スライム⑩
ミズクラゲ。刺胞動物の一種で、旗口クラゲ目ミズクラゲ科に分類されている。透明に透けた傘の部分に見えているのは
ヘイガンの漁港で揚がったシースライムは、そんなミズクラゲの特徴の酷似していた。話によれば春から夏にかけて、非常に攻撃的で真っ赤なシースライム、通称レッドスライムが揚がるらしい。シースライムよりも長い触手を持つそうだが、その特徴は出現シーズンを踏まえてもアカクラゲと一致していた。やはりアツシの読み通り、海に出現するスライムはクラゲと思って間違いなかった。シースライムが物を溶かすという話も、先に話した通り、水の抵抗を増やして網を破裂させたり、発電機内に入り込んでしまうのが原因で溶解液が問題でないことは、シースライムの中身の液体がただの水だったことからも結論付けることができた。
では、陸に出現する普通のスライムはどうだろう。アツシがスケッチしたあの森の中のスライムの絵は、ミズクラゲに見られる四つの胃腔と生殖腺がきちんと描かれていた。ということは、生息域が異なるだけで基本的な構造はクラゲと変わらないだろうと推測できた。しかし問題は、元来より存在する溶解液である。水質検査によって、何の変哲もない液体であることは証明済みであるが、それでは物や人が溶かされるという話と矛盾してしまう。少なくともこの世界ではスライムが先に、シースライムが後に発見されているのだから、物を溶かす能力の出所は陸のスライムである。古い文献にも陸生のスライムが物を溶かす旨の記述があるため、妖怪能力があると誤認させてしまったなにかがあるはずである、というのが現時点で出された考察だ。
「スライムの生態について書くにあたって、やはり物を溶かす能力の正体を突き止める必要はあると思うんです」
「フム……。シースライムのように、水の抵抗を増やして、というのは無理があるしな。なにかそう思わせる生態はあるはずだな」
「ならば現地調査はいかがでしょうか。幸い森にはまだ研究途中の生物も多様に存在しますから、嫌疑を持たれることなくスライムの生態を見ることができると思います」
「わ、わたくしはどうしましょう……。メイドの業務もありますから、皆様のお手伝いができません……」
「いや、無理して一緒に手伝ってくれなくても大丈夫だ。ジュリアはジュリアの勤めをしっかり果たして、時間のある時に手伝ってくれればそれで良い」
ジュリアは王宮に残り、カランポーが調査団のリーダーとして、護衛にグレース、付き添いでアツシが同行するという形で、森の生物調査という名のスライム生態調査委員会を立ち上げる方向になり、実際に調査に赴くことになったのはそれから実に五日後のことだった。
その五日間で、アツシはまずシースライムの執筆を終わらせた。ほとんどがクラゲと同様の生態だったため、難しく考えずに書くことができた。
■シースライム
■スライム目シースライム科シースライム属
傘の大きさは十五センチから三十センチで、それ以上になる場合がある。胃腔と生殖腺が四つあることから、別名をヨツメスライムと呼ぶ。
触手に刺胞を持つが毒性は弱く、これによって死ぬことはまずない。世界に広く分布されている。
傘の開閉運動は遊泳や捕食だけではなく心臓と同じ役割としており、循環機能を腹かせている。
漁業に用いる網に引っ掛かると、水の抵抗を増やしてしまい網を破裂させる被害を出す。体内に溶解液は存在しない。
「アツシ。これはその、ミズクラゲの説明とそのままではないか?」
「そのままもなにも、シースライムはミズクラゲと同一だと思いますし……。それに僕の元いた世界でも、後になって分類が変わるなんてことはよくありますから、間違っていたら直せばいいんです」
「アツシさんの言う通りですよグレース様。生物の分類分けというのは、非常に難しいのです」
「な、なるほど……。こうして書かれたものを見ると、魔物も本当に生物の一種なのかもしれないな……」
■レッドスライム
■スライム目シースライム科シーネトルスライム属
傘の大きさは九センチから十五センチとシースライムより小さいが、最大二メートル以上の触手が四十本以上伸びている。
シースライムよりも刺胞毒が強く、死には至らないが激しい痛みを伴う。乾燥するとこの毒を持った
春から夏にかけて多く現れるため、遊泳する際や漁業の際には刺されないように注意する必要がある。
「しーねとる……?」
「あー、レッドスライムによく似たアカクラゲはヤナギクラゲっていう種類の一種で、そのヤナギクラゲは海のイラクサと呼ばれていて、その英語名がシーネトルで……」
「?」
「ご、ごめん、まだジュリアちゃんには難しい話だったね……」
「ところで、レッドスライムってシースライムよりも毒強いんですか!?」
「特徴がアカクラゲと酷似しているし、間違いないと思うよ。死ぬことはあまりないけど、何度も刺されると危険だから、魔物かどうか関係なしに注意を促さないとね」
「ふわぁ……。漁師さんたちは命がけでお仕事されているんですね……」
他にもクラゲは多様に存在するが、アツシはその全てを書こうとはしなかった。まずはこのヘイガンの国でよく見られる魔物だけをまとめ、あとから目撃があれば追加していった方が良いと考えたからだった。死に至るほどの強い毒を持つカツオノエボシや、食べることができるビゼンクラゲなどは、現時点では後回しすることにした。
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