スライム⑨

 アツシたちは程なくして、魔物図鑑を編むために必要な材料集めに取り掛かった。図鑑の編纂へんさんには当然多くの情報が必要となる。今はまだスライムのみであり、しかもスライム自身も明確に実態をつかみ切れていないため、ほとんどゼロからのスタートとなっている。

 アツシはまず伝承や伝記などで伝わっている魔物に関する情報を集めた方が良いと考えた。魔物という忌み嫌われている存在であっても、それらが全く文献上に登場しないわけではない。であれば、この国ヘイガン付近には一体どのような魔物がどれだけ存在しているのかを把握するには、そうした文献を探すのが一番だからだ。

 これに反対したのはカランポー博士だった。あまりにも情報が多すぎるからである。カランポー博士自身がある程度把握しているだけでも、魔物の数は百を超えるらしい。もちろん文献はその数倍以上の量に膨れ上がるだろう。それだけ膨大な量の書物を、全て網羅するだけで一生を使い切ってしまうかもしれない。アツシの考えは悪くはないが、効率的ではないというのがカランポー博士の指摘だった。しかし、裏を返せば、スライムにまつわる文献だけを集めれば、スライムに関する情報は簡単に集まり、かつ編纂も楽かもしれないという点においては大いに賛成すべき点だとも言った。アツシはその方法に賛同し、さっそく文献を集めることになったのである。


 王宮内に設けられた書庫は巨大であった。アツシも元の世界でよく図書館に足を運んでいたが、辺り一面、天井まで本がぎっしりと詰まっているのを見るのは初めてであった。いわゆる国立図書館である。蔵書数はグレースでさえ把握していないらしいが、メイドのジュリアの話によれば一千万冊はあるらしい。一千万冊もの蔵書があるのは、元の世界でも二ケタも存在しない。恐ろしく大量の書物が収蔵されているのだ。

「家族全員根っからの読書家でな。とにかく世に出回った書籍は全て収蔵するのが、ある意味趣味のようにもなっている。遡ればもう、そうだな、ひいひいひいひい……。もうずっと昔からだ」

「グレース皇女の父君、つまりは国王陛下の代で既に十万冊は増えましたでしょうかな」

「じゅ、十万!?」

「おそらく父は歴代で最も収蔵した書物を増やしただろう。国を批判するような書籍でさえも父は快く収蔵しているからな……。本に罪はない、と言ってほとんど見境なしに購入している」

「はあ……それはすごい……。でも、これだけあったら書籍を探すのだけでも大変なのでは……」

「全くその通りですアツシさん。一応図書分類はきちんと分けていますが、何分量が多いのと、一体どんな書籍がどの棚のどの位置にあるのかのリストが、実は未完成で……」

「え!?」

 聞けば始め、全ての書籍を種類ごとに分類するのではなく、完全に五十音順に並べてしまっていたため、数年前から分類を分けて整理することになったのだが、約一千万という数の暴力にはさすがに勝てず、リストアップすら出来ていない状態らしい。そういうわけで、国で定めた分類法に基づいて書籍に番号を振ったシールを頑張って貼った程度で、どこに何があるのかはそれこそ探してみないとわからないという。

「じ、地獄だ……。本がたくさんあるのは嬉しいけどこれは……」

「そういえば、アツシ様はどんな本をお探しに?」

「ん。ああそういえばジュリアちゃんにはまだ話してなかったっけ。えっと、スライムが登場する伝記だとか、伝承だとか、そういうものを片っ端から集めたくて……」

「へ? また物好きな本を探されるんですね」

「カランポー博士、ジュリアにも話すべきだろうか」

「一端のメイドにこの計画を巻き込んではいけないような気がしますが……」

「まあ、これでも私ジュリア、口は堅い方でございます! たとえ皇女様にアツシ様……さん、カランポー様がなにか考えてのことで探されるのであれば、ジュリアが文句を言う筋合いなどありません!」

 自信満々な顔で、ジュリアは胸をトンと叩く。それじゃあ、とグレースが、魔物に関する情報を集めて研究し、あわよくば図鑑を作ろうと計画していることを打ち明けた。

「ふぇー!? ままま、魔物は禁忌の存在ですよ!?」

「分かっているさ。分かっているがな、我々はいつまでも魔物に怯え逃げ続けるわけにもいかない。アツシの、元の世界での知恵と、我々の世界の知識が合わされば、この国の安全を、もっと向上させられるかもしれんのだ」

「!」

 敢えて言う。ジュリアはグレースを心から尊敬している。もはや崇拝の域まで達している。グレースの発言はジュリアにとっては、「なんて国の為に尽せる素晴らしい方なんだ!」という思いでいっぱいだった。ジュリアは瞬く間にこの計画に賛同するのだった。

「ジュリアちゃんが分かってくれたのはいいですけど、結局どこにどれだけスライムにまつわる本があるのかわからないんじゃ……」

「ム……確かに。虱潰しに探すのは流石に骨だが、それしか方法は……」

「あっ、歴史上文献としてはじめてスライムが登場したのは、左から十番目の棚の上から五段目、さらに左から十二冊目の本ですよ」

「え?」

「それから、百体余りのスライムを一日で狩ったと言われる伝説の狩人にまつわる伝記が、右から二十三番目の下から五段目、真ん中あたりの二十七冊目に……」

 ジュリアがすらすらとスライムの登場する文献について、指を差しながら一冊一冊を伝える。絶えず伝えていくので、慌てて該当の書籍を三人が取り出す。そうすると、三十分もかからずにスライムが登場する文献が百冊は机の上に集まったのだった。

「ジュリアお前、どこにどんな本があるのか分かるのか!」

「私も本が好きで、ちょっとの休憩時間にここでたくさんの本を読んでいるんです! だからどこにどんな本があるのかはちょっとなら分かりますよグレース皇女殿下様!」

「……その能力を活かせば蔵書のリストアップもすぐできるのでは……?」

 ジュリアのおかげで集まった書籍内のスライムは、やはり一般的に知られている能力だけが語られていた。溶解液の身体を持ち生者を溶かす、無機質な存在として描かれるスライムは、地上に出現するノーマルなスライムと海中に現れるシースライムの大きく分けて二種類存在し、そこからあくまでも派生系として様々な種が存在しているように描かれていた。

 すなわちそれはクラゲでいう、ミズクラゲ、オワンクラゲ、カツオノエボシ、キタユウレイクラゲ……。そういった種類分けを行うことも容易ではないかとアツシは思った。特にシースライムにまつわる記述内容はクラゲのソレと寸分違わず、スライムがクラゲの近縁種だというアツシの予想がより強固なものになったのである。

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