第2話 大魔王、前言撤回する
「大魔王様、お気を確かにダハーカさまぁ!」
「………ぅぅぅがくがくがく」
「ど、どうすれば!?」
あああ、
────と、とりあえず触診を!
「ダハーカ様、失礼します!」
「がくがくがく、くあかはぁ!」
再び吐血を始めたダハーカ様の胸に、私は手を当てる。
………ハタから見れば錯乱したと思われるかもしれないが、私はこれでも『疫病の魔王』。
「体内の状態は────正常。未知の病気の可能性────皆無。ウィルスなどの微生物は────皆無。肉体的には正常………のはず、なのに!?」
呪いや魔法の類いは私には専門外だ!
こうなったら仕方がない。城で詳しいものに尋ねるしか────
「待て、ドゥルジ。オレ様はなんともない」
「ひゃぇぇ!?」
急に肩を掴まれ私は飛び退く。
あぁ、大魔王様。しかもきちんと血で汚れてない方の手で………
「だ、ダハーカ様! ご無事で………身体の異常は!?」
「あぁ、このとおりバッチ────ぐぁぶっしゃぁ!」
「嘘じゃん!!」
三度、大魔王様の口から血がぶち撒かれカーペットを汚す。あぁ掃除が大変そうだ………。
「ってそうじゃないや! お、おのれ! やはり何者からの奇襲………! くせものめ、何処へ!」
私は槍を構える。
誰であろうとダハーカ様に手出しをする者に黙っていることなんてできない。
「あぁ、別に攻撃された………というわけではない。心配せずともよい」
「それならば………って、いえ、その状態は心配せずにはいられませんよ!?」
ダハーカ様はふらりと玉座へと腰を下ろす。
顔が真っ青だ。憔悴しているのは火を見るより明らか。
………それと元気がないせいか、身長がいつにも増して低く見える。
「身長が低いのは変えようがないぞ、無礼者」
「─────!? ま、まだおっしゃ………」
私は急いで口を抑える。
………あぁ不味い、ため息をつかれてしまった。
「我が身が不老不死などでなければ、すぐに貴様など追い抜いてやるものを………」
我らが大魔王は二つ名にふさわしい力の持ち主。しかし………普段の容姿は黄髪の少年なのだ。本人曰く真の姿は大きすぎて不便とかで。
「し、失礼しました………ですがそのお姿も素敵かと存じます」
うーん………しまった、やはりお世辞っぽいか。
「そうか! ならばよし! 今日もオレ様は禍々しく輝いているぞ、くぁははは!!」
ダハーカ様はパァッと顔に笑顔を浮かべる。
ちょ、ちょろ………はっ!?
「痴れ者め」
「ご、ごめんなさい!」
完全に心を読まれてる………と、とにかく!
「………明らかに先ほどダハーカ様の状態は常軌を逸していました。ここは城の者に任せて、ひとまずは寝室に………」
「いや気にするな。それと城の者にも極力オレのことは広めるな。士気に関わる」
確かにダハーカ様が吐血なされたのは私以外に見てないけど………!
「それとだな、勇者のことで一つ訂正しておきたいことがある」
「は、はぁ………」
「次の勇者の目的地に隕石を落としたいと思うのだが」
────!? WHY!?
「ど、どうしてそのような結論に………?」
私は心内うろたえつつも、なるべく声を震わさないように質問する。
「なに、勇者が弱いうちにさくっと始末するのが手っ取り早いと思ってな」
「そ、それだけですか………?」
それにしても隕石を落とすのはやり過ぎじゃないか………?
「だ、大魔王様が直接出向かれて始末されては………?」
「うむ、そうしたいのだがな」
え? なぜダハーカ様はそんなにお悩みなのか。
「転送魔法さえ使えば数秒で帰ってこれますし………特に大きな問題は、」
「実はな、簡単に言うとオレ様は──────魔法を使うと急に吐血する体質になってしまったのだ」
「なにその間の悪い時、急に腹痛がする体質みたいな!?」
魔法使うと大ダメージ負うって………
いい一体どうなされたのですか、大魔王様!?
ま、まさか………勇者に怖気づいたとか!?
「痴れ者め。まったくもって汁物め」
「汁物!?」
「そうではないのだ。断じて勇者を倒しに行くのが怖いわけではない。オレは本気で、マジに、マジ本に勇者をこの手で始末したい」
マジ本ってなんぞや、大魔王様。
「だが仮にだが──この体質がないとして。オレ様が自ら勇者を始末しに行くとする。すると困った事態が発生する場合がある」
「こ、困った事態………?」
だ、大魔王様が困るような事態とは一体どんな………?
「オレ様が始末したはずの勇者が影武者、及び偽物の可能性だ」
「いや無いですよ………?」
何を言うかと思えば………。
確かに普通の魔王軍ではあり得なく無いが。
これから大魔王様が倒しにいく仮定の勇者が影武者では無いと言える根拠があるからだ。
私は眷属の一匹である魔物バエ───────モンストロスフライを一匹呼ぶ。
「我ら魔王軍の偵察部隊は正確無比。加え、わが眷属もその一角です」
モンストロスフライは一見普通のハエと見分けがつかない。しかし知能は普通のハエよりは高く私の命令にも正確に従う。
一瞬の瞬きすら見逃さない速く鋭い視力を持っている我が眷属は最高のステルス監視員。
大きさも普通もハエと同じ。
そう────尻にある不可視の針以外は全て普通のハエと同じだ。
自然界や草原に溶け込むハエに興味を抱く人間などそうはいない。
勇者のいた村にそうした研究家もいない事も確認済み。
「顔、声、性格、細やかな所作、匂い……勇者に関しては人間関係などのあらゆる面での情報を集めております。私の眷属以外にも方々に監視の目は光らせておりますうえ」
私は玉座の間から急ぎ眷属の一匹を窓から出ていかせる。
彼らの言葉は私以外には聴き取れないので、大魔王様の吐血については問題ないだろう。
「いいや、よく考えてみろドゥルジ」
ダハーカ様は首を横に振る。なぜ? これほどまでにしっかりと諜報活動を行っているのに。
もしかして大魔王様にしか気づかない点が……?
「もしその影武者が人間関係や匂い、姿形、血液型すら偽っているプロだとしたら……?」
「いや考えすぎですよ!?」
いいや、どうだろうなぁ、とダハーカ様は意地悪く笑い、次の瞬間には真剣な表情に戻る。
「人間にとって勇者は世界を九割支配した我ら魔王軍に対する最後の希望。人間どもからすればなんとしてでも守り抜きたいはず……」
「うっ……そ、そういう考えもな、無くはないかと」
い、一体どうしたのだろう。
大魔王様がいつにもなく本気だ。
今までダハーカ様は圧倒的な優勢を前にすると油断なさることはよくあった。だから私が前もって色々手を回してカバーしていたのに。
先ほどから私以上に色々考えてらっしゃる。
一体その深淵の如き配慮の深さはどこから来ているのだろう……?
「…………昨日プレイしたドラピエ4で魔王が同じミスをしていたからなぁ……」
「え? 今なんと?」
「昨日マティに借りたゲームの話だ。そこからそういう線もあり得なくないなと思ってな」
「いやゲームと現実の話をごっちゃにしないでくださいよ!?」
げ、ゲーム……なんと恐ろしい。大魔王様が魔法で異世界を覗き見て拾ってきた技術にそこまで思考を侵されてるなんて……!
「オープニングで主人公の勇者の幼なじみが身代わりになって殺されてな? いやぁ、悲しかった。だが、あの形見は金になるから物語中盤になって即行で売り払ったがな」
「いえ聞いてないですよ!? しかもやってることが外道ですね!?」
「ちなみに280ゴールドだった。思い出とは300ゴールドより安いのだな。初めて知った」
さすが大魔王様、外道だ。
いやゲームだからか。いかんな、私もゲームでやることと現実でやることとゴッチャにしているらしい。
まぁ隕石落とすとかおっしゃてる方ですけど。
「ですが……あり得なくはない話ですね。影武者が用意されてる可能性はあるかもしれません。私の……じまんの、うぅ……監視の目をすり抜けてぇ……」
ダハーカ様が困ったように私を見る。
「……な、なぜ泣いてしまうのだドゥルジ?」
だ、だってぇ……大魔王様が私の報告よりもご想像の方を優先なさるからぁ……あぁもうやってらんないっ!
「いえ、なんでもありません。気にしないでください」
「……? そうか」
─────!? あ、あれぇっ!? 今回は心中察してくれないんですねぇ!?
「何をだ?」
「あ、そこは読み取るんだ……い、いえなんでも……」
つ、都合の良いとこだけ聞きとる耳かよ……けっ
私は心の中でやさぐれる。
「ですがなぜ勇者ではなく勇者の目的地に落とすのですか?」
「勇者を直接狙うとなんとか助かる可能性もあるからな」
あぁ……なるほど。わかりましたよ大魔王様。
勇者は神より選ばれし者。いわば神様が人間に出す助け舟。
だから神や天使が助けてくれると! そう言いたいんですね、ダハーカ様!
「────可愛い想像だな。なんとも非論理で非科学的だ」
「えぇえ!?」
し、辛辣っ! なんという辛辣なお言葉!
ひひひ、非科学的って、ろ、論理的って……これから殺人のため隕石落とそうとか言う人の言葉ですかぁ!?
「勇者が隕石がぶつかる直前に潜るかもしれんからな……それでふぅ助かったぜ、とかありえるかもしれん」
「勇者、モグラですか!」
なんですかその回答! それもそれで非科学的で非論理的ですよ!
「まぁ巻き上げられた土と一緒にぶっ飛ぶか、隕石直撃の衝撃で生き埋めになりそうだが。だが奴は勇者、いわば主人公。勇者は不死身と仮定しておく」
この調子じゃあ、地底にもミミズの魔物も配置するとか言いそう……あー頭が痛くなってきた。
「あ、勇者に直接落とすとしたら地底にデカミミズを配置するのも忘れずに行うぞ」
「やっぱ言ったよ……」
「だがこれはあくまで仮定の話。落とすのは奴ではなく勇者の目的地だ。目的地は潜らんし主人公でもない」
いや、目的地が主人公ってなに……?
もしかして目的地って名前なの? こういうのを大魔王様曰く、ゲシュタルトほうかい……って言うんだっけ……?
「本題はこれから。勇者の次の行き先に隕石を落とせば奴は武器も道具も買えなくなる。情報も聞き出せない。宿もなし。勇者が周辺にいる魔物に殺されるリスクを増やすことができる」
な、なるほど……! さすがは大魔王ダハーカ様! それはかなり大きい。
しかも勇者に大魔王様のお力を見せれば、良ければ戦意喪失。悪くても勇者にそうとうな威圧感を与えることができる。
「次に向かう村がクレーターになって跡形も残らない……これはなんとも言えぬ絶望的光景よ」
「お、おぉぉ……っ」
お、恐ろしい。なんという禍々しさ邪悪さ。
人間に対する一切の慈悲などない。なんという非道な。
「あれ……? ならばなぜ勇者の生まれ故郷を狙わないのです?」
「ほう」
「そ、そのほうが勇者により大きな絶望を与えられるかと……」
「いや良い気づきだ。さすがは魔王の一人。いや、オレ様も最初はそう考えたのだが……大きな問題があってな」
お、大きな問題……?
「故郷が跡形もなくなったら勇者が『フリーザァァァァァ!!』と憤怒し覚醒する可能性があると思ってな……」
「いや、フリーザって誰ですか!?」
そんなの魔王軍にいましたっけ!? というか勇者の向く怒りは魔王軍ですらないのでは!?
「スーパーサイヤ勇者とかなったら最悪だな。オレ様がフルパワーを出しても殺されるかもな」
「だ、大魔王様が全力を出しても……? すーぱーさいや……な、なんだかはわかりませんが恐ろしい形態? ですね……」
時に憎しみの力は非常に強く恐ろしい。
時に人間は感情で肉体の限界を凌駕する力や、元の人格からは考えられない暴力性を見せることがある。
私は魔王の身でそれを何度か味わった。
本当に人間は怒らせるとなにをしてくるかわからない。
「それより故郷よりかは親しみの薄い場所を更地にすることで勇者を威圧する……なるほど」
それならまだ魔王軍に対する憎しみの力は弱いのかも。
「では早速とりおこなうとしよう」
「あっ!!」
な、なにか大切な前提条件を忘れている気が……!
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
魔法を使おうとしたところで吐血どころが全身から血が吹き出てダハーカ様はパタリと倒れた。
「きゃああああああああ!」
さすがに騒ぎを聞きつけて衛兵が来てしまいました……。
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