第3話 大魔王、魔王会議を開く
────世界の九割は魔王軍の手に堕ちた。
あとはこれから旅立つ勇者を殺すのみ。
勝利を目前にした魔王軍は勇者討伐のための会議を開く。
紫の禍々しい色の明かりが淡く照らす会議室。
次の大魔王からの指示を仰ぐべく期待に満ちた表情を浮かべる魔王たち。
大魔王城を守護する強大な魔物たち。
彼らの視線の交差する中心。
金装飾の黒衣に身を包み、淡い黄髪の間から生える二本の捻れた赤い角。
────彼を、我々は大魔王と呼ぶ。
時計の針はちょうど正午を指し示し、彼の者の黄金の瞳が開かれる。そして、
「それでは今月の定期報告をおこな────────くぁはぁぇっ!?」
『!?』
────大魔王は、吐血した。
『だ、大魔王さまーーーっ!?』
テーブルの上の地図と資料をべったり血塗れにして。
これが私が着く数分前の出来事だったという。
***
魔王軍の最大拠点にして、我々のいる中央大陸を文字通り全て覆う魔族の城塞都市だ。
その中心には大魔王アジ=ダハーカ様の城、大魔王城がある。
本日、ダハーカ様の命で勇者対策に関する会議が開かれることになり、そこで改めて魔族のトップたちの意見を聞きたいとのこと。
私、『疫病の魔王』ドゥルジも招集された魔族のトップの一人。
やっと大魔王様に任されていた仕事を終え会議室へと向かっている最中なのだ。
「ふぅ……二分の遅刻になってしまいますが……事前に報告した時間には間に合いそうです」
魔族の最大拠点であるにも関わらず、不気味な静寂感満ちる廊下を走り抜ける。
禍々しい色の炎が灯る道に私の靴と床がぶつかる音が木霊する。
「というかダハーカ様は大丈夫なのだろうか……また血を吐いてなければいいのだけど」
最後に会った時、全身から血が噴き出ていたし…………。
もう城の者には広まっているとはいえ、非常に心配だ。
いや、まぁ前回のこともあるし、さすがに自重するか……。
全力で走り抜けた長い回廊の奥にある大扉。
その側には強大なアンデッドが控えていた。
「────まだ会議は続いていますか?」
私は扉の門番であるアンデッドに話しかける。
骸骨魔道士、エルダーリッチー。生者を触れるだけで葬れる程の強大なアンデッドだ。
「おや、ドゥルジ様。予定より早く帰還なされたので?」
「当然でしょう? 大魔王様直々の召集の御命令。一秒でも早くと思い参りました」
「さすがは七魔王のお一人……大魔王様が奥でお待ちです。会議はまだ始まったばかりですのでご心配なく」
扉の先には大魔王ダハーカ様はもちろん、ほか六人の七魔王様、この城を守るドラゴンや巨人といった
「ささ、どうぞ。この先が大広間です。案内は?」
「結構よ。ありがとう、リッチー」
これから魔族の最頂点である大魔王様を中心に勇者討伐の作戦方針を……というところだったのだが。
「くぁぶっ! お、ごごご!?」
大魔王様が血泡を拭いて卒倒なされているという、最悪の斜め上の事態が私の前で発生していた。
「ダハーカさまぁぁぁ!?」
私は突然の出来事に驚きつつ、すぐさま大魔王様の側へと駆け寄る。
その間、テーブルの端に座る青髪の少女が大福をくわえながら口を開く。
「…………安らかにダハ。墓石くらいはたててあげるから。なーむ……」
「ちょっ、マティさま!? 大魔王様はまだご存命ですよ!?」
「……なーむあーみ…………あれ、つづきなんだっけ……」
今度はシルクハットの悪魔がワタワタと慌てている。
「お、おおおおちちついてクレバーにた、たた対応しましょう」
「エジュマー様もとりあえず落ち着いてください」
私は横で動揺しまくっている悪魔に声をかける。
スタイリッシュな黒スーツに身を包んだ彼は被っているシルクハットを上げ、
「お、おおちつかせて、ドゥルジさん、とりあえずお乳突かせてください」
彼はさりげなく私の乳を突こうと手を伸ばす。
伸びてくる手をひっつかみ、私は無言で槍を構える。彼への返答は言わずともわかりますよね?
紳士服の悪魔はごくりと喉を鳴らす。
「つまり……オーケーですね?」
「ダメに決まってんでしょうが! これ見えないんですか? 槍ですよ、やり。これ以上近づいたらぶっ刺しますって言ってんですよ」
「暴力はいけませんねレディー。女性たるものおしとやかに。さぁ槍をしまってくださいレディー。そしてわたくしにその胸を献上してちょ、レディー」
「あなたを刺す準備ならReady《レディー》ですけど?」
警告が足りないようなので槍をさらに突き出す。
「い、いいではないですか。胸が減るものでもなし」
「……はぁ……大魔王様の御前です。つつしみなさい」
嘆息して私は槍をしまう。
大魔王様ならともかくお前になど誰が触らせるものか。いくらゴールド積まれたって触らせるものか。
「………これ以上減らないくらい大きくないのに、ボソッ」
「ボソッって言っても聞こえてますよ!!」
だぁれが貧乳じゃ! Bはあるわよギリだけど!
「おや、地獄耳でしたか。パッドはごいり用ですか? あっ、もちろん私が揉むときは外してくださいね?」
「要らんわ! というか思ったより落ち着いてるじゃないですか!」
……変態は放っておいてダハーカ様だ。
大魔王様が吐血したというのに、もう誰一人冷静な者がいない。
「だ、大魔王さまが!」
「どどどどうするプル!? 一大事プル!」
他の魔王も魔物たちも未だに唖然としたままだ。……やはり私がなんとかしないと。
「ダハーカ様、お気を確かに。ダハーカ様!」
うなだれそうになる彼の頭を支えながら大魔王様の名前を呼びかける。
「……ん、くぁふ……っ。あ、あぁ。いや。オレ様は大事ないぞドゥルジ」
「ど、どうしてまた魔法を!? まさか人間どもの送り込んだ刺客が……」
前回の件でダハーカ様がマジに魔法使うと吐血、またはありえないくらいの大ダメージを負うことは分かった。
「いや。ドゥルジが会議に遅刻せざるを得ないと聞いてな。お前がギリギリ間に合うよう、会議が始まる前に我が魔法で時間の流れを少し遅くしていたのだが……思ったより反動が大きかったようだ、くふっ!」
気持ちはうれしい。けど口元から血が出ている姿で言われても。
でもまぁ。……ふぅ、意識はあるようだ。少し安心。
私はとりあえず大魔王様の無事を確認し、そっと胸を撫で下ろす。
わたしの横にいる大魔王直属の精鋭の一人—————『背信の魔王』マティ。
彼女は
「……………ちっ」
「!?」
いや、なんで舌打ちしたのマティさま!?
「マティさま、今の舌打ちには何の意味が?」
「…………ちっ、血生臭いって言おうとした」
「結局ディスってるんじゃないですか!」
てか嘘ですよね。普通に舌打ちでしたよ。口まったく開いてませんでしたもん!
「くっ……ぐふっ、ぐふっ!」
というかダハーカ様が思ったよりも満身創痍だ。肩で息してるし顔がブルーベリーみたく真っ青。
「だいじない……オレ様はだいじない……ぐはあっ!」
追加の血が床にブチまかれる。
「…………いえす!」
「マティさま!……う、………わっ!?」
フラついたダハーカ様を私は背中で支える。
「くぁははは! だ、大事ない、この程度ぜんっぜん大事な────ぐはっ!」
気にするなと言い終える前、再びダハーカ様の血が勢いよく床にブチ撒かれる。
「veryいえす!!」
「マティさま、とりあえず黙っててください!」
なにがベリーイエス!? とってもオッケーって何よ!
大魔王様が大事だというのに大福少女は変わらず親指立ててる。
いや、ぐー、じゃないから。主人が倒れてるのに、あなたそれでも家臣!?
や、やはり全然大丈夫そうに見えない……!
早く回復させなければ!
少しでも大魔王様の症状を緩和させるため、私は治癒の魔法を発動する。
緑の淡い光が私の腕を大魔王様へと流れこむ。覚えてよかった治癒の魔法。
……だが一向にダハーカ様の顔色は良くならない。
「いや、回復はよい。ドゥルジ、それよりもハンカチはあるか? 口元の血を拭いたい」
「でしたらおまかせを! 私がお拭いいたします!」
と、とりあえずハンカチで大魔王様の口元に残ってる血を拭って……っと。
「…………すこし休ませてくれ」
「でしたらお部屋に。すぐにお連れいたします」
私は倒れた彼を持ち上げようと手を下ろし膝をつく。俗に言うお姫様抱っこをするために。
「いや、ここでいい」
そう言って大魔王様は私のお膝元へ。
「って、ええええ!? だ、ダハーカさま?」
「すこしここで休ませてくれ……」
え、え? 一体どうなって……えぇぇ!?
突然膝枕を要求され私は困惑しっぱなし。
あ、いやこれなんだろう。今私、嬉しさと驚きが心の中で同居してる。
ドキドキする中、私はちらりとダハーカ様の顔をのぞき見る。
「……」
や、やだ……怪我をしていても凛々しい。
ダハーカ様、私よりも背小さいし幼げなのに。
しんとした会議室。
公共の場と歯止めをかけていた私の何かが音を立てて決壊する。
────にしてもダハーカ様の血ってどんな味なのだろう。ちょ、ちょっと舐めたあとで洗濯しようかな……? どうせバレないし────
「……ドゥルジ、ハンカチは食べ物ではないぞ」
私の欲に反応したのか、ダハーカ様がパチリと開けた黄金の眼を私に向ける。
「た、食べません!」
「そうか。なんだか蛇に飲まれかけているカエルの気分を味わったぞ」
し、しまった。あとで血塗れハンカチをムシャムシャするつもりだったのがバレた。
大魔王様さすがの御慧眼……!
「…………ふ」
おい、そこの変態シルクハット。なんで笑ってんだよ。
ちなみにこの変態シルクハットの自称紳士も魔王の一人。『狂暴の魔王』エジュマーだ。
ニヤニヤ笑いながらエジュマーがシルクハットを下げる。
「……なによ、エジュマー」
「いやぁーなかなかドゥルジさんも素質ありますね」
「……なにがです?」
「いえ、ここには変態しかいないのではと────#^>%“!$!?」
シルクハットの悪魔は顔面が陥没した状態で後ろへときりもみ回転。
後悔なんてしてない。部下たちも若干口空けてドン引きしているが気にしない。
「あなたと一緒にしないでくださいこの変態病原菌」
「ひ、非道です……お、おに…………悪魔……がくっ」
変態シルクハットが喚く。
「こちとら生まれつき悪魔よ」
死にかけのゴキブリのように脚をピクピクさせる赤悪魔を尻目に大魔王様へ目線を戻す。
「…………ダハーカ様、とりあえずお部屋に。あの変態は放っておいて会議はまた後日に行いましょう」
「い、いや。ここで勇者討伐の方針を決める。会議は続行だ」
全員不安そうな顔をしているがダハーカ様は大魔王。この場の最終決定権は彼にある。
……よって、会議はこのまま続行。
正直、気が進まない。当然魔王軍のことも大事だけれど……それよりも私は早くダハーカ様に部屋で横になってほしい。
そんな私の心情とは別に会議は進んでいく。
「さて……人類最後の希望である勇者が旅立ったとの話だったな」
ダハーカ様はゴシゴシと口元に残った血を拭き取る。
「はい。現在、我ら魔王軍が掌握した世界の領土は約九割……ちょうど大魔王様が血を放ったところにございます」
黒ローブを纏ったカラスの悪魔が、意図せず赤く染まりきった地図を指す。
ダハーカ様の血って赤いんだ……。
「なるほど、見た通り我が『飛び地』というわけだ。くぁは!」
「うまいこと言ったつもりですか……たしかに奇跡的になってますけど」
私は冷静にダハーカ様にツッコミをいれる。
……にしてもうまい具合に血が飛んだものだ。
ちょうど地図で魔王軍の支配地ではない南の大陸だけが大魔王様の血で汚れていない。
対し、我々のいる中央大陸、加え占領地である西、東、北の大陸と海は彼の血で真っ赤に染まっている。
「希望と言っても所詮は人間。我々魔王軍にかなうわけがありませんですわ」
「そうだ! 残りは南の大陸のみだ!」
「余裕だな。オレらは城でくつろいでるだけでよさそうだ」
私でない他の魔王や魔物たちが騒ぐ。
「ゔぁぁ……!」
「勇者の相手なんてスライムやチスイコウモリのような下級モンスターで十分、でしてよ」
人間の勇者など取るに足らない。
全員油断しまくりで放っておけ、といったものばかり。
以前、大魔王様から『勝って兜の緒を締めよ』という別世界のことわざを学んだのだが……。
彼らが現在の勇者を警戒しないのは、まぁ当然だろう。勇者はまだ育った村を離れたばかり。
以前の大魔王様なら性格上、『くぁはは! そうだな。勇者など放っておけ。それより王城を落とすことに専念しろ』……とおっしゃるだろうか。
今の勇者の状態をたとえるなら、棒切れをもった子供相手に全力で剣を振るようなもの。
棒切れとマントを背負った少年相手に世界の九割を掌握した魔王軍が本気で相手をするわけがない。
「……ドゥルジ。現在の勇者の装備はなんだ?」
────あぁやっぱり来た、またこれだ。
私の予想通り、彼は顎に手を当て真剣な表情で私に尋ねた。
「ひのきのぼうと、旅人の服にございます」
どちらも装備としては最弱のもの。
そこらの城の兵士の武器の方が遥かに強力だ。
……。かわいそうに。
まともな軍資金すら出なかったのだろう。
今の勇者では最弱のモンスター、スライム一匹の相手が席の山といったところ。
木から削って持ちやすくした棒では大魔王城を守るドラゴンや巨人にはどうあがいても傷一つもつけられない。
「ひのき、とは木か?」
「左様です」
ちなみにヒノキ科ヒノキ属の針葉樹です、とも伝えておく。
なるほど、と大魔王は頷く。
「その勇者がその……木の棒と服を手に入れたのはいつだ?」
「えっと、数日前です」
「なるほど…………よし、わかった」
ダハーカ様はうなづき、皆の前に向き直る。
「────やはり勇者の次の目的地に隕石を落とすべきだ」
『──────!?』
ダハーカ様は棒切れ小僧相手でも容赦なく剣でぶった切るお方だった!?
本気大魔王〜行動派大魔王さまの想像豊かな勇者攻略〜 ゼロん @zeron0
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