ハニー・マネー・トラップ
木谷日向子
第1話
人物 白川正義(しらかわまさよし)(33)弁護士
黒崎千夜子(くろさきちやこ)(23)会社員
灰山法子(はいやまほうこ)(27)白川の秘書
窪田信行(くぼたのぶゆき)(55)裁判官
〇家庭裁判所・中
長机が3つ、真ん中を四角く囲うように置かれている。
右に白川正義(33)、黒崎千夜子(23)が隣り合って座っており、白川の
前には千夜子に関する書類が置かれている。
白川は眼鏡をかけている美しい青年である。
千夜子は黒髪ストレートで、白い肌に赤い口紅を差したをした美女である。
左には管財人の弁護士が1人で座っており、机上に千夜子に関する書類が置
かれている。
2つに挟まれた席に窪田信行(55)ともう1人の女性裁判官が座ってい
る。
千夜子を見る窪田。
窪田「破産申立人、黒崎千夜子さんに問います。あなたは元恋人に必ず返すから、と
言われ、カード会社から200万円の借入をした後、元恋人を信用し、作成した
カードと暗証番号を渡してしまった。その結果、元恋人と連絡が取れなくなり、
使用されたカードだけが宛先不明のまま自宅に送られてきた。間違いないです
ね」
千夜子「はい」
窪田「そして、カード会社に返済することが出来なくなり、破産申請をすることに
なった」
千夜子「はい、そうです」
苦し気な顔で俯く千夜子。
窪田を見る白川。
白川「裁判官。管財人の弁護士からの書類にもあるとおり、申立人は23歳とまだ
若く、借入先に多大な迷惑をかけてしまったことを深く反省しています」
顔を上げ、白川を見る千夜子。
窪田「わかりました」
千夜子を見る窪田。
窪田「今日の裁判はこれで終了と致します。黒崎さん、裁判の結果は白川弁護士の方
にこの後ご連絡いたします」
千夜子「はい、わかりました。本日はお忙しいところ、ありがとうございました」
千夜子、立ち上がり、頭を深く下げる。
〇路上(夜)
何台かの車がライトをつけながら走っており、白川の白い車もその中にあ
る。
大きな道路から横の細い道路に入る白川の車。
〇白川の車・中
運転席に座り、前を向いて運転している白川。
助手席に千夜子が俯いて座っている。
白川「あとは裁判官から私の方に黒崎さんが免罪となるかならないかの連絡が来ま
す。来たらこちらからご連絡します」
千夜子「はい……」
白川「今日の分だと絶対免罪になります。大丈夫ですよ。安心してください。免罪の
連絡が来れば自己破産申請が完了します。7年間クレジットカードが作れなかった
り、ローンが組めなかったりなどありますが、200万円の借金からは解放され
ます」
千夜子「白川先生、ありがとうございました」
白川「いえ」
〇路上(夜)
人気の無い路上を走る白川の車。
〇白川の車・中
千夜子「(俯きながら)これで最後なんですね」
視線をちらりと千夜子に向け、また前を向いて運転を続ける白川。
白川「……はい。私から裁判官の連絡と黒崎さんからお預かりしている書類を後程
お送りしますので、それで最後となります」
千夜子「白川先生ともお別れなんですね」
白川「そうですね。(皮肉に笑いながら)弁護士に関わり続ける人生なんてあなた
も嫌でしょう」
千夜子「寂しいです」
苦笑いする白川。
白川「どうしたんです。黒崎さん。あなたはもう元恋人からも、借金からも解放され
たんだ。晴れて自由の身になれたんだから、前を向いてこれからも生きて行って
ください。まだ若いんだから、人生幾らでもやり直せますよ」
更に深く俯き、自分の腕で自分を抱きしめると、震えだす千夜子。
千夜子の様子に気付き、真顔で千夜子に視線を送る白川。
白川「黒崎さん、どうしました? 大丈夫ですか?」
千夜子「(震え声で)先生、そこの公園に車を停めて下さい」
〇公園(夜)
人が誰もいない公園に停まる白川の車。
〇白川の車・中
白川、千夜子の方に体を向ける。
白川「黒崎さん、どうしました? どこか具合でも悪いんですか? それとも嫌なこ
とを思い出しましたか」
自分を抱きしめながら、顔を上げて白川を見る千夜子。
瞳が濡れ、荒く呼吸をしている。
千夜子「先生。あたしのこと、抱いてください」
はっと目を見開く白川。
白川「何を言う」
千夜子「先生とはもう今日で会えなくなるんですよね。破産の裁判が終わるまでの
1年間、何度も密に連絡を取ったりするうちに、あたし、先生のこと好きになっ
ていました。今日で最後なら、最後にお礼させてください」
白川「馬鹿なことを言うな。自分が何を言っているのかわかっているのか。もっと自
分を大切にするんだ。あなたはつらい想いをしてきたんだから、幸せにならなき
ゃダメだ。今日の裁判で緊張しすぎて気がおかしくなったか」
千夜子「大切にします。先生との思い出、大切にしますから、最後に一生忘れられな
い思い出をください。あたしはそれだけで、この先も幸せに生きていける」
白川「黒崎さん……」
唇を噛み、俯く白川。
白川「(ハンドルの端を拳で叩き)ちくしょう……!」
白川、目を瞑り、眼鏡を外す。
獣のような目で千夜子を睨む白川。
白川を火照った顔で見つめる千夜子。
白川「後悔するなよ」
白川、目を閉じ千夜子に口づける。
車の窓から差す公園のライトが2人を照らし、逆光の影となる。
〇白川の法律事務所・中
座って机上の書類を見ている白川。
灰山法子(27)、白川のところに週刊誌を持ちながらやってくる。
顔を上げる白川。
白川「灰山くん、どうした」
法子、困り顔で一度目を逸らし、唇を噛むとためらいつつ白川に週刊誌を差
し出す。
法子「白川先生、この週刊誌をご覧ください」
訝し気に週刊誌を受け取り、ぱらぱらと捲る白川。
あるページで手が止まり、驚愕の表情になると手が震えだす。
白川「何だ、これは……」
白川の開いたページにモノクロ写真で白川と千夜子が車中の後部座席でセッ
クスしている写真が載っている。
上の見出しに「若手イケメン弁護士、申立人のOLと裁判後に公園でカーセッ
クス~性の法問答は車中で行われる~」と書かれている。
拳を握り、白川から目を逸らす法子。
法子「……この写真の女・黒崎千夜子は記事の中で、無理やり先生に押し倒されて
襲われたと証言しています」
茫然と記事を見ていたが、ふいに不敵な笑みを浮かべ俯く白川。
白川「あの女……。そういうことか。このオレから多額の慰謝料をふんだくる為
に……」
白川、週刊誌を握りしめる。
白川「金の亡者が。いいだろう。このオレを裏切ったことを後悔させてやる。必ず
黒崎千夜子を法廷で叩きのめし、地獄へ落としてやる」
心配そうに白川を見ている法子。
白川、立ち上がり、週刊誌を机に叩きつける。
法子「白川先生」
白川、椅子にかけていた背広に素早く手を通す。
法子の横を通り過ぎ、出口へ向かおうとする。
鬼のような目つきで法子に視線を送る白川。
息を呑む法子。
白川「あの女を地獄へ落とす証拠を洗いざらい探して立証する。長い闘いになる。
灰山くん、君もついてこい」
はっとする法子。
法子「はい」
法子、白川の後を追う。
背を見せながら去って行く2人。
ハニー・マネー・トラップ 木谷日向子 @komobota705
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます