモノレールはあるんだけど、那覇市内だけで。
電車というものがない。
だから必然的に車が多い。
免許取得者の比率がめちゃめちゃ多いし。
車の数も実は半端ない。
下手すると、一家に二台、三台は珍しくないからだ。
免許を取る人が多い反面、全ての人が運転が上手いわけじゃない。
どっちかというと、運転でいっぱいいっぱい。
歩行者を見ていない人もいなくはない。
だからこそ、歩いている方が自己防衛しないと貧乏くじを引くことになる。
自転車に乗っていると、余計に身に沁みたりするんだよな……。
施設内の駐車場だからといって安全なわけじゃないということだ。
歩行者優先じゃない敷地の僅かな横断歩道。
車が来ないことを確認してから渡る数メートル。
なんか、情けないよな。
携帯ショップを右に見ながら、食品スーパー、リウボウストアの入り口を通り過ぎる。
やっとスポーツデポの入り口が見えてきた。
自動ドアを抜けると別世界。
「武士。涼しいね」
「あぁ、生き返るなぁ……」
ここはアルペングループのスポーツ用品の大型店舗。
右側に休憩スペースがあり、万引き防止の装置を抜けると右がレジ。
左と正面にはスポーツ用品の棚が広がっている。
「ふぇええ。すっごいね」
「だろう? これな、全部運動するためのものなんだ」
「運動?」
「そう、競技や自己鍛錬って言った方がいいかな?」
「なるほどね」
ティナは最近、口調が男の子っぽくなくなってきている。
毎日店で女性らしく振舞っているせいかもしれないな。
俺は別にどっちでもいいんだが。
入り口にあるカートを押しながら先に進む。
奥の用品コーナーの手前を左に折れる。
暫く歩くと自転車用品のコーナーが出てくるんだ。
「あ、武士が被ってるのと似てる」
「そう。これを買いにきたんだよ。ヘルメットっていってな。転んだときとかに、頭を保護するやつなんだ」
「なんで?」
「自転車ってな、人が走る以上にスピードが出るんだ。転んだだけでも最悪死んじまうことだってないとはいえん。防衛のためってやつかな」
「ふーん」
「それにな、日差しが強いし、汗かくだろう? そんなときのためでもあるんだよ。ティナは色って何が好きなんだ?」
「んっと、赤、かな?」
「よし、ちょっとごめんよ」
俺は持ってきたメジャーをティナの頭に軽く巻いた。
うんうん、結構小さいな。
「ちょっと後ろ向いてくれ」
「ん?」
ティナの肩幅も図る。
なるほどね、Sサイズでいいな。
ティナの頭の形は俺たちみたいな日本人みたいに絶壁ぎみではない。
どちらかというと欧米人のような感じなのだろう。
ならば、メーカーは問わなくてもいいわけだ。
俺は身体が大きいのと同時に、頭も比較的大きい。
だからバイクに乗っていた時から愛用しているヘルメットブランドがあった。
それはアメリカのメーカーのBELLというブランド。
「これがいいだろう?」
黒のベースに真っ赤なフレームがあるタイプ。
決して安くはないが、衝撃を吸収して頭を守るものだからだ。
半端なものだとかえって怖い。
俺はティナに被せて襟足の上にある調整器具でサイズを調整してやる。
もちろん、サイクルキャップの上からだ。
自転車のヘルメットは調整が効く分、バンダナやサイクルキャップの上から被ることが多い。
顎紐を調整してやると。
「どうだ? 苦しくないか?」
「うん。軽いんだね」
「そうだな。うん、似合ってる」
「えへーっ」
でれっとした笑顔。
可愛いなぁ……。
いやいやいや。
ここで終わりじゃない。
ヘルメットを箱に戻すと、カートに入れる。
さて、次だ。
ヘルメットのコーナーをそのまま抜けて、そのまま壁沿いを左に。
すると見えてくるサイクルジャージとレーサーパンツ。
ティナの好きそうな色を見繕って、女性店員を捕まえる。
「あ、すみません」
「はい、いらっしゃいませ」
「この子にこれ試着させてあげてもらえますか?」
「わかりました。こちらへどうぞ?」
「武士、これ、何?」
「これは、とりあえず着てみてくれ」
「う、うん」
ティナは『?』という表情で女性店員について行く。
俺は試着室の横で待っていた。
「──はい、本来は下着をつけませんが、今回は試着ですので。……あら? 下はいいみたいだけど、上はもうワンサイズ大きくないと駄目ですね。少々お待ちくださいね」
「は、はい」
なん、……だと?
もしかして、おっぱいが入りきらなかったのか?
小走りに女性店員が試着室へ戻ってきた。
「今度は大丈夫かと……。はい、よくお似合いです」
「そうかな。えへへへ……」
女性店員がこちらを見て。
「お父さん、お嬢さんの着替え終わりましたよ」
「お、お父さん?」
「あら、違いましたか? お兄さんだったのかしら?」
「いや、違うんだ、けど」
ショックだ。
けれど、傍から見たらそう見えるんだろうな。
見た目が少し似てるから家族だと思われたのだろう。
まだ援交だと思われないだけマシなのか?
「武士は、あたいの……、なんだっけ? あ、そうそう。婚約者だから」
「そ、そうだったのですか。申し訳ございません……」
「いや、いいんだ」
ティナの姿を見て癒されるしかないだろう。
俺は試着室へ向かった。
「どう? 武士お父さん」
「ばっか、俺がそんな……。すっげぇ可愛いな」
「そんな、……可愛いだなんて」
レーパン美少女。
最高でした。
身体のラインがめっちゃ強調されて。
おしりがくいっと上がってて。
おっぱいなんてどかーん。
いや、眼福でした。
「おし、サイズはいいみたいだから買っていくか。着替えちゃってくれるか?」
「うん」
「だ、だからここ閉めろって」
ティナが気にしないで脱ぎ始めるものだから、俺は焦って試着室のカーテンを閉めて後ろを向いた。
女性店員さん。
生暖かい目で見ないで、お願いだから……。
ここで買ったのは、ヘルメットとグローブ。
ミラータイプのアイウェアとレーパンにサイクルジャージ。
ティナ用にスポーツブラは忘れない。
女性店員さんに勧められるまで気づかなかったな。
ドリンクボトル二つも忘れずにと。
すぐそこのキャッシュディスペンサーでお金を下ろして清算したけど。
今度はななまんえん。
まぁ、暫く持つからいいか。
ヘルメットと、アイウェア。
グローブはティナにつけてやって。
レーパンとサイクルジャージは俺の背負ってるリュックに突っ込んだ。
「うん。立派なサイクリストだな」
「サイクリスト?」
「自転車を楽しむ人のことだよ」
「そっか。武士と同じだな?」
「あぁ。そうだな。あ、ちょっと待ってろよ」
「ん?」
「飲み物買ってくるから」
「ここで座ってるね」
「おう」
ティナを壁沿いのベンチに座らせて、俺はリウボウストアに入っていく。
そこで出来立てのシュークリームを四つ。
小さい氷とスポーツドリンク。
これはその場でドリンクボトルに突っ込んだ。
ゴミのペットボトルなんかは入口の回収口に入れて、と。
よし、準備おっけ。
リウボウストアを出て、ティナの元へ。
「おまたせ。じゃ、海、見に行くか?」
「ほんと?」
「あぁ、約束したもんな」
「やったー。海、海っ」
俺たちは駐輪場へ戻り、俺のCAAD12にボトルケージに二本ともさしておく。
「それは?」
「今飲み物買ってきたやつが入ってるんだ」
「へぇ」
「喉乾いたら言えよ?」
「うん」
鍵を外して俺はCAAD12に、ティナはSTRIDAに跨る。
「一度部屋に戻って着替えてからな。ゆっくり走るからついて来いよ」
「うん」
そのまま敷地を出て、五十八号線へ。
五十八号線出て左折して信号を渡り、最初の道路標識のある場所。
コインパーキングの手前で自転車を止めた。
「ティナ、ハンドルのところに数字が出てただろう?」
「うん」
「その数字がな、速度計といって今出てる速さなんだ。あれ見てみ?」
俺は速度表示の道路標識を指差した。
そこには五十に赤丸。
補助表示のない五十キロ最高速度を示したものだ。
「あれは、すべての車両が時速五十キロを超えてはならないという道路標識なんだ。この国はな、法の整備がされすぎてて凄く細かい」
「ほほー」
「簡単に言うとな、ここでの一日は二十四に分かれてる」
「うん」
「そのひとつが一時間って単位になっててな。その一時間で進める距離がその速さの単位になってる」
「ふむふむ……」
俺はポケットからメジャーを取り出した。
一メートルの幅を持ち、両腕を広げて見せた。
「この幅がな、一メートル。そこに出てる数字の大きい方の単位が時速一キロ。一メートルの千倍の幅。千メートルを一時間で進める速度。つまり時速一キロってことだな」
「なるほど」
「道路交通法って法律があって。この速度を超えるとな。警察官、この間白と黒の車から、暑っ苦しい恰好のお兄ちゃんに俺があれこれ聞かれただろう?」
「あぁ、あれな」
「そう。その人たちに見られたら捕まってしまうことがある。もちろん、罰則を科せられる。ちなみにだ、車を運転するには免許証というものが必要なんだが、自転車はそれが必要じゃない。だがな、この道、道路を走るときはそのルールの対象になっちまうんだ」
「ふむ。だいたい理解した」
これがティナの凄いところだ。
ある程度教えると、この程度のことならば理解してしまう。
「だからな、その数字以上のスピードをなるべく出さないようにすること。俺も気を付けているが、そうそう自転車で出せる速度じゃないからな。あと、さっき渡ってきたところに赤、黄、青の信号があっただろう?」
「うん」
「赤は止まれ、黄色は注意、まぁ基本は無理しないで止まれってこと。青は進めだが、状況に応じて進んでもいいって意味だな」
「わかった」
「じゃ、これから海に向かって走っていくから、ゆっくりでいい俺の前を走ってくれ」
「わかった」
「俺が停まれって言ったら止まるんだぞ?」
「うん」
沖縄ドワーフ物語 ~ドワーフ娘が嫁に来た~ はらくろ @kuro_mob
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。沖縄ドワーフ物語 ~ドワーフ娘が嫁に来た~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます