鉄塔と咎女

白湊ユキ

本編


 ぎ——、ぎ——、ちゃぽん。

 櫂に弾かれた水滴が肌を刺す。


 温もりを何処かに置き忘れたような鉄の格子の中に、私は居る。

 それは、私が漕ぐ舟から高く伸びて、群青の空を指す。


 塔は——、

 その朱を知っている。

 その明けを待っている。


 私にも、それは訪れるのだろうか?


 惰性に漂う水面の上。私は身を屈め、舟底で仰向けになった男の氷のような唇にそっと口づける。忘れ得ぬ鮮烈な朱が閉じた瞼の裏にいつまでもこびりついていた。

 仄かに香る甘さを胸に閉じ込め、私はまた鉄塔を漕ぎ出す。




   ***終***

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鉄塔と咎女 白湊ユキ @yuki_1117

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ