スライム④

「なに? あれで終わりではないのか。」

 グレースは怪訝そうな声を出した。仮面越しからその表情は見ることは出来ないが、渋い顔をしているのだろうと感じることができるほどだった。

 アツシの言い分を掻い摘んで解釈すると、アツシ自身の知識から、スライムがクラゲと同等の生物である可能性が示唆されただけで、それを証明するには至っていない、ということだ。そしてその証明には、多大な時間と努力が必要になり、また場合によっては覆ることもあり得るとした。

「それではいつまで経っても対策しようがないじゃないか。」

「いえ、スライムがどういう種族かというものの特定にはかなりの時間を要しますが、スライム自身がどういう生態をしているのかなら、ある程度の観察で賄えると思います。もちろん、正確な生態を調べようとすれば、それ相応の時間が必要になりますが……。」

「つまり、最低限の生態を調べることが出来ればひとまず問題ないという事か。」

「そういうことです。それで、最低限スライムの特性を知るために調べたいことがあるんですが……。」

「なんだ、言ってみろ。」

「このスライムの中の、液体の成分を調べたいんです。」

「なっ! なにを馬鹿なことを!」

 グレース他、この世界の人間にとっての共通認識は、スライムの体内は溶解液で満たされているというものだった。グレースの懸念はそこであり、危険を冒してまでその正体不明の液体を調べるのは不本意であったのだ。しかしアツシは、その中身の成分を知ることこそ、スライムの生態を調べる一番の近道だと説得した。

「スライムの中身が溶解液なのかどうかは重要なんです!」

「……訳をもっと詳しく説明してみろ。」

「まず確認なんですが……本当にスライムに溶かされるんですか?」

「……正直な分からん。だが、このスライムの蔓延る森に入った者が、びしょ濡れのボロボロになった手荷物を残して消えるという事件は度々起きている。それをスライムの仕業、あるいはスライムに溶かされたとしている。」

「もし、本当に中身が溶解液だった場合なんですが……。そうすると、スライムの外膜はその溶解液に耐性のある成分が入っていると言えます。」

「ふむ?」

「たとえば瓶にスライムの液体を詰めようとした際に瓶は溶けるかもしれません。」

「人をも溶かすほどだからな。」

「でもそれが解れば、スライムの外膜を利用した容器なら溶けないかもしれない。そうしたら、スライムを利用した装備を作って、スライム対策の防具も作れるかもしれません。」

 グレースにとっては目から鱗の発想だった。魔物の特性を防ぐために、該当の魔物自身で防具を作るという発想には至ったことがなかったからだった。もちろんそれは、スライムの中身が溶解液であるという前提だが、既に弾力性のあり破れにくいことを自ら確認していた手前、無暗に否定することができなかった。

「それに、溶解液なら溶解液でその成分を知ることが出来れば、その成分に耐性のあるスライムの外膜の成分と同じもので、さらに対策は作れると思います。」

「……なるほど。して、では液体が溶解液でなかった場合はどうなんだ。」

「その場合、普段伝わってきたスライムの特性が根底から覆される可能性が高いです。クラゲというのは九十パーセント以上が水分で出来ています。もし本当にクラゲとスライムが近しい種族だとした場合、あの中身が溶解液ではなくほとんど水分で、人間には本来無害であることが証明できるはずです。あ、いや、クラゲは刺胞に毒があるので全く無害ってわけではないんですが、その。」

「つまり、いずれにせよ成分が解らなければ、人間に害があるかどうか証明しようがないのだな。」

「えっと、はい。そうです。」

 グレースは腕組みをして少し考えた後、こう言った。

「アツシ。その、くらげ、というのは具体的にどんな生物だ。お得意の成分とやらも含めて。」

「え? えっと、基本的に海に生息しています。さっきも言った通り九十パーセント以上が水分で出来ていて、残りの数パーセントはタンパク質や無機質で構成されています。プランクトン……あ、水中に棲む物凄く小さな生き物の仲間でもあって泳ぐことは出来ず、脳や心臓もない生物です。」

「そしてお前の考えだと、そのくらげとやらとシースライムは同じ存在だと言うんだな?」

「実物を見ていないので何とも言えませんけど、その可能性が高いかなぁと。」

「では、シースライムとこのスライムの成分が大方一致すれば、お前の仮説は証明されるか?」

「あ、ある程度は。」

 いくつかアツシに質問した後、グレースは引き連れていた馬に載せたあった荷物の中から小瓶を取り出した。中身は入っていないがかなり清潔だ。

「分かった。ではここに瓶がある。本来私が水分補給の為に持ってきた物だ。これにそのスライムの中身を入れると良い。真水で洗ってあるから無駄な成分は入らないはずだ。成分分析は任せろ。伝手がある。」

「え、は、はい。」

「そしてシースライムは度々漁師が魚と共に引き揚げてしまい、その度に我々が駆除に向かう。この後そのシースライム駆除の為に漁場へ赴く予定だ。一緒に来るか。」

「え、いいんですか。というか、どうしてそこまで。」

「我々騎士団……いや、私の信念は、人々の安全を守ることだ。お前のその仮説が、私の信念に繋がる可能性があると見た。ならば手段がどうのは言っていられない。不思議だがお前の言い分には妙な説得力がある。私は、お前に懸けてみようと思う。」

「ぐ、グレースさん。」

「よろしく頼む、アツシ。人々の安全の為に。」

「わ、分かりました!」

 アツシには、仮面越しだが真剣な眼差しで見られたような気がした。

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