スライム⑦

 グレースに案内された個室は、アツシがかつて日本で過ごしていた家の一室よりもはるかに広かった。さながら高級ホテルの個室のようで、さすが王宮の中だけあると言ったような内装だった。シングルベッドに机に椅子、クローゼットに間接照明と、家具類は一式揃っていて、そのどれもが一級品であることはアツシの目でも分かるほどだった。

 部屋に案内されて十数分、グレースが食事を持ってくると言って出ていってからそこそこの時間が経っていた。広すぎて往復に時間がかかるのかそれとも……」

「グレース皇女殿下様! 給仕はわたくしがしますのに」

「いいのだ! 私が持て成すと言っているのだから、皆は普段の業務に……」

「いやしかし、わざわざ皇女殿下様の手を煩わすなんて……」

「わ、私が良いと言っているだろう!」

 外からグレースと、若い女性の言い合いが聞こえた。なるほどいつもの調子のようである。たしか第三皇女と言っていたので、グレースには二人姉がいるのだと察した。アツシの感覚としては三女は大分甘やかされて育てられるようなイメージがあるが、グレースは中々に男勝りな、しかし笑顔の素敵な女性に育っていた。それでも三人目特有のわがままはどこも相変わらずなのだなと、アツシは一人で失笑した。

 外での悶着が終わったのか、グレースが給仕と共に入ってくる。どうやらグレースも給仕も食事を全部一人で持って行こうとしていたので、それぞれが持つということで折り合いをつけたらしい。

「待たせたなアツシ、食事を持ってきた。彼女は給仕のジュリアだ。父上と母上に頼み、お前の身の世話を担当する者を用意してもらった」

「こんにちは、ジュリアです。よろしくお願いいたします、アツシ様」

 ジュリアは非常に若いどころか、アツシの感覚で言えばまだ中学生……場合によっては高校生になったばかりの少女だった。

「えっ、いやいや、そこまでしなくても」

「申し訳ないが王宮の決まりでな。客人には必ず、世話係をつけるようにしているんだ。ジュリアはまだ新米だが、よく働いてくれる」

「は、はあ。それじゃあ、どうもよろしくねジュリアちゃん」

「そ、そんな! 呼び捨てで構いませんのに!」

「いやいや、多分僕よりも若いでしょ。いいよ、僕とグレースさんの前だけならさん付けで。僕もグレースさんにそう言われたから」

「で、でも……」

「ジュリア、良い。私が許可する」

 こういうとき、グレースの権限というのは都合がいい。グレース自身も、こういうときは使うときだと分かっているようだった。

「で、では、差し支えのない範囲で、そうさせていただきます、その、アツシ……さん」

「さあ、じゃあ食事にしよう。ジュリアもまだだろう。一緒にどうだ」

「そ、そんな! 皇女殿下様と一緒にお食事など畏れ多く」

「良いから、な、ジュリア」

「は、はい、で、では」

 カチコチに緊張したジュリアがぎこちない動きで着席する。メニューはパンにスープ、サラダに紅茶とシンプルなものだった。

 一通り食べ終え、紅茶を飲みながらグレースが話を進める。

「それでは。研究室へ行く前にいくつか聞きたいことがある。例のクラゲのことだ」

「くらげ……とはなんですか?」

 何も知らないジュリアが問いかける。

「あー……説明するには、アツシについて話さないとわからないな」

「僕はこことは違う世界から来た人……みたいなんです。僕の過ごしていた世界では、シースライムのことをクラゲと呼んでいます」

「こ、こことは違う世界? その、えっと……ん?」

 ジュリアは理解が追い付いていないようだが、グレースはお構いなしに話を続けた。

「アツシ。お前は網の破壊や発電機の故障の原因からクラゲだと断言した。我々としてはクラゲ……いや、あえてシースライムと呼称を改めずに言わせてもらおう。シースライムの溶解液の仕業だというのが共通認識だ。詳しく納得のできる理由を聞かせてほしい」

 グレースの主張はしっかりとしていて、当然の疑問を投げかけてきた。アツシもそれに応える。

「網というのは、当然網目に水が通るのでそこまで大きな抵抗を受けずに分散されます。ですがクラゲによってその穴の部分が塞がれてしまうと、受ける抵抗力が増えてしまい、紐部分が破裂してしまうんです」

「なるほど……本来耐えられる許容を越えた水の力を、紐が受けるようになってしまうのか……。魚類へのダメージや発電機は?」

「クラゲというのは触手に刺胞……つまり、小さい針のようなものがあって、そこから毒を出します。これは人間には少しチクっとする程度の弱い毒ですが、基本的に魚類には傷をつけてしまいます。発電機も、海水を吸い込んで冷却水として使うシステムの取水口からクラゲが入って、詰まってしまうことが原因だと思われます。船なら、スクリューに絡まって故障する原因にもなるかもしれません」

「それはつまり、アツシが本来過ごしていた世界でもそういう問題があったという事か?」

「そうです。その、原因解決は結局至ってないんですけれど……。一つ言えるのは、溶解液の仕業なんかじゃないってことです。その証明を、成分分析がしてくれるはずです」

 ジュリアは話のほとんどを理解できることは出来なかったが、この話をしているアツシとグレースが、真面目な顔ながらも大層楽しそうに話しているように見えた。

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